打ち砕かれた決意。

 階段半ばで瀬川あいりが床に寝かされる。お腹に刺さった矢を中心に、真っ白のワイシャツに赤い染みを広げていた。普段から彼女と仲の良い児島しおりが手を取り涙を浮かべている。その泣き顔をあいりは今にも閉じそうな目で見ていた。

「待ってて。私が今、治してあげるからっ」

 あいりに向かって両手を差し出し、癒やしをかけようとするしおり。その肩にリィネガッハさんの手が置かれた。

「ヒールではダメだ。上位の癒しを使え。そして準備が出来たら合図をくれ。一気に矢を引き抜く」

「はいっ!」

 リィネガッハさんはしおりの返事に頷くと、十センチほどに切り落とした木の枝をあいりの口に押し付けた。

「コレを咥えておけ、死ぬ程痛いが我慢しろよ」

「慈愛の女神ヴンリィーネ。その深き広き御心で、我により高き、深き慈愛をお与え下さい」

 しおりがリィネガッハさんに頷いて合図を送る。その合図で、あいりの身体から一気に矢が引き抜かれた。

「んんんんっ!」

 傷口から鮮血が溢れ出し、瞬く間にあいりのワイシャツの染みを広げていく。その光景から目を逸らす者が続出していた。

「今だ!」

「ハイ・ヒーリング!」

 ハイヒーリング。ヒールでは治す事が出来ない深い傷を癒す術。ヒールは受けた者の体力と治癒力を使って癒すが、この術は祈りを捧げる者の神力を使う。その者の神力が高ければ高い程にその効果が格段に上がる術だ。

 元々、私達の力はこの世界の人達を凌駕している。それは腕力脚力にとどまらず、神力にも影響を与えていた。その高い神力によって、あいりが受けた傷は瞬く間に塞がっていく。よかったもう大丈夫だ。誰も彼もがそう思い、安堵した次の瞬間、あいりは再び苦しみ出した。

「何で、どうして? 傷は治っているのに……」

「ヒールだけじゃダメだ。解毒もかけるんだ」

「解毒……?」

「そうだ。これを見ろ、矢尻に毒が塗ってある」

 リィネガッハさんが見せてくれた矢尻には、赤い液体の他に緑色の液体も付着している。しおりは慌てて祈りを捧げ、あいりの身体を蝕んでいた毒を取り除き、今度こそ本当に安堵する事が出来た。

 リィネガッハさんもホッとした様子で警戒を続ける兵士さんの下へと歩いて行く。

「どうだ?」

「はい。どうやら追撃はない模様です」

 兵士さんのその言葉に、私達の緊張も幾らかは解けていく。毒が付与された矢を雨あられに注がれては、幾ら私達がハイスペックだからといってもどうしようもないからだ。最悪の場合はアレを使わざるを得ない。と、私は自分に言い聞かせていた。

「そうか分かった。とはいえ、早い所ここを離れるに越した事はない。一班は先頭を進め。二班は異邦人の右。三班は左だ。後ろはオレが務める。準備しろ」

「はいっ」

 兵士さん達は言われた通りに配置に着く。それを指示したリィネガッハさんは美冬ちゃんの下に足を運んだ。

「教師殿。貴女の大切な生徒を危険な目に遭わせてしまい、大変申し訳ない。正式な詫びはここを出てから改めてさせて貰う。今はベースキャンプへ戻ろう」

「あ。は、はい。瀬川さんは大丈夫なんですか?」

「ああ、彼女は運が良かった。当たりどころが悪ければ助からなかっただろう」

 そう言い残し、リィネガッハさんは最後尾へと戻って兵士さん達に号令を下した。


 ☆ ☆ ☆


 ベースキャンプに戻った頃には空は明るくなり始めていた。大きな月と中くらいの月が仲良く並び、小さな月だけが取り残されたかの様にポツンと浮かんでいる。私達はみな口をつぐみ、思い思いの場所に腰を下ろしていた。

 私達を襲った魔物は私達に大きなダメージを負わせていた。たった一本。何の変哲もないたった一本の矢は、私達の戦意を根こそぎ奪っていた。

 戦争とは程遠い平和な場所で生まれ育った私達。そんな私達が間近で感じた死の香りに萎縮をしてしまうのも当然と言える。全員とまではいかないだろうが、恐らく半数近く、いやそれ以上はもう戦えないだろう。そう思えた。

「一班はここに残り、ベースキャンプの防衛に努めろ。二班三班は彼女達を護衛して王都へ戻る」

 兵士さん達に次々と指示を出すリィネガッハさん。その淡々とした姿に、どこか余所余所しさをも感じていた。粗方指示を出し終えたリィネガッハさんが美冬ちゃんの下へ歩いていく。

「教師殿。貴女達はこのまま王都へ戻って欲しい。迷宮よりは安全とはいえここは壁の外だ。何が起こるか分からない」

「みなさんはどうされるのですか?」

「我々は異邦人殿を送り届けた後も訓練を続ける。元々そういう予定だったしな」

「そうですか。分かりました。みんな、王都へ戻るわよ」

 美冬ちゃんの言葉に返事もする事もなく立ち上がり、リィネガッハさん等の後に続いて行った。


 山あいから陽の光が森に差し込む。青々と茂った葉がその光を浴びて一斉に活気付き、行きで通った時よりも緑の匂いが濃く感じられた。

 先頭は二班と呼ばれた兵士さん達。続いて三班の人達が昏睡状態のあいりを担架の様なもので運んでいる。その後を私達が力なく歩き、最後にリィネガッハさんがついてくる。

「滑稽に見えるだろうな……」

「滑稽って?」

 私の呟きを隣に居る真希が拾い上げる。

「これから戦争をしようってのに、アレだけで戦意を失っちゃう私達がさ」

「仕方がないよ。……と、言いたい所だけどね」

「真希はどう? やれそう?」

 以前、彼女が私に言った言葉をそのまま彼女に返す。

「分かんない。やろう。と言い出したのは私だけど、正直な所怖くて仕方がないの。今も森の中から矢が飛んで来るんじゃないか、それが私に当たるんじゃないかって……」

 僅かに身震いをする真希。その肩に手を置くと、彼女が震えているのが伝わってくる。私はそのまま真希の腕を取り引き寄せた。

「強いよね。この世界の人達って。ちからは私達よりも弱いのに、コウモリやコボルトと勇猛果敢に戦ってさ。彼等の強さを少しでも分けて貰えたら良いんだけど……」

 これから訪れる幾千幾万の死。それを目の当たりにして正気を保っていられるのは果たして何人居るのだろうか。その答えはその時にならないと分からない。それが分かった時は……もう遅いかもしれない。

「……ねえ楓。私があいりみたいな事になったら、楓は私を助けてくれる?」

「どうかな。分かんない」

「それ非道くない?!」

「冗談。助けるよ。何があっても。どんな事をしても」

「それならいいや。……ねえ楓、もういっこいい?」

「ん? 何?」

「楓ってさ。どうしてそんなに強いの?」

「強い? 私が?」

「そうだよ。この世界に転移させられた時も、私が戦おうと言った時も、そして迷宮内で襲われた時も。みんなが怯えて騒いでパニックになっていても、楓はずっと冷静だったじゃん」

 私の事をよく見ていた真希に内心で驚いていた。

「何か、隠してない?」

「隠してなんかないわよ」

「ホント?」

「ホント。それに、真希が思っているほど私は強くはないわ」

 多分この中で一番、私が臆病で卑怯だと思うから。そう心の中で呟き、空に浮かぶ三つの月を見上げた。


 ☆ ☆ ☆


 リィネガッハさんや兵士さん達に護衛され、私達は王都へと帰着した。生徒の大半はそのまま充てがわれた部屋へと歩いて行く。その後ろ姿はまるで、魂が抜けたゾンビの様にも思えた。

 その生徒達を見送りながらため息を一つ吐いた美冬ちゃんは、リィネガッハさんに向き直って頭を下げる。

「有難う御座いますリィネガッハさん」

「いや、これも任務の一環だから気にしないでくれ。それよりも、改めて詫びさせて貰おう」

「いえ、それには及びません。リィネガッハさんは出来うる最大の事をして下さいました。もしあの時、あなたが矢を弾いてくれなければ、怪我をした者がもっと居たはずです」

 美冬ちゃんの言葉に総毛立つ。あの時、目の前に落ちた矢は誰を狙って放たれたものか。それを考えると冷や汗が止まらない。

「楓……? 顔真っ青だよ。部屋戻って休む?」

「有難う。でも、大丈夫だから」

 心配そうに覗き込む真希にぎこちない笑顔で応えた。

「そうか。すまないな」

 美冬ちゃんに柔らかく微笑むリィネガッハさん。それからゾンビの如く部屋に戻って行く生徒達に目を向けた。

「彼女達は大丈夫だろうか?」

「多分、としか。今残っている子達は大丈夫だと思いますが……」

 美冬ちゃんが視線を巡らすと、各人が大丈夫だと頷く。津田心美なんかは全然オッケーと言わんばかりに親指を立てて応えていた。

 今この場に居るのは、私に真希、剣道部主将の津田心美に副主将の江藤まみ。学級委員長の多々良小百合にファンタジーオタクの進藤真由美。その他合わせて十数名が残っている。

「隊長っ。どうすれば隊長さんの様に強くなれるのでありますかっ?!」

 ビシッと敬礼をして真由美が言う。

「強いって、君達は既にオレよりも強いだろう?」

「ああいえ、そうではなくてですね。精神面です」

「精神面か……こればかりは慣れてもらうしかないな」

「やっぱ慣れですか」

「ああ。非情と思われても仕方がないが今回の件、オレ的には都合が良かったと思った部分もある」

「都合が良かった!?」

 津田心美を筆頭に、場に居る生徒達の殺気が膨らんだ。

「私達の仲間が死にかけて都合が良かったって言うんですかっ!?」

「ああ」

 吠える心美をリィネガッハさんは臆する事もなく受けた。

「君達はただ戦う。という事を口にしただけに過ぎない。覚悟が足らないんだ」

「覚悟……」

「戦である以上、老若男女隔てる事なく怪我人、死人は出る。ましてや、世界の命運を賭けた戦いならば尚更だ。仲間の一人が倒されたくらいで動揺し、取り乱す様な今の状態では勝てる見込みは無いに等しい」

「で、でも。ほんの少しでも可能性があるなら……」

「十層で見せただろう? その可能性を君達が潰す結果となった事を」

 リィネガッハさんの言う通り、矢に倒れたあいりを見た誰かが悲鳴を上げた。それを合図にコボルト達は戦闘を開始し、リィネガッハさん等騎士団の人達は浮き足立った私達を連れて階段内に戻った。

「冷静に対処が出来ていれば、あれくらいの数、我々だけでも処理が出来た。飛び道具にさえ気を付ければ取るに足らん相手だ」

「そんな事を言われても私達は今日初めて迷宮に入ったんですよ!?」

「だから都合が良かったんだ。このまま何も起こらずに本番を迎え、最終戦争の真っ只中にあんな状態になられたのでは前線に立つ我々はたまったモンじゃない。君達治療士隊が混乱し機能しなければ戦線を維持する事すら困難になり、撤退を余儀なくされるか相手の軍に飲み込まれる事になる。それはつまり敗北に他ならない。だから動揺をするな。常に冷静に状況を判断し、何を切り捨て何を拾うのか。即断即決が必要になる」

 彼の言葉で治療士とは切り捨てる側の職種なのだと気付かされた。そして彼等騎士団は切り捨てられる側の職種である事を知っていても尚、国や民や戦友の為に最前線に立つ。という覚悟を持っているのだとも。

 対して私達はどうだろうか? 仲間を倒されて憤慨するどころか次は自分の番ではないかと怯え、竦み上がって見ていただけ。

 この世界にレベルという概念が存在しない以上、経験の積み重ねがモノをいうに違いない。ただ戦うのではなく、闘って強くなれと。彼は言いたいのだろう。

「今ここが、君達の踏ん張りどころだ。これを乗り越える事が出来た時、君達は無類の強さを手に入れられる事だろう。……これでもな、こんな世界に呼んでしまって大変申し訳ないと思っているんだ。君達が誰一人欠ける事なく戻れる様、我々も全力を尽くす。だから異邦人殿。是非とも無類の強さを手に入れ、我々に力を貸して欲しい」

 姿勢を正し、丁寧にお辞儀をするリィネガッハさん。その姿に、さっきの暴言とも言える言葉を吐いた彼を責める者は誰一人として居なかった。

「リィネガッハさん。私達に足らないモノって何でしょうか?」

 下げられたリィネガッハさんの頭に向かって美冬ちゃんが言う。

「え? それはまあ、戦闘経験だろうな」

「その経験さえ積めば私達は強くなれるのですね?」

「あ、ああ。それは間違いない。君達は元々、我々より強いのだからな」

「では、リィネガッハさん直々に特訓を施してはくれませんか?」

「オレが君達に特訓を……?」

「はい。リィネガッハさんの見立てではこのままだと勝つ見込みはない。そうですよね?」

「ああ。万が一にも勝てない」

「では、特訓をするしかありません。戦闘経験を積み重ねるその重要さを貴方はご存知なのでしょう?」

「……分かった。陛下にそう進言をしよう。だが、部屋に戻った彼女達はどうするつもりだ?」

「彼女達が受けたショックはそうそう拭い切れないでしょう。強制させても身に付かなければ意味がありません。私達の頑張る姿を見せて発奮してくれるのを期待するしか……」

「なるほどな……君達もそれでいいのか?」

「はいっ」

「望む所ですよ隊長っ」

 ある人は大きく頷き、ある人は手の平と拳を合わせる。みんなのやる気に再び火が灯された。

「君も、か?」

「ええ。都合が良かったとか、足手纏いだとか。そう言った事を絶っっっ対に後悔させてやるんだから」

 言われた事を未だ引きずる心美。睨み付ける心美にリィネガッハさんは不敵に笑う。

「オレは相当スパルタだぞ? 覚悟しろよ」

「お、お手柔らかにお願いします」

 心美以外の生徒が俯き加減でそう言う。彼女達のそのやる気の灯火が、少し小さくなった気がした。


 ☆ ☆ ☆


 ──それから数日。新兵の訓練から戻って来たリィネガッハさんは、休む間もなく今度は私達の特訓に付き合ってくれていた。

 アールディエンテ王国の西方に広がる牧草地帯に集められた私達。ヴンリィーネ教会の戦闘服を身に付けて、腰から鉄製のメイスを下げていた。何故メイスなのかというと、しっくりくるから。としか言いようがない。一応他の武器も扱えるには扱えるのだが、剣や杖を持つと何となく嫌な感じが付き纏って気が散るからだ。

「アレを見てくれ」

 リィネガッハさんが指差す方向には青々と茂る豊かな牧草地があり、その草の隙間で真っ白でもふもふっとした動物が、あっちへこっちへと忙しなく動いていた。

「かわいいっ!」

 誰もが例外なく、胸をキュンキュンさせながらその動物に魅入る。

「キリングバニーと呼ばれている害獣だ」

 可愛いのに血生臭い名前が付いているのが玉にきず。

「キリングバニーはここの牧草を食い荒らす魔物でな、この辺では最も弱い。このキリングバニーを一人につき五匹、狩って欲しい」

「狩る?! こんなに可愛いのに狩っちゃうんですか!?」

「そうだ。見た目に惑わされては生き残れない。奴等は弱いが故に非常に素早い。甘く見ていると、骨くらい簡単に折られるぞ」

 こんな可愛らしいもふもふとした生き物が骨を折る様な凶悪には思えない。が、仮にもキリング。殺害、致死。と、いった意味合いを名に持つ魔物だ油断は出来ない。

「それじゃ始めてくれ」

 リィネガッハさんの合図でみんながそれと決めた目標へ駆けて行く。

「かーえで。一緒にやろ」

「それはいいけど、油断はしないでね?」

「何いってんの、この辺じゃ一番弱いってんだから楽勝じゃん?」

 ズンズンと不用意に近付く真希。ピョコピョコと良心が痛む可愛さで真希から逃げるバニー。そして真希が追い掛けるのを止めたのと同時に、キリングバニーも逃げるのを止めた。耳をピンと立てて鼻をヒクヒクさせているキリングバニー。と、突然、その姿が消え失せた。直後に一陣の風が私達の間を通り抜けていく。

「……え?」

「なに……今の」

 突然の事に私は真希と顔を見合わせる。その真希の頬に一筋の赤い線が描かれ、そこからタラリと赤い液体が溢れた。

「真希、血が出てる」

「楓だって……」

 互いに指差し合い、そして手の甲で拭ってソレを確かめると、間違いなく血だった。それを境にあちこちで悲鳴が上がり始める。ある生徒は胸を押さえて赤い液体を口から吐き出し、ある生徒は腕が有り得ない方向に曲がっていた。そして何事も無かった様に食事を続ける真っ白な野ウサギキリングバニー

「食事の邪魔をするなってか。舐められたもんね」

 ここでも私達の戦意がズタボロにされる。この辺で一番弱いはずの魔物にさえ勝てない私達はそれ以下の存在だという事だ。

「お前らぁっ! 相手はただの動物じゃない魔物だ! それを踏まえて戦えっ!」

 リィネガッハさんから怒号が飛び、私達の気も引き締められる。

「真希。こっちも全力で狩るわよ」

「う、うん。それじゃぁ、回復は任せて」

「あんたも戦うのよ」

「それはそうしたいんだけど……」

 真希の視線が自らの足に向けられる。その足は、震えていた。それは見事にカクカクしていた。

「も、もう少ししたら復活するから、それまでお願い……」

「しょうがない。じゃあ、回復宜しくね」

 腰からメイスを抜き放ち、キリングバニーに向けて構えながらゆっくりと近付く。そのキリングバニーは草を喰むのを止めて耳を立て、私のことをジッと見つめながら鼻をヒクヒクさせていた。そしてその姿が掻き消えた。

「がはっ!」

 唐突に訪れた衝撃に足は地から離れて身体が宙を舞った。体内では何かが砕けた様な音が響き、熱い塊が喉を逆流して口から溢れ出る。

「かっ、楓っ! 待ってて今……」

 真希は祈りを捧げハイヒールを私にかけると、白が濃い青い光に包まれた私の身体から痛みが引いていくのを感じた。あの突進が顔だったらと思うと背筋が凍り付く思いだ。

「ありがと。にしても、本当に骨が折れるわね」

 キリングバニーは普段愛らしい姿で草を喰んでいるが、一定距離まで詰めると攻撃に転ずる様だ。そして恐らく、耳を立てて鼻をピクピクさせるのが突進の合図なのだろう。だとすれば対策は立てやすい。

「よし、それじゃもう一度……」

「ちょ、楓。無理しないで」

「大丈夫。怪我は完全に治ってるから」

 致命傷の怪我がたった数秒で完治するとは異世界さまさまである。

「今度は倒すわ」

 私は再びメイスを構え、キリングバニーへと歩みを進める。進みながら口の中で祈りを捧げていた。

 私が近付く気配を感じ取ったのか、キリングバニーは草を喰むのを止めて耳をピンッと立てて見つめている。そしてヒクつく鼻。

防御結界プロテクション!」

 極薄のヴェールの様な半透明の神力の結界が私の前面を瞬時に覆う。キリングバニーとの距離を詰めながら、あらかじめ祈りを捧げておいたのだ。そして、その場から消えたキリングバニーがそのヴェールに体当たりをして弾き返された。

「今っ!」

 弾かれて倒れ込んでいるキリングバニーにメイスを振り下ろすと、ゴシャリとした嫌な音と感触が伝わった。

「これで一匹」

 あと四匹。真希の分を入れれば九匹だ。

「す、す……すっっごぉいっ! 楓って凄いの持ってんじゃん!」

「いや、アンタも使えるでしょうが」

「アレ……そうだっけ?」

「そうよ」

 防御結界プロテクションは治癒士が使える神術の一つ。術者の前面に結界を展開して敵対する相手の攻撃を弾き、味方の攻撃は素通りする便利な術。普通だとあまり保たないらしいが私たちが使うと強固な壁となる。

「これでもう大丈夫だよね?」

 攻略法が分かったのだ。分かってしまえばもう怖くはない筈だ。

「う、うん。楓にだって出来たんだから、私に出来ないはずはないわ」

 自信を取り戻してくれたのは嬉しいが、言い方が酷い。

 私と同じ様に、祈りを捧げながらキリングバニーに近付く真希。そして真希の標的にされたキリングバニーは、私の時と同じ末路を辿った。

ったどぉぉっ!」

 上手い事狩れた真希が吠える。もう完全に自信を取り戻せた様だ。

「中々面白いモノを見せて貰った」

「リィネガッハさん」

「どうしてあの術プロテクションを使おうと思ったんだ?」

「どうしてと言われても……まあ、突進しか出来ない様でしたし、それさえ防げれば活路は幾らでも見出せると思って」

「ふむ。君はそれを率先して行い、大怪我を負っても決して怯む事なく再度立ち向かった。……君は勇者としての素質があるな」

「勇者とか勘弁して下さい。私達は弱い。弱いからこそ策を練り、術を行使するしかないんです」

 私はリィネガッハさんから大喜びしている真希へと視線を向けた。

「それに親友を、仲間を信じてますから」

「それこそがゅ…………なんだがな」

「え? 何ですか?」

「いや、何でもない。それよりも、いつまで休んでいるつもりだ? あと四匹、とっとと狩って来い」

「あ、一つだけお聞きしたいのですが」

「なんだ?」

「騎士団の方はどうやって倒しているのですか?」

 やたらと素早いキリングバニー。剣を振り下ろす前に体当たりされるのは想像に難くない。

「どうやって。と、言われてもな……丁度いい。見せてやろう」

 腰から剣を抜き放ち、近場のキリングバニーに向かって無造作に距離を詰めるリィネガッハさん。

 キリングバニーが耳をピンッと立て、鼻をヒクつかせると同時に、リィネガッハさんが剣を垂直に立ててしゃがみ込んだ。

 突進してきたキリングバニーは立てられた剣に突っ込み、そのまま真っ二つになって転がる。それはまるでコントの様だった。

「君の言う通り、キリングバニーは直線でしか突進出来ない。それを線で捉えればこういう事も可能だ」

「平然と言いますけどソレ、結構難しいですからね?」

「そうなのか?」

 無自覚な強さを持つリィネガッハさんにため息を吐いて、残りの四匹を狩るべくお尻についた草を払った。


 その夜に出されたキリングバニーを使った料理は、苦労して狩った事もあってより美味しかった事を明記しておく。

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