第61話協力体制


 ビルの屋上で1人の少年が地獄壺を遠巻きに眺めていた。


「はぁ」


 少年の名前は加賀信也。

 先程まで無人機ドローンを操作して北條や12番の部隊の者達をサポートしていた。忙しく手元を動かし、敵の接近を知らせるために無線でやり取りをしていたのだが、もうこんなものは必要ないと無人機のコントローラーを放り投げている。


「2人共生きてっかなぁ」


 尤も、加賀はサボっている訳ではない。

 そうせざる負えない理由があるのだ。

 北條達と別れ12番の部隊と行動を共にしている最中、部隊は後方から襲われた。まず最初に隊長である大東。そして、その後に隊員達が。

 ついでとばかりに無人機も壊されてしまったため、最早加賀が北條達をサポートする術を無くしてしまったのである。

 無線越しに聞こえた声は部隊にいた者達の声ではなかった。恐らく中級吸血鬼が襲ってきたのだろう。

 中級が襲ってきたとあれば、もうあの部隊が生き残る可能性はない。今後、あの部隊が機能することはないだろう。と予想する。

 そのことを北條達に伝えるために連絡を取ろうとしたのだが、残念ながら無線は繋がらず、出来ることと言えばビルから地獄壺を眺めるだけ。

 ビルの手摺に体を預ける。


「俺にできるのはここまでですー文句言わずに頑張ってねー」


 絶対に聞こえないだろうけど。そう続けて未だに地獄壺にいる2人に向けて、エールを送った。





 加賀が2人に向けて応援を送っていた頃、北條達は地獄壺の中心地にある巨大な円柱の内部へと踏み込んでいた。


「(それにしても、結城が電気機器にも強いとは)」


 ウンともスンとも言わなかったゲートを自力で開けてしまうとは北條も思わなかった。

 こんなもの映画でしか見たことがない。てっきりフィクションだと思っていたが、できたんだなと漠然とした思いで作業を見ていた。

 そして、中に入り、目を見開く。

 円柱の中は巨大な空洞。

 灯りが点々と存在しているが、それでも全体を照らすのには足りない。踊り場から下を見下ろすが、何も見えず、ただ不気味な音が聞こえ、生温かな風が頬を撫でた。

 不気味さを感じ、唾を飲む。


「何にもないんだな」


 顔を上げて周囲を見渡す。

 周囲には何もない。上に続く階段もなければ下に続く階段もない。


「ここから上に行けるか?」


 上を見上げて北條が呟く。

 円柱が各階をぶち抜いているのならば、わざわざ迷路を攻略する必要はない。大幅に時間短縮が可能だ。

 そう考えた北條の発現に結城は賛成する。


「そうね。その方が速い。ゲートが閉じていても私がまた開ければ良いだけだし」


 そう言って、北條に手を伸ばしかける結城だが、北條の顔を見て手を引っ込める。


「どうした?」

「いや、そう言えば……ごめん」


 言いにくそうに淀む結城に北條が察する。

 異能持ちでなければこの絶壁を昇れない。こんな場面では常に北條を助ける立場にいた結城だが、異能持ちだとついさっき判明したばかりだ。しかも自分よりも強力な。

 ならばこの程度、自分で出来るだろうと思っているのだろう。


「何で謝るんだ?」


 謝罪されることなど何もない。気分を害した訳でもないのに何故そんなことをするのか分からず首を傾げる。

 それを見て結城は視線を逸らした。


「お前、私より強いだろ」

「いや、強くねぇよ。それにこれも無限に使える訳じゃないからな。制限はある」

「そうなの?」

「あぁ、だから、今回は手を貸して貰いたい」

「…………分かった」


 頷く結城だが、表情は暗い。

 ずっと何かを考えこんでいる様子だが、その心情は測れない。

 北條の異能がルスヴンによるものだとバレてはいない。何やら都合よく勘違いされたようだが、何故勘違いされたのかが分からないのだ。受け答えには警戒が必要だと意識を引き締める。

 そうしている間に結城が北條と自身に念力サイキックを掛けて上空へと運ぶ。


「…………さっき」

「ん?」


 その最中、結城がボソリと口を開いた。

 表情は見えない。結城は北條よりも上を飛んでおり、視界も悪い。だが、声色から表情が暗いことは予想できた。


「さっき、制限があるって言ってたけど。本当?」

「あぁ、本当だ」

「どんな制限なの」


 結城に問われて一瞬考える。

 制限。ルスヴンの気分次第でいつでも異能は借りることが出来る。しかし、ルスヴンの存在を離す訳にはいかない。

 ならば、話すのならば異能を使うには食事をして蓄えを作らなければならないことだろうが、吸血鬼を食事にしていることを話しても大丈夫かと頭を悩ます。

 そしてようやく考えが纏まり、返答をする。


「……時間に、制限がある」

「そう。使える時間は何分ぐらい」

「…………後10分ぐらいかな」

「そう」


 結城の短い言葉を尻目にそれ以降、会話が続かなくなる。

 空中浮遊の旅が続く間、沈黙も当然続いた。何か尋ねるべきだろうかと考えるが、何を尋ねるべきか考えが纏まらない。

 何故勘違いをしているのか。どうして結城が異能について誰にも口外しないと言ったのか北條には分からない。知る術がない。

 全ては結城の気まぐれなのかもしれないのだ。一歩踏み出せば、悪い方向に気が変わるかもしれない。


宿主マスター。不安なら口封じをすれば良かろう』

「(駄目に決まってるでしょ!!)」


 ルスヴンの囁きを一刀両断する。

 結城は仲間。レジスタンスの仲間である。確かに秘密がバレかけているが、良い具合に勘違いをされているようなのだ。それを崩す訳にはいかない。何故勘違いをされたか分かるともっと良いのだが。

 それからも北條は悩み続けるが、解決策は見つからない。そして、誰の妨害もなく2層、3層を素通りし、早くも4層へと辿り着く。

 それが良いのか。悪いのかすら今の北條には分からなかった。


 結城は4層のゲートの前に降り立つと息を吐く。まるで意識を切り替えるかのように。

 そして、頬を叩くと北條へと振り向いた。


「1つ言っておきたいことがある」

「どうした?」


 悩みを抱えているのでもう面倒くさいのは止めてくれと願い、それを面に出さずに尋ねる。

 結城はそんな北條の胸の内を知らずに、息を整え、命令を出した。


「私はもう役に立たないかもしれない。だから、お前が戦え」

「——はぁ!?」

「拒否権はないわ。異能のことをバラされたくなければ従え」

「ちょっ——そんなのアリか!?」


 思わず北條が叫ぶ。

 だが、同時に少しばかりの安堵も感じていた。

 約束が確約された訳ではない。確約されたわけではないが、無条件で約束すると言われるよりも条件を出された方がまだ信じられたからだ。

 しかし、これだけは聞いておかなければならないと口を開く。


「なぁ、聞かせてくれ。お前は俺をどうしたいんだ?」


 我ながら抽象的な言葉だとは思う。けれど頭の中がこんがらがり、これ以上の言葉が出てこなかった。

 それでも結城はしっかりと北條の目を見据え、答えた。


「これから戦ってくれるなら、別に異能を隠していたことを言うつもりはないのは本当よ」

「結城以外の人がいたら?」

「その時は交代するわ。だけど、時間制限までは蹴散らして。強いんでしょう?」

「強くねぇよ」

「でも私よりは強い」


 そう言って結城は北條の胸を叩く。


「あの吸血鬼が私に留めも差さずに撤退したってのも嘘でしょ? 冷静に考えれば可笑しいもの。あそこで簡単に殺せるのに、後回しにする理由がない」

「——確かに。俺がアイツを殺した。でも、余裕があった訳じゃない。本当に、本当にギリギリだったんだ」


 確信めいた表情をする結城に、もう誤魔化しても意味はないと判断し、素直に認める。

 だが、余裕を持って倒したことは絶対に認めない。これだけは北條も認める訳にはいかなかった。


「何度も言うけど、俺は強くない。お前が何を言おうと強くないのは確かだ」

「でも——」


 結城が口を開きかけるが、手を上げて制止する。

 大方あのジャララカスと真面に戦えたと思っているのだろう。冗談ではない。アレはギリギリ処かこちらが劣勢だった。

 結城が蛇の頭を斬り飛ばさなければ今頃頭から喰われていたに違いない。

 結城と戦っていた吸血鬼を倒せたのも運が良かっただけだ。ルスヴンの策が嵌ったおかげだ。決して北條一馬が強い訳ではない。

 だから、断言する。

 言っておかなければならない。


「俺が中級の吸血鬼と真面に戦えば十中八九負ける。制限が無くても負ける。異能は強力でも俺が強い訳じゃないんだ」


 それは結城にとって意外なものだった。

 かつては斬って捨てていたものだっただろう。

 だが、結城の中で北條一馬という存在は自らよりも上だと意地付けされていた。強者と認定された。その強者が、異能と自分を別けて考えていたことに結城は目を見開いた。


「だから、一緒に戦おう。お前の力が必要だ」


 伸ばされた手を結城はマジマジと見つめてから、ゆっくりと手を握った。

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