第58話穴の開いた区域
その爆発音は外にいる者だけではなく。中にいる者にも届いた。
瞬間衝撃吸収壁によってビルはほんの少しも揺れなかったが、音は聞こえたのだ。作戦を聞かされていない者達にはそれが何なのか分からなかった。——が、12番の部隊の者達は外にいる加賀のおかげで何があったのかを確認することが出来た。
「ミサイル?」
「そうっす。何かいきなり凄い音がしたと思ったら。第6区の方からミサイルが飛んできまして……いや~危なかった」
「そうか。お前達も知らされてなかったのか」
加賀の言葉に大東が顔を険しくする。
声音からそれ程大した被害は出ていないと予想できるが、それでもミサイルだ。規模が違う。そんなものを街中で、しかも地獄壺には効かないと言っても部隊が中にいる建物に向けて撃つものではない。
そもそもそんなものどうやって隠していたのか。
大東は吸血鬼を化け物だと思っている。奴等さえいなければと思うこともある。だが、本部の連中程、敵意がある訳ではない。
300年前から敵と定め、怨み、殺し尽くそうとしている彼らは吸血鬼とは違うベクトルの怪物だと大東は思っていた。
尤も、それを口に出すことはないが。
「……えぇ、まぁ」
無線越しに何が起こったのかを伝えていた加賀は大東の言葉に曖昧な返事を返した。
知らないも何も、本部の連中こそここに自分と北條と結城がいることを知らないだろう。なんせ無断でここに来ているのだ。
大東は北條達を後続の部隊だと思っているようだが、それを訂正すると色々と面倒なことになる。
サポートとして外にいる加賀もタダでは済まない。良くて減俸。最悪なのは除隊だ。その場合は情報漏洩を防ぐためにこの世からも除隊になる。
「(だからこそ、この状況は良いな)」
北條も結城もいない状況を加賀はほくそ笑む。
命令違反をする者が組織にいるのは問題だが、悪だくみもバレなければ問題なしだ。ここにいたのが北條や結城であれ詰められたらボロが出そうだが、自分ならば問題ない。
勘違いをしてくれているのだから最後まで勘違いをして貰おうと罰せられないためにも自分達の情報をなるべく渡さずに会話を続ける。
任務のため、どこに耳があるか分からない。
色々な理由を付けて北條達と情報を交換しようとする大東のやりとりをのらりくらりとやり過ごしていく。
「まぁまぁ。そんなことよりもこの戦いももうすぐ終わります。さっきの爆発で上層部に侵入した部隊がいます。勝つにしろ、負けるにしろ撤退の準備はしておかなければなりませんよ」
「……そうだな」
大東が突然少数で現れたことに疑問を抱き、尋ねてくるがそんなことよりもと流される。
確かに戦いの終わりが近いのならば結果がどうであろうと撤退の準備はしておかなければならない。
そう考えて大東は加賀に対する追及を止める。
何故このタイミング。
何故最初からそれをやらなかったのか。
色々と疑問が残るが、恐らくは——と長年培ってきた戦略から本部が立てたであろう作戦を予想する。
「(下から侵入する3つの部隊は囮。吸血鬼を引き付けるだけ引き付けて上層に部隊を降り立たせる。俺達に作戦を伝えなかったのは傍から見捨てるつもりだったから)」
あるいは捕まって情報が漏れることを恐れたか。だが、どちらにしろ自分達は捨て駒として使われたのではと怒りを覚える——が、取り乱す程ではない。
大東は息を吐き、無駄に力んだ体を弛緩させる。
「おい、上の状況は確認できるのか?」
「できるっすよ。今は多分戦いが始まってます。かなりえぐい音が響いてますから」
「…………よし」
加賀から情報を受け取り、僅かに思考する。
そして、決断すると隊員と加賀に指示を飛ばす。
「お前等。俺達は上の終るまで上を目指し続ける。加賀、お前は常に状況を俺に報告しろ。戦闘が終了次第俺達は撤退する。ルートの確保をもしておけ」
部隊の隊員が静かに返事を返し、加賀もまた了承する。
隊長である大東はそれを聞くと無人機に視線を移した。
「加賀、お前の部隊のメンバーが何処にいるか分かるか?」
「それが、何回も無線を繋げようとしてるんですけど繋がらないんすよ。それほど距離は離れていないはずなんですけどね」
「やられている可能性は?」
「十分ありますね。だって相手は中級ですし」
淡々と感情を抜きにして加賀は語る。
ジャミングでもされているのかと考えるが、ならばこの無線が繋がっていることが可笑しい。考えられるのは2人が無線に出られる状態ではないということだ。
異能持ちであるが、中級相手に手こずってしまう結城。対吸血鬼装備で身を固めただけの北條。
安満地の時は偶然に助けられたものの、今回もその偶然に助けられるとは限らない。戦場では何が起きても不思議ではないというが、それは常に自分の都合の悪い状況が起こるということなのだ。断じて奇跡が起こると勘違いしてはいけない。
声色からして無線の先にいる人物は、後続で来た者達と同い年だろうと予想していた大東はその淡々とした物言いに僅かに驚くも表情には出さず、平静を装った。
「それよりも、早く進んじゃいましょう。それとも2人を探しに行きますか? あ、俺はそっちについていくっすよ。なんせあの2人に言われたんすから」
「分かった。では、あの2人を待たずに進もう」
そう言って、部隊は先へと進んで行く。
3層へと続く階段を探すことは無人機の音の反響による物体感知によって迷路を把握しやすくなったとは言え、楽な道はない。
吸血鬼に加えて今度は吸血鬼ならぬ吸血犬まで姿を現す。
赤い目に人以上に鋭い犬歯。下級吸血鬼以上の速度で迫る吸血犬。それを援護するかのように、これまで近づかなければ何の反応も示さなかった機銃が上から射撃をしてくる。
何より最悪なのが罠だった。
地雷。開閉式の床。分断。まるでRPGの迷路だ。とファンタジーをこよなく愛する加賀は思った。それを体験したいとは微塵とも思わないが。
犠牲者が出なかったのは単に大東の歴戦の感と加賀の操作する無人機の物体感知によるものだ。
だが、何度も戦いを潜り抜けて行けば疲労はするものだ。
生き残っている部隊の隊員達も疲労を隠せず、肩で息をしている者もいる。また銃弾も大量に持って来たのに半分を切ってしまっていた。
それなのにまだ外の状況は変わっていない。
「くそっ。まだなのか」
隊長である大東にも焦りと疲れが見え始めている。
当然だ。無限の体力を持つ人間などいない。上に続く階段もまだ見つかっていないのだ。目的地が見つからず、動き続けていればいくら戦闘衣(バトルスーツ)で動きを補助していると言っても限度はある。
機銃を破壊し、最後の吸血鬼の頭を吹き飛ばすと大東は加賀に問いかけた。
「俺達の現在位置は?」
「待って下さい。マッピングしたものを送るんで」
音の反響による物体感知でマッピングもこなしていた加賀が情報を大東に送る。
その情報を見た大東は顔を顰めた。
目に映ったのは全体の4分の1程度マッピングが終わった地図。そして、これまで通って来た経路が描かれている。
「まっすぐ進んでたと思ったんだが、かなり右にズレてるんだな」
「まぁ迷路っすから。にしても気になることがあるんすよ」
「何だ?」
これまで適切さサポートによって加賀の評価は大東の中でかなり上がっていた。
戦闘能力は分からないが、他人の命を左右する状況においても冷静な判断力を持っている。それもあの2人と同い年程の少年が。
そんな優秀な者が硬い声色をするのだ。一体何事だと自然と大東も自分の声色を低くした。
「いや、さっき送ったマッピングしたものを見て欲しいすけど」
「見ているぞ」
「すんません。1層のもお願いします」
そう言われて大東は送られてきたマッピングの情報を操作して1層のものも開く。
すると、そこには真ん中だけ綺麗に切り抜かれた地図があった。
「これがどうした?」
綺麗に切り抜かれた穴。地図全体を見ると建物の形も相まってドーナツのように見える。しかし、それは当然だ。なんせ大東からでもその原因は見える。
迷路の中央部分。そこには巨大な柱があるのだ。建物の面積の半分を使っているのではと思える程の巨大な柱。流石に大きすぎるのではと思ったが、それほど気になるものではない。
「いや、それは俺も分かってるっすよ。俺が気にしてるのはここ」
しかし、加賀が気になったのはそこではない。
更に地図を拡大して穴との境界線を映し出す。
「これ、あそこに柱があるって感知してないんすよ」
「何?」
訳が分からない。という表情を浮かべる大東に加賀が説明する。
加賀が無人機でやっているのは音による物体感知だ。
音、つまり衝撃、音波だ。
迷路の壁にしろ、動き回る吸血鬼にしろ、そこに物体があるからこそ音は跳ね返り、跳ね返って来た時間から相手との距離を導き出している。
つまり、音が返ってこないと感知はできないのだ。
広い範囲を感知するために最大出力で何度も感知を行っている。なのに、地獄壺の中央から跳ね返ってくる音はない。
そう、ないのだ。放ったものが返ってこない。
今、地図の中央に穴が開いているのは視界にある柱に音がぶつかって返って来たから作られているのではない。
未だに感知できておらず、空白のままなのだ。
「何故だ?」
「それは————見えているのが幻影だから?かもしれないっすね」
「…………」
大東が無言で中央にある柱を見詰める。
地図をよく見れば端を示す線ではなく、途中から中央への道が途切れているのが分かった。
つまり、何かがあるのだ。
見せかけ。幻。しかし、何故そんなことをする必要があるのか。
「取り合えず、行ってみよう。訳が分からんが、隠す必要があるものがあるようだ」
大東は決断する。
疲れも出てきた。銃弾も半分を切っている。
しかし、まだ囮としての役目はまだ終わっていない。しかし、第1の目標である上層への階段が見つからず、ウロウロしているだけでは囮としての役目を果たしているとは言えない。
ならば、何かを隠している可能性のある場所を探した方が吸血鬼の目を集められる。そう考えたのだ。
再び動き出す。無人機を戦闘に中央に見える巨大な丸い柱へ。
「あぁ、あそこには何にも隠していないぞ」
耳元で声がした。そして、鮮血が、舞った。
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