初迷宮。

 異世界に飛ばされて早十日。世界の脅威と戦うことを決めて九日になる。世界は未だ平和で魔王の『ま』の字も見当たらない。

 ヴンリィーネ教会にて特別習練を受けていた私達は、その甲斐あって数々の奇跡を授かる事が出来た。その中で最も強力なのが『鼓舞』と呼ばれる神術だ。

 その名を初めて聞いたみんなは、鼓舞とはなんぞや? といった表情だったが、野球やサッカー等の試合で女の子達が揃って応援すると、男の子達が妙に頑張っちゃう魔法。と、脳内変換して説明した真由美の言葉にみんなが納得をした。

 この『鼓舞』とは、恐怖心などのネガティブ感情を抑制し、自信とかポジティブ感情を増量させる効果がある上位神術で、効果範囲は約百ロングーメートル。加えて力や素早さも増量される様で、ルアップを簡単に握り潰せる事が出来る様になり、百ロングー走も世界新が連発した。

 勿論、それ以外にも収穫したものも多く、一番の収穫はこの世界の字が読めるようになった事だ。初めは読む事すらも出来なかったこの世界の文字だが、教えられて気付けば何のことはない。ひらがなをローマ字に変換し、上下を逆さまにして逆から読めばいいだけだった。

 私達の準備が整いつつあると知った王国側は、次のステップへと計画を進めた。つまり、私達に実戦経験を積ます事である。そして今日は私達の盾となって前線に立つ騎士団と共に森の中の遺跡へとやって来た。

 街を離れて行軍する事約二時間。校庭程の開けた場所にひっそりと佇むその遺跡は、三階建ての校舎よりも高くて外壁が大きな葉を成した蔦で覆われている。そんな緑豊かな遺跡にあって、入り口と思しき真っ黒な板が総てを飲み込まんと異様な雰囲気を醸し出していた。

「よぉし、着いたぞ」

「ここに入るんですか?」

「ああ。見てくれはこんな古ぼけた遺跡だが、内部は広大な迷宮になっている。潜む魔物も外よりは少し強いから気を付けろ」

 そう言われても、今まで街中に引きこもっていた私達は魔物の強さなど分かる筈もなく、今一つピンと来ない。

「よし! 設営班、ここにベースキャンプを構築しろ!」

 リィネガッハさんの号令に、騎士団の人達が手慣れた感じでテントを立てていく。私達はただ見ているだけだ。立てたテントは大中小で合計七つ。一番小さいテントはリィネガッハさん用で中サイズの四つのテントは兵士さん用。そして大サイズ二つは私達用だそうだ。

 テントを立て終えた兵士さん達は、今度は夕食の準備を始める。その調理場に、何人かの生徒が駆け寄った。ただの手伝いでない事は彼女達の表情から分かる。

「付き合ってるらしいよ」

「は!?」

 真希の言葉に我が耳を疑った。

「いつの間に……」

「一生懸命訓練している姿に惚れ込んだみたい」

 真剣な表情で何かに打ち込む姿にグッとくるものがあるのは私も同じだ。

「だけど、事が済んだら帰りたくなくなるんじゃないかな」

「んー、それは本人の意思次第じゃない? 今は互いに守るものがあった方が相乗効果が期待出来るっしょ」

「クールねぇ」

「クール? そう思う?」

「真希?」

「私だって恋したいよぉっ! ギュッとしたい、して欲しいっ!」

 私の両肩をガッチリとホールドし、鬼気迫る勢いでまくし立てる真希。

「わ、分かった。分かったからっ。みんなが見てるってば」

「だから抱かせろ」

「なんでやねん」

 その日に出された豆のスープが美味しかった事は言うまでもない。二つの意味でご馳走様。


 ☆ ☆ ☆


 ──翌朝。朝食を終え、入口と思しき黒いプレートの前に三列に並ぶ兵士さん達。その後ろに私達が整列して並んでいた。兵士さん達の装備は、帯剣し盾を持った、これ以上の形容のしようがない盾役に、帯剣だけしている恐らく攻撃役の人。そして、錫杖を持ちヴンリィーネ教会のローブを着ている回復役。最後に、木製の杖を持ち教会製のローブとはまた違うローブを着た人。私達が初めて見る魔道士という職業だ。

「お前達にはこれから目の前の迷宮に挑んでもらう。見習いであるお前達は、昨日話した通りに六名づつ三班に別れ、一階層攻略ごとに交代してもらう事になる。最終目標は十階層っ! それが達成されたらこの訓練は終わりだ。だが、達成されなければ訓練は終わらないと思えっ!」

「はいっ!」

「よし! それでは第一班から中に入れ、入ったなら周囲を警戒、安全を確保せよ。それでは訓練開始だ!」

 リィネガッハさんの号令の後に、第一班の六名が黒い板の中に消えていく。続いて第二班、第三班と中に入り、外にはリィネガッハさんと私達が残された。

「何も問題はないようだな。それでは、異邦人殿も中に入ってくれ。殿はオレが務める」

「だ、大丈夫かな……」

「いきなり襲われるって事もあるんじゃ……」

 初の迷宮で不安の声が生徒達から漏れる。見通しが良い迷宮ならその不安も無いだろうが、真っ黒な板でその先がどうなっているのか分からない以上、彼女の言う通りにいきなり襲われる危険性がある。

「入っていきなり襲われる可能性は無い訳じゃないが、極めて低い。それに、先に入った者達が報告に出て来ないという事は安全だという事だ」

「そうねリィネガッハさんの言う通りだわ。それじゃ、先生がさきに入るからみんなは後から付いてきて」

 そう言った美冬ちゃんは臆する事なく黒い板の中に消えていった。


 黒い板の様な扉を潜り、遺跡の中に足を踏み入れた私達。陽光が差し込んでいた外との急激な温度差がスカートの中に入り込んで思わず身震いをした。

「これ、遺跡の規模じゃない……」

 誰かが呟いた言葉に、私達の誰もが頷いていた。内部は広大。と聞いてはいたが、これ程だとは思っていなかった。

 壁は自然に出来たであろう岩肌が露出し、天井は闇に包まれ見えない程に高い。床は真っ平に舗装され、何処に光源があるのか分からないのに淡い光を放っている。例えるなら、『観光地に在る、整備が行き届いた巨大な洞窟の中』と言ったところか。

「ここ、本当にあの遺跡の中なんですか?」

 美冬ちゃんは隣に居たリィネガッハさんに、私達の誰もが思っている事を聞く。

「迷宮は何処もこうだ。内部は別な空間になっている」

「異空間……って事ですか?」

「さあ? オレもよくは知らん。ただ言える事は、ここはオレ達の世界とは別だって事くらいだ。今日の目標である十階層に降りれば、その事が良く分かるよ」

 リィネガッハさんはそう言うと、兵士さん達の元に歩いて行った。

「よし! 第一班、隊列を組んで前進っ。何処から敵が現れるか分からんぞ、最大に警戒して進め!」

「はいっ!」

 一班と呼ばれた六人の兵士さん達が、キョロキョロと周囲を見ながら二列でゆっくりと進んで行く。盾を持っている人と、盾は持たず帯剣のみの人が先頭に立って、それぞれ前方を警戒しつつ進んで行く。真ん中は治療士と魔道士の二人。こちらは左右それぞれの方向を警戒していた。そして最後尾の二人も後方を警戒しつつ進んで行く。

「異邦人殿。アレが迷宮内での基本隊列だ。魔術士と治癒士を真ん中に置き、前後の急襲に備える。中央部への不意打ちは、前後の盾役が時計回りに移動してして防ぎ、攻撃役が敵を排除する仕組みだ」

 リィネガッハさんからの説明を受けて、よく考えられていると感心する。

「第二班、第三班は三十ロングー離れてついて行け、いいか? 第一班が窮地に陥ってもオレの命令があるまでは動くなよ」

「はいっ!」

 緊張した面持ちで返事をする兵士さん達。彼等は慣れっこなのだろうが、私達には相当なスパルタに思える。

「異邦人殿には戦場の空気を感じて貰うだけでいい。それと、負傷者が出た場合に手当てをお願いしたい」

「分かりました」

 美冬ちゃんがゴクッと唾を飲み込んでリィネガッハさんに応えた。少しづつだが確実に遠ざかっていく兵士さん達に、私達にもその緊張が伝播していった。


「もう何時間も歩いている気がする」

 私の隣を歩く真希がそうぼやく。先頭を行く第一班の人達がスローペースとはいえ、太陽も星も無い迷宮内では時間的感覚が鈍る。閉鎖的で薄暗い迷宮内に加えて緊張を保ったままの状態は、私達の気力と体力をガリガリガリと削っていった。

「ねぇ、リィネガッハさん。休憩まだですか?」

 それに耐え兼ねたのだろう。真希がリィネガッハさんに言う。そのリィネガッハさんは、『え? マジか』といった表情をしていた。

「おいおい。まだ一時間だぞ?」

「いっ、一時間!?」

「そうだ。まだ一時間だ。もう少し我慢してくれ」

「えー、マジでぇ」

 リィネガッハさんの言葉に、それを聞いた他の生徒から不満の声が上がる。

「そうはいってもな、戦闘ともなれば何時間もぶっ通しで戦わなくてはならん場合もある。これくらいで音を上げていたのでは生き残れないぞ」

「それはそうですけど、私達は初めて来たのです。不慣れな土地と環境は非道いストレスを抱える事になります」

 美冬ちゃんの言葉にリィネガッハさんが首を傾げた。

「すとれす?」

「あ、えっと。精神に大きな負担がかかります」

「ああ、そういう事か。そうだな……あと三十分我慢出来るか?」

「三十分ですか? それはまたどうして?」

「このペースだと二階層への階段までそれ位はかかる。階段なら前後だけを警戒しておけば、不意打ちを喰らわないから比較的安心して休憩が出来るのさ」

「あのう……」

 リィネガッハさんの言葉を聞いて、ファンタジーに明るい進藤真由美が手を挙げる。

「どうした?」

「小部屋なら入り口を警戒するだけで済むと思うんですけど」

「ああそうだ。よく知っていたな。だが、この遺跡は少なくとも二十階層まで降りないと小部屋が無いんだ。だから階段なのさ」

 リィネガッハさんの言う通り小部屋が無い以上、こんなだだっ広くて高い天井の場所よりはよほど安全だろう。

「分かりましたあと三十分くらいですね? みんな、聞いた通りあと三十分頑張ろ」

「はぁい」

 美冬ちゃんの励ましに、みんなは力なく応えた。


 ──約三十分後。階下へ降りる階段は天井が低くて幅も三人が並べるくらいしかない。その上、二階層側を第一班の兵士さん達が、一階層側をリィネガッハさんが警戒をしてくれているので、私達は安心して休む事が出来た。二階層へと降りる階段にどっかりと腰を下ろす私達。みんな自分の予想を遥かに超えて消耗しているのだろう、無駄話をする事もなく飲み物を口に運んでいた。

「すみませんリィネガッハさん。無理を聞いてくれて」

 後ろを警戒して立っている、リィネガッハさんの側に腰を下ろして美冬ちゃんは申し訳なさそうに言う。

「別に構わないさ。こっちこそ、気が回らなくてすまなかった。異邦人殿は初めてだった事を忘れていたよ」

 そう言ってリィネガッハさんは美冬ちゃんの隣に腰を下ろした。

「なあ、異邦人殿。気になっている事を訪ねたいのだが、いいか?」

「気になっている事? それはどんな事ですか?」

「異邦人殿の世界ってどんな所なんだ? ここみたいなカンジなのか?」

「そんな事はありませんよ。迷宮どころか剣も魔法もなく、魔物も居ない平和で良い世界です。……平和過ぎて退屈になるくらいに」

「そいつは羨ましい限りだな」

 そんな風な会話を続ける二人。その話に聞き耳を立てていた真希が私の腕を取ってその息遣いが聞こえる程、耳に口を近付けてきた。

「ねぇねぇ。あの二人、怪しくない?」

「怪しいって、何が?」

「だからぁ、やっちまってんなぁ。って事」

「いやいやいやあり得ないでしょ。そんな時間無かったと思うけど?」

「それこそいやいやだよ。あれくらいの歳になれば時間なんか関係ないんじゃないかな。ちゃっと行って、パッとヤって、サッと戻ればひぐっ」

 奇妙な声を上げた真希。その肩を、いつの間にか背後に居た美冬ちゃんの手が強めに掴んでいた。

「いのうえさぁん……」

「はひっ」

「訓練が済んだら私の部屋に来てちょおだいねぇ……」

「はっ、はひっ」

 美冬ちゃんの表情は笑顔だったがその声に抑揚は無く、傍で聞いていた私も怖かった。そして真希の肩から美冬ちゃんの手が離れると同時に、私の腕を谷間に埋める勢いで真希が抱きつく。

「か、楓。美冬ちゃんの部屋まで付き合って」

「嫌よ。一人で行って怒られてきなさい」

「ひ、非道い。私達の初めての共同作業でしょうっ?」

 そんな共同作業は嫌過ぎるわ。


 ☆ ☆ ☆


 休憩を挟み、第二階層の探査が開始される。今度は第二班の兵士さん達が一班と同じ布陣で進んで行った。

「魔物、出ないね」

「そうだね。魔物の影すらも見ないね」

「ああ、その事なんだが」

 私と真希の話を聞いていたリィネガッハさんが口を挟む。

「アイツらには話してないが、魔物が出るのは五層以降になる」

「どうして黙っているんです?」

「どうしてか分かるか?」

「……慢心させない為。ですか?」

 その答えに、リィネガッハさんは私に向かって指を差した。

「その通りだ。魔物が出ないと分かれば、どうしても気の緩みが出る。だが、城壁の外で、しかも迷宮である以上、安全な場所など何処にもない事を叩き込むのさ」

 前方で警戒しながら進んで行く第二班の人達に視線を向けるリィネガッハさん。

「戦場ではなにが起こるか分からん。常に周囲に気を配り、不意打ちに備える。その為には緊張の持続がモノをいうんだ。覚えておくといい」

「分かりました隊長」

「はい」

 その後、リィネガッハさんが公言した通り、魔物に遭遇する事もなく三階層への階段にたどり着いた。


 しばし休憩をし、第三層の攻略が開始された。第三班も、一班二班と同じ陣形で進んで行く。

 何事もなく順調に進むかと思えた道程も、道半ばで思わぬ誤算が訪れた。リィネガッハさんが五層から。と、予測していた魔物がこの三層で現れたのだ。

 相手はケイブバットと呼ばれるコウモリで、両翼は約五メートル。という、中々に大きなコウモリだ。それが二匹も天井の闇の中から突然現れ、先頭を行く三班に襲い掛かった。

 突然の急襲に始めのうちは混乱を極めた三班の人達だったが、すぐに立て直して一匹を屠り、残る一匹を……今仕留めた。

「一班、二班は周囲を警戒しろ。怪我をしたやつこっちへ来い」

「はい」

 前衛に居た攻撃役の人が腕を押さえて班を離れる。その指の間からは、赤い液体が滴り落ちていた。どうやら最初の不意打ちで怪我を負っていたらしい。

「よし。じゃあ、異邦人殿。こいつに癒やしをかけてくれ」

「分かりました」

 ザザザっと己に向けられた手の平に、兵士さんがたじろいだ。

「……え?」

「慈愛の女神ヴンリィーネ」

 みんなが揃って唱え始めた詠唱に、リィネガッハさんの顔が青くなる。

「その深き広き御心で我に癒やしの力を与え給え。ヒール!」

 『三十九人分』のヒールが怪我を負った兵士に殺到する。兵士さんの身体は青白いを通り越した真っ白な光に包まれ、直後に『うぽぁ』と変な声を上げてぶっ倒れた。それを唖然と見つめる他の兵士さん達。中には『ひっ』と声を上げた人も居た。

「まてまてまてっ! 一人でいいんだ一人でっ!」

「えーっ折角覚えたのに……」

「私も使ってみたいんだもん」

 そんな声があちこちから漏れる。得た力を使ってみたいと誰しもが思う事だろう。

「そんないっぺんにヒールしたら逆に死んじまうわっ!」

 ヒールの術は身体を活性化させて治癒力を高める術だ。体力が低下している場合に使用すれば逆に命取りになり兼ねない。それが三十九人分。しかも、異世界人のハイパワーによって齎された治癒力は、体力が充分であっても昏倒するらしい。

「おい、そいつ大丈夫か?」

「はい、恐らくは。過度な神力を受けた所為で意識が飛んだだけかと思います」

「そうか……しかし、なんだこの嬉しそうな顔は」

「さあ?」

 倒れた兵士さんの顔を覗き込んで首を傾げる兵士さんと同じ班の人。そりゃ、お姉さんに清純派。ロリにツンデレにメガネっ娘と、各属性の女の子達からの癒しだもの嬉しくない筈はないだろう。


 そんなちょっとしたハプニングがあったものの、その後の階層も敵を打ち倒しつつ順調に踏破し、そして私達は遂に訓練の最終目標である十階層へと到着した。到着して唖然とした。

「なに……これ……」

 眼前には雲一つない青空が広がっていた。洞窟内で襲い掛かってきたコウモリとは明らかに違う何かが空を飛び、遥か遠くには山並みが見えている。

 地平線に向かって延々と伸びる道の両脇には、色とりどりの花が、これまた地平線まで続いていた。

「どうだ、我が目を疑うだろ?」

 にやり。とした顔をして言うリィネガッハさんに、誰も彼もがただただ頷く事しか出来ない。ようやく絞り出した言葉も『ここ、本当に遺跡の中なの……?』という言葉だった。

「十階層から十九まではこんな感じだ。二十階層からまた別な景色になる」

「二十階層はどんなカンジなんですか?」

「興味がおありか教師殿。まあ、見てみれば分かる。と言いたい所だが、教えておこう。二十階層からは正に迷宮。といったエリアだ」

 地形が複雑に混じり合い、しっかりマッピングをしないと次の層どころか帰る道すら分からなくなという。

「十階層までは基本的な事と頭上の警戒。二十階層までは頭上に加えて周囲への警戒も必要だ。そして三十階層まではしっかりとしたマッピングが追加される」

「凄いですね」

 私の呟きが聞こえたのだろう。リィネガッハさんは驚きの表情で私を見つめた。

「どうしてそう思う?」

「だって、下に降りて行くだけでシッカリと基本が身に付く様になっててしかも、十層分の反復練習が出来るなんて、凄くないですか?」

「初見殺しも無かったしね」

 ファンタジーに明るい真由美が口を挟み、リィネガッハさんが目をパチクリとさせる。

「ショケンゴロシって何だ?」

「初めて訪れた人を容赦なく叩き潰す罠。ですかねぇ」

 メガネをクィッと上げる真由美。リィネガッハさんはなるほどと頷いていた。

「そういうのはもっと下層だな」

「へ?」

「あるぞ。キミ等が言う所の初見殺しがな」

「あ、あるんですか!?」

「ああ。四十階層は罠だらけだ。ヘタに触れば罠が作動してあっという間に全滅だ」

「ホント、凄い所ですね」

「じゃあ、じゃあ。この遺跡は何層まであるんですかぁ?」

 真希が手を挙げながらぴょこぴょこと飛び跳ねる。

「この遺跡は六十階層までだな。最も深い所は二百階層まで攻略していると聞いている」

「六十……二百」

「ああ、現在攻略中だがその深部は何層まであるのか分かっていないらしい」

 そんなに深い迷宮があるのも驚いたが、そこまで攻略している人達が居たのにも驚いた。

「あの……その人達も魔王討伐に参加するのですか?」

 美冬ちゃんがおずおずと聞く。

「勿論だ。彼等はこの世界に於ける最大戦力。世界が滅んでしまっては彼等も困るからな。共に戦う事を確約してくれている」

「そ、そうですか……」

 安堵。と言うより不安そうな表情をする美冬ちゃん。最強戦力が戦線に加わって心強いというのに、どうしてそんな心境に陥るのか不思議に思っていた。

「……もっとも、ここだけは滅びを免れるかもしれんがな」

「ここがですか?」

「ああ。ここが別世界だって事はこの光景を見ても分かるだろう。もし、世界が滅びてもここが残っているのなら、我々はここで暮らしていけば良いだけさ」

 リィネガッハさんの言う通り、ここには空も緑も水も在る。種子を持ち込み、田畑を作れば十分に生きていけるだろう。魔物に対しては防壁を築けばある程度は防げる。

「さて、長居をしたな。そろそろ戻って訓練を──」

 言い終わらないうちにリィネガッハさんが動いた。彼は突然私達の目の前に立ちはだかり、素早く腰の剣を抜き放って何かを弾く。その何かが私の目の前に落ちた。

「矢……?」

 それは錆び付いた矢尻の付いた、細い木の枝を加工して作られたと思しき矢だった。

「チッ、本当に長居をしちまった様だ」

 花畑に向かって厳しい視線を送るリィネガッハさん。その先では花が揺れ、ガサリ、ガサリと何かが立ち上がる。立ち上がった何かは幼稚園児かと思える程に小さい。細身で髪はなく、全身が緑色で覆われている人型の生物だ。

 数はおよそ二十だろうか? 内側に反った小剣を持つ個体も居れば、ボウガンらしき物を持っている個体も居る。先程の矢もこいつによって飛んできたのだろう。それ等が私達を半円状に包囲していた。

「あれは……?」

「コボルトだ」

「コボルト!?」

「ああそうだ。ああ見えても一応妖精の一種だ。一匹一匹はたいした事はないが集団で出会したら厄介な相手。異邦人殿。オレ達が牽制している間にゆっくりと通路に戻れ」

「わ、分かりました。みんな、騒がない様に、相手を刺激しない様にゆっくりと階段に戻って。騎士団もここじゃ私達を守り辛いから」

 両手で口を塞ぎコクコクと頷く低身長ツートップの美羽と可憐。その姿に言わ猿を彷彿とさせたが、今はそんな事を口にしている場合じゃない。

 美冬ちゃんの言葉に従い、ゆっくりと階段へ戻る生徒達。私もそれに続こうと振り向きかけた時、背中から倒れ込んで来た瀬川あいりを反射的に受け止めた。

「あいり……?」

「なによ……これ」

 あいりの手にベットリと付いた赤い液体に目を見開く。それを見た誰かが悲鳴を上げた。それを合図にコボルト達が行動をおこす。

「チッ! 一班、二班は奴らを牽制しつつ後退っ! 三班は階段を登って警戒しろ! 異邦人殿は早く通路に入れっ!」

 私達は半ばパニック状態で通路に雪崩れ込んだ。

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