陰謀の影。

 ドアの前に立っていたのは一人のメイド。それも、お風呂場で真希が口説いていたメイドさんだ。

 その真希はセクハラだと訴えに来たのかと思ったのか、彼女の顔を見た瞬間に誰にも気付かれない様にソッと私の影に隠れた。

「えっと、何か御用ですか?」

 美冬ちゃんが言うと、メイドさんは深々とお辞儀をする。

「夜分遅くに失礼致します。ブランシール国王陛下より、異邦人の皆様を謁見の間まで至急お連れする様にと仰せつかりました。極めて重要な話があるとの事ですので、皆様お支度をお願い致します」

「その内容をお伺いしてもいいですか?」

「いえ、申し訳御座いませんが、私共には内容は分かりかねます」

「……分かりました。それじゃみんな、捜索は一時中断して王様の所へ行きましょう」

「美冬ちゃん。二手に分かれるっていうのはダメなの?」

 手を挙げて言った心美に美冬ちゃんは首を横に振る。

「出来れば全員に聞いていて貰いたいかな。恐らくはあの事でしょうし」

「ああ、そういう事ね」

 納得する心美。恐らくは、私達がこの世界へ呼ばれた理由がついに現れたのだろう。それはみんなも理解した様で、その面持ちが緊張へと変わっていった。

「じゃあ、案内をお願いします」

「畏まりました」

 恭しくお辞儀をして歩き出したメイドさん。その後を私達がゾロゾロとついて行く。謁見の間までの間、誰一人として言葉を発する生徒は居なかった。


 ☆ ☆ ☆


 謁見の間。夜もそこそこ更けたというのに、この部屋では魔力を使った光で煌々と照らされていて、王様や教皇さん。その他大勢の家臣の人達が、雁首揃えて私達の到着を待っていた。

「おお、異邦人殿。夜分遅くにお呼び立てして申し訳ありませんな。皆様にお伝えすべき案件がつい先程齎されましてな、失礼とは思いつつも起こし頂いたのです」

「その案件とはもしや……?」

「流石は異邦人殿だ。お察しの通りです。オコナー、説明を」

「畏まりました」

 教皇さんは王様に一礼すると、私達に向き直って一歩前に進み出る。

「つい先程、我らが教会の巫女姫に、新たな神託が齎されました。その内容ですが、世界を破滅へと導く者。つまり魔王は、既にこの世に復活を果たしているそうなのです」

 教皇さんの言葉にざわつく室内。家臣の人達からも驚きの声が上がっている所を見ると彼等も知らなかったらしい。

「それで、魔王の居場所は……?」

「それは分かりません」

 緊張した面持ちで聞いた美冬ちゃん。教皇さんの答えでどことなく面持ちが緩んで見えた。

「どういう事ですか?」

「齎された神託には居場所までは含まれてはいないのです」

「なので、今現在調査班を編成している所でしてな。明け方頃に出発させるつもりでおります。遅くとも二ヶ月の内にはその居場所も知れる事となりましょう。その事を異邦人殿にはお伝えしておこうと思いましてな、お呼び立て申し上げたのです」

「そんな、私達は戦える状態では……」

「戦える戦えないの事態では、もはやありませんぞ!」

 世界の滅亡が目前に迫り、焦りを露わにした家臣の一人から齎された怒号。それを機に他の家臣からも非難の声が挙がる。

「そうですな。異邦人殿には来たる決戦に向けて早急に準備を整えて頂きたい」

「そんな……」

 そう言いつつも何処となく緊張感が見られない美冬ちゃん。逆に深刻なのは私達だ。

 最大で二ヶ月。みっちり訓練をした所で、にわか仕込みでの戦闘には違いない。その上、今の私達は二派に分裂していて、尚且つ一人が行方不明になっている。この状況では訓練すらにも集中は出来ず、明るい未来は全く見えてこない。

「宜しくお願い致しますぞ異邦人殿」

「分かり……ました」

 王様からの言葉に、美冬ちゃんは鎮痛な面持ちでそう答えた。


 ☆ ☆ ☆


 謁見を終えて部屋に戻った私達は、明日から更にハードな訓練が行われる事と夜も遅く、講師の真由美が居ない事もあって、異世界講座を中止して就寝する事になった。

 当然それに反対する生徒も居たが、深夜帯での捜索する危険性を説き伏せられて渋々首を縦に振った。代わりに、訓練までの合間に再度探そうという事に落ち着いた。


 ランタンの火が落とされた暗い室内。唐突に突き付けられた魔王復活の報と未だ行方が知れない仲間が心配なのだろう。ほとんどの生徒が眠れないみたいで、静かな室内に寝返りを繰り返している音が聞こえていた。かくいう私もそのうちの一人だったりする。

「楓ぇ? 何処行くのぉ?」

 もそり。と、身体を起こしてため息を一つ。布団から出ようとした時に、隣で寝ていた真希が寝ぼけた声を出した。

「ん。トイレだよ」

「そー? 気を付けてねぇ……」

 言葉が途切れてすぐに、スースー。と寝息が聞こえる。この状況で寝れるとは羨ましい限りだ。


 部屋のドアを開けると、オレンジ色の光が廊下を照らしていた。とはいえ、廊下に設えてあるランタンは全て消えており、その光は窓の外からやって来ている様だった。

「こんな朝早くに一体何事なの……?」

 窓に手を添え、階下を覗き見る。訓練場である広場のあちこちに篝火が焚かれて火の粉を舞い上げ、窓越しでもその熱が肌に伝わってくる。その広場には、軽装鎧を身に纏った兵士達が、ざっと見ただけでも百名以上と、彼等が騎乗する為の馬が並んでいた。

「ああ。調査班が出発するのか」

 王様の言葉を思い出す。今から遅くても約二ヶ月後。それよりも前に魔王が見つかれば、即座に最終戦争が始まる。始まってしまう。窓に添えていた手の平を見ると、微かに震えているのが分かった。

「そうよね。怖いよね」

 映画やドラマでしか見た事の無い戦争に、もうすぐこの身がさらされる。人を殺し合うゲームの出演者の様に、スグに割り切る事など出来そうにもない。

「……でも、私がやらなきゃみんな死んじゃうんだよ?」

 自分で自分に言い聞かせる。手の震えが僅かに治まった……気がした。

「あれ、楓?」

 呼ばれた声の方を向く。そして、私を呼んだその人物と少しの間見つめ合う。

「……え? も、もしかして美羽?!」

 一瞬誰か分からなかったのは、その見た目の変化があまりにも激しかったからだ。

「ど、どうしたのよその髪!」

 セミロングであったはずの彼女の髪は、今やバッサリと切り落とされて不格好なショートカットになっている。JSだった見た目が突然ショタと化していれば、驚き以外の感情が出てこない。恐怖から来る震えも何処かへ飛んでしまっていた。

「あ。こ、これはお守りにって思って……」

「お守り? ああ、映画なんかでそういうのあったっけ」

 確か戦争映画などでよくある話。女の人の毛をお守りとして戦地へと持っていくという、アレだ。

「そうそう、それそれ。無事に戻って来ます様にって願いを込めたんだ」

 見た目ショタでもその顔は恋する乙女。付き合い始めた新兵の彼に渡すつもりなのは明白だ。だが──

「でも、それって下の毛じゃないとダメなんじゃ?」

「……えっ?」

 恋する乙女顔からポカンとした顔へと変わる。見た目ショタだからか異様に可愛く見えた。

「し、下の毛……?」

「うん。確かそう」

「そんな、どうしよう……私、そんなの無いよぅ」

 篝火のオレンジ色の光でよくは分からないが、美羽の顔が青ざめている風に見えるのは錯覚ではないはずだ。

 彼にお守りとして渡す為にバッサリと切り落とした髪の毛だが、実は下の毛だった事が判明してヤッちまった感が強いのだろう。だが彼女はそこで折れなかった。

 美羽は何かを思いついた様で私の目をジッと見つめる。そしてあろう事かその視線をゆっくりと降ろし始めたのだ。

「いやいやいやいやっ!」

 後退って慌てて股間を隠す。美羽は何も言ってない。だけどその視線が物語っていた。私のをくれ。いや、寄越せ。と。

「ねぇ楓。お願い、彼の為に……ね?」

 美羽は自分の特徴をよく理解している腹黒い女だ。目を潤ませた上目遣いで、祈る様に手を組みながら、一歩、また一歩と近付いてくる。

「ね? じゃないわよ。何でアンタの男の為に私のをあげないといけないわけ?」

「じゃあこうしよう。お礼に私を好きにして、い・い・か・らっ」

「うっ……」

 自身の容姿を嫌う事なく受け入れている彼女は女の子達に絶大な人気がある。教室や廊下でハグされている光景を見ない日はないくらい。こうも同性から身体を求められる女の子は他に類を見ないだろう。

「浮気してるって彼に言うわよ」

「女の子同士だから浮気じゃないもん。だから、ね?」

 笑顔で小さな掌を水を掬う様に差し出す美羽。ショタ化してより可愛くなった所為で笑顔の威力がハンパない。言えば言う程何故か私が追い詰められていく気がしていた。どうにかして起死回生の一言を絞り出さなければ、私の毛が毟り取られるのは時間の問題だ。その一言を、美羽の肩に手を置いて口にする。

「そんな事をする必要はないわ。だって、上の毛も下の毛も材質は同じだもの」 

「えー、ホントなのぉ?」

 うっわ、信じてない。

「ほ、ホントホント。私も気になって調べたから間違いないって」

 髪の毛だろうが下の毛だろうがもとを正せば『毛』だ。各部位で差があるとは考えにくい。

 これで納得してくれればいいのだが、尚も猜疑心の目で見続ける美羽が納得してくれるかは微妙な所。誰か助けてくれないかと視線を巡らすと、その助けを外に見付けた。

「ああ、ホラ。早くしないと出発しちゃうよ?」

「えっ?!」

 鞍の点検を終えた兵士達が次々と馬に跨っている姿が見えた。指を外に差し示すと、美羽は窓にベチャッと張り付く。

「ああっ! 待って、待ってっ」

 窓から顔を引き剥がし、廊下を駆けていく美羽。その背に安堵のため息を吐く。そして窓には、美羽の顔型がクッキリと残されていた。


  ☆ ☆ ☆


 ──朝。あんな事があった所為か、或いはお陰か、布団に入った途端に寝てしまった様で、目覚めはそこそこ気分が良かった。

 布団を畳んで顔を洗い、再度真由美の捜索を始める。昨晩と同じく二人一組で各部屋を回って歩く事になっていた。

 私の相方は相も変わらず真希。時には私の腕を取って強引に、ある時はコッソリといつの間にか隣に居る。暴走娘だ。

「何処に行くの?」

「真由美が居なくなったトイレかな」

「お、楓も捜査の基本が分かってきたじゃん」

 オマエは一体何者だ。取り敢えず心の中でツッコミを入れておく。

「犯人は現場に戻って来るって言うしね」

「そうなの?」

「──ってドラマの刑事が言ってた」

「それってただの演出でしょ?」

 テレビドラマの刑事さんが現場を撮った写真や映像を見て、ホラここに写ってる、ホラここにも。は、あくまで演出の一つだと思っている。実際、見つかるリスクを犯してまで戻って来るヤツが居るかどうかは疑問だ。


 迎賓館と思しき建物の、個室ばかりが並ぶ三階。階下への階段のそばに件のトイレは在った。迎賓用のトイレという事もあって、中は学校のソレよりも広々としている。そして驚くべき事に、水洗である。個室の壁に迫り出したソフトボール大の半球体に触れる事により、魔力を消費して水を流す仕組みなんだそうだ。

「ここが拉致現場なんだね……って何をやってるのかな? キミは」

 入口付近でしゃがみ込み、低い姿勢で床を見渡していた私の頭に真希が手を置く。

「争った形跡が無いかなってね」

「それって意味あるの?」

「そりゃあるわよ。何者かに襲われたのだとしたら、誰でも暴れるでしょ?」

 床についた靴底の黒い跡や壁についた跡など、当時は夜で光源も限られていたから委員長の小百合が見逃したのかと思っていたのだが、窓から陽光が差し込んでいる今なら、何かしらの痕跡を見つけられると思っていた。

「魔法で眠らされた。とかあるでしょ?」

「だとしたら、資料が一枚だけ残されていたってのがあり得なくない?」

 魔法で眠らされ、手からスルリと抜け落ちた資料達。拉致した犯人がそれを見逃すはずもない。全部持ち去ってしまえば分からないのに、わざわざ一枚だけ残している。

 ともかくここには何の痕跡も見つからず、次に行こうか迷っていた所にトイレのドアが開けられた。開けたのは、我らが女教師の美冬ちゃん。そしてその後ろから覗き見る様に学級委員長の多々良小百合が居た。

「あ、あら。あなた達」

「美冬ちゃんもここを調べに?」

「え、ええ。色々と不明な点が多いから……」

「不明な点って何ですか?」

「そうね。例えば……」

 美冬ちゃんが例えて言った不明な点とは私が予想していたのとほぼ変わらなかった。

「多々良さん。資料はどの辺に落ちていたの?」

「え? あ。えっとですね……」

 小百合は広々とした床の一点を指差す。そして益々謎が深まった。小百合が差したその場所は、トイレ内での行動における動線からも考えにくい所。

 講義の合間の休憩時間。次の講義が差し迫った状況下で急いでトイレを済ます場合、通常は近場の個室を選ぶに違いない。その際、持たされた資料は手前の洗面台に置くか持って入るかの二択になるだろう。だが、小百合が指し示した場所は最も奥の窓際だった。

「それって窓から連れ去られたって事?」

 言って真希が窓に歩み寄り、窓を開けようとしたその手が迷う。

「ん。んー? コレ、開けられないよ?」

 電車の窓の様に持ち上げるのではなく、押し開く訳でもない。ただの明かり取りの窓。

「となると、窓からって線は無さそうね。だとしたら、やっぱりドアから……?」

 振り返ってドアを見つめる美冬ちゃん。

「美冬ちゃんは何も気付かなかったんですよね? 叫び声とか物音とか」

 美冬ちゃんが王国から借りている部屋はここの二つ隣。深夜帯の静かな時間で何かしらの音が聞こえれば分かるはず。美冬ちゃんは床に落とした視線を泳がせながら、昨晩の事を思い返している様だった。

「……いいえ。やっぱり何も聞こえなかったわ」

「そうかぁ。……となると、真由美を魔法で眠せておいて美冬ちゃんが下に降りたあとで運び出した。ってのが濃厚なのかな……」

 どうしてそんな面倒な事を? 心の中にそんな疑問が浮かび上がる。二人共ずっと一緒だった訳じゃない。部屋には美冬ちゃんも居たのに、彼女を狙おうともせずに真由美だけを連れ去っている。タイミングを逃したから……?

「でも、どうして美冬ちゃんじゃなくて真由美なんだろうね……」

 彼女より可愛い子はいっぱい居る。例えば剣道部主将の津田心美も美少女剣士と騒がれているくらいに可愛いし、別なベクトルでは元JSで現在はショタJKの須賀原美羽も可愛い。童顔なくせに大人の色気を持っている美冬ちゃんを差し置いて、ファンタジーオタクで眼鏡っ娘の、パッと見冴えない真由美を誘拐する理由が見つからない。

「若いからじゃない?」

「ちょっと! 井上さんっ!」

 自分はまだ二十四だと声を荒げる美冬ちゃん。私達からすれば七歳上は十分におばさんだ。

「でも楓。あなたは重大な事を見逃しているわ」

 我が友人の暴走娘がニヤリと笑みを作る。その顔にちょっとムカついたが、そのまま話を聞く事にする。

「重大な事って?」

「ここは異世界。つまりファンタジィ。ファンタジー世界にありがちなアイツの存在を忘れたとは言わせないわ」

 流石は暴走娘。ファンタジー世界のアイツと言われても、範囲が広すぎて分からなさすぎる。

「アイツって誰よ」

「ふふん。決まっているでしょ? 触手よ」

「──は?」

「触手よ、しょ、く、しゅ」

 一体何を言い出すかと思えば、よりにもよって触手とか……薄い本に毒されすぎ。

「触手って……井上さん、何処からそんな話が出てきたの?」

「何処って、薄い本じゃ定番ですよぉ。王子様やお堅い執事さん。ガチムチな戦士なんかがなす術もなく次々と触手の魔の手に──」

 私の手が真希の口を塞ぐ。触手モノは男子向けの描写が圧倒的に多いが、中には女子向けのモノもある。まぁ、内容的にはBL物がほとんどだが。

「井上さん、渡辺さん。ソレは未成年でも購入出来る代物なの?」

「あは、あははは……」

 厳しい視線で睨む美冬ちゃんに取り敢えず笑って誤魔化す。

「ね? 絶対そうだって」

 手を押し退けて言い張る真希。その目はなんかキラキラと輝いていた。

「だとしたら資料が一枚だけって事は無いでしょうが」

 奇妙な生物に突然襲われて、持っていた資料は床にぶち撒けられるか資料ごと取り込まれるかのどちらかだ。撒かれた資料を律儀に拾っていく触手など居ない。

「あの……もしかして、資料はワザと残したんじゃ?」

 今まで黙って、真希が触手の話をしていた時には好奇心の目で見ていた小百合がおずおずと言い出した。

「ワザと……? それって何か意味があるのかしら?」

「ふ、普通なら犯人のヒントとか……もしくは警告?」

「私はヒントだと思うなぁ」

 暴走娘がそう呟く。誰もアンタの意見など聞いていない。と、言いたい所だけど、ヒントの可能性も十分にあり得る。

「ヒントなら、真由美がスキを見て落としたとも取れるけどね……」

「もしそうじゃないとしたら危険だわ。狙いが何かは分からない以上、迂闊に探し回ると被害が増えるかもしれない」

「狙いならハッキリしてんじゃない? 犯人が欲しいのは私達のカラダなんだから」

 暴走娘真希の言葉に大きく息を吐いた。

「カラダって、アンタまだ触手の事を言ってんの?」

「んーん、違う違う。楓は聞いたんだよね? 私達を薬漬けにして性奴隷にしようと言っていたのを」

「あ……」

 それを聞いたのはここへ来てスグの頃だ。迷い込んだ小部屋で聞いた秘密の会議。あの場に居たのは恐らく王様と教皇さん。そしてもう一人。そのもう一人が、私達を性奴隷にする事を提案していた人物。

「アンタ、稀に鋭い事を言うわね」

「へっへー、もっと褒めて良いんだよ? って、稀って酷すぎない?!」

 抗議する真希を尻目にその名を思い出そうとする。王様や教皇さんが言っていたその人物の名前は……確かナントカ男爵。

「じゃあ、進藤さんを攫ったのは王国の人間って事に……」

「それはあり得るわね……」

 小百合の言葉に頷く美冬ちゃん。

「齎された魔王復活の報にその人物が暴挙に出た可能性が高いわ」

 王様に進言して弾かれた、私達を性奴隷にする提案。魔王復活を知って秘密裏に行動にを起こしたのだとすると、被害はもっと広がる可能性が高い。

「ともかく、この事はみんなには黙っておいて」

「えっ!?」

 美冬ちゃんの言葉に、真希も小百合も同時に驚きの声を上げた。

「どうしてですか? 一刻も早く進藤さんを救い出さないと」

「そーだよ美冬ちゃん。何なら王様にも手伝って貰ってさー」

 真希と小百合は美冬ちゃんに抗議をするが、私にはその意味が理解出来た。

「公に動けば真由美の命が危ない。そうなんですね?」

 一瞬、驚きの表情を浮かべた美冬ちゃんだが、すぐに元の引き締まった顔に戻る。

「ええ。渡辺さんの言う通りよ。王国側が動いた事を知られればきっと進藤さんは殺される。理由は後から幾らでも付けられるわ。魔王と戦いたくなくて自殺したとか、魔物に襲われたとかそんな所でしょう」

「でも……でもそれじゃこの世界は救えなくなるじゃないですか!」

「多々良さんの言う事も最もだわ。だけど、今でも救えるかどうか怪しい状態なの。呼んだ異世界人には勇者が不在。後衛職のみの編成では勝てる見込みも薄く、その上私達は二つに分裂していて一枚岩じゃない。その辺は時間が解決してくれるだろうけど、その時間がもう残り僅かなのよ。当然、この世界は滅ぶ。だったら、やりたい事をやって死にましょう。そんな所かしら」

「そんな……」

 ガクリと項垂れる小百合。

「訓練に影響が出かねないから、みんなには今晩の講義で話すわ。だからそれまでは黙っておいてくれる?」

 美冬ちゃんの言葉が終わり、絶妙なタイミングでドアが開かれる。開けたのは、剣道部副主将の江藤まみだ。

「ああ、ここに居た。訓練の時間だってリィネガッハさんから使いの人が来たわよ」

「分かったわ。江藤さんは先に戻ってみんなに準備をしておくように伝えてもらえる? 私達もすぐに戻るから」

 はーい。と返事をしてドアを閉めるまみ。それを見てから美冬ちゃんの顔が引き締められた。

「そういう訳だから、取り敢えずここだけの秘密にして頂戴ね」

「でも、どうするつもりなんですか? 私達だって大々的に動けないですよ? 訓練をサボる訳にもいかないし」

 昨晩と今日。私達は全員で動いてしまっている。もしかしたら真由美はもう……

「そうね……動けても五、六人って所かしら。それくらいなら訓練をサボっても不審に思われないわ」

「いやいや、十分に不審ですって」

「その辺は大丈夫だと思っているわ。だって私達は女だもの。女の武器を使えばいい事よ」

「女の武器って、もしかして色仕掛け?」

「違うわよ。井上さんだってアノ日は来てるんでしょ?」

「ちゃんとキてますよ失礼なっ!」

 大声で言う事じゃない。

「それを利用するのよ」

 生理の体調不良を理由に訓練を休んで捜索する。か。確かにそれなら数人は動く事が可能かもしれない。

「よし。それじゃまずは、魔王打倒の為に訓練に励みましょうか」

「はいっ」

 真希と小百合は返事をしてドアを開ける。生徒だけで動く事は危険が大きいという事を美冬ちゃんは気付いているのだろうか? 心の中に湧き上がる懸念を抱いたまま、廊下に出た真希と小百合の後に続いた。

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