第43話囚われのお姫様
——熱い。助けて。殺してくれ。止めてくれ。死にたくない。
そこら中から悲鳴が響いてくる。
空気が切り裂かれる音と悲鳴が上がり、炎が勢いよく噴き出せば、断末魔が響く。正に地獄と言っていいような光景が広がっている。
ここは地獄壺の最上階。
肌をひりつかせる熱波が漂い、牢獄の中にいる囚人に襲い掛かる。中には酷く肌が爛れている者や拷問によって体に欠損を抱えた者、水分不足で死に絶えている者もいる。
ここに収容されているのは戦闘能力に長けた者のみ。
対吸血鬼装備で、異能で吸血鬼を打倒できる程の人間が過去にはいた。しかし、今では皆が屍となって牢の中に転がっている。
「…………」
数ある牢獄の中の1つ。そこに周りと同じように熱に苦しみ、体に欠損を抱えた1人の男がいた。
数日前に赤城から送られてきたレジスタンスの中でも欠いてはいけない重要な駒の1人がいた
数日前、飛緑魔との賭けで敗北をした石上はここへと収容されていた。
賭け自体は難しいものではない。サイコロを2つ使用し、壺に入れて振ったサイコロの目を当てる丁半と呼ばれるゲーム。
ただし、賭けたのは己の肉体だ。体の一部でも奪ってやろうと勝負を挑み、片腕を切り落とさせることは成功したもののそれが限界だった。飛緑魔の腕一本に対し、石上は左腕に右足、そして左目を欠損することになった。
頬が汗を伝い、石畳を濡らす。
「熱い、な」
炎が間近にあるような熱波。それを四六時中浴びていれば、人間の体内から水分は急速に減っていく。
死ぬことを恐れてはいない。しかし、意味もなく死ぬことはできない。まだ何も成してはいないのだ。せめてこの街を解放する時までは死ぬわけにはいかない。
手首に嵌められた枷が炎によって熱されて肌を焦がすが、この程度ならば叫ぶほどではない。問題はどうやってここから逃げ出すかだ。
思考を巡らし、視線を牢の外へと向ける。
「あぁ? 何を見てやがる。人間風情が」
そこにいたのは巡回中の吸血鬼。
人間の肌を焦がす熱波も特に気にならないのか。涼しい顔をして立っている。
「(中級吸血鬼。数は——3体)」
「おい、聞いてんのかッ!?」
何も答えない石上を気に喰わない吸血鬼が拳を牢屋の柵に叩き付ける。派手な音が響き渡り、戦車で突っ込んでもびくともしない柵が拳によって歪む。
何があったのか。周囲にいた吸血鬼も石上の近くにいた吸血鬼の傍へと寄って来る。
「おい、何があった?」
「うるせぇ。生意気な人間がいたんだよ。鍵を寄越せ。コイツをぶっ殺してやる」
「やめとけよ。服が汚れるぞ」
けらけらと笑って注意を飛ばして来るが、そこに規律を破る者への咎めのようなものはない。
当然だ。ここに入れられた人間を守るという決まりはない。何時死ぬか。それは吸血鬼の匙加減次第だ。
注意を飛ばした吸血鬼もここに入って来た人間を幾人も殺したことがある。今注意したのだって血肉で来ている服がその時に汚れたから同僚も自分と同じように汚れてしまうのではと考えたからだ。
同僚の吸血鬼の言葉を聞き、苛立ちながらも柵から手を離す。
「——チッ。確かにその通りだ。囚人共は汚いからな」
「そうだぜ。ここの人間の血を喰っても良いって言われてるけど、流石にここの奴等は喰う気にはならないな」
汗、泥、汚臭に塗れた人間達を見渡し、笑い声を上げる。
檻に入れられている人間が木乃伊のようになっている原因はフロアの各場所にある摂氏3000度の炎が原因だ。
人間であれば解けて蒸発してしまう炎でも吸血鬼にとっては軽い火傷にもならない。自分達よりも劣る種族の姿を見て笑う同僚に苛立っていた吸血鬼はその苛立ちを小さくしていく。
「下級吸血鬼共には良い餌かもしれないけどな」
「違いない」
「あぁ、奴らは常に飢えているからな。例え手足が切れて血の鮮度が落ちていても喰うだろうよ」
軽く笑い合い、手足を無くした石上に視線を移す。
「知ってるか? こいつが手足を失った理由」
「ん? そんなの俺達に逆らったからだろ。レジスタンスの一員だって聞いたが……」
「あぁ、でもそれだけじゃねぇ。コイツの手足は飛縁魔様に斬り落とされたって話だ」
「何だと!? まさか、赤城まで人間共が!?
「うん? あぁ、違う違う。赤城に連れていかれた者が1人いただろう。それがコイツ何だよ」
「あぁ、なるほど」
この街の頂点に君臨する女王——飛縁魔が動くということは人間が根城である赤城まで踏み込んだということ。
前回の掃除の時にはそこまで人間は行っていなかったはずだと目を見開く。だが、同僚の吸血鬼によってそれは勘違いだと教えられて納得する。
「それにしても何故この人間を赤城に? 何の目的があったんだ?」
「飛縁魔様は遊び好きだからな。もしかしたら頑丈な人間が捕まった噂を知って遊べるとでも考えたんじゃないのか?」
「なるほど、確かに有り得る」
街に流れた噂だけで事実を言い当てていく吸血鬼。
それから暫くの間、楽しそうに談笑を続ける。監視の目が緩むことの心配は一切していない。そもそもこの環境で真面に生きられる人間はいないのだ。
目の前の人間——石上恭也——も既に脱水症状を起こしており、もう半日もすれば死に体になる。
結局の所、彼らが労力を割くことなどなく人間は死んでいくのだ。
「ナニをやっている?」
だが、そんな態度を許さない者もいる。
楽しそうに談笑をしていた吸血鬼達は冷水を浴びせられたかのように固まり、顔を青ざめる。
現れたのは1体の吸血鬼。
その姿は正に巨人。身長は5メートルにまで届く程の巨漢。腕は人の胴体と同じ太く、欠陥が浮き出ていた。
服は身に着けていない。ただ申し訳程度に腰巻を巻いているだけだ。よく、昔話で鬼の話が出てきたりするが、その鬼と同じ格好をしている。
その吸血鬼が談笑をしていた吸血鬼を不愉快なものを見たと表情を歪める。
「さっさとふろあの巡回ニ戻れ」
「は、はいッ」
「失礼します!!」
「——申し訳ございませんでしたッ」
一言命令を下すと吸血鬼達は逃げるようにその場を去っていく。
不機嫌に鼻を鳴らし、牢の中に視線を移す。
口を最初に開いたのは牢の中に繋がれた石上だった。
「何の用だ。ペナンガラン」
「ふん、死ニかけの癖ニ、目は死んでいない。ナまいきナ男だ」
ペナンガランと呼ばれた吸血鬼が石上を不愉快そうに見下ろす。
牢獄に入っている者は、ここから生きて出ることを諦め、少しでも楽に死ねるように祈るだけだ。それなのに、この男は誰よりも体に深い傷を受けているというのに死んでいない。
まるでこちらの戦力に臆していない姿が、侮られているように感じた。
「まさか本気でここから出られると思ってナいだろうナ。ここを守っているのは誰だと思っている?」
侮られないように、敵を恐怖に落とし込もうと脅しをかける。
下級吸血鬼の数は1000以上、獄卒と呼ばれる地位にいる中級吸血鬼3体。そして、最強たる上級吸血鬼——ペナンガラン。それがこの地獄壺を守っている勢力だ。
普通に考えれば、これだけの戦力を1人で突破するには無理がある。外から救援が来ても一般戦闘員だけでは難しい。
「俺は、他ノ吸血鬼とは違う。ニんげん相手でも容赦はしナい」
更にこちらは油断をしていないと石上に伝える。
力を持つ吸血鬼は大抵の場合、人間を侮り、油断している。だが、自分はそんなものはないと伝えることで心を折ろうとする。
しかし、その程度で折れる様なものならレジスタンスはとっくの昔に瓦解していただろう。
「…………そんなことを言うために、わざわざこんな所まで来たのか?」
ペナンガランはここの最高責任者。それがたった1人の囚人にこんなことを言うために時間を作ったことに石上は嗤う。
容赦はしない。それは自分よりも格下相手に手を焼かされること自体が腹立たしいのだろと考える。
脅しを嗤われたペナンガランは苛立ちを高める。
「ふん、ここニ来たノは他ノ吸血鬼共ノ意向だ。入って来た奴らを誰も近づかせナいため二な」
「——侵入者。レジスタンスが来たのか」
「そうだ。迷惑こノ上ナいことに、他ノ吸血鬼共の賭けが盛り上がっている」
「賭け、だと?」
不快そうにペナンガランが顔を歪める。
吸血鬼の間で行われた賭け。それはレジスタンスが石上恭也を救えるか否か。
難易度を下げるために地獄壺の出入り口には警備を設けず、中のみで迎撃を行うこと。出入り口から脚一本でも出ればレジスタンスの勝利とし、救出対象である石上恭也が死ねば敗北とする。それが飛緑魔から命令されたゲームの内容だ。
「なるほど。それが俺がここまで運ばれた理由か。俺は囚われのお姫様。お前はそれを守護するボスキャラって所か」
石上の言葉にペナンガランはもう喋ることはないと背を向ける。
遊戯を終えた後、倒れ伏す自分に向かって飛縁魔が向けていた笑み。能力者を餌として別の遊びを思いついたが故の笑みだったのだと理解する。
視線を下にし、思考を回す。
レジスタンスの部隊はペナンガランの口調からしてもう動いているのだろう。捕らわれの姫になるつもりは毛頭ない。
だが、ペナンガランがいるせいで脱出の難易度が跳ね上がってしまった。
まだ中級3体までならば、とあの時動かなかった自分を責める。
その様子を使い魔の目で見ていた飛縁魔は満足そうな表情を浮かべる。
彼女の前にあるのは複数の映像。勿論それは使い魔によるもので彼女以外に見ることは出来ない。
石上は迂闊に動くことは出来なくなった。
これでゲームは成立される。
地獄壺に既に侵入している部隊は3つ。これはペナンガランにも情報を流している。しかし、隠れている部隊が1つあることは知らせてはいない。
このゲームの主催は勿論飛縁魔自身。
彼女はゲームに関しては公平を期すタイプだった。
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