第88話脱出

 

 最初に落ちてきたのは小さな岩の破片だ。

 カツン。とヘルメットにそれは当たって音を鳴らす。銃撃をしていた男達も、ミズキも手や足を止めてしまった。

 そして、顔を恐怖で引き攣らせた。

 巨大な亀裂が奔っていた。


「に、にげろぉお‼」


 ここにいては不味いと誰もが感じた。銃を殴り捨て出口に向かって走り出す。男達もミズキも例外はいない。

 だが、ミズキの近くにいたリーダー格の男は体を震わせるミズキを見て、欲を覚えた。ここで、コイツが岩の下敷きになれば良いのに。

 そう考えてしまったら、もう体が動いていた。


 男は自分の避難よりもミズキを害することを優先してしまった。

 男が前足で蹴りを放つ。殺すつもりはない。ただ、空間の中央に押し戻し、逃げる時間を遠のかせるだけ。

 ガルドお手製の戦闘衣も身に着けているのだ。少女1人を蹴り飛ばすことなど簡単にできる。

 だが、そんなことを北條が許すはずがない。

 動くことも出来ないミズキに変わり、北條が動いた。

 ミズキ目掛けて放たれた前蹴りを叩き落とし、片手にミズキを抱えて男の傍を突っ切った。


「待ちやがれェ‼」


 そう叫んだのも束の間。上から大量の瓦礫が降ってくる。あっという間に男の姿は見えなくなった。

 ミズキにさえ捉われなければ、男も命は助かったが、初めてミズキに対し優位に立てた男は自分の欲を優先した所で男の命運は尽きていた。


「キャアアァ⁉」


 振り続ける瓦礫からミズキを守るために全力で駆ける。岩が落ちてこようとも関係ない。一度、足を止めたらそれこそ終わりだ。

 ミズキを庇って瓦礫が北條の体を叩く。それでも走る。足がもつれても関係ない。前傾になり、忍者の如く出口を目指す。


「(前にもこんなことあったなぁ‼)」

『確かにそうだな。あの時は衝撃波も後から来たが』

「(最近こんなのばっかだ‼)」

『休みの日すら戦いとは、宿主マスターの戦闘意欲には呆れしか出て来んよ』

「(俺が望んでるんじゃないやい‼)」


 北條が内心で涙を流しながら出口へと向かう。

 その時、一際大きな瓦礫が北條達の行く手を阻む様に降って来た。足を止めて他の経路を選ぶ暇はない。直ぐに決断を下す。より強く地面を蹴って前に——。

 悲鳴が洞窟に木霊する。

 姿勢を低くし、地面に寝せべるかのように大きな瓦礫の下に滑り込む。ミズキは恐怖のあまり目を閉じている。

 地面すれすれ、戦闘衣を擦らせながら北條は瓦礫を掻い潜った。


「——プハッ」


 呼吸すらも忘れた集中力。

 出口に辿り着き、瓦礫の脅威から逃げ延びた北條は大きく息を吸い込む。

 同期は激しくなり、今までの自分の行動を冷静に振り返って冷や汗を流す。ギリギリだった。よくあんな決断が出来たなと過去の自分を褒め称えた。


「ね、ねぇ」


 ふと、自分の胸の位置から声が聞こえて思い出す。

 小柄なミズキを自分は力強く抱きしめていた。戦闘衣で、だ。これでは苦しいだろうと慌てて北條は地面にミズキを降ろし、怪我がないかを確認する。


「ごめん。どこか怪我してないか?」

「大丈夫。少し休憩はしたいけど」


 そう口にしてミズキは壁に背中を預けた。

 ミズキにとって今回のようなものは初めてだった。銃を向けられたのも、殺気を向けられたのも。自分では何とか出来ると高を括っていたミズキだが、今回のことで現実は甘くないと意識し直す。

 北條に礼を——と思ったが、その前に自分自身のリュックのことを思い出し、悲鳴を上げた。


「あ、アタシのリュック!?」

「え、あ~……ごめん。流石にあの状況じゃ持ち出せなくて」


 申し訳なさそうにポリポリと頬をかく北條。それを見てミズキはがっくりと肩を落とした。


「アタシのお気に入りが入ってたのに……」

「ご、ごめんね? 本当に——」


 一気に暗い表情をしたミズキに何と声をかけて良いのか分からなくなる。取り敢えず、口から出たのは謝罪だったが、残念ながらそれでミズキの気分が晴れることはない。


「これ、掘り出したりは」

「無理だと思うぞ。潰れてるだろうし、地盤とか緩んでるんじゃないのか? というか、それはそっちの方が詳しいだろ」

「うん」


 詳しく知っているからこそ、それを否定して欲しかったのか。再びがっくりと肩を落とすミズキ。

 彼女が再起動を果たすまで、多くの時間を有した————かのように見えたが、そこは百戦錬磨のミズキ。デメリットなど常に商売には付いてくるもの。

 くわッ‼と目を見開き、ミズキは立ち上がる。


「オッラァ‼ 赤字がなんぼのもんじゃい。これから黒字にすれば良いじゃあ‼」

「お、おぉ……取り敢えず、一緒に頑張ろうか?」


 突然跳ね起きたミズキに北條は驚きながら、励ましの言葉を贈る。すると、ミズキはぐるんッと首を回し、敵意でもあるかのような目で睨み付けてくる。

 ビクリッと体を震わせた北條にミズキは怒りの籠もった声で命令を下した。


「行くぞ」

「はい?」


 何処に行くのか。一瞬北條は分からなかった。もしかして荷物の補充に家に戻るのだろうかと考えるが、それは違うと次のミズキの言葉で分かる。


「今直ぐ装備整えて地上に行く‼ アイツはこの後もう絶対出てこない。見つけるのを諦める。なら、アイツ等よりも多く回収して少しでも取り分を下げてやる‼」

「え、ちょっと待てって⁉」


 うらー‼と声を張り上げて走っていくミズキを北條は慌てて追いかける。何というか。このようなことがあるからこそ、あのガルドと言う人物に勝てないのではないかと、ふと思ってしまったが、それを口に出すことは出来ないなと強く口を閉ざすことを決めるのだった。

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