書庫の怪。

 八百年の歴史を刻んできた王城の一角に、他とは違った雰囲気を醸し出している場所が在った。

 エントランスや廊下の様に豪奢な絨毯などは無く、魔法での明かりどころか松明の明かりすらも無い。掃除の手も入っていないようで、天井や壁の窪みに蜘蛛が巣を張り巡らせていた。

「この先だ」

 青白い魔法の光を宿すランタンを持って先行するリィネガッハさんが言う。

「ここってどの辺なんですか?」

「階層は違うけど、丁度ここは謁見所の真後ろ辺りよン」

 私の隣を歩くペティレッカさんが、進む毎に暴れまくる爆乳を震わせながら言う。

「図書室ってこんな所にあったんですね……」

 美冬ちゃんや行方知れずの真由美がこの世界を知るために訪れていた場所だったと記憶している。

「いいや、図書室ではない」

「え……? それじゃあ何ですか?」

「これからオレ達が行く場所は、書庫だ」

「書庫……」

「図書室に置ききれなくなった書物をここに収納している」

「ああ、なるほど」

「まぁ、元々は別な使い方をしていた場所だけどねン。空いていたこの部屋を使う事にしたのよン」

「別な使い方……?」

 聞き返すと二人は黙ってしまった。コツコツと歩く音だけが通路に響いている。

「……あの」

「そ、それはホラ。誰しも知られたくない過去ってのがあるからよ」

 頬を掻きながらそう言ったリィネガッハさん。その事から、過去に知られたくない不祥事があったのだと分かる。

「先代の王様が大の拷問好きだったのよねン」

 なっ! と声を上げ、ペティレッカさんを凝視するリィネガッハさん。彼が言葉を控えた意味がムダになった瞬間だ。

「それ、言っちゃっていいんスか?」

「別にこれから行く場所にその事が記されてもいる事だし、遅かれ早かれってやつよン」

「そりゃそうっスけど……」

 リィネガッハさんは頭を掻き、力なくため息を吐いた。そして、過去に何があったのか話し始めた。


 事が起こったのは魔王討伐より百年が過ぎた頃。街を挙げての祭りが終わり、その直後に若い娘が行方不明になるという事件が発生したのだという。

「被害者は十代から二十代前半が大半だったそうだ」

「中には八歳って娘も居たわねン」

 リィネガッハさんは頷きながら、痛ましい事件だったな。と呟く。

「その娘達の共通点は、祭りの最中に『佳人かじん競技』という催し物に出ていた事だ」

「……佳人?」

 競技は分かる。だが、『佳人』とはなんぞや? と、頭にハテナを浮かべていると突然、ペティレッカさんがその細い指で私の顎を持ち上げた。人生初のアゴクイがこんなオバハンだなんて地味にショックだ。

「あなたみたいな可愛い女の子の事よン。その中で誰が一番可愛いのか決める催しよン」

「ああ、ミスコン。ですか」

「みすこん?」

 今度は二人がなんぞや? と疑問符を浮かべていた。

「佳人競技と同じですよ」

「へぇ、お前達の世界にもそういうのがあるのか」

「ええ。女性だけでなく、男性の方もありますよ」

「……それって誰が得をするんだ?」

「あらン。そんなの私達に決まっているじゃないのよン」

 リィネガッハさんを見つめ、ベロリ。と、舌舐めずりをしたペティレッカさん。彼が少し距離を取ったのは身の危険を感じ取った為だろう。

「と、ともかくだ。度重なる行方不明事件に王国憲兵隊が調査に乗り出した。そして知ってしまったんだ。自らが傅く者の犯行だと」

「王様に止めるように説得したんですね」

「無論そうした様だ。だが、当の王は聞く耳を持たなかった。その上、事もあろうか当時の憲兵隊隊長に罪を擦り付けようとしたんだ」

「その隊長サンは王を見限ったのン。そして世論を味方につけて建国初の内乱を起こしたのよン。結果がどうなったのかは、今を見て貰えれば分かるわよねン」

「……はい」

 もし、その勝者が逆転していたなら……。そう考えるだけでも末恐ろしく思えた。

「着いたぞ、ここが入り口だ」

 立ち止まったリィネガッハさんがランタンの光を一枚のドアに向けて言う。そのドアは城内や迎賓館にある様な立派なモノではなく、板に鉄鋲を打ち付けてあるだけの取り敢えず付けておけ程度の簡素なモノ。

 元々この入り口は巧妙に隠されていたそうで、王を討ち取った後に隠し扉を壊して今の様なドアを付けたのだという。そしてこのドアを最後に開けたのは魔王復活の神託があった直後。そこに保管されている勇者召喚の儀式が書かれた書物を解読し、私達を呼んだのだそうだ。


 今にも壊れそうなドアを開け、右へと緩やかにカーブする階段を降りた先には広大な空間が在った。

「こ、ここから見つけないといけないんですか……?」

 学校の図書室くらいの広さだと思っていたがトンでもない。書物がビッシリと並ぶ本棚は見上げる程の高さがあり、それが十ほど並んでいる。ランタンの明かりが届かない為、奥行きはどれくらいあるのかも分からない。

「建国からの書物が保管されている場所だもの、そう簡単な訳がないでしょン?」

「そ、そりゃそうですけど、これじゃあ何ヶ月かかるか……」

 いつ戦争が始まってもおかしくない状況下でそんなに時間を割く事が出来ない。普段通りにみんなと一緒に訓練をし、リィネガッハさん等からの特訓を受けて調べ物もする。私、壊れちゃうよ。

「心配しなくていいわン。その内応援が現れるからン」

「応援が現れる……?」

 『来る』や『駆け付ける』なら話は分かる。しかし『現れる』とは一体どういう意味なのか? リィネガッハさんも同じく首を傾げていた。

「ともかく、私達だけでも始めていましょうねン」

「……はい」

 真由美や麻由の為にもやるしかない。そう己を奮い立たせ、終わりの見えない資料探しを始めた。


 ☆ ☆ ☆


 一つから三つへと別れた青白い光が天井まで聳え立つ本棚を照らし出している。手にした本はページを捲っても破れるような事もなく、新刊とまではいかないものの意外とシッカリとしていた。紙は普通、月日が経てばボロボロになる物だが紙の材質のお陰かそれとも別な要因なのかは分からない。

 初めは驚きながら本を手に取っていたが、何十冊も続けばそれも薄れる。そして、見た本の数を数えるのも面倒になった頃、突然ソレが起こった。

『探し物……?』

 何処からともなく聞こえてきた女の子の声。頭に染み込むように発せられたその声に、身体が反射的にビクッとして持っていた本を落っことした。

「だっ、だだ誰っ?!」

 私の誰何に応える様に、何も無い場所からゆっくりと青白い姿が浮かび上がる。と同時に私の目も開かれる。彼女が美少女だからじゃない。幽霊だからだ。

「ひっひっ……」

 本棚に寄りかかったまま、ズルズルと滑り落ちて床に尻餅をつく。足を蹴り出して後ろに下がろうと足掻くが背後からはギッシギッシという音が聞こえるだけだった。

『何を探しているのお姉ちゃん』

「ひあっ!」

 音もなく滑るように迫る少女の亡霊。反射的に身を引いた所為で後頭部を棚に打ち付けた。それが丁度カドだったらしく、景色がグラリと揺れる。

「どうした、騒がしい……うおっ?!」

 騒ぎを聞きつけて来たリィネガッハさん。その彼もこの子の事は知らなかったらしく、仰け反り気味で驚いている。そしてその背後から、ペティレッカさんがひょっこり顔を出した。

「あらン。おはようルアちゃン」

『ペティおばちゃん!』

 パアッと表情が明るくなる亡霊少女。直後にその顔を引き攣らせる。その原因はペティレッカさんの手の平に生み出された淡い光だ。淡い赤色の光は確か浄化の術だったと記憶している。

「おばちゃん……?」

『お、お姉ちゃん……』

「そうよン。よく出来たわねン」

 手の平から光が消えると亡霊少女がホッとため息を吐く。少女に微笑むペティレッカさんを見つめ、幽霊とはいえ幼気な少女になにしとんねん。と内心でツッコミを入れていた。

「紹介しとくわねン。ルアちゃんよン」

 亡霊少女の頭を撫でながら紹介したペティレッカさん。彼女の方を見ずに手を動かしている所為で手が徐々に下がり、終いには亡霊少女の頭の中を撫でている。というか掻き回している格好になっていた。

 亡霊少女はそんな事も気に留めず、小さな手でリボンが沢山付いたスカート持ち上げる。シッカリと作法を教え込まれたらしく、その動作も滑らかだった。

『皆様初めまして。ルアファ・フレアと申します。どうぞお見知り置きを』

「お、おう。オレはリィネガッハ。そして後ろに隠れているのがワタナベカエデだ」

「ひぅっ!」

 音もなく近付いて(幽霊だからだけど)、手を差し出すルアちゃん。

『よろしくね。カエデお姉ちゃん』

「う、うん……ヨロシク……」

 震えながらその手を取ろうとして空振る。

「ねぇン、ルアちゃん。お城の地図って何処にあるか分からないかしらン?」

『お城の地図?』

「そうよン」

『あっちにあったよ』

 小さな指で指し示すルアちゃん。どうやら彼女がペティレッカさんのいう応援らしい。確かに『来る』訳でもなく『駆け付ける』訳でもなく『現れた』。私の最も苦手な存在が。

「あの、リィネガッハさん。確か八歳くらいの子供が拷問されたって言ってましたけど、もしかしてあの子が……?」

「オレも資料で読んだくらいだから詳細は分からんが、ここに居るくらいだそういう事になるだろうな。しかし、まさか『フレア』とはな……」

「その名前に心当たりがあるんですか?」

「ああ。濡れ衣を着せられた憲兵隊隊長の名だ」

「えっ?!」

「恐らく家族を盾にでもされたのだろう」

「家族を?!」

 家族を盾にされても尚、国や民衆の為に革命を起こしたのか。それとも家族を殺された恨みから革命を起こしたのか。どちらにせよ、血の涙を流したであろう事が容易に想像出来た。

「そんな顔をするな。過去にあった事を今更言っても仕方がない。問題は、それを反省してどう活かすかだ。そしてそれはオレ達の問題であって、お前はただ未来を見てればいい」

「……はい」

「その未来の為に、これからタップリとその身体に仕込んでやるから覚悟しておけよ?」

 ニタリ。と笑ったその顔に嫌な予感が駆け抜けた。

「あの……お手柔らかにお願いしたいんですが……」

「ああ分かっているさ。お前がオレ達を謀った腹いせにって事はあまりないから安心しろ」

「そこは全くないって言ってくれないんですか?!」

「はっはっは、何を言っているんだ。始めから正直になっていれば良かったんだよ。多少の痛みが伴うのは仕方がないだろう?」

 『それにな』と、リィネガッハさんは先行く二人に視線を向けた。

「あの娘の様な存在をこれ以上増やさないようにせんとな」

「……そうですね」

 魔王が世界を滅ぼそうという者である以上、白旗を掲げようが結果は変わる事がないだろう。

『ここだよ、ペティおば……お、お姉ちゃんっ!』

 慌てて言い直すルアちゃん。後ろでその顔を見る事は出来ないが、鬼の様な形相であろう事が容易に想像出来た。


 ルアちゃんの案内でようやく見つけたそれらしい一冊。今までの苦労は? と、どっと疲れが押し寄せる。

 その一冊は店頭で貼ってあるポスター並みの大きさで、木製のテーブルが悲鳴を上げるくらいに分厚くて重い。表紙を捲るとこの街の全体図が描かれていた。

「どうやらコイツみたいだな」

「ルアちゃん有難うねン」

 イイコイイコと頭を撫でるペティレッカさんに、でへへ。と、照れ笑いをするルアちゃん。

「なんか仲の良い親子みたい……ひうっ!」

 温厚で、親しみやすそうなその表情が瞬く間に崩れていく。その顔はそう、般若だ。私はペティレッカさんに般若が宿っているのを幻視した。

「今、なんて……?」

「い、いいいいえっ! 姉妹……そうっ! 姉妹みたいですねって!」

 殺される。本能で悟って慌てて言い繕った。

『ダメだよカエデお姉ちゃん。この人におばちゃんって言ったら怒られるよ』

「何ですって……?」

『ひうっ!』

 つい口が滑って禁句を言ってしまい、鋭い眼光を向けられて萎縮するルアちゃん。そんな騒がしい環境で、黙々と書物を読み進めていたリィネガッハさんがこちらをジッと見つめていた。

「戯れ合っている最中スマンが、無いぞ。城の見取り図が」

「えっ!?」

 書物を広げたテーブルに詰め寄る。リィネガッハさんがペラペラとページを捲っていくが、目的の見取り図は見つけられぬまま巻末を迎えた。

「……な?」

「ホントねン」

「そんなハズは……」

 もう一度、築城に関連したページを捲っていく。そして、あるページに差し掛かった時、突然ペティレッカさんが手を差し込んだ。

「ちょっと待ってン。このページ、前と後ろで言葉が繋がらないわよン」

「……え?」

 ペティレッカさんの言う通り、前ページの最後は文が半ばなのに対し、次のページでは文が始めからになっている。

 その謎の答えはページ間のその奥にあった。ページを押し広げて初めて見える、僅かに残る本の『のど』。その鋭い切り口からナイフあたりを使ったのであろう事が分かる。

「……これ、何者かに切り取られていますね」

「そうみたいねン」

『なになにー?』

 私の身体を透過し、お腹から頭を突き出したルアちゃんに顔の全筋肉が強ばった。

「……あ、あのルアちゃん。そんな所から顔を出さないでくれる?」

『えー。カエデお姉ちゃんのお腹の中ピンク色で綺麗なのにー」

「ぴっ!」

 そんな話は聞きたくなかった!

『ペティお姉ちゃんは真っ黒だった』

 確かに腹黒そうだなこの人は。

『オジちゃんはお肉がいっぱい付いてた』

 まさかの皮下脂肪?! ……いや、筋肉でコーティングでもされているのだろう。

「ねぇルアちゃん。これ誰がやったのか分かるン?」

 本の『のど』を指し示し、この部屋の住人であるルアちゃんに聞く。そのルアちゃんは首を傾げた後に『あっ』と声を上げた。その一連の動作を私のお腹を貫通したままで行っていて、その一挙手一投足に背筋がゾワゾワして仕方ない。

『そういえば、ちょっと前に見た事のない女の人がウロウロしてたよ。こんな格好をしてた』

 私のお腹を突き抜けてスッと伸ばされた小さな指。その指が差し示すのは、ペティレッカさんの修道着だった。それを見て、ペティレッカさんが顎をリズミカルに叩く。

「教会関係者かしらン? 窃盗犯と同一人物かもしれないわねン」

「そうですな。だとしたら、ここには我々の求めていたモノが書かれていた。という事になりそうですな」

「その可能性が高いわねン」

「これで隠し通路への手掛かりが途絶えてしまいました……」

 ルアちゃんが知っていた事で七面倒臭い書籍漁りから解放されたのも束の間、地図が書かれていたページを何者かに待ち去られて詰み。とか、マジで勘弁してほしい。

『通路? お姉ちゃん達通路を探しているの?』

 幼い口から齎された言葉。まさに天啓とも言っても過言じゃない。

「ルアちゃん知っているの?!」

『ううん。私じゃなくて友達がそんな話をしていたよ』

「友達?」

『うん。みんな、出てきて~』

 光が届かない漆黒に向かっておいでおいでをするルアちゃん。脳裏に嫌な予感が駆け抜けた。

「ひぅっ!?」

 虚空から次々と姿を見せる青白い塊。それ等は人魂から、生前の姿だったのであろう形を取る。中には貞子みたいな格好しているヒト(?)も居た。

「なっ、なななかなかか個性的なお友達ね……」

 今にも手放しそうな意識を繋ぎ止めるのに必死だった。

『みんな美人さんなんだぁ』

 ルアちゃんがそう言うと、そんな事ないよ。と照れ始めるゴースト達。中にはそんなの当たり前じゃない! と、発言とは裏腹に満更でもなさそうな顔をしている者も居た。

「ねぇン皆んな。隠し通路の場所を知らないかしらン」

『なんだオバハン知らないのかよ』

 誰かが言った禁句に、ペティレッカさんの顔が般若に変わる。その手の平には赤い浄化の光が生み出されていた。

 それを見てギョッとしたゴースト達は無言で指を差すという行動を取った訳だが、ものの見事に全員がシンクロしていた。っていうかこの幽霊達は成仏したくはないのか? 


 ☆ ☆ ☆


 ゴーストに案内されてやって来たのは書庫の入り口に近い剥き出しの壁だった。

 他の壁と全く区別がつかないその壁。貞子風の幽霊さんの指示に従ってブロックの一つを外すと、最奥にロープが二本張られているのが見えた。

『それを手前に引けば扉は開かれる……』

「分かった。オレがやろう」

 言ってリィネガッハさんがズボリと腕を突っ込む。直後、仕掛け穴がある隣の壁が動き出した。

「こんな所に階段が……」

 幅は男性一人が通れる程度。六段上った所で小さな踊り場があり、更に上へと続いている様だ。

「これって何処に繋がっているのン?」

『口に出したくもない所』

 ぶっきらぼうに答えた貞子風幽霊さん。お姉さん風の幽霊さんが寄り添い、その肩に手を置いた。ウェーブがかったセミロングの髪が風も無いに揺らめいているのは何でだろう。

『この娘はお気に入りだったからね。しょっちゅう連れ出されていたのよ』

『嫌な事を思い出させないで』

 フイっとソッポを向く貞子さん。

「お気に入り?」

『佳人競技じゃこの娘がダントツだったからね。そりゃあ気に入られるわよ』

「ダントツ?! マジで!?」

 腰にまで届く長い前髪で顔を覆い隠し、白っぽいワンピースを着ている姿は何処からどう見ても貞子だ。これでダントツで優勝したなんて信じられない。

『見せてあげたら?』

『何でそんな事をしないといけないの?』

 いいからいいから。と、お姉さん風の幽霊さんが前髪を分けると、大人びた顔立ちに僅かばかりの幼さが残る。女の私でもハッとする様な美しさ。本家貞子も美人設定だった事を思い出した。

『全く……コッチは良い迷惑だったわよ。優勝しちゃうし、男共からの求婚が絶えなくなるし、挙げ句の果てにコレよ、コレ!』

 白っぽいワンピースの襟を広げて肩を見せる貞子さん。死しても尚残る荒縄の痕が生々しい。そう思いつつ、『挙げ句の果て』とは幽霊になった事じゃないのか? とも思っていた。

『お陰で目覚めちゃったのよ?!』

「目覚めたって……」

 それはおめでとうと言うべきかご愁傷様と言うべきか。

「新たな世界が拓けたのだから『おめでとう』よねン。で、身を委ねてどうだったのン?」

『それは、その……』

 再び貞子スタイルになって髪を弄りだす幽霊さん。どうやら満更でもなかった様で何よりである。

「さて、そろそろ夜が明ける時間だし、帰りましょうかン」

「えっ、もうそんな時間ですか?」

 城の地下にいる所為でその実感が湧かない。

「どうせだからここから帰りましょうかン」

「何処に繋がっているかの確認をしようって事ですね」

 そういう事よン。と頷き、リィネガッハさんに視線を向ける。

「リィネちゃん。何してるの? 行くわよン」

「……………………腕が、抜けん」

 暫しの沈黙の後、スッと視線を逸らしてポツリと呟くリィネガッハさん。ペティレッカさんは小さくため息を吐いて頭を横に振った。

「仕方ないわねン。手伝ってあげるわよン」

「申し訳ない……って何やってんスか?!」

 穴にガッツリとハマっている腕を抜くのに背中越しで手を伸ばせば、必然的に胸部のホルスタイン級が当たる事になる。『ちょ、当たってんだけど?! 当ててんのよ』状態だ。しかし、それだけでは終わらないのが彼女だ。

「あっ……」

 ビクッとリィネガッハさんの体が反応する。見ればペティレッカさんの手は彼の腕へと伸びてはおらず、腕より遥かに下の部分で蠢いていた。

「ちょまっ、何処触ってんスか!?」

「うふン」

「いや、『うふン』じゃなくてですねっ?!」

 右へ左へと身体を捩るリィネガッハさんに合わせる様にペティレッカさんが動く。それはまるで息がピッタリ合ったダンスの様。実に下品なダンスである。

『やーっ、見えないー』

『ルアちゃんにはまだ早いわよ』

 そんな下品なダンスを教育に悪いと思ったのだろう。お姉さん風幽霊がルアちゃんの両目を覆っている。百年程幽霊をしていて早いかどうかは疑問に思う所だ。


「動けないのを良い事に何してんスか?!」

 床に尻餅をつき、天井を見上げて粗い呼吸を繰り返すリィネガッハさん。それをペティレッカさんが腰に手を当てて見下ろしている。その顔はどこか満足気だった。

「でもホラ、ちゃんと抜けたでしょン」

 抜けたんじゃなくてヌいたんじゃ? そう口に出しそうになって、慌てて言葉を飲み込んだ。

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