悪霊の杜。
「フーム……」
私の親友である井上真希が真剣な眼差しで見つめていた。
「あ、あの……真希さん?」
「シッ。ジッとしてて」
「はんっ」
あばらに沿ってなぞられる指に、思わず身体が反応して声が出る。
「ちょ、お触り厳禁っ」
「触んないと分からないじゃない。いい? これは立派な医療行為なのよ。やましい気持ちは少ししかないわ」
少しはあるんかい。
「うん。受けた傷は全く無いわね。アザなんかも残っていないし、むしろ肌年齢は若返っている様に思えるわね……」
「なんでアンタが私の肌年齢を知っているワケ?」
「ちょっと待って。これは……? ハッ、これってまさかっ」
「えっ!?」
大きく目を見開き慌てた様子で私のお腹を見つめる真希。その視線の先を慌てて追うが、何もない。
「また大きくなっ──」
胸をもみしだこうとする真希の手を私の手で封じる。その迅速な対応に真希はニヤリとした。
「やるわね楓」
「あんたの考えている事なんかお見通しよ」
「ふふふ……それはどうかな?」
「え?」
真希が不適な笑みを浮かべるのと同時に、首の根元に何かが当たる。そしてその当たった何かは、背骨に沿って真っ直ぐ下りていった。
「ひぁぁっ!」
背骨に沿って腰にまで到達したその何かに、全身の鳥肌が立ちまくる。一体誰が?! そう思い振り向くと、ソコには牛の乳があった。
「あらぁン、いい反応ねぇン」
「ぺ、ペティレッカさん。どうしてここに……?」
「どうしてって言われてもン。私だってお風呂に入るわよン」
「いやまあ。それはそうなんですけど……」
聞きたい事はそうじゃない。
「どうしてこっちの浴場に? って事なら、たまたま広いお風呂に入りたくなっただけよン。それに……」
言葉を中断して視線を巡らすペティレッカさん。
「若いコ達の肢体も見れるしねン」
ウットリしながら裸体を凝視するな。
「そうしたらイチャイチャしてるカップルが居るじゃないン。だから私も交ぜて貰おうと思ったのン」
ばちこんとウィンクをかますペティレッカさん。普通はイチャイチャしやがってと嘆くか、揶揄うか、遠慮するかするもんだが、一緒に交ざりたいってのは初めて聞いた。異世界では貞操観念は違うと目にするが、正直な所ついていけないと思わざるを得ない。
マーライオンの様な彫像から、ダバダバとお湯が溢れ出る。ちょっとしたプール程の広さがある浴槽で、私と真希は慎ましやかに、ペティレッカさんは傍若無人に、並んで浮かべていた。
「どうすればソコまで大きくなるんですか?」
「別に何もしてないわン。でもそうね、強いて言うのなら、よく揉んで貰う事かしらン。そして、私はそのテのマッサージが得意なのよン」
「だからそんなに大きく……」
ペティレッカさんの牛チチをガン見しながら真希は納得していた。
「良ければあなた達にもしてあげようかン?」
「えっ、本当ですか?! ねぇねぇ楓も一緒にしようよ」
「……私は遠慮しておくわ」
「ええっ、何でよぅ」
「今のペティレッカさんの顔を見れば分かるわよ」
「……え?」
真希がペティレッカさんの方を向くと、その表情は普通の笑顔だ。しかし──
「普通の笑顔だけど……?」
真希が私の方を向いている間は下心丸出しの顔をしていた。行ったが最後、何をされるか分かったものではない。
「まあ、行くなら真希一人で行ってね。ところでペティレッカさん。明日はどんな訓練をするんですか?」
「あらン。それを言ったら訓練にならないわよン。ただね、それなりに覚悟は必要だから覚えておいてねン」
ペティレッカさんはザバリと立ち上がり、傍若無人を左右に揺らしながら浴場を後にした。
☆ ☆ ☆
──翌日。王都から北へ一時間。小高い山が二つ並ぶその谷間に私達は来ていた。
この特訓の参加者は十五名。教師の美冬ちゃんに私に真希。剣道部主将の津田心美に副主将の江藤まみ。低身長ツートップの須賀原美羽と真鍋可憐。クラス一高身長の寺田麻由にファンタジーオタクの近藤真由美。学級委員長の多々良小百合と高所恐怖症の長谷川美香。双子の姉でロングヘアの佐藤亜矢と妹でセミロングの佐藤亜優。そして木島優恵と東條由里香である。その他のコ達は例によって見学だ。
「さて、今日はン。このウーヴェルの谷を攻略して貰うわねン」
「ウーヴェルの谷?」
空は快晴で陽の光が燦々と降り注いでいるというのに谷間の森は薄暗い。時折冷たい風が吹き付けて身体を震わせた。
「森に入って五百ロングーくらい行った所に祠があるからン、そこに置かれている御札を一枚持ってきてねン。道は真っ直ぐだから迷う事はないはずよン」
「祠に行って帰ってくるだけ……?」
「そ。行って帰って来るだけの訓練よン」
言ったペティレッカさんがニコニコしている様子から、みんなにはホッとした空気が流れていた。彼女は浴場で相当キツイ様な事を言っていた。だからリィネガッハさんの時よりも厳しい訓練になるだろうと思っていただけに、みんな拍子抜けした様だ。
「それと、この訓練にはペアで参加して貰うわよン」
「ペアですか?」
「そうよン。お互いに助け合いながら攻略してねン」
「それならもう楽勝じゃん。こっちには楓っていう心強い嫁が居るんだから」
「そ、そうね」
「あれ……? どうしたの楓」
調子狂った様な表情で私を覗き込む真希。
「え。な、何が?」
「緊張してるの?」
「そ、そうね。緊張してるかな」
言うのはいいタイミングだったかもしれない。だけど私はそのタイミングを逃してしまった。真希に返答した直後、学級委員長の多々良小百合が手を挙げる。
「あの、私達十五人で一人余るんですが……」
「それなら心配は要らないわン。先生さんは私と行きましょうねン」
「あ、はい。分かりました」
「それじゃ、訓練を始めるわよン。最初は誰からにするン?」
「私達が行きますっ!」
勢い良く手を挙げたのは、津田心美と江藤まみの剣道部のライバルコンビだ。
「分かったわン。言うまでもない事だけど、十分に気を付けるのよン」
「はい!」
「気を付ける間もなくソッコーで終わらせてやるわ」
「気を付けてねン」
森の中に入っていく二人を、ペティレッカさんはにこやかに、私達は心配そうな表情で見送った。
──五分後。
「ひぁぁぁぁっ!」
森の中から響いた心美の悲鳴に、誰もがビクッとして身構える。そして程なく慌てた様子で森から出てくる心美。一緒に入った筈のまみの姿は見えない。
その心美は私たちの姿を見て安心したのか、地面に四つん這いになって荒い息を繰り返していた。
「だっ、大丈夫!?」
「こ、怖かった……怖かったのよぉっ」
剣道部主将の心美がここまで狼狽するなんて、中で一体何があったのか。
「ん? なにこれ……アザ?」
心美の首筋に薄っすらと浮き出ているアザの様なもの。キスマークの様にも見えなくもない。それを本人に確認する前に、背後で聞こえた草の音に心美は振り返って後退りを始めた。
「ひぃっ!」
小さく悲鳴を上げる心美。その恐怖に満ちた視線の先には、ライバルであるまみが立っていた。
「こ、こみぃ。なんで逃げるのぉ……一緒に幸せになろうよぉ……」
足を引きずる様にして尚も心美に向かって歩みを進めるまみ。その姿はゾンビ映画のゾンビの様だ。必至に地面を蹴って後退る心美と、一歩、また一歩と確実に進むまみの間にペティレッカさんが立ち塞がる。
「あらあらン。すっかり取り憑かれちゃって……」
「取り憑かれって……」
「慈愛の女神ヴンリィーネン。深き広き御心でン、彼の者に取り憑く不浄なる
やたらと艶っぽく祈りを捧げたペティレッカさん。それでちゃんと発動するのが不思議でならない。ペティレッカさんの術を受けて、まみは膝から崩れ落ちた。
「はい。じゃあ、次の人ン」
ザザザッと音を立て、みんながみんな後退る。その顔は恐怖に歪んでいた。
「あらあらン警戒しちゃったかなン。これじゃ訓練にならないからコッチで決めちゃうわねン。次はそこの双子ちゃんにしようかしらン」
「わ、私達ですか!?」
驚愕の顔で自分を指差す佐藤姉妹。姉の
「あの……これ、二人とも取り憑かれちゃったらどうするんですか?」
「それは安心してン。ちゃぁんと助けに行くからン」
「そ、それなら大丈夫かな……」
「う、うん」
──それから三十分くらいが過ぎた。恐る恐る森の中に入って行った佐藤姉妹はまだ戻っていない。
「もう戻って来ててもいいはずよね……」
ペティレッカさんの話では祠まで五百ロングー。往復で一キロだ。おっかなびっくり進んだとしても、もう戻っていてもおかしくはない時間だ。
「さて。じゃあ、ちょっと行ってくるわねン」
指をカキコキ鳴らして森に臆する事もなく踏み入れるペティレッカさん。その彼女は、十分もしない内に二人の襟首を掴んで引きずって出て来た。
「佐藤さん!?」
「気絶しているだけだから大丈夫よン」
「気絶って……何があったんですか?」
「ン。まあ、ソコは触れないでいてあげてねン」
一体何があったのか? 誰もが疑問に思っていたに違いなかった。
「あ……」
「お姉ちゃん……」
目を覚まし互いの顔を見て、同時に視線を逸らす佐藤姉妹。その様子から内部であった出来事を覚えている様で、その気不味そうな表情は、知ってはいけない事を知ってしまった。そんな顔をしていた。
「さ、次はン?」
「私達が行きますっ」
私の手首をガッチリと掴み、大きく手を挙げる真希。私の鼓動が早くなる。
「勇ましいわねン。それじゃ、気を付けてねン」
「さ、行くよ楓」
掴んでいる手首をグイッと引っ張る真希。私は両足を踏ん張ってそれに抗う。
「楓?」
「あ、後にしない? ホラ、その方が情報を集められてより安全度が増すでしょ?」
事前情報は大切だ。特に右も左も分からないこの世界では最優先と言っても過言ではない。だから真希にもその重要さを知って貰いたかった。のだが……
「……楓って、もしかして怖がり?」
「ち、違うわよ! ただ、ちょっと、ほら、あれだから……」
「ああ、なるほどね」
ポンと手を合わせる真希。何を言っているのか自分でも分からないのに、一体何を察したのかさっぱり分からない。
「いいから来る!」
腕をガッチリとホールドされてよろめきながら連行される。件の森の入口がすぐソコに迫っていた。
「ひっ! ちょ、いや。まっ、待って!」
「待たない。とっとと終わすよ」
「だっ誰か助けっ──」
藁をも掴む思いで助けを乞う私。しかし私は見た。誰も彼もが私から視線を逸した瞬間を。
「いやぁぁっ!」
二つの丘に私の叫びが木霊した。
☆ ☆ ☆
木々の葉が幾重にも生い茂り、真っ昼間だというのに中は薄暗い。真希が苦もなく進んでいる事から、明かりを点けなければ歩けない程ではないらしい。……何故らしいのかというと、私から見た森は涙の海で歪んでいるからだ。
「うう、グスッ」
「ちょっと楓。胸を押し付けないでよ歩き難いでしょ?」
「だって押し付けないと抱き付けないじゃん!」
分かってる。自分が訳のわからない事を口走っている事は。頭の中は冷静で思考はちゃんとしてても、脳から離れた言葉は大きく遠回りをし、要らぬ解釈を加えて口から発せられていた。
「ううう……もうやだよぉ」
「楓がこういうのダメだなんて初めて知ったわ」
「ま、真希は大丈夫なの……?」
「全然って訳じゃないけど、楓程じゃないのは確かね」
真っ直ぐ前だけを見て、雰囲気やら何やらに臆する事なく進んで行く真希。その真希の腕を力一杯抱きしめて遅れない様について行く私。
見なければ良かった。そう思っても時既に遅い。不意に視線を向けた先で、ぼんやりと白く人の形を成した存在と見つめ合い、私の時が止まった。
「ひっ!」
時が再び動き出した直後に小さな悲鳴を上げた私は、腰が抜けてしまいその場に座り込んだ。
「ちょっと、どうかしたの?」
「おおおばっおばおばおば……」
震える指で差し示す。その存在を視認した真希が身構えた。
「出たわね。ここは私に任せてっ」
任せる。全面的に任せる。そう思っていても出ない言葉に、頭だけがコクコクと頷いていた。
「慈愛の女神ヴンリィーネ。慈しみ溢るる
真希が放った黄色掛かった祈りの光は、ぼんやりと白く、目の部分だけが漆黒の、人の形を成した存在を包み込み、その光が消えるとソコに居た存在も消えていた。
「ふふん。ちょろいもんよ」
両手を腰に当て、得意気な表情の真希。そのスカートを私はグイグイと引っ張る。
「ちょ、スカート脱げちゃうでしょ?」
「あああ……アレ、アレッ!」
姿が全く同じの為、ソレがさっきのヤツかは分からない。今度は私達が行くべき道の先に姿を現した。そして、悲鳴とも叫び声ともつかない音を発して私達に向かって突進して来る。
「ふん。慈愛の女神ヴンリィーネ。我に仇なす存在を防ぐ盾をお与え下さい。プロテクションッ!」
真希の眼前に結界の紋様が現れる。キリングバニーの時の様に攻撃を弾いて防ぎ、浄化の術を唱えるつもりなのだろう。だが──
「ンッ!?」
「え……」
気の所為か。いや、気の所為じゃない。人の形を成したぼんやりと白い存在は、確かに紋様を通り抜けて真希の身体を貫いた様に見えた。けれどその真希は何処か怪我をした様子もなく、平然と立っている。
「だ、大丈夫? 今すり抜けた様に見えたんだけど……」
「え? あ、ああ。平気平気。それじゃぁ、さっさとヤッちゃお」
差し出された手を取ると、そのまま強引に抱き締められる。
「ちょ、真希?!」
「大丈夫。すぐに済むから」
「済むって何が?!」
真希の抱き締める力が強くなる。その力は女の子のソレを遥かに超えていて、腕ごと抱き締められている所為で抵抗らしい抵抗も出来ない。
「んんぅ、いい香り……」
首筋から身体全体に悪寒が走り抜ける。真希が行ったある仕草は、私の全身の鳥肌を一斉に覚醒させた。
「ちょ、何をするの!?」
「あら、首にキスされるのはイヤ?」
「そういうのは異性としなさいよ」
「イヤよ。私はあなたとシたいの」
見つめ合う私と真希。その顔がゆっくりと近付いて来る。逃げ出そうにも人知を超えた力によって抱き締められている所為で逃げ出す事が出来ない。私のファーストキスが絶体絶命の大ピンチを迎えた。
仕方なく私の中の力の一つを解き放つ。その力は熱烈を上回る強烈なハグをいとも簡単に跳ね除けた。それが信じられなかったのだろう。真希の表情は驚愕に歪んでいた。
「バカなっ」
「アンタ、真希じゃないわね?」
「い、嫌だなぁ。私はマキよ。何処からどう見てもマ・キ」
「ふーん……じゃあさ。私の名前を言ってみて」
「ええ良いわよ。えっとぉ……マロン」
誰だソレはっ! 愛玩動物か私はっ!
「……大人しく真希の身体を返しなさい」
「えぇ、イヤよ」
ほっぺをぷっくりと膨らませ、ソッポを向く真希。
「生気溢れる女の子が来たのは久し振りなんだもん。ちょっとくらい吸わせてくれてもイイじゃない? そだ、代わりにあなたのをくれないかしら? 大丈夫。ちょっと力が抜けるだけだから、むしろ身体にはイイ事なのよ」
何が大丈夫なのかは知らないけれど、その後で解放される保証がなくそのまま吸われ続ける可能性が高い。相手は魔物だ。信用は皆無と判断すべきだろう。
「……それが済んだら真希の身体を返すのね?」
「ええ勿論。約束するわ」
「……分かった。良いわよ」
「やったっ」
手を合わせ片足を上げて喜ぶ真希に私は目を閉じて唇を差し出す。音を聞いているだけでもルンルン気分で近付いて来るのが分かった。
「それじゃあ、いっただっきまー……すっ?!」
目を開けると驚愕の表情で私を見つめている真希。彼女が視線を落としたその先には、私が手にしている短剣から伸びる白く輝く一条の光が真希の身体を刺し貫いていた。
「魔物の言う事なんか信じられる訳ないでしょ?」
若く精気に溢れた瑞々しい身体だ。そう簡単に手放す筈がない。さっきもペティレッカさんが助けに行けなければ、佐藤姉妹は永遠に戻って来る事がなかっただろう。
だから私はキスをするフリをして腰に手を回し、女神の祝福を受けた短剣を取り出した。そして力の一部を開放し、真希の身体を傷付けずに取り憑いている悪霊だけを貫いたのだ。
「……ウソつき」
「安らかに眠りなさい」
「もっと生娘を味わいたかっただけなのにな」
残念そうな表情をした直後、光の粒子が真希の身体から立ち昇る。それが消えると、糸が切れた人形の様に崩れ落ちた。私は慌てて真希の身体を受け止める。呼吸は正常で外傷は見られない事から、どうやら気を失っているだけの様だった。
「真希……真希っ」
真希の身体をゆすり、意識を覚醒へと導く。目覚めを待たずに急かすのは、いつまた襲われるか分からないからであって決して私が心細いからではない。
「ン……あれ? 楓?」
「良かったぁ」
真希が目を覚ました事で安堵のため息を大きく吐いた。
「あれ、私一体何を……」
「覚えてないの?」
「うん。張ったプロテクションを通り抜けて来た所までは覚えてるんだけど……」
佐藤姉妹の時とは違って取り憑かれていた時の記憶は無いらしい。そしてその事は、私にとってとても都合が良かった。
「あっ」
「えっ?! なに!? 何か居るの!?」
虚空を見つめて大きく口を開けた真希。またお化けが出たのかと思って辺りを見渡す。が、それらしき存在は見当たらなかった。
「驚かせないでよ。何なの?」
「楓が無事って事は、アレをやっつけてくれたって事だよね?」
「え……う、うん。まあ」
言って頷くと、真希は勢い良く立ち上がった。
「凄いっ。やっぱ楓って凄いねっ!」
「えっ。いいいやそんな私なんか。怖がりだし……」
「そんな事ないよ。楓は強くて、勇気もある。だって、私を助けてくれたんだから」
「そ、それは結果としてそうなっただけよ」
私を褒め称え、表舞台へと押し上げようとする真希には悪いが、結果としてやっつけた。その方が私には都合が良い。
「そんな事よりも、また襲われる前に御札を取って気味悪い森から出ようよ」
「ああ、そういえばそうだったわね」
真希はそう言って私の腕を取る。そして木々や葉が生い茂り、昼間でも薄暗く。しかし、最初の頃よりは不快ではなくなった森の中を、私達は祠へと向かって進んで行った。
土が剥き出しの道の終わりに、ペティレッカさんが言っていた祠が建てられていた。驚く事にその建物は、日本でお馴染みの神社の様な建築様式をしており、その神社を高さ三メートル、幅二メートルにギュッと凝縮した様な外観になっている。
「これが祠?」
「そうみたいだね。ホラ、御札も置いてあるし」
真希が指差した台には、何やら赤い文字が書かれた紙が束で置かれていた。
「これを一枚持っていけば良いんだよね?」
「そのはず。でさ、その御札なんだけど、楓が取りなよ」
「え。私が? い、イヤよ。真希が取ってよ」
これがホラーなら、そのモノを取ろうとした私の手を、誰かの手が掴んで……という事になりそうで怖い。
「なんで? 一番の功労者は楓だよ? 私には取る権利は無いわ」
「じ、じゃあその功労を譲るから」
「い・や」
頑として受け取る気のない真希に、本気で嫌そうにため息を吐いた。そして、ギョグッと唾を飲み込んで祠を凝視する。
その祠は、何の変哲もない祠にしか見えない。しかし、ホラー映画でも何の変哲もない場所から突然ヤツラは現れ出でる。油断は出来ない。後ろでは真希が「ほらぁ、早くぅ」と私を急かしていたが、そんな事はお構い無しに極度の緊張を以って、震える腕をゆっくりと御札に近付けていった。
そして御札を一枚摘んだ所で、お約束のヤツラが……現れる事はなかった。
「あれ?」
拍子抜けした顔を真希に向ける。その真希は、ニッコリと微笑んで手の平を差し出した。
「ミッションコンプだね。さ、帰ろ」
「う、うん」
出された手を取り、私達は来た道を戻って行った。
☆ ☆ ☆
森から抜けると私達に喝采が浴びせられた。クラスメイトからの労いの言葉に加え、既にバレていた怖いのが苦手な私によく頑張ったと声を掛けられる。
「あらン。クリア出来たのねン」
「はい、なんとか」
差し出した御札を受け取り、笑顔で頷くペティレッカさん。
「じゃあ、次誰にするン?」
私達がクリアした事で、全体の雰囲気が良くなっていた。率先して手を挙げたのは、ファンタジーオタクのメガネっ娘。進藤真由美と学級委員長の多々良小百合という異質なコンビだ。それを見届けた直後にペティレッカさんからの質問が私達に向けて飛んだ。
「ねぇ、あなた達。何かしたのン?」
「え? 別に何もしてませんが……」
何かやってはいけない事をしてしまったのではないろうか? と、内心ビクビクしている私。
「楓って凄いんですよ。私に取り憑いた悪霊を浄化してくれたんです」
「へぇ、そうなのン。あなた一人でアレを浄化したのねぇン……」
再び森へと視線を向けたペティレッカさん。その表情は、先ほどと打って変わって厳しいものになっていた。
その後、続々と御札を持ち帰る者が続出した。そのコ達が言うのには、ちょっと怖かった。アレなら遊園地のお化け屋敷の方がまだ怖い。と、明らかに私達以降は難度が大幅に下がっている事が窺えた。そして私達よりも前の二組である心美とまみペアと佐藤姉妹は、私達の苦労は一体……。と、四つん這いになっていた。
「みんな、お疲れ様ン。それで、コレだけは言っておくわねン。プロテクションは物理攻撃は弾くけど、アストラル攻撃には効かないから注意してねン」
それ、先に言ってくれないかなっ! 誰もがみんなそう思っていたであろう事は安易に想像が出来た。
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