第97話頭の中はパーリナイ

 

 断線しているケーブルを取り換え、繋ぎ直し、破損しているパーツを取り換える。

 北條が撃ち落した4機の球体型無人機ドローン

 全てを復旧することは出来ないが、まだ無事な部品を交換したり、持って来た部品で代用すれば2機は無事に動かすことが出来るようになった。

 2機もあれば、作業効率は十分に速くなる。緩む頬を自覚しながら、ミズキは高速で手を動かしていく。

 あっという間にプログラムは書き換えられ、無人機が起動する。


「これで1機は終了っと」


 起動を終了し、1機が飛び去って行くのを見て2機目に取り掛かろうとする。が、その前に、ミズキは通信端末に目をやる。

 もうずっと5分おきの連絡をしているのに返事はない。

 何かがあったのか。もしかしたらあの爆発に関係のあることなのか。今は戦っている最中か。捕らえられているのか。


「……どうするべきかなぁ」


 色々と頭を悩ます。

 もし、北條が死んでしまったのなら、護衛がいなくなったということ。ガルドが隠れている協力者達に何かをしている可能性もある以上、安易に協力者達を呼び出すことは出来ない。いったん引くべきか。

 そう考えていた時、ミズキが用意した探知機が人の接近を知らせる。


「——ッ」


 素早くミズキが銃を取り出し、構える。

 探知機にはゆっくりと近づく反応が1つ。何かを調べようとしている様子もなく、真っ直ぐにこちらに向かって来る。


「(人数的に索敵の人員かな? だけど、辺りを調べるって様子もない)」


 近づいてくる反応に、もしやと思いミズキは立ち上がり、ゆっくりと近づく。可能性は高くても銃は念のために手放さない。

 そして、近づいてくる人物が誰か分かった時、安堵したよう様子で銃を降ろした。


「お帰り。ずいぶん遅かったね」

「ちょっと、絡まれてな」


 そこにはミズキの予想通り北條一馬がいた。ヘルメットは取り外されており、額からは血を流している。それを見て、やはり酷い戦いがあったのだと理解した。

 酷く手傷を負ったのか。新品同様だった戦闘衣バトルスーツはドロドロになっており、ヘルメットや左腕に取り付けられた折り畳み式の盾もボロボロだった。

 ミズキは北條を安全な場所に移動させると早速手当を始める。


「それで誰にやられたの? というか何で連絡しなかったの?」

「見たこともない装備をした奴。ミズキが持って来た資料にあった金髪の男にやられたんだ。連絡が出来なかったのは端末が破壊されたからだ。スマン。借りものだったのに」

「別に良いよ。また手に入るし。それにしても、見たこともない装備来た金髪の男か。なら、カモダの連中かな」


 背中を小さな瓦礫の山に預け、戦闘衣を脱いでぐったりとする北條。そんな北條にミズキはテキパキと薬を塗っていく。

 戦闘衣に守られていたとはいえ、爆炎に飲み込まれた北條の体にはあちこちに火傷があった。


「遺物を吹き飛ばすために用意していた爆弾を使ったの? よく無事だったわね」

「あぁ、盾とこの戦闘衣がなかったら死んでたよ」


 盾と戦闘衣を指差す。

 ミズキが北條専用に調整した装備である。支部に支給されるものよりも高性能だったおかげでこの傷で済んだのである。

 本当に助かった。と北條は笑顔を見せる。

 ミズキは残骸になった盾と損傷した戦闘衣を見る。盾はもう使えそうにないが、まだ戦闘衣は動きそうだった。

 後で請求してやろう。とほくそ笑む。


「どうかしたか?」

「何でもない。戦ったのは金髪の男だったっけ?」

「あぁ、資料にあっただろ?」


 何でもないと笑みを浮かべるミズキに首を傾げる。が、特に変なことは感じなかった北條は男のことを思い出す。

 金髪の男。清掃会社のバイトで落ちた北條に薄ら笑いを送ってきた男だ。

 ミズキは資料に書かれていた金髪の男の情報について思い出す。


「確か——名前は金城神谷かねしろじんや。銃の腕はそこそこだけど、高い身体能力のおかげで接近戦で良い成績を残してたはず。得意武術は空手にテコンドー」

「そうなのか。でも、アレに武術とかは関係なさそうだな」


 金城が身に着けていた鉄のゴツイスーツを思い出す。あのようななりで空手やテコンドーが出来るとは思えない。

 戦った時も簡単な動作しかしていなかった気がする。そこをついていけば、勝てるかもと作戦を組み立てていく北條にミズキが質問する。


「アレって?」

「んっと……何て言ったらいいのかな。電気を纏わせたスーツ?」


 どういう原理で作られているのかを知らないため、見たままの光景を言葉にする北條。ミズキもそのようなものを初めて聞いたのか。顎に手を当てて考え始める。


「そんなものがあるのね。流石カモダと言った所か。ねぇ、それって捕まえるのは——」

「出来る訳がないだろ」


 目をキラキラとし始めたミズキに北條がバッサリと斬り捨てる。

 捕まえるなんてとんでもない。巨体に似合わない俊敏性と高い耐久性を併せ持っている。あの爆炎を受けても怪我1つ負っていない可能性は高い。

 銃弾が通じず、投擲も意味がない。捕まえる処か倒す手段も分からないのだ。出来れば会いたくないのが北條の本音だった。


「え~。何とかならないの?」

「ならない」

「むぅ……」


 鉄の体に雷を纏うなどミズキも聞いたことがない。

 恐らくはカモダの最新スーツなのではないか。と予想し、それを手に入れられたら、どうなるかを考え、北條に向かっておねだりするが効果はない。

 拗ねたような顔をするミズキだったが、暫く考え込み、上半身裸の北條を見てニヤリと笑みを浮かべた。


「ねぇ、本当に——ダメ?」


 戦闘衣の電源を落とし、体に密着させていた戦闘衣を緩ませる。着崩したような恰好になったミズキはそのまま北條の胸へとしなだれる。

 上目遣い+胸チラ+女体の感触のトリプル攻撃である。


「ちょ——⁉ 何やってんだ‼」


 慌てて北條が後ろに下がろうとするが、後ろは瓦礫の小山。怪我をしていることもあって動きは鈍かった。

 畳みかけるようにミズキがグリグリと体を押し付けて来る。


「ねぇ? カモダの戦闘衣が欲しいなぁ~」

「おいやめろって‼ 当たってんだよッ」


 北條の首にも手を回し、逃がさないと暗に伝えるミズキ。

 柔らかな感触、温かな体温が体に伝わり、戸惑う北條。

 視線を下にやれば、朝霧ほどの大きさには程遠いものの、しっかり膨らんだ果実が2つ目に入る。結城のように小柄でも胸の膨らみは結城以上だった。

 それが下に目線をやれば、上目遣いとセットで付いてくる。更に追加で柔らく、温かな女体の感触も。お代は勿論カモダ特性戦闘衣である。


「ねぇねぇ。良いでしょ?」

「や、やめろッ」

「止めろとか言いつつ、しっかり体を堪能している辺り男の子だよね」

「ち、違う‼ そう、これは俺の体が負傷していて突き飛ばすなら手加減も出来ないしそっちは非戦闘員だから勝つのは俺で危ないから。色々とうん。訳分かんない‼」

「まぁ、流れに身を任せないさい若人よ」


 ノシ~と体重を預けて来るミズキ。

 状況に戸惑う北條。両手は行き場を失い、空を掴む。

 どうすれば正解なのか。頭の中に選択肢を思い浮かべる。


 ——————————————————

 逃げる           襲う←

 襲う←           襲う←

 襲う←           襲う←

 ——————————————————



「(うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ⁉ コマンドの強制選択だとぉ⁉)」


 見事なまでに頭の中は煩悩塗れであった。

 これまで女性経験処か彼女もいたことがない北條。今回が初の女性という神秘との接触である。そのせいで頭の中はパーリナイ。

 真面な判断など出来るはずがなかった。

 このまま煩悩に支配された北條がenjoyを続ければどうなるかは明白。夜通し遊び続けて返るのは明日の朝。いや、若さも考えれば更に1日伸ばすかもしれない。

 だが、そんな調子に乗っている若者に冷水をぶっかけて冷やすのは大人という存在である。


『————チッ』


 凄く、もの凄く、ものすごぉっっっっっく不機嫌そうな舌打ちが北條の頭の中に響く。

 ピタリ——と頭の中で響いていた音楽と楽しんでいた煩悩が一斉に動きを止めた。氷の女王ルスヴン様のご降臨だった。

 恐る恐る北條が声をかける。


「(あの~……ルスヴンさん?)」

『アァ?』

「(………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………すみませんでした。直ぐに引き離します)」

『ならば、さっさとやるがよい』


 絶対零度の命令に逆らう余地などない。

 グイッとミズキの体を押しのけて、北條は戦闘衣を身に着ける。隣でムッとした表情をするミズキがいるが、構うことはできない。なんせ今の北條は女王に忠実な下僕なのだから‼


「どうしたの? もしかして賢者タイム?」

「んなわけあるかッ。おふざけの時間は終わりってことだよ‼」


 北條が戦闘衣を着直したことで、ミズキもまた戦闘衣を着直していく。

 色仕掛けで言質が取れなかったミズキは唇を尖らせていたが、仕方がないかと欲を引っ込める。

 欲張りは厳禁である。カモダ製の戦闘衣を確保するには戦力が足りていない。ミズキも北條に無理をさせるつもりはない。それで依頼が失敗したら元も子もないからである。

 ただ、自分の体をあっさりと興味を無くしたには少しイラっと来たのは事実だ。


「(面白い具合に最初はオロオロしてくれたのにね~)」


 体のあちこちを回しながら確認する北條を見てミズキは考える。

 まるで誰かに咎められたような切り替えだった。北條の体に連絡を取れる端末は見当たらない。

 誰かの指示で北條が動いている可能性を考えるが、それでも北條ならば自分に悪いようにはしないだろうとミズキは思う。

 依頼を引き受けてしまった以上、最後までやり通す誠実さ。底抜けのお人好しさ。そこから考えるに北條は誰かを貶めようとすることはしないだろうと結論付けたからだ。

 出会ってから一番付き合いが短いはずなのに、もうそこまで信頼していることにミズキは自分自身でも気付いていなかった。

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