第五話:センパイの手記
近頃、変な噂を聞く。
夜中に女の子を見たとか、黒い渦巻きが家を覆っていたとか。
私の周囲にも実際に見たという人もいた。
そして、翌日には皆その事を忘れている。
なのにどうして私だけが覚えているのだろうか。
「女の子?黒い渦巻き?何言ってるの、新しい恐怖雑誌のネタ?」
同僚は笑って私の頬に買ったばかりのコーラを当てる。
「ひゃ!?」
少し濡れた、冷ややかな鉄の感触に、私は思わず声を上げる。
「いいねぇ。やっぱあんたといると楽しいわ」
ケラケラ笑って、膨れる私にコーラを手渡す。
「さあて、取材に行きましょうかね」
カメラと手帳。貴重品を入れたバッグを手に持って、同僚は仕事に出かけた。
入口を半分開けて、ふと何かを思い出したようにこちらに振り返り、
「冷蔵庫の中のプリン。食べちゃってもいいよ」
それじゃ、と今度こそ彼女は出かけた。
――それが私と、彼女の最後の言葉だった。
『7/1 ●●山にて手記』
『熱くて怠い取材だった。対象は数年前に人身売買をした両親の知人と言われる男だ。
今はマスコミから逃げるようにここへと引っ越してきたと言っていた。
家に通された時に感じたのは、冷たい空気と視線だ。
まるで私を監視するように、どこに行っても観られている感覚が抜けなかった。
しかし取材自体はすんなり済ませた。逃げるようにあの家から出るとき、背後に気配を感じたので振り返った。
二階への階段の踊り場、柵の向こうから生気のない顔で私をじっと見つめる少女の目を見てしまった。
声を出さない様に、平常を装って家から出る。急いで車に乗り込み、私はアクセルを思いきり踏んで山を下りた』
『7/8』
『朝のニュースを見て驚いた。
あの時取材した家の主人が干からびて死んでいたと、同じ部署の仲間から聞いた。
全身の穴から液体を垂れ流していたと・・・・・・。
奇妙な事に、干からびた死体は笑みを浮かべていたという。
オカルト自体は好きだが・・・・・・今回の事件は奇妙だ。
それに何だか最近寒気を感じるようになった。
まるで何かに手を握られている、そんな感覚だ。
冷え性になったのかな』
『7/11』
『どうも体の調子がおかしい。
あの家に行ってからというもの、常に誰かから見られている感覚が続いている。
それに最近、隅っこの方でもぞもぞと動く物を見つけた。
ゴキブリかと思って殺虫剤を振りまいた。もういなくなったようだ。
会社にいる時は平気なのに、家にいると心臓がバクバクとうるさくなる。
まるであの時訪れた家と同じではないか。
体が怠い。明日は病院に行こう』
『7/12』
『医者に今の状態を伝えた所、インフルエンザだと言われた。
会社に連絡して、暫く休暇を取ると伝える。
薬を飲み、点滴を打ってもらったお陰か、だいぶ良くなった。
あの黒い渦巻きも、所詮は幻覚であろう。
あとは一週間。何事もなく療養するだけだ。
それでも体が怠い事には変わりない。
そうだ、同僚にアイスでも買ってきてもらおう』
『7/19』
『おかしい。明らかにおかしい。
鏡を見てぞっとした。鏡の中の私は骨ばかりになって、周りには黒い渦巻きが渦巻いているのだ。
そばにはあの時の女の子が、にこにこしながら私の手を繋いでいる。
もはや歩く事さえ億劫になり、水を飲もうと掴んだはずのコップが手からすり抜けて割れた。
今、こうして手記を書くのさえ難しい。
ああ、頭がいたい。のどが渇く。
ぼんやりと浮かんだ景色の中で、なぜかあの家が浮かぶ。
布団に横になると、あの渦巻きがこちらに向かっているような気がする』
『7/24』
『くるしいくるしいくるしい
あの女のこがくる。
うずまきのなにかが私をつつんでいる。
女のこがくびにてをもってきた。
くるしいくるしいくるしいくるしい。
おかあさん おとうさんたすけて』
『7/29』
『きょうはおねえさんがこっちにきてくれた。
おねえさんはわたしのいうことをなんでもきいてくれる。
きょうはわたしをだきしめていっしょにねてくれた。
とてもうれしい。おかあさんはこんなことしてくれなかったから。
おねえさんはくるしんでた。だからたすけてあげた。
おねえさんをたすけてほしくて、おねがいしたんでしょ?』
いらないモノ リスト RAG @Muramasa923
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