第3話 鎮め屋

 乾の一族は代々の鎮め屋。

 拝み屋のように占い、祈祷といった類の商売ではなくあくまで「鎮め」屋である。

 祈祷と言えば「払いたまえ、清めたまえ」つまり、根源であるものを払い、浄化する、もしくは封印するという作業が為される。

 しかし、鎮め屋はそのどちらもしない。

 いや、出来ないと言った方がいいかもしれない。

 鎮め屋の仕事、それは「静まりたまえ」であり、「滅せよ」なのである。

 物の怪、悪霊、荒神……、人にとって害をなすと言われる存在を封印し、清めたとしてもそれは一時的なもの。

 大事なのはその後、荒ぶり、善悪をなくした状態、闇に染まって負の復活を果たそうとしている連中を「鎮める」。

 また、鎮められぬ場合その存在自体を無に帰すこと「滅する」が重要なのだ。

 現在、乾の仕事は増えてきている。

 時代の移り変わりとともに忘れ去られてしまった封印や、鎮め石など、見守る者も亡くなって無くなり、その存在が危ぶまれる場所が増えてきている。

 そして、見守る者は居れども力を持たず、名ばかりの「職業」としての連中が増えてしまっていた。

 どちらとも、万が一「ソノモノ」が目を覚ましたとして、誰もどうにもできなければ払った意味も、封印した意味も無くなるのだ。

 故に、何かの異変があれば人々は狼狽えながら、乾の一族にすがりついてくる。

 この現代で力のある鎮め屋など乾の他には居ないからだ。

 その乾の中でも巽の力はちょっと変わっているうえに特別、そして歴代の中で最も強い。

 なので、このように自堕落な生活態度であっても、乾の本家から立派な家を与えられて生活している。

 当然、巽の態度が態度なので快く思わないものも少なくない。

 しかし、本家に言われるままに力をちゃんと行使し、その役目を果たしているゆえに、どんなに快く思っていなくても、巽に異を唱える者は居なかった。

「イヌタツ、結界の外になんか来たっぽい」

「本家だと思うけど、桜さん達は何か言っていた?」

「気持ち悪いのが来た、去れって言っていたけど」

「あぁ、じゃ、本家だね。皆に障らない様にって伝えておいて」

「障らないって、もちろん俺達がって事だろ?」

「当たり前、お祖母様以外の本家の人は容赦ないから。なにより、これはどうやら、伯父さんみたいだし」

「了解」

 本家というのはそのまま、乾家の正当な血筋の者という意味。と言っても必ずしも当主は嫡男が継ぐというわけではない。

 当主としているのは乾の血を持った、より当主として優れた才の持ち主。

 その当主が乾一族すべての事柄を決め、他の者達はそれに逆らうことは許されない。

 現当主は巽にとっては祖母になる乾サイ。乾本家では次女という立場だった人物だ。

 巽の父が亡くなった時、当主は一言。

「この母子は乾家当主が責任を持ってその身柄を預かる」

 そう言い放った。

 誰も反対の声を上げず、巽の母でさえその決定に文句を言わなかった。

 それからもう何年が過ぎようと其れは変わらず、巽はその時の当主の言葉通り、身柄を預かられている。

 分家という形でありながら「乾」という姓を名乗っているのは巽だけ。

 本来であれば乾の姓は本家の血筋であり、また本家の土地に住まうものだけを指す言葉。本家から嫁に行ったもの、つまり血筋は本家であるが本家に住まわなくなった者が乾の姓を名乗ることは許されない。

 このご時世にあって、乾一族は己の法律の中で生き、またそれを咎める者はこの乾の国の中には決していない。そういう一族なのだ。

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