神託。
じわりと汗が滲み出て頬を伝い落ちていく。砂の国の王様から放たれるプレッシャーは、私を絡め取る様に感じて息苦しくすら思える。当の本人は涼しげな表情のままなのだから油断する事すら許されないと気を引き締めた。
「ふむ、戦う女の目も良いものだな。なあ、矢張り何かを賭けないか? その強気な瞳が淫靡に変わるさまを見てみたい」
「どうしてすぐに話をシモに持っていくんですか」
「何故と問うか。お前達異邦人にとっては他にもあるだろうが、この世界に於いて娯楽とは酒とギャンブルと女のみよ」
あーそういや異世界ってそんな所だったなぁ。
「どうかな?」
「そんなバケモノみたいな人と賭け事なんて出来ませんよ」
自分の力が増したからか、まだまだ及ばない事が今はハッキリと分かる。賭けに乗らなくて良かったとホッとしていた所だ。
「こらっ! 陛下になんていう事を言うんだ」
リィネガッハさんからの叱咤に、当の本人が手を挙げて制止する。
「なに、構わんよ。妻達からも夜な夜な『貴方はバケモノですか』などと言われておるからな」
それ、違う意味だと思う。
「だが、そうだな……」
「えっ!?」
王様が天井に視線を移してすぐだった。放たれていた闘気は薄れ、見る見るうちに弱くなって完全に消える。ギリッと奥歯を噛んで木剣を握る手に力が篭っていく。
「これならどうだろうか?」
「私をナメているんですか?」
「いいや、お前相手ならこれで十分だからさ」
頭に血が昇っていくのを感じる。王国兵士の教官を務めるリィネガッハさんに打ち勝った私に対して、一般人と変わらない状態でも勝てるのいうのだからムカつかないはずがない。
「もし、このオレに勝てたのなら褒美は思いのままだ」
「良いでしょう」
再び中段の構えを取り、切っ先の照準を王様の顎に合わせる。勇者の力は想いの強さ。私の内に湧き上がる、このムカついた想いの全てを一撃に籠めて、必ず『ギャフン』と言わせてや――
「ギャフンッ!」
ゴス。とした音と共に視界に火花が飛び散った。脳天から床に向かって与えられた重みでたたらを踏む。
「何するんですかっ!」
「バカかお前は」
「バカとは何ですかバカとはっ!」
「敵を前にして隙を晒すヤツぁバカと言うんだ。それにな、何をするつもりかは知らんが場所を考えろっ!」
ゴスリ。と再び拳骨が振り下ろされて視界に火花が飛び散った。その火花の向こうで、幽霊のお姉さん達がガクブルと震え上がっているのが見えた。
グスッと鼻を啜り、痛みで僅かに出てしまった涙を拭う。ズキズキと痛む場所に手をソッと添えると、頭皮の平野にぽっこりと丘が出来ていた。
「タンコブなんて作ったの何時ぶりだろう……」
幼稚園の頃だろうか。
「リィネガッハよ、本当にコイツに負けたのか? 戦いの『た』の字も知らない小娘に」
「ええ、つい先ほど」
「……治療士程度に負けるとはお前も堕ちたモノだな」
「それは違いますっ!」
リィネガッハさんに対してあまりにも酷い言い草に思わず口を挟む。
「リィネガッハさんは決して弱くなった訳ではありませんっ!」
「ワタナベカエデ……」
「私が強くなったんですっ!」
砂の国の王様にそう言い放った直後だった。後ろでズシャッと音が聞こえたのは。振り返るとリィネガッハさんが床に四つん這いになっていた。
「今のが今日イチのダメージだったわねン」
「え? あ。いや、そんなつもりじゃ……」
「あ、ああ。分かってる。分かっているぞワタナベカエデ」
口ではそう言っていても、その顔は『言ってくれるなこの小娘がっ』と言わんばかりに盛大に引き攣っている。
「陛下、この娘の力は日に日に増しております。今の私でも十回中三、四回は負けてしまうでしょう」
……意地っ張り。
「そこで、陛下にこの者を鍛え上げて頂きたいと思っておりまして」
「伽の相手として鍛え上げるのならば喜んで引き受けよう」
「――伽?」
何じゃろな。と、首を傾げていると、スススと近付いてきたペティレッカさんが耳打ちする。
「目隠ししたり、縄で縛ったりするプレイの事よン」
SMじゃねーかっ!
「私、SMの趣味なんかありませんからねっ」
「えすえむとはなんだ?」
ちょっと、乙女にそれを言わせる気?!
「と、伽って縄を使った変態プレイの事。ですよね?」
恥ずかしくてモジモジしながら聞き返すと、男二人はキョトンとした顔をしていた。
「お前、何を言っているんだ? 伽とは寝所で添い寝をする事だぞ」
「添い寝っ!?」
誤情報を吹き込まれてつい口にしてしまったアブノーマルな行為に、顔に火照りを感じつつペティレッカさんを睨み付ける。
要らぬ情報を吹き込んでくれやがった当の本人は明後日の方向を見ていた。おのれこのオバハンめっ!
「そういうのが好きなら教えてやるが?」
「いいいいえっ! 結構ですからっ!」
必死に拒絶する私を、ニヤついて見ているアブノーマルに目覚めた貞子風のお姉さんに、ビシッと指を差した。
「ちょっとそこのお姉さんっ、ニヤニヤするんじゃないっ!」
『慣れるとクセになるわよ』
やかましいっ! ノーマルだってまだなのに、初めてがアブノーマルなんてそんなのイヤッ!
「と、とにかく、このワタナベカエデを戦士として鍛え上げて頂きたい」
「戦士だと? この者は治療士であろう?」
「そこにはちょっとした理由がありまして。ワタナベカエデ、陛下にカードを見せてやれ」
「えー。個人情報なんだけど」
「いいから早く」
「はぁい」
スカートのポケットを弄って一枚のカードを取り出す。これには私の名前と性別。そして職業が記されている。スリーサイズや体重までもが記されていないのが幸いだ。あったら絶対に見せない。
そのカードを渡された砂の国の王様は、目ん玉をまん丸にしながらカードに見入っていた。
「如何ですか陛下。それを見ても分かる様に、彼女は――」
リィネガッハさんの言葉を遮って、砂の国の王様はカードを天高く上げて振り下ろした。パッチーンッと、小気味良い音が書庫内に響く。
「私のカードに何をするんですか!?」
「お、おまっ!」
おま?
「お前が魔王やったんかぁっ!」
「「はあああっ?!」」
魔王ってそんな訳が……あ。
「コロスッ!」
「おまっ、お待ち下さい陛下っ!」
木剣をガッと掴んで、一歩、また一歩と歩を進める砂の国の王様。その腰にまとわりついているリィネガッハさんが私への接近を懸命に阻止していた。
「ど、どういう事なんだワタナベカエデッ!」
「あー……元に戻しておくの忘れちった」
頭をコツンと叩き、テヘッと可愛く誤魔化す。
「とっとと元に戻せっ!」
「はぁい」
やれやれと思いながらカードを拾い上げて職業欄に指を添える。治療士のイメージを思い浮かべて指をスライドさせると職業が治療士へと変わった。
「はい、どうぞ」
カードを奪い取った砂の国の王様は、再び目ん玉をまん丸にした。
「なんだこれは……夢か?」
「夢でも何でもありません陛下。ワタナベカエデは職業の変更が出来てしまうのです。彼女の本来の職業は勇者。故あって今まで治療士と偽っていましたが……」
砂の国の王様の手から木剣がこぼれ落ち、書庫内にカランと乾いた音が響いた。そして、砂の国の王様はビシッと私を指差した。
「勇者?! こんなのがっ!?」
「それ非道くないっ!?」
「……しかしリィネガッハよ。鍛えてほしいといってもな……」
おいコラ。無視すんな。
「はい。難しすぎて私ではどうにも出来ません。しかし陛下ならば、己の腕と技のみで一国の王へと成らせられた陛下であるならば、異邦人の二十や三十。英雄に育て上げる事も容易い事ではありませんか」
「いや、しかしだな……」
「そして魔王を倒した暁には、寝所で列を成して陛下に傅くでしょう」
「それは本当か!?」
んな事あるかい。と言いたい所だけど、この人堂々としていて漢らしいから何気に人気があるんだよなぁ。クラスメイトの何人かはコロリンッと、ベッドに寝転がるかもしれん。
「では、事前準備は私に任せて下さいねン」
「なんでペティレッカさんがしゃしゃり出るんですか」
「陛下のお手を煩わせる訳にはいかないからねン。一人が専有しない様に予め互いに高めあっておくのよン」
「まあ、オレが寝所に行く頃には妻たちはヘロヘロになってる場合が殆どだがな」
それ旦那そっちのけで楽しんじゃってないか?!
「ワタナベさんもよく覚えておいてねン。心も股間も、男を立てるのは女の役目よン」
嫌な名言だなおいっ。
バイバイ。とルアファちゃんが手を振って消えていく。闇と光は入れ替わり、死者が活動する時間は過ぎ去って生者の活動時間となる時間。
徹夜明けで疲れ切っている筈の身体にはそれ程疲労はみられなく、そのままでも十分に一日を過ごせそうだった。これも異世界故の仕様なのだろう。元の世界では絶対にムリ。
結局、砂の国の王様との勝負は有耶無耶になった。ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、書庫から出た私達に近付いてくる兵士さんの焦った表情を見て何かあったのではと眉を顰めた。
「ここに御座したのですかっ!」
「どうしたんだ? そんなに慌てて……」
「巫女姫様による祈祷の儀が間もなく執り行われます」
「ん? ああ、もうそんな時間なのか」
「神託って儀式によって得るものなんですか?」
「ええ、その通りよン」
「へぇ……」
神託って、ところ構わず発動するものだと思ってた。
「各国ともだいたいこの時間に執り行われるわ。朝食をエサに神言を頂こうって訳ねン」
言い方が非道いっ! 兵士さんが睨んでるじゃないかっ!
「巫女姫様が四人揃う事など滅多にないからな。普段とは違った神託を授かるんじゃないかと期待している所さ」
とっとと平和になって貰いたいしな。と、リィネガッハさんは言う。
「より良い神託を授かる為に食事も豪華にしているわよン」
食事度合いで神託のレア度が増すの!?
「ペティレッカにリィネガッハ。お前達も同行せよ」
「分かりましたわン」
「ハッ。お供致します」
「ワタナベカエデもどうだ?」
「……え? ご一緒して宜しいんですか?」
「ああ。嫁なのだから遠慮はいらんぞ」
嫁じゃねーしっ! ……でも、噂の巫女姫が見れるものなら見てみたい。
「嫁じゃないですけどご一緒します」
釘を刺す事を忘れずにしつつ、砂の国の王様を先頭に祈祷の儀とやらの会場に赴いたのだった。
☆ ☆ ☆
朝の陽光差す城の二階に、ちょっとした中庭があった。その中央に建つガゼボに、幼女が四人で楽しそうに話をしている。
そのガゼボを取り巻く様に幾人かの世話係と思しき女性達が立っていた。
「もしかしてあの子供が巫女姫?」
「ああ。左奥から我が国の巫女姫様。手前が空の国。右奥と手前の双子がそれぞれ砂の国。水の国の巫女姫様だ」
森の国はショートボブ。空の国はウェーブがかったセミロング。双子は二人ともツインテールで、赤いリボンが砂の国で青いリボンは水の国ね。よし、覚えた。
「どうやらもう始まっている様ですわねン」
「え? これが儀式ですか?!」
「そうよン」
教会とか謁見の間とかで厳粛に執り行われると思っていただけに拍子抜けした。だって、見た目キャッキャうふふと談笑しているとしか思えない。
「お姉ちゃんっ!」
ショートボブの幼女がこちらに向かって手招きをしている。私? と、指差すとコクコクと頷く。と同時に、その場に居る全員の視線が突き刺さった。
「な、何かな?」
突き刺さる視線に顔を引き攣らせながら、ガゼボの入り口で腰を落とした。
「お姉ちゃん『いほうじん』って人だよね?」
「え、ええ、まあ」
「ふーん……」
ショートボブの言葉が途絶えると、お世話係の人達が、ガサリガサリ。と、羊皮紙を取り出した。なんか怖い。
「お姉ちゃんって好きな人居るでしょ」
ウェーブの幼女が微笑んで言うと、カリカリカリと一斉にペンが走る音が耳に届き始める。
「その人ねぇ、他に女居るよ」
「……へ?」
ショートボブの言葉に唖然とする。既に彼女が居るだと?!
「うん。三人居るね」
「はぁっ!?」
ウェーブの言葉に耳を疑った。三股だとっ!?
「取っ替え引っ替えだよねルマ」
「うん。片っ端だよねリエ」
そう言ったのは、リエと呼ばれた赤リボンのツインテールとルマと呼ばれた青リボンのツインテール。
そして、ガゼボの外から羊皮紙に書き留めている音が風に乗って聞こえてくる。止めてぇぇっ! 人の破局を明確に記載するの止めてぇぇっ!
「大丈夫だよお姉ちゃん」
四つん這いに崩れ落ちている私の肩を小さな手が触れる。
「お姉ちゃんの事気になっている人、他にも居るから」
「ほ、本当?」
四つの幼女の無邪気な笑みが私に向けられてそれぞれが頷いた。私の事を気になっている人ってどんな人だろう? IT企業のイケメン社長さんとか? ……気になる。
「それってどういう人か分かる?」
私の問いかけに四人の幼女は揃って頷いた。崩れ落ちた身体を期待に胸弾ませながら立て直して彼女達の言葉を待つ。
「「「「教頭」」」」
私の中でIT企業の社長さんやイケメンアイドルの妄想が砕け散る。再び地に伏したのは言うまでもない。
「無いわぁ、教頭って無いわぁ……」
頭の薄い見た目パッとしないオジサンなんて無いわぁ……
「いつも一緒の乗り物に乗ってるね」
「うん。お姉ちゃんの事見てハアハアしてる」
教頭怖っ! ストーカーじゃんっ!
「ほ、他には……? 他に私を好きな人は……?」
少しでもいい。例え僅かでも光明を見出したい。産まれたての子羊の様に手足をプルプルと振るわせながら最後の力を振り絞る。ショートボブの幼女がニコリと微笑み、私はその口から希望が齎せるのを待った。
「ダイコーンが銅貨二十枚だよ」
「…………は?」
だ、ダイコーン? 私を好きな人はダイコーン?
「レータッスは銅貨十枚だねぇ」
「なななな……?」
急な方向転換について行けず、狼狽える私の肩にリィネガッハさんの手が置かれた。
「どうやら、ここまでの様だな」
「へ?」
「儀式は終了よン。さあさ、巫女姫様。朝食のご用意が整っておりますわよン」
ペティレッカさんがパンパン。と手を叩くと、幼女達は歓声を上げて走り出す。途中、ショートボブが振り返って手を振ってきたので、顔を引き攣らせながら力なくそれに応えた。
巫女姫達にお世話係の人達も着いて行き、中庭に残ったのは書庫に居た四人。砂の国の王様とリィネガッハさんにペティレッカさん。そして私だ。
「アレが儀式ですか……?」
近所のおばさん達が集まる井戸端会議と変わんねぇ。
「ふむ、いつも通りって所か?」
「ほぼそうですわねン」
「私だけ酷いダメージを受けたんですけど?!」
もしHPが分かるとしたら、きっと一しか残されていないだろう。
「案ずるなワタナベカエデ。オレが嫁に貰ってやる」
ジッと見つめる真摯な瞳にトクンと心の臓が跳ね上がった。
「う……」
なんか今、歯がキラリと光った様な……? ああっ、心なしか後光までっ!? イカンイカン。片想いが終わった事で妙なフィルターが掛かってやがるっ。
「それにしても、ダイコーンがちょっと高すぎねン」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、十日前の三倍になっているな」
「十日で三倍って庶民にはキツイ金額ですね」
「そうなのよン。最近入荷量も減って品薄になっているのよねン」
「不作だったんですか?」
「いいや、そんな報告は受けていない」
「そうねン。そもそもダイコーンは年中栽培しているから凶作にはならないのよン」
「年中栽培ですか?」
頭に浮かんだのはビニールハウスの中で栽培しているダイコンの姿だ。しかしここは異世界。私が想像している様なビニールハウスがあるとは思えない。
「ふむ……そうだな。ワタナベカエデ。この件、お前に任せる」
「えっ?! 任せるって……?」
「お前が調査をして高騰の原因を突き止めろって事だ」
「あらン、それは良い提案ですわねン」
本人そっちのけでどんどん話が進んで行きそうな気配を察知したので、両手を使って大きく待ったをかける。
「ちょ、ちょ、ちょっ。まーって下さいっ! なんで私が?! この国の問題なんですからこの国の人がやるべきでしょうっ?!」
「その国に世話になっているのだから少しは役に立とうとか思わんか?」
「世話になっているって言われても、勝手に呼び出したのはそっちじゃないですか」
「あ、それを言われると弱いわねン」
困った顔で呟いたペティレッカさん。
「どうしてそこまで嫌がるんだ?」
「そんな事をするよりも、訓練をした方が良いんじゃないですか? いつ魔王が出現するか分からないんですから」
これは明らかにメインクエストから外れたサブクエスト。散々苦労して得られた報酬は微々たるモノのお使いクエストだ。本音は面倒くさいからにほかならない。
「ふむ。確かにお前の言う事も最もだ」
砂の国の王様の言葉に内心よっしゃー。と叫ぶ私。
「しかし残念だな。報酬に昨日届いたばかりの我が国自慢の極上スイーツを進呈しようと思っていたんだが……」
「えっ?」
す、スイーツ?! 極上の。というくらいだからその辺の露店で売っている代物ではないはず。王族のみが食する事が出来るスイーツに違いないっ。
「オレだけじゃ食いきれそうにもないから、ワタナベカエデにも、コッソリと、特別に、渡してやろうと思ったんだがなぁ……」
ど、どんなのか聞くくらいなら平気……だよね?
「ひょれは……んくっ。どんなのれふか?」
朝食がまだな所為か、次々と溢れ来る唾液を飲み込んで極上スイーツとやらの情報を聞き出す。
「あれは……そうだな。甘さの中にほのかな苦味があって、とても美味だ。冷やして食べるとまた格別だ」
冷やすという事はアイス系? 氷菓子? いやいや、ゼリーって可能性もあるな。
「この辺じゃ見かけないよな」
「そうですわねン。アレは砂の国でしか味わえない逸品ですからねン」
ナヌ!? 地域限定商品とな?! この国から出られない私にとって、それは非常に魅力的にしか映らない。
「どうする?」
「やりまふっ!」
砂の国の王様がニヤリとしたのも、後ろでペティレッカさんがクスクスと笑っていたのも、未知のスイーツを頬張る妄想で気にも留めなかった。
☆ ☆ ☆
森の国アールディエンテの城下街は、自然と調和した街並みだ。馬車が往来する通りに街路樹が立ち並び、歩道があって露店が並ぶ。建物は更に外側にあり、ヨーロッパの様な木組みの家が建てられている。その通りを、リィネガッハさんとペティレッカさん。そして私の三人で、ある場所に聞き取り調査をする為に歩いていた。
「にしても、スイーツと聞いた途端にやる気が出るとはな」
「何言ってんですか。乙女の原動力はスイーツです! 乙女といえばスイーツ。スイーツといえば乙女です!」
フンス。と鼻息荒く言い切る私。現代では『体重』というリミッターが働いて言い切る事は難しい。しかし、朝昼晩夜食。と、毎日四食を食していても全く太る気配が無いこの世界でなら、声を大にして言えるのだ。
訓練やら魔力消費やらで摂取以上のカロリーを消費しているのだろうと気付き始めて歯止めが効かなくなりつつあるのが心配ではあるが。
「そ、そうなのか?」
ペティレッカさんに聞くリィネガッハさん。
「普段から白濁とした苦いモノを飲んでいるからねン。甘い物が恋しくなるのは事実よン」
それってマナポーションの事で良いんだよな?
「どうしてまたそんなモノを?」
「あのドロリとした舌触りと匂いが、気分を向上してくれるからに決まっているでしょン? と、く、に。一回見せてからごっくんしてあげると、イイ表情してくれるのよねン」
いやコレ絶対に違うやつだ!
「朝から下ネタとか止めて下さいよ」
「あらン。私はマナポーションの事を言ってたんだけどン?」
「クッ……」
コイツめ、ワザと連想させる様な言葉を選びやがったな。
私達が足を運んだのは、この街の物流を取り仕切っている大商人のお屋敷。名前をシュドゥーゲといい、全員治療士で役に立たない私達に薬を盛って性奴隷に仕立て上げ、快楽で以って終末を迎えよう。と、王様に進言をした張本人だ。
重厚な扉に付いた獅子が咥えたドアノッカーを叩くと、すぐに白髪お髭の初老っぽい執事さんが顔を出し、チラリと一瞬、私と目を合わせた執事さんはすぐに残りの二人をみやる。
「これはこれは、リィネガッハ様にペティレッカ様。突然のご来訪、何用で御座いましょう」
「シュドゥーゲ伯爵様にお伺いしたい事がありましてな、伯爵様は御在宅ですかな?」
「それはタイミングが良う御座いました。旦那様は間も無く外出なさる所でしたので」
つまり、危うく面倒さが増す所だったという事か。出掛ける前に捕まえられるとは幸先が良い。
「どうぞお入り下さい。旦那様に取り継ぎ致します」
重厚なドアを目一杯開けて、執事さんは私達を迎え入れてくれた。
異世界転移したらクラス全員が治療士でした。~まともなファンタジー路線かと思いきや、どうやら違う様です~ ネコヅキ @nekoha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界転移したらクラス全員が治療士でした。~まともなファンタジー路線かと思いきや、どうやら違う様です~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます