ジョブチェンジ。

 あれから三日。魔王探索隊の第二陣が戻り、異常なしの報告が齎されて一時は気が緩んだ私達。しかし、残りは一番外側の国境付近を探索している第三陣だけとあって王国側からヒシヒシと伝わってくる緊張感に、私達の心の中に生まれた焦りが否が応にも高められていく。


 最終戦争アルマゲドン


 私達にとって最初で最後の戦争。みんなも不安と恐怖に駆られているのが手に取るように分かる。いつもは和気あいあいとしていた食事の時間も今はお通夜の様に静まり返り、そのほとんどが出された食事に手を付けてはいない。

 このままでは全員死ぬ。日を追うごとにそれが頭にこびり付いて離れない。最後の調査隊が戻るまであと五日。私達が元の世界に戻る事は絶望的になりつつあった。


  ☆ ☆ ☆


「違う! もっと周囲に意識を向けろと何度言ったら分かるんだ!」

 リィネガッハさんからの怒号が飛ぶ。呼吸は荒く、腕が震えて物を持てない程に握力が低下している。

 身体のあちこちに青あざが出来上がり、発する痛みという枷が動きを鈍らせる。

「ちょ、待って下さいっ」

「言って待つ敵なんかいねぇよっ!」

 振り上げた木剣が頭に向かって迫って来る。握力がほとんどない手では床に転がる木剣を持てない。例え持てたとしても受け止める前に直撃する。

 瞬時にそう判断し、両腕をクロスして木剣を防ぐ。しかし、衝撃は別な所からやって来た。

「ふぐぅっ!」

 脇腹から嫌な音が響く。床との摩擦で白くてモチモチの肌が削られ、背中から本棚に激突して鉄で角が補強された本が降り注ぐ。

「う……かはっ」

 喉を逆流してきた熱い塊が外へと溢れ出る。ドロっとしたその液体は赤く、鉄臭い。

 もう、立つ事は出来なかった。手足は生まれたての子鹿の様に震え、外からも内からも限界の信号を脳に送り続けている。中からの痛みが特に酷い。絶え間なく脂汗が流れ落ちて床のシミを広げていた。

「慈愛の女神ヴンリィーネン。その広きかいなの奥底に彼の者を迎え入れ、深き御心で傷付き倒れたる者に慰めを与え、再び立ち上がる力を。エクス・ヒーリングゥン」

 流石は究極の回復魔法。恐らくは折れていたであろう脇腹からの激痛も無くなり、同時に体中に活力が漲る。これで日に三回という縛りがなければ最終戦争も乗り切れるのだが。

「ありがとうございます……」

「全くもぉン。リィネちゃんは乱暴なんだからン。女の子のカラダ……いやらしいカラダを蹴り飛ばすなんてン」

 テーブルに広げた紙に何かを書き込みながらペティレッカさんは言う。その周りには幽霊のお姉さん達がふよふよと浮いている。片手間で最上級治癒魔法を放つのは流石は大司教。が、いやらしいって付け足す必要あったのか?

「戦場はこんなに甘くはないですよ」

「まあ、そうよねン」

「さあ立て、ワタナベカエデ。この五日間でお前にオレの総てを叩き込んでやる」

「は、はい」

 床に転がる木剣を持って立ち上がり、切っ先をリィネガッハさんへと向ける。

「ワタナベさぁン。もし、もうダメだって思ったのなら私に教えてねぇン」

「え、何でですか?」

「奴等に慰みものにされるくらいなら、私がそのエロイ身体を頂くわン」

「りっ、リィネガッハさん! そんな事にならない為に特訓お願いしますっ!」

「お、おう……」

 アンタに犯されるくらいなら清いままで死ぬわっ。

 その数分後、再び最上級回復魔法が掛けられた事は言うまでもない。


 ☆ ☆ ☆


「エクス・ヒーリングゥン」

 本日三回目の回復魔法が掛けられる。全身の青あざが瞬く間に消えていき、折れた左腕も元通り。ホント、三回縛りがなければ掛けまくって戦うのに。

「全然ダメダメですね……」

 二戦目終了後に色々とレクチャーを受けて望んだ三戦目。身体は軽くてキレは今までで一番だった。これならイケる。そう思える程だった。しかし、結果は惨敗。リィネガッハさんは五枚も六枚も上手だった。

「……いや、そうでもないぞ」

 タオルで汗を拭きながらリィネガッハさんはそう言う。

「え?」

「少しづつオレの動きについてこれているし、それに最後何をしようとしたんだ?」

「えっと、最後?」

「ああ、プレッシャーが格段に跳ね上がっていた。もしあれがオレへの攻撃だとしたら、回復魔法を受けるのはオレだったかもしれん。それ程のものだった」

 無我夢中で木剣を振るっていたから正直自分でも何をどうしようとしていたのか分からない。

「ま、徐々に感じていけばいいさ。焦るな」

「はい」

 大きな手を私の頭に乗せて言うリィネガッハさん。とはいえ、最後の戦争まで残り四日しか無い以上、焦るなというのが無理だ。

「ペティレッカさんの方はどうですか?」

「この子達の活躍のお陰でもう少しで完成よン。備蓄庫には罠も仕掛けてあるし、掛かり待ちよン」

「色々と立て込みそうですね……」

 魔王が先か行方不明の真由美達が先か。どちらにしても、ゴタゴタしてしまうのは避けられない。

「まぁ、行方不明者が見つかっても個別で行動はさせられん。誰かと一緒に居てもらい、万が一には下がらせるしかないだろう」

「そう、ですね……」

 リィネガッハさんは二人が見つかっても戦には出さない。そうは言わなかった。

 それもそうだ。私達異邦人は彼等よりも力や魔力量が優っている。その力を使わない手はないのだろう。

「チカラ……チカラか」

「ん? どうした?」

「リィネガッハさん。もう一度手合わせ願いますか?」

「は? お、おいおい。もう最上級回復魔法は使えないんだ。無理はするな」

「そんな事を言ったってもう時間が──」

「ワタナベさぁン。勇者とは勇ましき者の事を差すの。今のあなたは無謀者にしか見えないわよン」

 広げた用紙にペンを走らせながらペティレッカさんが言う。

「勇ましき者……」

 勇ましいとは、恐れず、怯まず、強い意思を持つという事……そうか、アレはそういう事だったんだ。

「急く気持ちも分かるがな、焦りは──なっ?!」

 リィネガッハさんからの驚きの声が耳に届く。それ以上に私自身が驚いていた。

 内側から湧き出す無限とも思える力。溢れ出た力が渦となり、ホコリや本が宙を舞う。そして、お姉さん幽霊達もクルクルと回りながら飛ばされていく。ひゃぁぁっ! と、可愛い声を出しながら。

「ふう……」

「おまっ! 一体何をしたんだ!?」

「分かりましたっ」

「何がだっ?!」

「リィネガッハさんが最後、凄いプレッシャーを感じたって言っていた正体が」

 レクチャーを受けて望んだ三戦目。結果は惨敗だったが、最後の最後に一矢報いてやろうと思った。そして、勇ましい者の定義。

 仮説を立ててそれを実行してみたら出来ちゃったのである。

「アレは私が持った強い意思だったんですよ」

「強い意思……って事はあの満身創痍の状態で何かしようとしていた訳か」

「ええ、相討ち覚悟で一矢報いてやろうと思ってました」

「なるほどな、強き意思こそが勇者の力か……という事は、今まではそれ程本気に思っていなかったって事だな?」

「うっ……だ、だって、特別扱いとかされたくなかったし……」

「特別扱い……?」

 そんな事で? と、リィネガッハさんとペティレッカさんの表情がそう語る。

「あ、あと。目立ちたくなかったし、私だけ勇者って仲間外れ感ハンパないしっ。それにそれに! 勇者イコール面倒ごとを押し付けられるイメージだしっ」

「……お前の世界の勇者ってどういう扱いされてんだ?」

 だから言った通りの扱いだよ。……人によって違うだろうけどさ。

「それにしても、お前のカードには治療士と書かれていた筈なんだがな……」

「ああ、それはですね」

 ポケットから冒険者カードを取り出す。職業欄に書かれている職業は未だ治療士だ。それを元に戻る様に強く念じながら指先で撫でる。すると治療士と書かれた文字は勇者へと変更された。

 初めてカードを作ったあの日、みんなが読めないと言っていたこの世界の文字。しかし私にはそれがなんとなく読めていた。今思えばそれが勇者特性の一つなのかもしれない。ともかく、このままでは勇者に祭り上げられてしまうからどうにか隠せないかと思っていたら出来ちゃったのである。

「ホラ」

「な……」

 冒険者カードを引っ手繰る様に取り上げたリィネガッハさん。その目は大きく見開かれ、手は震えていた。

「バカなっ、任意で職業の変更だと?! あり得んっ!」

「多分文字だけだと思いますが……」

 試した事は無いから分からないが、職業自体自由に変更出来たら全員が勇者になれてしまう。

「なんだ文字だけか……」

 明らかにガッカリした様子で呟いたリィネガッハさん。私と同じくそれなら全員が勇者にっ。と、思っていたに違いない。

「そう上手くは行かんもんだな」

「そうですね……」

 差し返されたカードをポケットに仕舞い込む。

「果たして文字だけかしらン」

「どういう事ですか?」

「勇者として扱われたくない。差し違えてでも一矢報いる。どちらもあなたの強い思いが働いていたのではなくてン?」

「確かに……」

 思えばどちらも必死だった気がする。

「百聞は一見にしかず。取り敢えず試してみましょうかン」

「試すって何の職業になれば?」

「そうねン……魔導士なんてどぉン?」

「魔導士ですか……」

 ファンタジーの定番であるその職業ならばイメージするのは比較的簡単だ。

「じゃあ、やってみます」

 再度カードを取り出して、人差し指で職業の部分を覆う。そうしてなりたい職業を頭に思い描くのだが、折角なのでより強い魔導士になろうと思いつつ指を滑らせる。


 どうやら上手くいったようだ。表示には治療士に代わる別な職業が記されていた。

「えっと、ま・お・う?」

「…………」

「…………」

「「「………………なにぃっ!?」」」

 魔法の明かりが灯る書庫内に、三人の驚愕の声が木霊した。


 ☆ ☆ ☆


「わっ、ワタナベカエデッ! おま、おまんま……お前が魔王だったのかっ!?」

「違うに決まっているじゃないですかっ!」

 木剣の柄に手を掛けて臨戦態勢を取るリィネガッハさんに全力で否定する。そもそも、私が魔王だったとしたら木剣なんかで何をするつもりだったんだこの人は。

「果たしてそうかしらン?」

「ペティレッカさんまで!?」

「だってそうじゃない? あなたが魔王じゃないって証拠は何処にも無いのよン?」

「証拠も何も違いますって!」

「でももし、あなたが魔王じゃないと言うのならン……」

 ゆらり。と一歩を踏み出したペティレッカさん。その目は魔物の様に赤く光っていた。そして、だらんと下げていた手をゆっくりと胸に添えると、けしからん脂肪がたゆんと揺れた。

「私を抱けるはずよン!」

「あ、魔王でいいです」

 即答で返してやると頬を膨らませて不貞腐れるペティレッカさん。抱くって意味分からんわ。

「それで? どんな風に思ってそうなったんだ?」

 どうやらリィネガッハさんも完全スルーを決め込んだようだ。ペティレッカさんの頬がますます膨らみ、リスもかくや。という状態になっている。

「えっとですね、私が思い描いた魔導士像は、所構わず攻撃魔法を撃ちまくって山を半分消し飛ばしたり、魔法の実験で入江を生物が住めない状態にしたり……あ、あと。盗賊が貯め込んだお宝を根こそぎ奪うって事を頻繁にやってますね」

「お前、それもう魔王だろ」

 呆れ顔でリィネガッハさんは言う。破天荒な彼女だが、幾度となく世界を救っている勇者でもある。

「それでン? 何か変わったかしらン?」

 改めて自分を見てみるも、別段かわった様子は見られない。肌も浅黒く変色してはいないし、爪も普通だ。勿論、ツノも無ければ尻尾も生えてない。

「特に変わったって感じはしませんね」

「となると、やはり表記だけって事になるな」

 ホッと一安心。そう言わんばかりの表情をするリィネガッハさん。ペティレッカさんは何故か残念そうな顔をしている。

「ペティレッカさんの方は済んだんですか?」

「勿論終わっているわン。見てみる?」

 バサリとテーブルに広げられたお城の見取り図。そこには無数の線が描き加えられていた。

「凄いですねコレ……」

 トイレで見た花子さん……もとい、お姉さんが出てきた壁は勿論の事、私達が食堂に使っている部屋や、厨房の冷蔵庫の裏。そしてお風呂にも外から繋がっている。

 王城の方はもっとひどい。書庫へ至る二つの通路以外にも、あちこちへ繋がる通路がいたる所へと延びている。この城の耐久性は大丈夫なのかと心配になる程だ。

「私もここまでだったとは思わなかったわン」

「ホント、何を考えて作ったのか分かりませんね……」

 隠し通路とは普通、なにかしらの意図があるはず。例えば王族を脱出させる為の通路とかだ。しかしこの地図を見る限り、ただ面白がって作ったとしか思えない。

「このバッテンは?」

「ああ、それは崩落していて通行不可能な場所よン」

「基礎工事からやり直した方がいいんじゃ……?」

 崩落して通行不能だと言われたバッテン。その記載が王城地下に集中している。よくもまあこれで地盤沈下しないもんだと思わざるを得ない。

「そうねン。このままだと遅かれ早かれ城が崩壊するかもしれないわねン」

「外壁と内壁の隙間にも通路が走ってますし……」

「ああ、それはだな。攻撃による爆発の余波が直接中に届かないようになっているんだ」

 壁を二枚重ねるよりも、間に少し空間を開けた方が衝撃が伝わりにくいのだという。勿論同じ場所に攻撃が加われば内部にまで衝撃が伝わってしまうが、よほど近距離でなければピンポイントで当たる確率は低いのだそうだ。なるほど。

「にしても、ここまでのをたった二日で探し出してくるなんて流石はお姉さん達ですね」

 それもこれも、物を透過出来る幽霊さん達のお陰だ。……まあ、あちこちで亡霊騒ぎという副次被害も出ていた様だが。

『うんっ! ルアファも頑張った!』

 浮きながら仁王立ち(?)して満面の笑みでブイサインをするルアファちゃん。えらいね。と頭を撫でてやるとでへへ。とデレる。

『だからね、ご褒美にお姉ちゃんのカラダを頂戴……』

「え……?」

 急に変わった抑揚の無い声に、ゾクッと背筋を冷たいものが駆け抜けた。心臓をガッチリと掴まれる感覚はリバースしそうな程に気持ちが悪い。

「る、ルアファちゃん……何をするつもりなの……?」

『決まっているでしょ。他のお姉ちゃんに取られる前にルアファがお姉ちゃんの身体を乗っ取るの』

「乗っ取ってどうするのン?」

『動かないで! 動けばこのお姉ちゃんの心臓を握り潰すからっ!』

「そんな腕で握り潰せるのかしらン?」

『え……?』

 ペティレッカさんから自分の腕へと視線を転じるルアファちゃん。そのつぶらな瞳が大きく見開かれる。

『な、な……何で?! どうして!?』

 手首と肘のちょうど中間あたり。消しゴムで消した様に無くなっている腕から、一つ、また一つと黄色の粒子の様なモノが宙へと舞い上がり消えていく。

「だってその娘、勇者だからねン」

『ゆ、勇者!?』

「そうよン。勇者とは、古来より聖なる属性に連なるもの。それを乗っ取っても逆に浄化されるのがオチよン」

『そんな……』

 ガクリ。と、宙で膝を折るルアファちゃん。その目には、今にもこぼれ落ちそうなくらいに涙を浮かべていた。

「ねぇルアファちゃん。どうして乗っ取ろうと思ったの?」

『……父様と母様に会いたかったから』

 グスッと鼻を啜ると共に、溜まりに溜まった涙が頬を流れた。八歳という歳はまだまだ甘え盛り、私も八歳の頃はパパとママにべったりだった記憶がある。

「残念だが、それはもう叶わない」

「リィネガッハさん?!」

 小さな子の想いを知ってかしらずか、リィネガッハさんはアッサリと踏み躙った。

「なんだ? 隠していても仕方がないだろうが」

「確かにそうですけど……」

 出来れば自身で気付かせて欲しいとは思う。

『グスッ……どういう事なの?』

「今はあの時より百年ほどの時間が過ぎている。お前の父君であるリィガトーニ殿。その夫人のレテタリア様も、もうこの世には居ない」

『う、ウソ! ウソ吐かないで!』

「ウソではない。今はブランシール国王陛下の治世だ。知らんのか?」

『そんな人ルアファが知る訳無いでしょ! ……ああ、分かった。あなたはアイツの仲間なのね? またルアファを牢屋に閉じ込めるつもりなんだわ!』

 物凄い剣幕で捲し立てるルアファちゃんを、トイレで見た花子……もとい、落ち着いたお姉さん風の幽霊さんが背後から抱きしめた。

『ちょっとルアファちゃん。落ち着きなさい』

『だって……だってぇぇ』

 落ち着いたお姉さん風の幽霊さんは、ルアファちゃんの頭に優しく手を添えると、私よりも大きいけしからん脂肪に押し付けた。その中で泣きじゃくるルアファちゃん。

『ごめんなさいね。この子の時間はあの時から止まったままなの。この子にとって、今はまだ内戦の真っ最中。待っていればきっと両親が迎えに来てくれる。そう信じているのよ』

「どうしてそこまで頑なに……?」

『怖かったのだと思うわ。両親がもう居ないと認めてしまったら、ひとりぼっちになってしまう。寂しさに押し潰されてしまうのだと、ね』

『だから私達は寂しさを紛らわしてあげてるの。それが私達の罪滅ぼし』

 貞◯風のお姉さん幽霊が、胸の中で泣いているルアファちゃんの頭を撫でる。

『私達もね、怖かったのよ。仔犬みたいに震えている事しか出来なかった』

 貞◯風お姉さん幽霊が、私達はこの子を見殺しにしたのだと言うが、でもそれは致し方ないのでは? と思っていた。囚われの身で一体どんな手段が残されていたというのだろう?

『もしあの時、命を投げ出して飛び掛かっていたなら、この子が逃げる時間を作れたんじゃないかって、今でも思っているの』

『あなたはそんな後悔残さない様にね』

 そう言い残し、未だに泣いているルアファちゃんを抱いたままお姉さん幽霊達は消えていった。どうやら夜が明けたらしい。

「……ペティレッカさん」

「なぁにン?」

「浄化の術で彼女達を成仏させられませんか?」

「あの娘達をおもんばかっての事なら浄化では無理でしょうねン。浄化と成仏は別モノだと思っているからねン」

「そう、ですか。いつか成仏出来る日が来る事を願うしかないんですね……」

「それもこれもお前次第だぞ」

「……そうですね」

 最終戦争がまもなく始まる。人類を滅ぼそうとする魔王に慈悲があるとは思えない。彼女達の魂を来世へと繋げる為にも、また一つ、負けられない理由が出来た。


 ☆ ☆ ☆


 昼間は治癒士として、そして夜は剣術の訓練を行い早四日。勇者としての自覚が芽生えてからというもの、日に日に増していく力に戸惑いながらも、何とか戦場に赴けるだけの技量を会得出来たように思う。

 しかし、リィネガッハさんからしてみれば、まだまだ新兵の域を出ていないという。あとは実戦で鍛え上げるしかなく、初めのうちは雑魚相手に経験を積む事を厳命されている。

 そして、その準備が整ったのなら、全軍で以って私達を主力……つまり魔王の元に届ける作戦に切り替わるのだと伝えられた。

 なりふり構わず突撃させるなど、取り返しがつかなくなるのでは? という私からの質問も、万の兵が死に絶えようとも全てはたった一人を討つ為だ。そう言ったリィネガッハさんもどこか辛そうにしていた。


 そして、人類の命運がかかった最後の報告が行われようとしていた。


 体育館ほどの広さの室内には、この国を支える文官や武官達が整然と並び、その最前列に私達も並んでその時を待っていた。

 ギギギィ……と、軋みを上げながら大きな扉が開かれ、甲冑の擦れる音が玉座に座る王様へと近付いていく。が、なんかちょっと慌てている様な……?

「ほっ、報告致します!」

 ガシャッと王様の御前で膝を付いたのは一人。一チーム六人で行動している事を知っている私は、まさかいきなり魔王発見の報告か?! と、心臓が早鐘の様に鳴り出した。

「王都周囲に他国の兵が多数確認されております! その数約十二万!」

「十二万じゃと!?」

 王様が慌てて立ち上がるのと同時に室内がざわつき始める。私達は一体何が起こっているのかも分からずに、ただポカンとしているだけだ。

「ほぼ全軍ではないか……彼奴ら、一体何をするつもりなんだ?」

 王様からの問い掛けに、教皇さんは首を傾げた。

「ともかく、彼等から事情を──」

 教皇さんの言葉を遮り、玉座の間に大きな音が響く。武官達は何事かと腰の剣に手を伸ばして、文官達は目玉が飛び出るほど目を開いて、一斉に背後に振り返る。勿論、私達は後者の方だ。

 その大きな音を引き起こした人物は、扉の向こうで佇んでいた。ムエタイの様に脚を上げていることから、どうやら蹴り飛ばして扉を開けたらしく、衛兵さんの慌てぶりが凄まじい。

「よぉジーサン。久しぶりだなぁ……」

 ガシャッ、ガシャッと、重そうな音を響かせ、それなのに普通に歩いてくる闖入者。

 四十代前半だろうか? 肌色の鎧のその隙間から覗かせる素肌は陽に焼けて黒く筋肉質だ。不敵に笑うその男はパッと見、盗賊か何かの頭の様に見える。

「いつからそんなに足癖が悪くなったんじゃ? テオール・コテンツーベ殿」

「砂の国の国王様なのですから、もう少し慎みを持たれては如何でしょうか?」

「フン。んな事やってる場合じゃねぇよ。単刀直入に聞くぜ? お前、魔王を匿ってんだろ?」

 砂の国の王様の言葉に、その場の誰もがぽかんと立ちつくしていた──



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