第91話凍った遺物

 

 あちらこちらから銃撃が聞こえる。街中で銃をぶっ放しているのに警備隊も出てこないことに違和感を抱く。

 レジスタンスの土地だからもうここを取り締まる必要はないのか。そう考えるとこの場所の治安を守るのはレジスタンスなのだが、そのレジスタンスも企業間の争いに首を突っ込む気はないので介入してこない。

 改めて考えてみると自分がここにいるのが可笑しいんだよなぁと黄昏ながら北條は周囲を警戒していた。


「ちょっと。ボケっとしないでちゃんと警戒してくれる?」

「大丈夫だ。問題ない」


 黄昏ていた様子を見られた北條が、ミズキにジト目で抗議されるが問題ないと手を振るう。しかし、あまりにも投げやりな態度だったため、ミズキにはあまり信用が出来なかった。


「それじゃあ、あっちの瓦礫に何人いる?」

「誰もいない。ゼロだ」

「……サボってなかったんだ」


 瓦礫の向こうを指差し、試すように問いかけるミズキ。それに北條が間髪入れずに答える。

 北條の答えは合っていた。ミズキが指差した方向には人は1人もいない。ミズキの引っ掛けである。


「安心してくれ。依頼を受けて金も受け取った以上、ちゃんと仕事はするさ」

「そう。それならいい」


 北條の言葉を受けてミズキは納得する。

 戦闘についてはもう言うまでもない。罠にかかった時も、1人逃げ出してしまった自身を最後まで守る姿勢を貫いてくれたのだ。そこはもう疑いようはない。

 反省する。気が立っていたとはいえ、これは八つ当たりのようなものだ。互いの関係に罅を入れるようなことは慎むべきだとミズキは胸に刻み込んだ。


 2人がいるのは地獄壺跡地。最初にガルドに狙いを定めて返り討ちに会い、道具一式を失ったミズキがアジトに補充しに行くこともあって、やや出遅れた形になった2人はようやく遺物の奪い合いに参戦した。

 他のグループとは違い、非戦闘員ミズキがいる自軍の脆さを知っている北條は他の者達と遭遇しないように注意深く進んで行く。ルスヴンもとてつもない金額が入るとあっていつにも増して気合が入っている。

 そのおかげもあって不意な遭遇など一切なかった。

 出来るだけ戦闘を避け、人数の少なさという利点を利用してひっそりと小さな道とも言えない道を行く。


「多いな」


 他のグループと鉢合わせになりそうになった所を隠れてやり過ごした北條は不意に口を開いた。

 それを耳にしたミズキは当然と言ったように頷く。


「そりゃあ、この時代では再現できないテクノロジーの産物だからね。然るべき所に持って行けば大金持ち間違いなし。誰だって必死になる。金に釣られたのはアナタもでしょ?」

「そりゃそうだけどさ……一体どれだけの人が集まってるんだ? 直ぐに無くなったりはしないよな?」


 時間が経つにつれてドンドンと人数が多くなっていくのを感じる。そのせいで自分達が行く頃にはお望みのものは無くなっているのではと思ってしまう。

 それに、人数が多くなればそれだけ監視する目も多くなると言うこと。隠れ続けるのが難しくなることに北條は喜べなかった。

 後者の問題は兎も角、前者の問題について余裕を持ってミズキは答える。


「今来てる連中に見分け何て出来ないから直ぐには無くならない。大抵は意味のない瓦礫とか持って帰ってるだろうし。その点、こっちはアタシがいるから問題なしよ」

「もしかして、付いて来た理由って見分けをするため?」

「そう。アナタが出来るのならアタシは今すぐ帰るけど?」


 挑発気味に笑うミズキに北條が肩を竦める。北條にそんなことが出来るはずがなかった。


「見分けの方は頼むよ。その分護衛をキッチリするからさ」

「任せなさいッ」


 胸を張るミズキ。それを微笑ましい目で見る北條だったが、次に出て来た言葉に目を丸くする。


「——と言ってもそこら辺に落ちてるんだけどねぇ」

「は——?」


 間抜けな声を出し、辺りを見渡す。

 暗闇の中でもしっかりと情報識別機は仕事をした。以前にミズキが瞬間衝撃吸収壁の情報でも入力していたのか。視界の中で瓦礫だと思っていたものが1つ反応を示す。

 傍に寄り、触れてみると他とは違いブニブニとした柔らかさが指の先から返って来た。


「何だこれ⁉」

「もしかして触るのは初めて? それが地獄壺の外壁を覆っていた瞬間衝撃吸収壁よ」

「もしかして、もう依頼達成?」

「そんな訳ないでしょ」


 ブニブニと指で突っつきながら尋ねる北條にミズキが呆れた様子で答えた。

 北條がもっとあるのではと周囲を見渡すと簡単に発見できた。瓦礫の下敷きになってはいるが、戦闘衣バトルスーツを着ている今ならば簡単に取り出すことが出来る。


「よし。ちょっと待ってろよ」

「いや、やらなくていいから。行くよ」

「え? ちょっと待てって‼」


 瓦礫を退かそうとしていた北條を余所にミズキはさっさと先に進もうとする。それに慌てたのは北條だ。

 目的のものがあるのに回収しないのか。ヘルメットで表情は分からなくとも、態度がそれを示していた。


「アレは殆ど中身が零れてる。だからもう使えない」

「中身って……あのブニブニしたやつか?」

「そう。ブニブニしたやつ。地面に白い液体が散らばってたでしょ? それが中身」


 白い液体と聞いて北條は思い出す。確かにあの時の地面は水でも零したかのように濡れていた。

 そこまで思い出し、北條は慌てた。

 中身が液体であるならば地獄壺が破壊された以上全ての中身が零れたことになる。そうなっていたら、もうここに回収できるものはないということ。


「お、おい。それならもう全部が駄目になってる可能性があるぞ。どうするんだ? まさか、製造場所でも知ってるのか?」

「それ知ってたら真っ先に確保に行くよ」


 まさか。と言って肩を竦めるミズキ。

 北條のように慌てた様子もなく彼女の足取りは常に決まった方向へと向いていた。

 

「アタシも地獄壺が崩壊した以上、もう駄目だと思ってた。でもね。ある確かな情報が入ったんだよ」


 中身が零れ、役目を果たせそうにないものには目もくれずに少女は歩き続ける。


「ハッキリと見たって奴がいてね。そいつが言うには地獄壺が崩壊する数時間前に上層部分が凍ったらしいんだ」

「——⁉」


 周囲の温度が下がる。それはある冷気が原因だった。

 北條はそれを知っていた。なんせ、それを引き起こしたのは自分自身なのだから。


「零れた液体には用はない。異物が混ざった物は今までのような効果は望めないからね。だけど、ここなら冷凍保存されたものが手に入る」


 上には幾重にも瓦礫が積み重なっている。地獄壺の崩壊から既に1ヵ月は経過している。氷は1度でも温度が高ければ溶け出す物質なのに、それは未だに芯まで凍り付いていた。それはそれだけ異能が強力だったということだ。


「アタシの目的は最初からここ」


 後ろを振り返り、ミズキが笑う。


「それじゃ、掘り出しよろしくね?」


 これの数を1人でやれというつもりなのか。いや、確実にそうなのだろうと北條はミズキのドSっぷりに肩を落とした。


「持ち運びはどうする?」

「アタシが持てるだけ持って、後は隠して見つからなければ良い方ね」


 大きなリュックを降ろし、その中から新しいリュックを取り出すミズキ。

 ドンドンと出てくる様々な機器を見て、何か重要なものだと思った北條は距離を取る。精密な機械を弄って壊したら後が怖い。というか弁償が怖かった。


「——ミズキ、瓦礫を避けるのは人目を避けた方が良いんだよな?」

「ん? そうね。回収するのは見られたくない」

「そうか。なら、少しだけ待っていてくれ」

「誰か来たの?」


 ミズキが顔を上げ周囲を見渡す。ミズキの目では人影を見ることは出来ない。見えるのは暗闇だけだ。

 北條の目にも同じ光景が映っている。それを感知したのはルスヴンだった。


『距離100。2時の方向』

「——ッ」


 指示に従い、引き金を引く。

 肩にかかったのは今までとは比べ物にならない重さだった。ミズキが今回のために北條に渡した特別性。AAA突撃銃のように射程は短いものの、威力は比べ物にならない破壊に特化したもの。

 ——CK41突撃銃。

 生半可な戦闘衣では防ぐことすらできない一撃が空気を切り裂いて、空中に浮いていた物を撃ち落した。


『まだ来るぞ。奥には人間もいる』


 了解——と答えた北條はミズキの方へと顔だけ向ける。


「少し隠れていてくれ。直ぐに戻ってくる」


 それだけ言って北條は跳躍して襲撃者の元へと走り去る。

 北條が撃ち落したのは丸い球体の無人機(ドローン)だった。撃ち落したものの、既に補足されてしまっていたので位置は知られていた。

 残りの無人機とその後ろに1つの部隊が現れる。


「来たぞ。1人だ‼」

「ヒャッハー‼ お前の物資を寄越せぇ‼」

「今なら命は取らねぇぞ⁉ あぁん?」

「どこの世間末部族だお前等は」


 戦闘音が新たな敵を呼び寄せる前に片付ける。強く決意を固めて、大声を上げて銃を乱射しまくる相手に臆せず前に踏み出した。

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