第185話獣の追跡

 何故、石上恭也は北條一馬の中に吸血鬼の存在を確認できたのか。

 切っ掛けは、火縁魔からの伝言だ。

 その伝言があったから石上は北條という存在を頭の片隅に置き始めた。


 そして、真相を調べるために石上は吸血鬼を利用した。同時に赤羽が何かしらの動きを見せていたため、アリマも異動させた。

 派遣する理由など何でもよい。適当な理由を付けて異動させ動向を探った。

 まずアリマに第21支部の隊員について何かしらの問題を抱え、レジスタンスに対し叛意があると思い込ませる。

 それだけでエリート思考のアリマは第21支部全員を見下すようになり、赤羽の指示も碌に聞かなくなった。


 命令を聞かない手駒がいるというのがどれだけ厄介化は石上も承知している。

 だからこそ、内部で暴れさせ様子を伺った。

 だが、赤羽が行動を変えることはなかった。


 アリマが秘密裏に——本人はそう思っているだろうが誰が見てもバレバレだったが——部屋を探っても困った表情をして注意するだけ。

 慌てる様子もなく、仕事を熟して過ごすだけだ。


 動きがあったのは北條の方。

 アリマが異動してきた日からそわそわしたり、土塊つちくれの一族と接触したり、それは隠し事があると言っているようなものだった。


 何より、確信する場を石上は見た。

 洗脳していた吸血鬼と目を付けていた犯罪者予備軍で結成された強盗団。彼等と北條達の戦いで見た異能を発動する兆し。

 何より、北條の中にいた氷のような冷たく、暗い存在。


 殺さなければならない。

 一目見た瞬間に石上はそう悟った。

 だが、迷いがあったのも事実。北條は結城が珍しく気を掛けている人物だったのだ。

 しかし、結局は綾部への負い目が石上の心を決めた。


「そうか。北條一馬は逃げたか」


 石上が地下通路を歩きながら無線機で報告を耳にする。

 異能持ちである獅子郷が奇襲したにも関わらず、傷1つ付けられずに撒かれた。そんなことが出来る人間がレジスタンスに何人いるか。

 北條一馬という少年に対して警戒を上げるには十分な報告だ。

 無線機を切り、懐にしまう。


 ——逃がしはしない。


 決意を固め、石上は闇の中に消えていった。





 秘密が漏れ、遂に命を狙われることになった北條。

 自宅は勿論のこと、これまで使用していた施設や地下通路は二度と使うことは出来ない。

 そのため、北條は地上を徒歩で移動していた。

 フードを深くかぶり、人混みに紛れる。


『そうか。遂に余の存在を知られたか』

「うん、多分ね。何でバレたのか分からないけど」

『ハッ、考えるまでもない。秘密を知っているのは1人だけだ。あの小娘がバラしたのだろう。殺しに行くぞ』

「いや、行かないよ? ミズキがバラしたなんて証拠はないんだから」


 ミズキが秘密をばらしたと言う前提で話を進めようとするルスヴンを北條は宥める。

 北條の秘密を知っているのは現状ミズキしかいない。

 ならば、秘密をバラしたのはミズキだと考えるのが定石だろう。しかし、北條はミズキを疑わなかった。

 それが不服なのかルスヴンは低く唸る。


『疑わしきは罰せずだろうが……何故やらん』

「だから証拠がないでしょうが……それに俺ら逃走中だよ? 騒ぎ何て起こせないだろ。というかやけにミズキを始末したがるね」

『気にするな。気に食わないとしか思ってない』

「それだけで殺そうとするなんて怖すぎるよルスヴンさん」


 冗談とは思えない口調のルスヴンに北條がため息をつく。


『む、本当にやらんのか?』

「やりません」

『後で後悔するかもしれんぞ』

「証拠がないって言ったじゃん」

『疑いを晴らす理由にはならんだろう。腹いせにぶっ殺しておくべきだ』

「疑い、ねぇ……俺は吸血鬼が中にいる何てことは言ってないし、ミズキが秘密をバラす何てことはしないと思うぞ」


 北條はミズキに対し、中にいる者が吸血鬼だとハッキリ明言したことはない。

 それにミズキが北條の秘密を知ったのは鮮血病院にいた時だ。

 そこから帰って来た後、いつでも秘密を漏らす機会はあったはずなのにミズキは脅すことも、強請ってくることもなく、変わらず接してくれた。

 吸血鬼がいると口にすることまでは出来なかったが、その態度は北條にとって嬉しかった。


「それに、この状況でもミズキなら味方になってくれるかもしれないだろ?」

『…………』


 借りを作っている身で言えたことではないけど……と続けて北條は呟く。

 その言葉を聞いてルスヴンは北條がどれだけミズキに傾倒しているかを把握した。


『(そうか……お前は、あの小娘を疑わないのではなく、疑いたくないのだな)』


 吸血鬼だと明言していなくても、悟っていた可能性はある。しかし、それでもミズキは北條に対する態度を変えなかった。

 吸血鬼に恨み、恐怖、嫌悪を持つ者に囲まれて生きて来た北條にとって、それは秘密を完全に知られても大丈夫かもと思わせるには十分だった。

 だから、疑いたくない。そう無意識に思っているのだと予測する。


 もしかしたら、今北條が命を狙われる状況になっても冷静になれているのはミズキがいるからかもしれない。

 ぐるぐるとルスヴンの胸の中で感情が渦巻く。

 小さく舌打ちが零れた。


『チッ、たかだか人間の小娘に余が嫉妬するとは……』

「ん? どうしたんだ?」

『気にするな。それよりも、今何処に向かっているんだ? まさか、小娘の所じゃないだろうな』

「いや、そこにはいかない。巻き込むことなんて出来ないしな。ただ、前まで俺達が訓練していた所に一端身を隠そうと思ってね」

『! ほうほうそうかそうか。あの小娘の所には行かんか‼』

「何か嬉しそうだなルスヴン」


 嬉しそうにするルスヴンに北條が怪訝な表情を向ける。

 それから暫く、人込みに紛れて通りを進み、ようやく裏路地に入ろうとした所でルスヴンが神妙な表情をした。


宿主マスター——来るぞ』

「この状況でかッ」


 何が来るのか。等と問い返す必要はなかった。

 ビルの上からけたたましい音が鳴り、通りを歩いている者全ての顔を上げさせる。そこにいたのは北條も一度見たことがある男だった。


「もう、追いついて来たのかよ⁉」

「見つけたぜぇ、北條一馬ァ‼」


 ビルの壁を走り、一直線に獅子郷が北條に迫る。

 獣の如く迫る獅子郷に北條は拳を握り締め、戦闘態勢へと入った。

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