消えた生徒。

 充てがわれた部屋の片隅で、私は四人の女の子から視線を注がれていた。うち三人は近場から。そして四人目は遠くから心配そうな表情でこちらを盗み見している。

「本当に何もしてないの?」

 強い口調で言う心美。だけど別に怒っている訳ではない事はその表情らかも見てとれる。それが彼女の地だという事も知っていた。

「本当よ。真希に取り憑いた悪霊を祓っただけ」

 祓った。というよりは、討伐した。というのが近い。

「それより亜矢と亜優は大丈夫? 完全に取り憑かれてたみたいだけど、身体は何ともない?」

「え……?」

 お互い顔を見合わせる佐藤姉妹。ペティレッカさんはソッとしておいて。と言っていたが、あの悪霊が仕出かす事などおおよその予想がついている。

 だけど祓ったとはいえ、自分以外の何者かが内部に入り込む事など私達にとって初めての事だ。身体的は勿論の事、精神的にどの様に影響されるのか分かったモノではない。

「今の所何ともないみたい。ね? お姉ちゃん」

「う、うん。わ、私も今の所は……」

「まみは? 心美から見てどう?」

「え? うーん。変わりはないと思う。でも、以前よりはどこか余所余所しくはなったかな……」

 肉体的接触を迫っておいて、いつも通りの関係を保つ事は難しい。いずれは元通りになるだろうがすぐには無理だろう。

「ホラ、そこの四人。始めるわよ」

「あ……」

 いつの間にか来ていた美冬ちゃんに言われ、私達はそれぞれに決めた場所へと戻る。床の上に腰を下ろすと、第……何回かは忘れたが、『真由美・美冬ちゃんの異世界講座』が始まった。


 ☆ ☆ ☆


 参加人数は昼間の特訓に参加した十五名に加え、目が覚めたあいりが無理を押して参加している。残りの生徒達は後方でボンヤリと眺めている状態だ。

 今日のお題は何なのかは分からない。いつもは紙に書いて壁に貼り出すのだけれど、今回に限ってそれがなかった。

「今日はまず、私達が相対すべき魔王について話をするわ」

 美冬ちゃんの言葉に生徒達がザワついた。

「進藤さん。お願いね」

「分かりました」

 言って真由美はかけている眼鏡をクィッと上げる。

「みんなも覚えてると思うけど、私達はその魔王を倒す為にこの世界に召喚された」

 うんうん。と頷く生徒達。それを見て、真由美はまた眼鏡をクィッと上げる。知的な演出なのだろう。

「かの有名な孫子はこう言っていた。彼を知り己を知れば百戦あやうからず。と」

 続いた言葉に頷く生徒は殆ど居なかった。大抵が得意げに話をした真由美をキョトンとした表情で見つめている。

「で? 何が言いたいの?」

「だから、私と美冬ちゃんで魔王の事を調べてたの」

「だったら初めからそう言ってよ。急に孫子とか言われても分からないって」

「う……」

 剣道部副主将の江藤まみの言葉と共に、各生徒達からの非難に真由美はたじろいだ。今時のJKってこんなもんだ。歴女でない限り孫子なんて人物は知らない。

「それで、何か分かったの?」

「えっとね。暇を見つけては城の書庫を漁って魔王の弱点を探していたんだけど、とある書物にとんでもない事が書かれていたの」

「とんでもない事?」

「弱点があったって事?」

 誰かが発した言葉に真由美は首を横に振った。

「ううん。そうじゃなくて、実は魔王って存在は七体居るらしいの」

「七体!? そんなに?!」

 真由美の衝撃的な発言に、話に耳を傾けていた生徒達からも驚きの声が上がる。

「じゃあ、ここからは先生が話すわね。この世界ではその昔、神様と邪神との戦いが在ったそうよ。戦いは苛烈を極め、大陸は割れて分断し、幾つもの島が海に沈んだとされているわ。結果は神様が邪神の封印に成功して終わったのだけれど、邪神は封印される間際に七体の魔王を産み落としたらしいの。それを知った神様は、魔王達も封印しようとしたのだけれど、神様もまたギリギリの戦いだったんでしょうね。不完全な封印を施すので精一杯だったみたい」

 美冬ちゃんの横で真由美が眼鏡をクィッと上げる。

「書物によると、魔王の封印が解かれたのは過去二回。一度目は七百年前。そして二度目は今から二百年前だって。それでね、調べていくうちに驚くべき事が分かったの」

「驚くべき事?」

「ええ。その七体の魔王なんだけど、私達がよく知る単語が頭に付けられていた」

「私達が知っている単語……ですか?」

「ええ、それはね。傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、そして怠惰よ」

「それって、七つの大罪……」

 美冬ちゃんの言葉に静まり返る室内。そしてその室内に私の呟きが響き、真由美がパチンと指を鳴らして私を指差した。

「その通り。カトリック教の教えである、七つの大罪がこの世界の魔王として現れるって訳」

「書物によると最初は強欲の魔王、次いで怠惰の魔王。三度目となる今回は、七罪の中でも最も強い憤怒の魔王が復活するのではないかと王国側は予測しているみたい」

「だから私達異世界人が呼ばれたんでしょ?」

「うん。王様や教皇さんも言ってたね」

「王国側の主張はとしてはそうなんだけど、いくつもの書物を読んでいて私はある奇妙な点に気が付いたの」

「奇妙な点?」

 誰からかの言葉に、真由美はクィッと眼鏡を上げる。その行為もだんだん鼻に付いてきていた。

「その奇妙な点とは……無いのよ。読み漁った書物の、その何処にも勇者の記録が」

 真由美の言葉に室内がざわめく。一緒に読み漁っていた筈の美冬ちゃんまでもが驚きの表情をしていた。

「書物の数は膨大でまだ見ていない物も多いけど、それでも読んだ数十冊には勇者の事は一言も書かれていなかった。おかしいでしょ? 二度も世界を救った勇者達の記録が無いなんて」

「美冬ちゃん。あのぅ……」

 真由美の話の途中でおずおずと手を挙げる低身長のロリっ娘美羽。

「あ、はい須賀原さん。どうしました?」

「お、お手洗い。良いですか?」

 ギュッと内股に絞った脚をモジモジと動かしている所を見ると我慢の限界らしい。

「ああ、そうね。では、少し休憩にしましょう。次はだいたい三十分後に始めるからその頃にはこの部屋に居てね」

 美冬ちゃんが言い終わらぬ内に、ダッシュで部屋から出る美羽。他の生徒達はゆっくりと腰を上げて部屋を出て行く。特に尿意が無かった私は、手を後ろに着いて天井を見上げ奇妙な点について考える。

 美冬ちゃんと真由美の言う事が本当だとしたら、記録が一切残ってないなんてあり得ない。何らかの理由で抹消されたか口頭でのみ伝えられているのか。もしかして私達異世界人でなくても討伐が可能……だとしたら、私達は一体何の為に呼ばれたのだろう?

 思慮に耽っていると、上から真希が私の顔を覗き込んだ。

「楓は行かないの?」

「ああ、うん。私は大丈夫かな」

「そ。じゃ、私も行ってこよぉっと」

「いってらっしゃい」

「我慢してると、次に怖ぁい話が始まったら漏らしちゃうから」

「いいから早よ行け」

 

 ☆ ☆ ☆


 それから約三十分が過ぎた。この世界には時計というものが無いからおおよそでしか判断ができず、各人ともだいたいこれ位。の感覚で戻って来ている。全員が揃った所を見計らった様に入って来た美冬ちゃんが、教壇代わりの机にバサリと紙を置いた。

「みんな揃ってる?」

「美冬ちゃん。真由美がまだ戻ってません」

「え? そんな筈は……」

 驚きの表情をする美冬ちゃん。私の記憶が確かなら、美冬ちゃんと一緒に出ていった筈だ。

「美冬ちゃんと一緒だったんじゃ?」

「部屋までは一緒だったわ。資料を持って行ってって頼んですぐに戻った筈なんだけど……」

「トイレにでも行ったんじゃない?」

「おっきい方なのかな?」

「そうかも」

 笑いが漏れる室内。美冬ちゃんだけが深刻そうな表情をしていた。

「多々良さん。ちょっと見てきて貰える?」

「はい、分かりました」

 立ち上がって部屋を出る学級委員長の小百合。彼女が真由美を呼びに行っている間に、美冬ちゃんが用意した紙を渡された。その紙には六つの単語と矢印が書かれていた。

「美冬ちゃん。なにこれ?」

「それはこの世界で使われている魔法の属性図よ」

「属性図?」

「正確には属性相関図っていうの。こういうファンタジーの世界で扱う魔法には必ず属性というモノがあって、ゲームや小説なんかでは八属性って場合もあるけれど、この世界では火、水、風、土、聖、そして邪の六つね。矢印は強弱関係を示しているわ」

「強弱関係?」

「ええ。火は水に弱く、水は土に弱い。土は風に弱く、風は火に弱い。つまりは、火に水を掛けると消えちゃうし、水は土に吸収される。土は風に吹き飛ばされてしまい、風は火がおこした上昇気流に負けてしまう。イメージ的にはそんな感じかしら」

 美冬ちゃんの説明に紙を見ながら頷く生徒が大半を占めていた。

「美冬ちゃん。聖と邪に矢印がないのは?」

「聖と邪については強弱はないの。ペティレッカさんの話では、信仰心が大きく影響するらしいんだけど、女神ヴンリィーネに信仰を持たない私達が、主神として崇めているこの世界の人達よりも強力な術が扱える事を考えるとどうもそれだけじゃないみたいね。その辺は先生にも分からないわ」

 美冬ちゃんの話を聞き、紙に目を落として頷く生徒達。その紙に意識を向けるあまり、周りへの警戒が緩んだともいえる。だから、唐突に開かれたドアにみんなが一斉に反応を示したのは当然の事だ。

 ある生徒はお尻で飛び上がり、ある生徒は小さな悲鳴をあげて持っていた紙を放り投げる。互いに抱き合っている生徒も居た。それ等全ての生徒が、己の心拍数を上げた原因となった人物に視線を注ぐ。その人物とは、トイレに行ったと思しき真由美を呼びに行った学級委員長の多々良小百合。肩で激しく息を繰り返している事から、大慌てて走ってきたらしい。

「せ、んせぇ……」

「どうしたの多々良さん。そんなに慌てて」

「い、居ないんです」

「え?」

「進藤さんが何処にも居ないんですっ!」

 小百合の言葉に驚きが部屋中に広がる。

「い、居ないって、他の階にも?!」

「はい。一応上の階も見てきたんですけど、誰も居なくて……」

 ここは王城の隣に建てられた迎賓館と思しき建物。その二階だ。シンメトリー方式で建てられているこの建物は、中央の大階段を中心として左右に部屋が並んでいる。一階を除き、二階三階は同じ間取りでトイレの位置も同じ。美冬ちゃんが借りている、三階の個人用の部屋から私達の大部屋まで来るのに、トイレは二つ程横切る事になる。考えにくい事だけれど、そのどちらにも居ないという事は他の場所へ行ったって事。わざわざ遠い場所へ行く理由が分からない。

「それでその、三階のトイレの床にこんな紙が落ちていたんです」

 手に握りしめていたクシャクシャの紙を手渡す小百合。それを開いた美冬ちゃんの手が震え始めた。

「これ、私が渡した資料だわ……」

 紙から小百合へと視線を移す美冬ちゃん。睨み付ける様なその眼光に小百合はたじろぐ。その肩に手を置くと、小百合の身体がビクッと反応を示した。

「多々良さん。他に何か無かった?!」

「ほ、他にって……?」

「例えば……その、血の痕。とか」

 真由美は何者かに襲われ殺されたのかも。とでも思っていたのだろう。不用意なその発言に動揺が広まった。

「そ、そういうのは……無かったと思います」

「そう……」

 手を胸に当てホッとした様子を見せた美冬ちゃん。すぐにその顔を引き締めて私達を見つめる。

「みんな、進藤さんを探して欲しいの。トイレだけじゃなく各部屋もしらみつぶしに見てきて。私達以外に泊まっている人は居ないはずだから鍵は開いているはずよ。ただし、一人では行動しないで。必ず二人以上で探す事。いい?」

「うんっ!」

「はいっ!」

 異世界講座に参加していた生徒達が美冬ちゃんと同じく顔を引き締めて頷いた。そして、廊下へと続くドアに殺到する。だが、その者達を複数の人物が立ち塞がった。

 仁藤麻里香。あいりが射られ倒れた時、あいりの間近に居た人物で、恐怖のあまり心が折れてしまい、今まで訓練や講義に参加していなかった生徒だ。

「……あの。私達にも手伝わせて、くれないかな?」

「イケるの?」

 おずおずと申し出た麻里香に単刀直入に質問をする津田心美。麻里香は一瞬目を逸らして再び心美を見つめた。

「怪物相手じゃなければ、何とかイケると思う……」

「オッケェ、上等よ」

 麻里香の肩に手を置いてバチコン。とウィンクをかました心美に、麻里香の表情も和らいだ。

「みんな! 十分に気を付けてね」

「はいっ!」

 美冬ちゃんからの警告に、三十七人が元気に返事をする。戦うと決めた時の様に、一致団結していたかつてのクラスに戻りつつある気がしていた。

「さて、私達はどうしようか?」

 横に並び、私の顔を覗き込みながら言う真希。

「一階を見に行こうと思ってるけど」

「一階? あそこは食堂くらいしかないでしょ?」

「ホールもあるし、お風呂場もあるわよ」

 一階部分はパーティー等に使われる広い部屋がいくつもあり、料理を出す為の厨房も備えている。普段私達が食事をしている部屋やお風呂もこの階だ。

「どこに行ったか分からない以上、建物を全部見てくる必要があるからね」

「面倒だねぇ……」

 そう呟く真希に心の中で同意をしつつ、私達は階段を降りた。


  ☆ ☆ ☆


 一階に降りてまず向かったのは浴場。講義の最中に入浴しに来るとも思えなかったが、逆にそれが盲点となる可能性がある為に、真っ先に確認をしようと思ったからだ。

 脱衣所の戸を開けると浴場からの湯気が流れ込んでくる。その湯気が晴れると、浴場の掃除をしていた最中なのだろう。五人のメイドさんがデッキブラシを床につけたままで珍客である私達を見ていた。

「おっ、第一メイド発見っ」

「第一どころか五人も居るわよ」

「これは異邦人様」

 一番近くに居たメイドの一人が私達に声を掛ける。

「申し訳御座いませんが只今清掃をしておりまして、ご入浴する事は出来ないのですが……」

「ああ、いえ。私達はお風呂に入りに来たんじゃなくて──」

 言葉を遮る様に前に進み出た真希。持っているデッキブラシの柄ごとメイドさんの手を握った。

「お姉さん。実はお姉さんに聞きたい事があって来たんです。つきましては、湯船の中でスキンシップをしながらゆっくりとお話を」

「へっ!? あああの、そそそれはちょっと……」

 素っ頓狂な声を上げ、狼狽るメイドさん。私は背後から忍び寄り、真希の頭にゲンコツを落とす。

「掃除中だって言ってんでしょ。すみませんちょっと聞きたいんですけど、私みたいな服装でメガネをかけた女の子。見ませんでしたか?」

「異邦人様と同じお召し物の、メガネをかけた女の子ですか……」

 一部のヒトの間では、妙に人気が高い学校指定のブレザーの制服。この世界でこんな服を着ていればイヤでも目立つ。だが、問いかけられたメイドさんを含め、他の四人も首を横に振る。

「いえ、私達は存じませんが」

「そうですか。忙しい所すみませんでした」

 メイドさん達に軽く会釈をし、脳天を抑えて蹲ったままの真希の耳を掴んで退出した。

「ちょっ、楓っ。痛いって、片耳だけエルフになっちゃうってっ!」

 危うく片耳だけハーフエルフになってしまう所だ。と、ボヤく真希。

「全く、余計な事は言わなくていいの。無駄に時間がかかるでしょ」

「だってぇ、あのメイドさんめっちゃ可愛かったから……」

「ふーん。可愛ければ誰でも良いんだ」

 これ以上暴走されても迷惑なだけ。彼女の手綱をしっかりと握っておく必要がある。だからことさら拗ねてみせた。

「あっ、違うよ? 私は楓一筋だからね?」

「たった今、浮気されてた気がするんだけど?」

 うっ。と呻いて足を止める真希。そして、置いていかれまいと小走りで駆け寄って来る。

「でもさでもさ、あれだけ可愛いんだから夜のお勤めも絶対しているよね。むしろそっちがメイン? 的な?」

 思春期真っ盛りの歳ゆえ。そして、女しか居ないという環境のせいもあるだろう。真希の妄想がとどまることを知らない。まあ、別に妄想が暴走してても誰かに迷惑がかかる訳ではないので、私はそのまま放置をする事に決めた。


 次に入ったのは、朝昼晩と私達が利用している食堂。エントランス程の豪華さは無いが、意匠を凝らした石材の柱が建ち並び、天井から吊り下がる三つの小ぶりなシャンデリアが、四十人は楽に座れる長テーブルのシワひとつないテーブルクロスをオレンジ色に染めていた。

「うーん、居ないねぇ……って何してんの楓」

「テーブルの下に居ないかなって」

「ふーん……」

 床に膝をつき、テーブルクロスをめくり上げて中を確認する。テーブルの下は薄暗いが、人影を確認するくらいの明るさはある。目を凝らして奥まで見通したがそれらしき姿はどこにもなかった。

「どう? 居た?」

「ううん。ここじゃないみたい」

「ですよねー。奥にも部屋があるみたいだけど行く?」

「そうだね。隅々まで見ておいた方が良いかな」

「オッケー、じゃあとっとと見てこよう」

 ドアを開けた先は厨房だった。レンガで造られた窯やシンクが置かれ、一枚一枚がそれなりの値段がしそうなお皿やグラス達が棚に並ぶ。特筆すべきは二メートル程の高さがある縦長の箱だ。最上段には氷の塊が置かれ、その下の段、更に下の段へと氷から漏れ出る冷気で食材達を冷やしている、冷蔵庫と言っても過言ではない箱。

 何故箱の中身が分かったのかというと、そこには先客が居たからだ。須賀原美羽と真鍋可憐の低身長コンビ。彼女達は冷蔵庫を開けっ放しにしたまま、その手には夕食に出されたスイーツを持っていた。

「……あ」

「何やってんのよこんな所で」

「まっ、真由美ちんを探しに来たに決まってるでしょっ。ねっ?」

 背後に何かを隠したのがバレバレの美羽は、ほっぺにクリームを付けたままでそう言う。

「う、うん。ここには居ないみたい。隅々まで見たから間違いないよっ」

 茶色い何かを口の周りに付けた可憐。隠すのを忘れているのか、隠すつもりがないのか。手にカカオ風味のケーキを持ったままで頷いていた。

「探すフリしてつまみ食いとはね……」

 腰に手を置きため息を吐いた真希。あんただって真面目に探さないでメイドさんを誘ったりしていただろう。と、そう思っていた。

「ちちち違うもんっ。つまみ食いじゃないからっ」

「ほっぺにクリーム付けておいて?」

「うっ」

 慌ててクリームを拭う美羽。可憐は今ごろになってソッとケーキを隠していた。

「だ、誰にも言わないで……」

「それは二人の『誠意』次第かなぁ」

 ニタリ。と笑みを作った真希。何か良からぬ事を思い付いた時の笑みだ。

「せ、誠意?」

「せやでぇお嬢ちゃん」

「かっ、関西弁!?」

「黙ってて欲しかったら、お嬢ちゃんの身体つこて誠意を見せぇっちゅうこっちゃ」

「アンタそれ、万引きした女子高生にエッチを強要している様にしか聞こえないんだけど?」

「ずいぶん具体的に言うわね。だけど、その通りやでぇ」

「ひぃっ」

 互いに寄り添う美羽と可憐。その姿は子ウサギがオオカミに怯えているのと変わらない。

「悪ふざけはそれくらいにしておいたら? 今はそんな事をしている場合じゃないでしょ?」

「悪ふざけ?」

「なぁんだ。良かったぁ……」

 緊張していた二人の空気が和らぐ。特に美羽の安堵のため息が大きいのが気になった。

「いやぁ、他の人とエッチしちゃったらリィフス君に合わす顔がなかった所だよぉ」

「……へ?」

「ん?」

 美羽がポロリした発言に、四人中三人が唖然とした。

「つ、つかぬ事をお伺いしますが美羽さん。彼とエッチ……したの?」

「……うん」

 美羽の幸せそうな笑顔に、稲妻が落ちたかの様な衝撃を受ける。他の二人も同様だったらしく、石像の様に固まっていた。

「ど、どうだった?」

「どうって?」

「痛かった?」

 いち早く石化を解いた真希は、この場で気になっている事をズバッと聞く。恋バナとエッチな話は、私達にとって何よりの好物。ましてやスイーツまであるのだから、話が弾まない方がおかしい。こうして私達は、他の誰かがやって来るまで延々と話に華を咲かせていたのだった。


  ☆ ☆ ☆


「まったく、何をやっているのよあなた達は……」

 美冬ちゃんが指で眉間を押さえながら言うと、後ろからは文句が浴びせられた。その内容のほとんどは真面目に探さなかった事への批判だが、中にはスイーツをつまみ食いしていた事への妬みなども聞こえてくる。

「これ一応、窃盗だって事分かってる?」

「窃盗っ?! つまみ食いが!?」

「そうよ。自身の所有物ではない以上、窃盗になる可能性もあるわ」

「あ、あの……か、身体で払わなきゃならないんですか?」

「……え?」

 おずおすと言った可憐に、美冬ちゃんは驚いて目をパチクリさせていた。

「え、何で身体?」

「だって、罪を犯したらエッチな事して誠意を見せなきゃならないって……」

 真希が言ったあの冗談が、彼女の心に強く残っていたのだろう。美冬ちゃんに気づかれぬ様に真希を盗み見ると、当人はあさっての方向を見て何食わぬ顔をしていた。

「何処から仕入れたのよそんな情報。今回の事は黙っててあげるけど、もう絶対にしないでね?」

「は、はいっ」

 お咎めなしと聞いて、美羽と可憐の表情が明るくなった。

「それと、丁度良いからみんなにも言っておくわ。元の世界なら軽く済む罪でも、この世界では重い場合があるの。下手をすると性奴隷に落とされるから、余計な事をしない様に常に注意してね」

 性奴隷。前にトイレと間違えて入った部屋で、なんとか男爵の提案で出ていた単語だと記憶している。そして、どの様な事をされるかについては薄い本で学習済みである。

「美冬ちゃん。性奴隷って?」

「その者の意思など関係なく、ただ性的欲求を満たす為だけの存在よ。従わなければ、待っているのは死」

 ゴクリ。と唾を飲み込む音は、一体誰のものか。もし自分が性奴隷になったら。そのビジョンが彼女達の脳裏に浮かび上がっているであろう事が、その表情からも伝わってくる。だから、ゴンゴン。と、突然のドアのノック音にみんなが例外なく驚く。

「こんな夜遅くに誰かしら? 多々良さん、開けてもらえる?」

「ああ、はい。分かりました」

 学級委員長の小百合がドアを開けると、そこにはお風呂場で真希が口説いていたメイドさんが立っていた──

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