見えぬ脅威。身近な恐怖。
階段を昇って辿り着いた先は矢鱈と豪奢な装飾が施された広い部屋。
天井からは金のシャンデリアが垂れ下がり、床は真っ赤な絨毯が敷かれている。そして目の前には女の子が憧れるお姫様ベッドが薄いヴェールの向こうに鎮座していた。
「ここは……?」
「国王陛下の私室だな」
「王様の?!」
そう聞いた途端目の前のお姫様ベッドが汚らしく思えるのだから不思議だ。
「こんな所に繋がってたなんて……」
「あら、おかしくはないでしょン。攫ってきた女の子が他人に見られては不味いものン」
「だからこそあの部屋を少女達の幽閉場所にしたのだろう」
私室から直接行き来し、美女や美少女に何をさせていたのかなんて貞子さんの様子からしても丸分かりというものだ。
「取り敢えずここから出よう。陛下に見つかると不味いからな」
言い終わるか終わらないかのタイミングだった。
唐突にガチャリ。と、部屋のドアが開かれ、もっこもこのファーが付いたガウンを着込んだ小太りなおじさんと目が合う。
「ぬぉっ!? な、なんだお主等は?! 何処から入った!?」
仰け反りながら大層驚くおじさんに、『言ったそばから』とリィネガッハさんが呟く。
「あらン陛下、お早うご御座います」
軽いペティレッカさんに対してリィネガッハさんは床に片膝をついて頭を垂れる。
「申し訳ありません陛下。書庫にて探し物をしておりまして、その折に隠し階段を発見して昇るとここへ通じていたのです」
「隠し階段じゃと?」
「は、左様です」
リィネガッハさんは私達が出てきた開け放たれたままの隠し扉に王様を案内する。
「本当じゃな……こんな所に通路があったとは……道理でスースー風が入ると思っとったわ」
普通調べないか?
「してリィネガッハよ、探し物とやらは見つかったのか?」
「いえ、それらしき書物を見つけましたが、肝心な部分は何者かに持ち去られていまして……」
「左様か。ところで何の資料を探していたのじゃな?」
「この城の隠し通路が記載された見取り図です」
「何じゃと!?」
今度は前のめりで驚いたおじさん。
リィネガッハさんが僅かに身を引かなければ、男同士のフレンチキスを見れた事だろう。
「その驚き様からすると、王様はご存知だったのですか? 隠し通路の事を」
「ああ、知っておる。王位に就く者には代々伝えられておってな。じゃが、外へと通じる幾つかの通路以外、その詳細までは知らんのじゃよ。しかしその一件、放置しておく訳にはいくまい。万が一にも城外に流出する様な事があれば、この城の何処から賊が出るか分からん事態となる」
「それについて、私に妙案が御座いますのよン」
「おお、流石だなペティレッカ。よかろう、其方に任せるとしよう」
「仰せのままにン」
ペティレッカさんが胸に手を当て、爆乳をぽよよんとさせながらお辞儀をした直後、トントン。とドアがノックされる音がした。
「入れ」
そのドアを開けたのは、王様よりも年老いた男性。執事スーツをバッチリと着ている所を見ると王様の世話係なのだろう。
彼は私達を見るや否や大層驚いた表情をしていたが、自身の仕事を優先したようで王様に頭を垂れた。
「陛下、間も無く偵察隊の第一陣が戻って参ります。どうぞお支度を」
「あい分かった。暫し待たれよ」
「は」
返事をした執事さんは頭を下げたままで後退り、ドアを閉める。
「リィネガッハにペティレッカ。それと異邦人殿も同席してもらえんか?」
「え? いやしかし、正装でもないこの様な格好では……」
「構わぬ。ワシが許すのだ、誰にも文句は言わせんよ」
「は。では、臨席させて頂きます」
「うむ。異邦人殿も、疲れている所スマンが臨席してくれ」
「分かりました」
魔王探索の第一陣である以上は断っても結局は呼び出されるに違いないだろうし、部屋に戻っても寝れないだろうと思って了承をした。
着替えをするから。と、廊下に追い出された私達。
リィネガッハさんは後ろ頭に手を組んで壁に寄りかかり、ペティレッカさんはお腹の前で腕を組んで佇んでいる。
チラリチラリと視線を向ける執事さんは何か言いたげではあるのだが、誰も口を開かないこの状況を崩すつもりは無いようだった。
「そういえばペティレッカさん。さっき王様に言っていた妙案ってなんですか?」
「知りたいのン?」
「ええ、興味がありますね」
一体どうやって隠し扉や隠し通路を探し出すのか? 人海戦術で探しまくるくらいしか思いつかない。
しかしそれだと、やたらと時間がかかる上に相当な人数が動く為に、隠し通路を探している事が誰の目にも明らかになってしまう。
ペティレッカさんが執事さんへと視線を向けると、執事さんはその意図を察した様で胸に手を当て会釈しながら距離を取った。
「耳をン」
言われて耳を差し出すとペティレッカさんは手で覆い、フッ。という音と共にゾワゾワと鳥肌が立ち、ブルッと身震いする。
「ちょ、何するんですか?!」
「あらン、お約束ってヤツでしょン?」
「そういうのは要りませんから」
「はいはい。でもそうねン。まだ秘密って事にしておこうかしらン」
「秘密、ですか?」
「ええ。上手くいったなら近日中には通路の所在が判明するわよン」
「じゃあもし、その通路が見つかった場合にはどうされるのですか?」
「んー、そうねン……」
トントントン。と、指先でこめかみをリズミカルに叩くペティレッカさん。
「出口に落とし穴を作るのってどおン? 中に針を沢山入れておくのン」
「死なせてどうするんですか」
「あらン。窃盗は重罪よン。盗賊なんかはその場で処理していい決まりだものン」
ここが異世界だと、つくづく実感出来る答えを出してくるペティレッカさん。
「そうは言っても出来れば生かして捕らえて欲しいです。行方不明の二人に繋がるかもしれませんから」
「分かっているわよン。じゃあ、麻痺毒にしましょうかン。それをなみなみと注いで──」
「だから死にますって」
なみなみと注いだら動けなくて溺死するだろうが。
私室のドアが開けられると同時に、壁に寄りかかっていたリィネガッハさんが姿勢を正す。
身支度を整えたおじさんは、ファーの付いたガウンを着たどこぞのおじさんではなくて謁見の間で見た王様だった。
「では参ろう」
「は」
王様が先頭で歩き出し、短く答えたリィネガッハさんがあとに続く。次いでペティレッカさんと私が並んで続き、最後に執事さんがついて来る。
外を見ると、山並みに向かって漆黒の闇が徐々に薄れ、藍から青を経てオレンジ、そして白へと色が変わりゆき、もうすぐ夜明けであろう事を知らせていた。
ふと、視界の下で動くオレンジ色の光源に気が付いた。
山陰で未だ漆黒が色濃く残るその場所に、輝く六つの光が王城に向かってゆらゆらと進んでいる。
「リィネガッハさん、あれって何ですか?」
指し示す私にリィネガッハさんがどれどれと外を見る。
「ああ、あれは探索に出ていた奴等だよ。見た所空振りだった様だな」
「え、分かるんですか?」
「ああ。一チーム六人の編成でな、誰一人欠けてないって事は何も発見できずって事だ」
「誰一人欠けてないって……もしかしてそういうのが前提で探索していたんですか?!」
「そりゃそうだろう。魔王やその尖兵に出会して無事で済む方がおかしい。人数が欠けていたり、定められた時刻に戻らなければソコに魔王が居るって寸法だ」
「そんな決死の覚悟で!?」
「そうでもしなければならない事態なのじゃよ異邦人殿。この世界の命運が掛かっておるのじゃ。勇者殿が不在である以上、初手で最大の足掻きをする為には必要な事なのじゃ」
振り向きもせず、前だけを見つめて言った王様。その手はきつく握られている。
と、私の肩に手を置いたリィネガッハさんが耳元で囁く。
「耳が痛いだろ」
「べ、別に」
ばつが悪くなって向けた視線の先で、陽の光が顔を出し始めていた。
☆ ☆ ☆
早朝にもかかわらず、謁見の間には各方面の有識者が勢揃いをしていた。
王様と一緒に入って来た私達を見て有識者達が騒めいたが、王様からの鋭い眼光によって静まり返る。
静寂の中、謁見の間の扉が軋みを立てて開かれ、二列に並んだ兵士さんが室内に進み出る。
玉座の近くまで進み出た兵士さん達の内五人がその場に跪き、リーダーと思しき人物が敬礼をする。
「報告致しますっ!」
「うむ、聞こう。話すが良い」
「はっ! 第一方面第四偵察隊、異常なしでありますっ!」
「あい分かった。下がってゆっくりと休むがよい」
「はっ!」
跪いていた五人の兵士さん達が立ち上がり、一斉に敬礼をしてから回れ右をして出て行った。
それからそう時間をおかずに続々と偵察隊の兵士さんが戻り始め、先に戻った兵士さん達と同じく三分程のやりとりを経て退室していく。
第一陣の報告の結果、王都周囲に魔王の影なし。となった。
「居ませんでしたね……」
「ああ。取り敢えずは一安心だな」
首都の直近に出現された場合、各国共に各個撃破の危機に晒されるのだとリィネガッハさんは言う。
確かに彼の言う通り、全員であたって見出せる光明も一部が欠けては闇に呑まれかねなかった。
「オコナー教皇。巫女殿は神託を授かったのか?」
「いいえ、未だ」
「左様か。次の報告は三日後であったな」
「はい。その通りに御座います」
「あい分かった」
言って王様は玉座から立ち上がる。
それを見て、魔王発見されずの報を受けて気を緩ませていた高官達が姿勢を正した。
「皆の者、朝も早くからご苦労であった。聞いての通り、王都周囲に邪悪な影は形もなく、さぞ気も緩んだ事だろう。だが、それで良い。今は身体を休め、後に決戦に向けての準備を怠らぬよう。次の報告は三日後の予定だ。それまで、各々の役目を果たせ」
「「「はっ!」」」
非戦闘員の高官は胸に手を当て、戦闘員である騎士達は敬礼をし、了承の声を発した。
と同時に、謁見の間の扉が開かれて高官達が退室していく。しかし、全ての高官が退室しても扉は開かれたままで、王様も玉座に座したまま。どうやら別な何かを待っている様に見えた。
そしてその別な何かは大勢の足音と気怠い声と共にやって来た。
兵士さん達と違って不揃いな足運び。寝起きでボーッとしたまま歩く者も居れば、喉の奥まで見えそうな大欠伸をしている者も居る。その殆どが彼氏に絶対見せられない顔をしていた。
先頭で生徒達を率いる美冬ちゃんと目が合う。声こそ出してはいないが、その目は『アンタそこで何やってんの?』と、言わんばかりだ。
「朝も早くから申し訳ありません教師殿。先程、偵察隊の第一陣が戻って参りましてな、結果は異常なし。邪悪な存在の影すらも見当たらない。という事です」
「そうですか。取り敢えずは安心しました」
「次の報告は三日後の予定でおります」
「三日後、ですか……」
視線を王様から床の赤い絨毯に移し、考え事を始めた。
「教師殿。何かご懸念でも?」
「いえ。その報告なのですが、今後は私のみに伝えていただけませんか?」
「教師殿のみに、ですか?」
「はい。私が受け、皆に伝えれば問題はない筈です」
「ふむ……」
チラリと王様の視線が美冬ちゃんから後ろに並ぶクラスメイトに移される。
半覚醒のままで佇む者や友達の肩にコテンと頭を乗せて今にも瞼が閉じそうな者、コックリコックリと船を漕いでいる者も居た。
「分かりました教師殿。今後はあなたにお伝えする事と致しましょう。朝早くにお呼び立てしてしまい申し訳ありません。本日は休みとさせて頂きますので、どうぞ英気を養って頂きたい」
休みと聞いて生徒達から喜びの声が上がる。微睡の中を漂っていた者は周りの喜びように何事かとキョロキョロとしていた。
「宜しいのですか?」
「ええ。見た所大変お疲れのご様子。それでは正常な判断などおぼつきますまい。異邦人殿はこの戦の要、よく学びよく休んで万全を期して頂きたいのです」
「ご配慮痛み入ります」
「そういう訳でリィネガッハにペティレッカよ、本日の訓練は無しとする」
「畏まりました」
「了解よン」
リィネガッハさんとペティレッカさんが恭しく礼をした所で謁見は終了した。
☆ ☆ ☆
部屋に戻るなり、休みだきゃっほい。と、布団にダイブする者や力尽きて床の上にぺたんこ座りで寝てしまう者。友達同士抱き合って互いに抱き枕状態で寝息を立て始める者が続出。かくいう私も徹夜だった事もあって、疲れを取ろうと横になる。
「渡辺さんちょっといいかしら?」
「よくありません」
美冬ちゃんからの呼び出しに即答して布団を被る。が、その布団が奪い去られてしまった。
「よくないじゃありませんっ。昨日は何処へ行ってたんですかっ?」
美冬ちゃんの用事はおおよそ予想していた通りだ。
面倒臭いなと思いつつ起き上がって、私眠いんだけどアピールで欠伸を一つ。
「書庫ですよ」
「書庫? あんな所で何をしていたの?」
「いや、書庫でやる事といったら一つしかないですよ」
「エッチするには最適な場所だもんね」
横から口を挟む真希。その真希の顔面をアイアンクローして差し上げる。
「話が拗れるから黙っててくれない?」
「ひ、痛い。痛いって。顔が外国人になっちゃうってっ」
顔が外国人。面長になると言いたのだろう。それを聞いた幾人かが『似合わねぇ』と、のたうち回る。
「で、何をしていたの?」
「だからエッいたたたっ!」
「調べ物をしていただけですよ。この世界の事をもっと知りたいと思って」
「一人で?」
「リィネガッハさんとペティレッカさんも一緒です」
「そう……」
ほんの一瞬、目を逸らした美冬ちゃん。その視線が再び戻った時には力強い意志が宿っているように思えた。
「渡辺さん。悪い事は言わないからあの二人から距離を取りなさい」
室内がシンと静まりかえる。誰も彼もが同じ表情をしながらその視線を美冬ちゃんに向けていた。そのみんなの胸中を代弁すると『えっ?』だ。
「何でですか? 親身になって色々としてくれているのに……」
「だからこそよ」
「……?」
今度は一斉に頭を傾げた。『?』が見えるものならば、部屋を埋め尽くしているに違いない。
「とにかく、距離を置いて接しなさい。みんなもよ。分かった?」
「はぁい」
室内に広がる間延びした声。言うまでもないが理解している返答ではなく、『まあ、頭の片隅に入れとくわ』程度の返答だ。
それを分かっているのかいないのか、美冬ちゃんはにっこり微笑んで出て行った。
やっと横になれる。ゴロリと布団に転がると、ジッと見つめる真希と目が合う。
「近くない?」
「え? 普通でしょ」
目の前三十センチは全然普通じゃないと思うが。
「さっき美冬ちゃんから距離を取れって言われたでしょ?」
「それはリィネガッハさんとペティレッカさんの事でしょ?」
「私はあなたからも距離を置くわ」
「なんで?!」
ゴロリと寝返りを打つ。その背中に真希が抱きついた。ホントレズっ気の多いヤツである。
「で? 本当は何をしていたの?」
「だから美冬ちゃんに説明した通りよ」
「リィネガッハさんとペティレッカさんの二人と?」
「……そうよ」
「ホントにぃ?」
「ホントホント」
実際に探し物をしていたのだからウソは吐いてない。
「ね、もういいでしょ? 徹夜明けで眠いんだから放っておいて」
言って布団を頭からかぶる。
「分かった。お昼には起こすね」
「ん」
布団の中から手だけを出して応えると、真希が離れていくのが分かった。
☆ ☆ ☆
──夜。夕食を終えてお風呂に入り、就寝までの刹那な時間。娯楽がないこの世界でも私達は強かだ。
恋バナから妄想話まで。お茶とお菓子さえあれば何時間でも話し続ける事が出来る。それが私達JK。
夕食ももりもりと食べていた彼女達だが、お喋りの合間に伸ばした手にはポテチもどきが摘まれている。そして無くなれば、メイドさんを呼んで補充させるのだ。
「みんな良く食べるわね……」
「まぁ、半ばストレス発散だろうけどね。太らないから余計だよ」
真希の言う通り、コッチに来てから太ったという感覚がない。毎日お腹一杯食べていて間食もしているのに、だ。その最たるものは橋田美緒だろう。召喚前はぽっちゃりだった彼女も今やなんかシュッとしている。
「訓練で魔力を行使しているお陰かも」
魔力を捻出するのにカロリーも消費しているのだろうか?
「本出せば売れるかもね。『あなたも一週間で理想の体型に! 異世界ダイエット!』的な?」
「そんなの出しても売れる訳無いでしょうに。そもそも、どうやってここへ来るのよ」
私達だって来ようと思って来た訳じゃない。本を出版しても在庫処理に苦労するだけで大赤字確定だろう。そう思っていた。
唐突にドアが勢いよく開かれる。ある生徒は小さく悲鳴を上げ、ある生徒は悲鳴こそ上げていないがビックリした表情でその主を見つめていた。
そのドアを開けた人物も、血走らせた目を飛び出すくらいにカッ開いて荒い呼吸を繰り返している。その手や口にクリームを付けたままで。
低身長ツートップの須賀原美羽と真鍋可憐は今夜も厨房に忍び込んでスイーツを漁っていたらしい。
「で、でた」
そう言った美羽に隣の可憐はただコクコクと頷く。
「おしっ◯が?」
真希の言葉にブンブンと首を横に振る可憐。結った髪がその小さな顔にビシバシと当たる。
「お……お……」
「お◯っこ」
「違うっ! お化けよお化けっ! 幽霊っ!」
美羽の発言に室内が騒めいた。
「何であんたはスグ話をシモに持っていくのよっ!」
「だって、ねぇ?」
真希が同意を求めて私の方に視線を向ける。私は即座に明後日の方向を見て他人のフリをしてあげた。
「それで美羽。その幽霊ってどんなのだった?」
「ど、どんなのって、白くて──」
そりゃ霊体だから白いわな。しかし、どうして白いんだろう? という疑問も浮かんだが今はどうでもいいから切り捨てた。
「髪が長くて……あっ! 貞◯! ◯子にそっくりだった!」
貞◯のそっくりさん。で、地下書庫で会った◯子さんの姿が頭に浮かぶ。あんなナリでも一応はミスコンの優勝者だ。
「その貞◯が冷蔵庫の後ろからスゥーッと……」
その様子を思い出したのだろう。自分の身体を抱きしめてブルリと震える美羽。『テレビじゃなくて冷蔵庫なんだ』というツッコミもちらほら。
美羽の言う◯子があの貞◯さんならば、面白半分でそんな事をしないだろう。恐らくはペティレッカさんが絡んでいるに違いない。とすれば、王様に進言した妙案とやらを発動させたと見るべきか。
確かに、あらゆる物を透過出来る幽霊さん達ならば隠された通路も容易に発見出来るというものだ。まさに妙案だ。
「大丈夫よ美羽。害は無いから」
「どうしてそんな事を言えるの?!」
美羽は頭を抱えてその場に蹲り、『うぅぅ……また来る。きっと来る。』と、某映画の主題歌みたいな言葉を呟いていた。
そしていつの間にか側に寄って来ていた可憐が、私の袖を指先で摘んで引っ張っている。
「どうかしたの?」
僅かに屈んで視線を合わせる。可憐は手を口に当て、内緒話を耳打ちし始めた。
その話とは、真希が言っていた通りに少し出ちゃったらしい。下着を取り替えたいので付き合って欲しいそうだ。
「うん分かった。じゃあ、お姉ちゃんと一緒に行こうね?」
完全に子供扱いされているというのに素直に頷く可憐。『キーッ、私というものがありながらっ』という真希の言葉を華麗にスルーして、可憐と手を繋いでトイレへと向かった。
☆ ☆ ☆
窓から月明かりが差し込む個室が並ぶ部屋に、ランタンの炎がゆらりゆらりと揺れていた。
「楓、居る?」
「うん。居るよ」
貞◯との邂逅事件は可憐も相当恐怖だったらしく、このやり取りも一体何度目か。
程なくして下着を変え終えた可憐が個室から出て来る。
「ごめんね。付き合わせて」
「ううん。いいよこれくらい」
「それと、この事は誰にも言わないでくれる?」
視線を逸らしてモジモジしながら言った可憐。やべ、めっちゃ可愛い。と抱き着きたい衝動を無理矢理に抑え込む。
「分かった。私、口は堅いから安心して」
某暴走&誤爆女王とは違いソコはちゃんとしている。
「そうなの? 下の口はガバガバって聞いたけど……」
まてやおい。
「だ、誰がそんな事を言ったのよ」
「みんな噂してるよ。レズだと思ってたのにまさかの両刀使いとか」
表情筋が引き攣るのをハッキリと知覚した。風評被害で訴えてやろうか。と思った瞬間である。
「言っとくけど、リィネガッハさんやペティレッカさんとはそういう関係じゃ無いから。っていうか私はドノーマルだからね」
「そうなの!?」
ソコは驚く所じゃ無いだろう?
「じゃあ、真希とは?」
「アレはタダの金魚のフン」
「金魚のフンて……」
「さ、遅くなるとみんなが心配するから早く帰ろう」
そう言ってドアへと向いた時だった。
「ひうっ?!」
背後から聞こえた悲鳴とも取れる可憐の声に振り向くと、同時に壁から半身を出している白い物体が目に入る。
腰を抜かしてペタンコ座りをしていた可憐が仰向けに倒れ掛かり、慌ててその身体を支える。その目は完全に白目を剥いていた。
「か、可憐。大丈夫?!」
『あら、あなたはあの時の』
そう言った白い物体は、地下書庫で見掛けたお姉さん風幽霊さんだった。彼女はズポンッと音が聞こえそうな仕草で壁から抜け出すと、『ごめんなさい。脅かすつもりは無かったの。』と微笑んだ。
「どうしてそんな所から?」
『あのおばさんに頼まれ……いえ、あれはもう脅迫よね。それで通路の調査をしていたのよ』
「脅迫って……」
赤い浄化の光を手の上に灯らせながら、お願いをする彼女の姿が目に浮かぶ様だ。
『今みんなが手分けして調べているわ。詳細が知りたかったらおばさんに聞いてね』
ばちこん。とウィンクをしたお姉さん風幽霊さんは、フワリと浮かび上がると壁の中に消えて行った。
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