第128話鮮血病院の主

 

 地下の更に地下、研究所らしき場所で隠し通路を見つけた北條達はその通路を通っていく。

 下へと降りて来た時に使用した階段とは違い、螺旋状の階段を使用し、犠牲者も出すことなく、長い階段を、通路を進んで行く。

 そして、通路の行き止まり。出口を戦闘衣バトルスーツで増した脚力で蹴破った北條達の視界に飛び込んできたのは、これまでの殺風景なアスファルトの通路や部屋などではなく、幾つものパイプや電線が通った工場の通路のような光景だった。


「ここは一体……何処だ? 俺達は別の所に来ちまったのか?」


 男の1人が戸惑いの声を上げる。

 男の戸惑いに鴨田は首を振って答える。


「いいや、ここはまだ鮮血病院の中だよ。だけど、最初にいた場所より少し上に今いるね」


 鴨田の手の中には画面を明るく光らせた端末が1つあった。

 北條もそれを覗き込むが、かなりの複雑な地図であったため、自分達の立ち位置すら理解出来ない。


「どっちに進めば良いんだ? これ」

「ふむ。こっちだ。まずは、別れた者達と合流したいからね。無線機はあるかい?」


 端末に目を通していた鴨田が振り返ると手を伸ばす。それにディアナが慌てて無線機を取り出し、鴨田に手渡す。


「マイクテス、マイクテス。こちら鴨田。そっちの状況は? ドーゾ」

「ふざけてんのか?」


 鴨田が呼びかければ直ぐに返事は帰ってくる。

 その声は北條とミズキも聞き覚えのある声だった。


「HA☆HA☆HA☆‼ すまないね。早速だけどそちらの状況を教えて貰えるかな?」

「ふん。こっちは今、吸血鬼のクソ共から逃げ切った所だ。テメェの忠告を守らなかった奴がいてな。全く、死にかけたぜ」

「犠牲者は?」

「問題ねぇ。とは言えねぇな」

「そうか。他に報告はあるかい?」


 犠牲者の出た話はこんな場所ではするべきではない。そう判断した鴨田が話を切り上げ、次の報告を求める。

 吸血鬼に追いかけられる。その恐ろしさを知っている北條は無線機の向こうにいる者達が恐怖に囚われていないか心配になる。

 前にいる吸血鬼を押し潰して進んでくる光景は肉のタンクローラー。戦いの覚悟も出来ていない者が見て良いものではない。


「あぁ、そうだな。1から10までの通路を見つけたって報告があったな。扉も幾つか見つけたが、馬鹿が開けたもの以外は手を付けてねぇ。後、気になることが1つ」

「何だい?」

「扉から出てきた吸血鬼共の姿が消えてやがる」

「消えた?」


 その報告には北條も首を傾げる。

 ここまで姿を確認できたのは下級吸血鬼のみ。姿を隠して油断を誘う何て考えるなど下級吸血鬼はしない。

 思わず北條は口を開く。


「その吸血鬼。もしかして中級か?」

「もし、そんな奴等がいたらここから脱出する難易度は跳ね上がるな。どうなんだい? 匿名希望君」

「俺が見た限り中級以上の奴はいなかったな」

「そうか」


 鴨田と北條の視線が合う。

 何か他に気になることはないか。口には出さずともそう問いかけて来ているように北條は感じた。

 暫く考え、あのボイスレコーダーの内容を思い出す。


「もしかしたら、あれが原因じゃないか。病院の主とか言ってた」

「なるほど。それはあり得るな」


 下級吸血鬼はその上の位に位置する中級、上級の命令にしか従わない。矢切が口にしていた病院の主。それが中級以上の吸血鬼ならば下級吸血鬼を従わせることは十分可能なはずだ。


「病院の主? なんだそりゃ」


 話しについて行けない金城が疑問の声を上げる。

 北條と鴨田は顔を見合わせる。レジスタンスにも関係する話だ。何処から何処まで話せば良いか互いに視線でやり取りする。

 その後、北條が話をすることになり、簡潔にレジスタンスに関する部分を抜いてボイスレコーダーの内容を話していく。


「ふぅん。そんなことがあったのかよ。しかし、よく見つけたなぁそんな部屋」

「まぁね。それよりも、そろそろ合流しよう。今何処にいるんだい?」

「10番通路だ。他の奴等は5番、8番通路にいるって連絡が入ってる」

「分かった。なら、隠し通路まで誘導する。他の者達と一緒にこっちに合流してくれ」

「隠し通路ぉ? 何でそんなもん知ってやがる」

「フフッ。言っていなかったね。他にも便利なものを色々見つけたのさ」

「その色々を知りてぇんだがな」


 そう口にしつつも金城は合流することに了解し、無線機を切る。

 無線機が切れたタイミングで北條は鴨田に話しかける。


「それで、俺達はどっちに向かうんだ?」


 通路は一本道。どちらに進めば良いのかを分かっているのは鴨田だけだ。

 北條の言葉を聞いたためか、周囲で変わった光景に目を奪われていた男達も鴨田へと視線を向けている。


「暫く歩くことになる。付いて来てくれ。こっちだ」


 手招きし、背中を向けて歩き出す鴨田。

 北條達もその背中に追従するように歩き出した。





 鮮血病院にある倉庫の1つ。

 そこには青いランプを灯した筒状の巨大な機械があった。カプセルのようなその装置を見張る様に倉庫には無人機ドローンが飛び交っている。

 暫くして、装置の青いランプを消え、変わりに赤いランプを点滅させる。すると素早く無人機がその装置に近づき、カメラでその様子を確認する。

 暫く点滅が続き、それが一向に止まないと判断すると無人機は飛び去り、代わりに人影がその装置へと近づく。


「今日は、遅いな」


 発されたのは男の言葉。

 手には装置をそのまま小さくしたような容器がある。その容器を装置にはめ込むと泥上の何かがその容器に注がれる。

 満タンになると男はそれを手に取り、ビチャリ、ビチャリと足音を立てて開けっぱなしになっていた扉から倉庫を出ていく。

 暗く、静かだった倉庫から均等に照明が配置された通路へ出るとその人影の正体が明らかになる。

 髪は一切なく、皮膚は爛れ、筋肉や骨が所々がむき出しになった体。血が流れ、歩き出す度に血が地面を濡らしていく。明らかに出血多量で死ぬレベルだ。しかし、男は平然と歩いている。これが普通だと言うように。


 通路を抜けた男が辿り着いたのは1つの部屋。

 倉庫同様開け放たれていた扉を潜り、男は部屋の中へと入る。四角く切り取られた穴が中央にある以外、目立つ特徴のないその部屋。

 男は迷いなく四角く切り取られた穴へと顔を覗かせる。

 そこにいたのは、

 苦しそうに呻き声を上げる吸血鬼に男が命令する。


「贄が遅すぎるせいで吸血鬼を捧げたが、奴等では彼等の腹の足しにもならん。だから、直接捕まえさせることにする。さっさと下へと流せ」


 そう口にするや否や男は装置の蓋を外し、傾ける。中から出てきたのは大量の赤黒い泥だった。


「や、やめ——」


 吸血鬼の口からそれを拒む言葉が出て来るが、男が構うことはなかった。吸血鬼が瀕死の状態であることを無視して命令したのだ。男に慈悲はない。

 小さな装置には明らかに収まりきらない量の赤黒い泥が流れ、吸血鬼の体を埋めていく。その泥に触れる度に吸血鬼の表情は苦悩に満ちていき、その苦しさから逃れるために泥を下へと転移させる。


「奴等は今何をしているか見せろ」


 苦しむ吸血鬼に再び男が命令を下す。

 だが、一向に男の望む映像が出て来ることはない。冷たい目で泥に埋もれる吸血鬼を見下ろすと再び口を開く。


「さっさとやれ。また苦しみたいのか」


 この程度はまだ序の口だと言う口ぶり。男が何をしようとしているのか。それが分かるのは吸血鬼しかいない。

 くぐもった声と共に男の目の前に2つの光景が映し出される。

 映し出されたのは隠し通路を進む北條達。そして、鴨田の誘導に従って進む金城達の姿だった。

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