第26話対吸血鬼装備

 北條と加賀が話し合っている最中。金を受け取った少女——ミズキは商品が隠してある保管場所に来ていた。

 ここは仲間しか知らない隠し部屋だ。扉は隠し扉になっており、通路の暗さや道しるべとして残している印のおかげで今まで誰にも見つかったことがない安全な場所だ。


 手元にある200万を確認し、今度は棚にある商品の中から予算内で出せるものを選び出す。一通り作業をし、商品を床に並べると相手の要望を思い出して更に厳選していく。

 相手を警戒して商品を出すことを渋ってはいたが、それでも金を受け取った以上お客様だ。金だけ掠めとる世故い商売などしはしない。

 相手が誠意を見せる限り、裏切るつもりも嵌めるつもりもないのだ。勿論、店の利益を出すために駆け引きはするが、進んで相手の身を破滅させるようなことは絶対にしない。尤も、それを口にして分かってくれるとは思ってはいないが。

 そこまで考えてふと手を止める。


「(そういえばあの人、地上出身なのに簡単にコレ手渡して来たわね)」


 札束をしまった金庫へと目線を移す。

 地下に住む原因になったのは、先祖が275年前にレジスタンスが秘密裏に動けるようにと地下通路を作り始めたのがきっかけだ。一刻も早く、少しでも早く通路を作り、レジスタンスの助けに——と先祖からその子供へ、その子供から更に子供へと穴を掘り続けるうちにいつの間にか地下が住む場所となってしまった。

 その頃からもう地上との積極的なかかわりはしなくなっていた。それが100年前である。


 今でも必要最低限、常にそれを意識して殆どを地下の中で生活している。だからモグラやら土塊つちくれ一族やらと言われているのだが、ミズキは気にしたことなどない。むしろ、地上の奴らを哀れだと思ってすらいる。

 地上の奴らは狭い場所に押し込められている。それがミズキの地上の人間に対する認識だ。ほんの少し、興味があって覗いてみた際にそう感じたのだ。

 辛気臭そうな顔をして道を歩く大人達。ジッと路地裏に居座る子供。派手な光で着飾る街。どれもが羨ましくは思えなかった。誰も彼もやりたいことなどやれないからそうしているようだった。

 だが、地下ここはどうだ?

 穴を掘ればいい。本業は穴掘りだ。武器販売も副業の1つに過ぎない。穴を掘る。それだけで自分の世界は広がっていく。掘るのを禁止されている区画もあるが、それだけで自分の世界を広げられ、自由に生きられる。疑惑、疑念、策謀が渦巻く地上とは大違いだ。

 そんな世界で生きる人間が簡単に金を手放すことに疑問を抱く。


「(もしかしてこれ偽札?——————いえ、本物ね。もしかして、本気で信用してくれたの? それなら地上にもあんな人はいるってだけの話なんだけど)」


 いくら考えても出てこない答えに頭を悩ますミズキ。最終的には地上の奴らと関わると面倒。と思考放棄する。


「選別終わりっと——はぁ、頭悩まさなかったらもっと早く終わったわね」


 一通り、最後に確認をして選んだ商品を手に取る。

 地上の人間と関わると面倒くさいことこの上ない。でも、気にしない方がいいだろう。地上の奴らが長生きするとは思えない。例え、長生きしても同じ店を使い続けること何てないはずだ。なら。もうあの2人と関わることなんてないだろう。そう考えて。ミズキは待っているであろう2人の所へと戻るのだった。





 北條と加賀。2人の元へと戻ったミズキは持ってきた商品を並べて見せる。普段手にしているものとはかなり違う武器に2人は少し呆気に取られていた。

 その様子に対吸血鬼装備について詳しくないことを知ると金を巻き上げてやろうかと邪なことが頭に過るが、頭を振るってそれらを払うと説明を始める。


「それじゃ、説明させて貰うわ。コイツはAAA突撃銃。最新装備から2、3世代前の奴だけど骨董品じゃないわ。第4区の特区の警備隊でも使ってる人はいる。威力は最新のものより小さいけど戦闘衣を貫くには十分。反動も少ないし、射程も最新のものより長い」

「ん? 最新のやつは射程が短いのか?」

「えぇ、銃使うのは街中だからね」


 射程が長ければ確かに有利だ。しかし、ここは街中。ビルの上から撃つならまだしも、数100メートルの間隔で撃ち合うのならば射程よりも威力を上げる方がいい。武器開発をしている企業も同じ考えで今では威力の一点特化の銃も存在しているらしい。そうミズキは説明する。



「あぁ、威力を上げてるからそれに対して防弾の性能も上げられるんだけど、それに関してはまだ開発途中って情報が入ってるし、まだ警備隊の奴らには出回ってないわ。心配しないで良いわよ」

「……情報にも通じてるんだな」


 ぼそり、と加賀が問いかける。まるで、何を目的として動いているかを把握しているような口ぶりに警戒を見せる。

 ミズキは加賀にニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。


「えぇ、商売してるんだもの。地上に興味はないけど、生きるためには仕入れとかなきゃね。あ、欲しいのならお金は出して貰うわよ」

「ちなみにいくらだ?」

「そうね。最近起きたことだと大体600万ぐらいかな?」

「なら、いい」

「そ。残念」


 残念と口にしながらもミズキは全く残念そうな様子を見せずに肩を竦めるだけだった。

 何を知っているのか確認をしたければ金を出せ。という意味を加賀はキチンと受け取った。それに対し、加賀はその情報を無暗に漏らさないことを確認して引いた。

 それを目にした北條が加賀へと小さく声を掛ける。


「加賀……警戒し過ぎじゃないか?」

「分かってる。でも、仕方がないだろ? 今回は結城がいないんだ。神経質にもなる」

「そういうのは結城が率先してやってたからなぁ。教訓になったと思おう。でも、加賀。やっぱり警戒しすぎだぞ。この人が戻ってきて真面な商品を出して来たら警戒を解くって話し合っただろ?」


 北條の言葉に顔を顰め、頭を掻く。

 北條の言葉通り。金を持ち逃げすることはなく、ちゃんとした商品を持ってきた。それも支部の末端には出回らない対吸血鬼用の装備。知識不足だからと押し得ることはせずにちゃんと説明してくれる当たり、商売人としては責任を果たす人なのだろう。

 しかし、それでも後から後から警戒する要素が出てくるため、思わず張り詰めてしまうのだ。


「悪かった……済まないなお嬢さん。説明の続きをよろしく頼む」

「……別に良いわよ。こっちも色々見てるしね。それじゃ、次はコイツね」


 そう言ってAAA突撃銃をブルーシートへと置いて今度は別のものを説明していく。

 手に取ったのは先程よりも一回り厳ついものだ。北條と加賀、2人に比べて小柄なミズキが持つとそれがより際立って見えた。


「M147式炸裂弾対応突撃銃——。これはまだ人間が地上で吸血鬼と戦争してる最中に開発されたものだけど、使われずにお払い箱になったものよ。でも、突撃銃の中ではかなり威力が高いものになるわ。整備は欠かさずに毎日行っていたから問題なく使えるはずよ」

「へぇ~。凄いな。持ってみても良いか?」

「勿論」


 北條がミズキから銃を受け取る。

 見た目通りの重量が北條の腕にかかる。それでも持てないほどではない。確かめるように2、3回持ち上げてから、通路の奥に向かって銃を構えて見せる。

 手に馴染むかどうか。構えるまでに支障はないか。様々なことを確認していく。


「(重いけど、使えないほどじゃない。どう思うルスヴン?)」

『ん~? 様になっててカッコいいと思うぞ』

「(そうか。カッコいいか………他にはないのか? ほら、これがどれぐらい吸血鬼に通じるとか)」


 恰好の感想ではなく、北條は吸血鬼の目線から見てどういった脅威に見えるのかを聞きたかった北條は改めて尋ねる。すると、溜息と共に呆れた声が返って来た。


『はぁ。だからなぁ宿主マスターよ。そんなことを聞いても無駄だぞ? 余は吸血鬼に関しては話せないことはないが、人間は別だ。生きている間に彼奴等に興味などなかったし、拳銃などの専門的知識も殆どない』

「(それにしては訓練とかで色々言ってたような気がしたんだけど……)」


 レジスタンスに入団する前、入団試験として試されることが分かってから行われたルスヴン式訓練。格闘技、銃の構え、歩法などを叩き込まれた日々。力も何もなかった北條が試験に一発合格をすることができたのはその訓練のおかげだ。

 その時に何度も口出しされていたことを思い出し、問いかけるとルスヴンはどこか懐かしそうに口を開いた。


『有象無象のことなど覚えてはおらんが、腕の立つ者は別だ。それを参考にしただけだ』

「(へぇ、そうなのか)」

『それよりも、銃のことが知りたかったら適任の者がおるだろう。聞いてみろ』

「(分かった)」


 最上位の吸血鬼に対し、その言葉を引き出せる人間は少ない。そのことがどれほどのことなのか、ルスヴンの力を知っていても、ルスヴンが敵に回るということを知らない北條は流してしまう。ただ、あのルスヴンが人を覚えることなどあるのかと意外に思っただけだ。

 ルスヴンが話題を切り替えたこともあり、北條の意識はそれ以上気にしなかった。

 北條が顔を向けたことで何か尋ねたいことがあるのかを察したミズキは北條に問いかける。


「どうしたの? 何か質問?」

「えっと……これって何でお払い箱になったんだ? 吸血鬼には通用しなかったのか?」

「いや、通じるとか通じないとかの話じゃなかったのよ。それが戦場に出る直前になって異能者が戦場に出て戦果を上げちゃったから。もう過去の武器には意味がないってお払い箱になったのよ」

「へぇ、通じそうなのにな」


 通常は持てない対吸血鬼用装備の憧れのようなものもあって北條は無意識に性能を高く見積もってしまう。

 それを忠告するように加賀が横から口を出した。


「まぁ、当時の人達が通じないからお払い箱になったんだろ。その頃は上級吸血鬼だって人間狩るためにガンガン前線に出てきてたって言うぞ? そんな時代の人が判断したんだ。戦場に出しても通じなかったんじゃないか?」

「まぁ、そうかもしれないな」


 加賀の言葉に北條は納得の表情を見せる。対してミズキはバレない様に加賀を睨み付けた。

 加賀の発言はミズキを貶めるためのものではない。実際に吸血鬼と戦い、普段は装備できない対吸血鬼用の装備への興味などを捨てて推測しただけだ。だが、ミズキからすればお前の商品は買うに値しないと言われたようにも聞こえたのだ。

 僅かに険のある声が出たのは仕方がないだろう。


「吸血鬼に通じないそういった風評があるし、骨董品なのは確かよ。でも!! 今回そちらが要望したのは戦闘衣すらも貫ける威力を持つもの。向ける相手を全く違う対象にして比較しないで欲しいわね。性能は一度試したし、何度もメンテナンスもしてる。だから、商品として何の問題はないと思うのだけど?」

「お、おう……」


 滲み出る謎の威圧に加賀が僅かに押されて首を縦に振る。その横では北條がミズキの説明を聞き、考え込んでいた。


「ふ~ん……ちなみに2つはどれぐらいの金額なんだ?」


 参考程度にと軽く問いかける。

 加賀とは違い、特に苛立ちを感じていない北條の質問にミズキは笑顔で答える。


「そうね。AAA突撃銃の方は200万って所ね。M147式炸裂弾対応突撃銃の方は年代を考慮して120万かな。細かい数字は負けといてあげる」

「……どう思う?」


 ミズキの答えを聞き、北條が加賀に耳打ちする。加賀も顎に手をやり、少し考えると耳打ちをした。


「俺としてはAAAの方がいいな。高いけど、やっぱり古いのは不安だ。試したって言ってもそれは相手の話だし……それに」

「珍しいものは足がつく、か?」

「……可能性はあるだろ?」


 互いに表情を見て不安を共有する。そして、暫く話し合うとミズキへと向かい直した。


「AAAの方を2つずつくれ。勿論、替えの弾倉も弾丸もだ。料金は払う」

「了解。でも、AAAだけで大丈夫? 他にも色々役立つものはあるわよ? 小型無線機に視界の補佐をする情報識別機。それに最新の戦闘衣だってあるわ」

「…………戦闘衣と無線機はいい。情報識別機について説明を聞かせてくれ」

「了解。これは型落ちの奴だけど十分使えるものよ。周辺の情報認識にも使えて————」


 そう言ってミズキは情報識別機の説明をしていく。

 店の利益も上がるため先程よりも饒舌になっていた。オプションなどを付けて更に利益を上げようとするが渋い顔をする2人を見て、これ以上は無理かと判断すると最後に値段を告げる。

 それは北條達には資金の予算内ギリギリの値段だ。自分達の命のためにも、任務成功のためにも安い買い物はできない北條達がそれを承諾したことで商談が成立する。


「まいど、ありがとうございました~」


 商談が終わり、必要な物を買い揃えた北條達がその場を後にする。2人の背中にかかる声は上機嫌だ。

 暗闇に消えていく背中を見終えるとミズキは札束を金庫へと保管するために秘密部屋へと向かう。

 頭の中にあるのは先程の2人だ。

 またのお越しを。そう口にしないのはその場限りの客がいるからだ。だから、出来るだけ初合わせの時に金を出して欲しいとミズキは考えている。地上の人間と問題になるのは嫌だが、店の利益も出さなければならないのだ。仕方がないと割り切っている。

 今回、店に訪れた2人は所々問題になりそうなことはあったが、これまでの危険を考えても一番低いものだ。


「ま、付き合いが切れるまではよろしくね」


 切れるのは死ぬ時か。それとも違う店で購入する時か。そこまで考えて思考を打ち切る。ミズキがあの2人に固執する意味はない。店に来て利益を出して欲しいとは思うが、それほど望んでいる訳ではない。あの2人でなくてはならない理由何てない。だから、これ以上あの2人に関して考えることは無意味だ。


 ——それでも、今度来た時には自己紹介ぐらいはしよう。


 2度来るようになれば3度目もあるかもしれない。それならお嬢さん呼びは止めて欲しいものだ。

 そんな理由で印象的な自己紹介を頭の中で予行練習するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る