第51話戦闘開始

 12番の部隊の一斉射撃。

 弾倉が空になるまで撃ち尽くし、次の弾倉を込めて引き金を引く。手榴弾を投げる。

 銃弾がコンクリートを破壊し、粉塵を巻き上げ、吸血鬼の姿を覆い隠す。けれど大東は攻撃の手を緩めなかった。


「あぁ、面倒くさいなぁ」


 銃撃の雨の中で1つの声が耳に入る。

 後ろからではない。前から。誰の声か理解できた大東は更に苛烈に攻め立てる。だが、まるで吸血鬼は散歩をしているかの如く粉塵の中から姿を現した。


「面倒くさい面倒くさい。何で俺がこんなことをしなきゃいけないんだ。むさ苦しい監獄の牢番ですら面倒なのに侵入者の相手とかこんなの下級がやることだろう。というかお前達あの時の連中じゃないか。何で生きてるんだ死んどけよ。抵抗するな。逃げるな。あぁ~やだやだ何でこんな所に配置したんだよ」


 銃弾を弾き、炎を払い、赤い目が煩わしい侵入者を捉える。

 ゾワリ——と背筋に冷たいものを感じる目。瞳に大東達12番の部隊は映っているが、

 下級の吸血鬼では肉片すら残らない猛攻。それを軽くいなした吸血鬼に戦慄を覚え、戦える相手ではないと判断する。


「クソッ」


 思わず苦言が漏れる。

 大東達が身に着けている装備はレジスタンスの中でもかなり高性能なもの。それでもまだ届かないことに戦慄を覚える。

 誰か囮になって時間を稼ぐしかない。


「(——いや、違う)」


 そう考えるが、即座にそれを否定する。

 このままこの部隊の人数を更に分けても寿命を数秒伸ばすだけ。少ない人数であの吸血鬼を止められるはずがない。

 ならば、この場は12番の部隊全員で足止めし、後ろにいる2人を先に進ませた方がまだ時間は稼げるのではないか。

 歩みを止めない吸血鬼を前にそっと大東は決意を固める。


「(俺の番が来た、か。いつでも死ぬ覚悟は出来ていたが、勝利する瞬間を目にすることが出来ないのは惜しいな)」


 視線を後ろにやる。

 ここまで残った8名の隊員。全員が悟った表情をして、大東を見ていた。

 良い部下達だ。死地へ赴くことに恐怖はある。だが、自分の一手が吸血鬼に一泡吹かせることが出来るのならば。

 覚悟と強い意思を感じ取り、大東は笑った。


「行くぞテメェら!! 噛み付いてでもアイツの足を止めろ!!」


 後方の2人に指示は出さない。

 ここまで生き延びたのだ。こちらの動きぐらいは察する目は持っているだろう。そう考えて捨て身の特攻を行う。

 それを見て、吸血鬼は顔を顰める。


 ——煩わしい。汗臭い。


 汚いものでも見るかのように近づいてくる大東達を見て視線を背けた。

 その横顔に、蹴りが入る。


「——え」

「なっ!?」


 大東達の身体能力は戦闘衣バトルスーツで向上しているとは言え、中級の吸血鬼からすればのろまの一言で片付けられる程度。

 どんなに頑張って走ったとしても欠伸をする余裕もある遅い疾走。

 だから、まだまだ距離はあると考えていた。届くはずがないと思っていた。

 それもそうだろう。吸血鬼の顔を蹴ったのは大東達、12番の部隊の人間ではない。

 油断した横顔を見て一気に距離を詰めたのは結城えりだった。





 元33番の部隊の人間を始末し終えたことを確認した途端、12番の隊長らしき男が発した声に結城が反応する。

 中級の吸血鬼。

 予想していない訳がない。いずれ出てくると考えていた。

 大東達の一斉射撃をものともせず、向かって来る銃弾をまるで虫でも落とすかのように手で薙ぎ払う吸血鬼。


「一撃加えてやるわ。北條、援護——いえ、私が相手するから直ぐに先に進んで」

「本気か?」

「本気よ。また自分も残るとか言い出さないでよ。面倒だから」


 下級ならば兎も角、中級相手に生半可な相手を残しても直ぐに殺されて追われるだけ。

 何より人間を操れる異能を持っているのならば対処法を知っている自分が残った方が良い。

 合理的な考えで導き出した答えを冷たく告げる。

 前を見れば大東達が特攻を仕掛けようとしている。恐らく、自らの部隊を犠牲にして後方にいる自分達を先に進ませようと考えているのだろう。

 無理がある。と冷たく大東達の行動を批判した。

 どんなに頑張っても2、3秒が限度。それだけで吸血鬼から距離を取れるはずがない。


 ——強い者がやることを弱い者がするべきではないのに。


 異能の開放に戸惑いはない。

 出し惜しみをすればこちらがやられる。何より、顔を背け、隙を見せた馬鹿野郎を見逃す程、優しくはない。

 異能によって加速した結城が距離を詰めて吸血鬼を蹴り飛ばす。

 完全に虚を突いた一撃に吸血鬼が、何が起こったか分からない大東達が動きを止めた。


「お、お前……」

「下がっていて下さい」


 それだけ言い残し、結城は吹き飛ばされた吸血鬼との距離を詰める。

 壁に叩き付けられた吸血鬼は自分を蹴り飛ばした人間を睨み付けた。


「人間がッ」

「煩い黙れ死ね」


 障壁を展開してそのまま突撃。

 ダンプカーが店に突っ込むように。速度を緩めることなく特攻して大東達と距離を離した。

 壁を3枚突き破った所で吸血鬼が攻勢に出る。展開した念力の障壁を突き破り、結城の髪を掴むと乱暴に投げ飛ばした。

 今度は結城が壁に叩き付けられる番だった。

 咳込み、苦しむ表情を浮かべる結城の前には怒りに満ちた顔をする吸血鬼がいる。


「貴様ッ!! 貴様貴様貴様ァ!!」


 これほどの屈辱は初めてだった。

 顔を蹴られ、服に汚れを付けられた。それを行ったのが混り物なのだから吸血鬼の怒りは怒髪天を突き抜けている。


「ただで死ねると思うなよ。四肢を捥ぎ取った後、守った仲間に貴様をそのまま喰わせてやる!!」

「三流の売り文句しか言えないのか。似非美丈夫。外面は良くても中身は醜いなァ!!」


 再び両者がぶつかり合う。

 離れた所からその様子を見ていた大東達でも巻き込まれかねない激しい戦い。

 剛速球で岩が飛び、念力でねじ切られた血肉が飛び散る。それでも戦闘が続いているのは両者が完全に人間の領域で戦っていないからだ。


「隊長!! 今すぐ我らも援護を!!」

「待ってくれ!!」


 目の前で繰り広げられる戦いに介入しようと隊員が大東に詰め寄る。

 少女が1人で戦っている。それが隊員の心を何より抉ったのだろう。表情には必死さがあった。

 だがようやく追いついた北條がそれを止めた。


「12番の部隊の人達ですよね。ここは俺達に任せて下さい」

「お前達は後続の部隊か?」

「え、えぇ!! その通りです」


 ここで『いいえ違います』等とは言えない北條は思いっきり嘘をつく。後でどうなるかを考えると恐ろしいが、今は仕方がないと割り切り、大東と話をする。

 結城の実力に面を喰らっていた大東だが、直ぐに回復して北條の話に耳を傾けた。

 中級の相手は2人でやること。援護は不要。その間に上に続く階段を見つけること。

 戦闘中であるため、色々と疑問が出てきた大東もそれは後で問い詰めると決めて承諾した。

 最後に大東が北條に確認する。


「本当に援護はお前だけか? 必要ならば人員を分けるが?」

「いえ、大丈夫です。俺はアイツと一緒に訓練を受けて癖も把握してますし、次の行動もある程度は予測できます。それに足手纏いは少ない方が良い」

「ほう……」


 北條の言葉に大東が猛烈な笑みを返した。

 そこか見定める様な視線に何かしたか。と自分の言動を思い返すが、別に普通の会話しかしていない。

 北條が内心疑問に思っている頃、大東は目の前の少年を見定めていた。


「(足手纏いねぇ。それほど強くは見えないが、嘘をついてる訳でもない。まぁ、あんな高速戦闘を見ても動じてないんだ。何か策があるんだろう)」


 歳は若い。自分の息子よりは年上だろうが、まだ20にはいっていないだろう。それにも拘わらず、長年吸血鬼と戦ってきた歴戦に大胆に言ってのける図太さに笑みを浮かべた。


「まぁ、良い。やってみせろ」

「ん? あ、はい」


 だが、北條はそのような意図を以て口にしたのではない。

 足手纏いという発言は自分自身を含めて結城の足手纏いになる人数を減らすためという意図だ。自分の実力が大東達より上などと欠片も思ってはいない。

 ここで大東が北條の実力について踏み込んでいたら互いに勘違いをしていると気付けただろうが、今は戦闘中。残念ながら2人の勘違いを正す暇はなかった。


 そして、大東と別れ、北條が結城の元へと向かう際、傍に戻って来た無人機ドローンが北條を捉えた。


「結城は先に行けって言ってなかったっけ?」

「言ってた。でも、俺は承諾してない」

「承諾してなくてもリーダーの指示なんだから従わなきゃいけないんですけどぉ~?」

「間違ってる命令でもか?」


 屁理屈を言う北條に加賀は呆れながら問いかける。だが、それでも北條は意思を曲げない。

 中級は結城1人で相手できる強さではない。

 安満地の時には一方的にやれていた。今は拮抗しているが、いつそれが崩れても可笑しくはないのだ。

 何より結城の力はこれからも必要だ。もし、命を投げ出そうとしているのならばそれこそ止めなければならない。

 北條の問いかけに加賀が押し黙る。そして、ほんの少ししてから口を開いた。


「分かった。なら俺はあっちを手伝って来る。ドヤされても助けないからな」

「大丈夫だよ」


 3層へ続く階段を探すために無人機が飛び去っていく。

 残ったのは北條唯1人だ。

 戦いはまだ続いている。武装を確認してから北條は走り出した。


「(ルスヴン。頼む)」

『まぁ良かろう。だが、死ぬ気でやらねば死ぬぞ?』

「(なら大丈夫。いつも通りだ)」


 呆れつつも協力してくれる相棒にクスリと笑い、北條は死地へと足を踏み入れた。

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