第25話損する性格

 新しい情報を得た北條と加賀。

 犯人の武装が新しくなっている可能性があるため、任務の続行か延期かを迷った2人だが、ルスヴンに背中を押された北條が任務の続行を決意し、加賀を説得することで、現在武装を整えるために地下通路を進んでいる所だった。

 加賀を簡単に説得できた訳ではない。だが、加賀が最も大切にしているのは自分の命だ。相手の実力、武装の差、その差を埋めるために武装を整えようにもぶつかる資金の問題。

 それらを理由に反論するが武装を整える際に足りない資金は北條が補填すること。直接戦闘は行わず、不意打ちを狙い、失敗した場合は援護に徹してくれたらいいと迷いなく口にする北條を前に折れるしかなかった。

 ライトを手に前を進む北條の姿を目に死、呆れるように加賀が溜息をつく。


「……ホント、都合の悪い条件を自分から付け過ぎなんだよ」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもない。それよりも北條、こっちであってるか?」

「あぁ、確かここら辺に印が……ほら!! あった!! あってるぞ」

「そっか。良かった良かった」


 先程の呆れる様な態度がなくなり、いつものようなお調子者の口調になった加賀が大袈裟に頷く。

 大袈裟なことをいつもならツッコム北條だが今回はそんなことはしない。それ程今回は緊張して道を選んでいるのだ。

 地下通路を使用する際、常に頼りにしている結城はここにはいない。

 地下通路は複雑でどの道を行けばいいのか完全に理解している者はレジスタンスでも少数だ。北條も加賀も一応覚えてはいる。という程度だ。

 だからこそ2人で互いの記憶を補い、進んでいるのだ。

 そんな状況を楽しんでいる者が1人。


『ホレ、何をしている。早く先に進め。次の印は3つ目の曲がり角にあっただろ。探せ探せ』

「(え。3つ目の曲がり角の通路? 次は5つ目じゃなかったか?)」

『ん~? どーだったかなぁ~』

「(おい!? やめてくれよ!! 混乱するだろ!!)」


 そう。ルスヴンである。

 明かに分かっているのに余計に口出しをして北條を揶揄っている。北條も揶揄われていることは分かっており、無視しようと最初は考えていたが自分の記憶に絶対の自信がなく、それが本当なのかの判断が付かずに振り回されていた。

 壁沿いに進み、3つ目の曲がり角を確認する。そこには万屋への道を示す印ではない印があった。バレない様にほっと息をつく。

 しかし、周囲の者にいくらバレない様にしても内側にいるルスヴンの目まで誤魔化すことはできない。くつくつと喉を鳴らし、面白そうに笑う。

 疲れた表情をした北條がそれを聞いて思わず愚痴を吐く。


「(遊ぶぐらいだったら道を選んでくれてもいいだろ?)」


 ムスッとした言い方にルスヴンは益々面白そうに笑うと尋ねる。


『別に余は遊んではおらん。それに教えることは構わんぞ? しかし、そうなると全く止まらずに目的地まで進ことになるが……宿主マスターはそれでいいのか?』

「(いや、それのどこが不味いんだよ……むしろ、時間が短縮されていいじゃん)」

『ほう、そうなると宿主は疑われることになるぞ? 地下通路を把握していないのにどんどん迷いなく先に進む。後ろの小僧は特に怪しむのではないのか?』

「(あ、あぁ……な、なるほど……そういうことか)」


 確かにその通りだと北條は納得する。

 1人ならばまだしも今は加賀と一緒に行動しているのだ。地下通路を把握していないのは互いに分かっている。それなのに楽々と進んで行けば怪しまれるのは間違いない。


「(分かった。頑張るよ。でも、間違っていたら、教えてくれるか?)」

『フフッ——どうしようかなぁ。お主の戸惑う姿は楽しいからなぁ』

「(…………やっぱり遊んでるじゃないか)」

『遊んではおらん。楽しんでおるだけだ』


 意地の悪い笑みを浮かべているんだろうなと思いながら、北條は深い溜息をついた。


 途中から整えられた地下通路からまだ整備もされていない凹凸の激しい通路になり、その道を1時間程歩くとようやく北條達は目的地へと辿り着く。

 通路と言うよりももう洞窟と言っていい程の道は北條達の体力を奪い、疲労を溜めるのには十分だ。

 北條達の持っているライトとは違い、暖かさを感じさせるランプの灯りを目にして一息を付く。


「やっと付いた……」

「無事に付けたことが本当何よりだよ……途中間違えたとか言った時は焦ったけど」

「お、おう……」


 目的地が見えたことで気が緩んだ加賀が北條の肩を叩いて辿り着いたことを喜ぶ。肩を叩かれた北條は言葉に詰まりながらそれに答えた。


「はぁ……早く行こう。警戒されないよな?」

「大丈夫だ。今、合図を出す」


 加賀がライトを顔の高さまで持ち上げ、ランプの灯りに向けて一定の間隔で点滅と点灯を繰り返す。かなり深い場所まで潜り、敵との遭遇の可能性を低くしても絶対ではない。かつては地下通路に吸血鬼が紛れ込むこともあったのだ。

 元より敵は強大。警戒に警戒を重ねることは決して無駄ではない。


 暫くして加賀の合図に気付いた相手が同じように合図を送ってくる。それを見た2人はランプの灯りへと近づいていった。

 距離が近くになるにつれてランプの灯りの主の姿が見えてくる。肩まで掛かる茶髪の少女が青いシートの上に腰を下ろし、片目ルーペを付け、ドライバーを片手に小さな機材を弄っている。

 北條達が目の前に立つが反応は薄い。作業に集中している少女を前に声を掛けるのも憚られた2人はどうすべきかと迷っていると少女の方から声を掛けてきた。


「いらっしゃい。万屋よろずやにようこそ。でも、少しだけ待ってくれる? 今、いい所なんだ」

「あ……あぁ、分かった」


 視線を上げずに手を動かし続ける少女。問いかけてはいるが、そこには絶対邪魔するなという圧があった。思わず北條も頷いてしまう。

 そして、4分。それとも5分。それぐらいの時間が経つとようやく少女は顔を上げた。


「ふぅ——いや~ごめんごめん。合図を知ってたってことは万屋のお客さんだよね? アタシは大歓迎だよ!! さ、何か欲しいものがあるかい?」


 先程の不機嫌さはどこへやら。少女が満面の笑みを浮かべる。怒っていた訳ではないのかと疑問にかられる北條と加賀だが、今はそれよりもやるべきことがあると切り替える。


「俺達は急遽重装備が必要になってな。用意して欲しい、んだが…………できるか?」


 北條が前に出て要件を口にする。最後の方が言い切るのではなく、問いかけになってしまったのは仕方がないだろう。

 目の前にあるのは青いシートを広げ、訳の分からない部品が散らばっている光景。スラムにもよくある露店の光景だ。少女の隣に2回りほど大きいリュックサックがあるが、全てが中に入っているとは思えないのだ。


 万屋。北條も加賀も噂を耳にしたことはある。しかし、利用するのは初めてだ。

 レジスタンスは支援者スポンサー達から金や武器を受け取っている。しかし、レジスタンス全員に武装が行き渡るほどではない。彼らも吸血鬼から睨まれるのは嫌なのだ。バレない程度、怪しまれない程度の量しか流してこない。支援者達からの物資で全てが賄われるのなら北條達もわざわざ任務で工場に武器略奪に動いたりはしないのだ。


 そして、支援者、武器弾薬などの略奪。その2つ以外の物資の手に入れる手段としてレジスタンスが頼るのが万屋だ。

 武器、弾薬、戦闘衣、治療道具。あらゆるものを揃える何でも屋。一体どうやってそんなものを集めているのかは分からない。地下通路の至る所に存在する万屋に聞いても全員が口を堅く閉ざすだけだ。

 レジスタンスだって略奪を行っているのに口に出すことすらできない。何やらきな臭さを感じるが、それでもレジスタンスがここを利用するのはその品質が支援者達が流してくるものと同等だからだ。


 その話を信じていた北條は、現実とのギャップも相まって少女に自分が望む重装備を揃えられるだけの力があるのかと疑ってしまう。加賀も同じ考えなのか、訝し気に少女を見詰めて口を挟まなかった。

 2つの視線を受け、含まれた意味を理解して少女が不貞腐れたような顔を浮かべ、一瞬で消し去ると口を開く。


「安心しなよ。ここにあるのが商品って訳じゃない。時には冷やかしの客立っているし、強奪もされたことがあるからね。望みの物を口にしてくれれば、アタシがここに持ってくるわ」


 その言葉に2人は少しばかり考え込む。暫くして口を開いたのは加賀だ。


「金はいつ払えばいいんだ?」

「最初に受け取らせて貰うわ。その予算内から出せるものを出すからね。あ、持ち逃げするのを疑ってる? 安心してよ。商売なんだからそんなことはしないわ。と言っても、地上で生きている人に信用して——何て無理よね」

「分かってるじゃないか」


 笑みを浮かべる加賀。それに対して少女は肩を竦めてみせる。

 互いに飄々としているが、裏では絶対に譲らないという意地がぶつかり合っていた。

 いくらレジスタンスと繋がりのある店だとしても、知らない相手を警戒することは間違いではない。どちらも組織としては表向き存在しないものだ。証明できるものなど持ち歩くことなどできない。だからこそ、そう偽った詐欺もあり、加賀は少女を警戒している。少女自身が口にした冷やかしや強奪も警戒を下げさせるための嘘ではないかと疑っているのだ。

 ここに万屋がいるという情報はその筋を詳しく調べれば手に入る。苦労はするが、レジスタンスのメンバーを捕まえ、基地を割り出せるのならばやる価値はある。少女がそのような手の者ではないと確証がない限り、加賀は少女に対して気を許さない。


 対して少女の方も警戒する理由があった。

 目の前の2人は新規の顧客だ。ここに買い物に来る者はレジスタンスか犯罪者かのどちらか。1人はうさん臭さの塊であり、もう1人は温厚そうに見える。そして、仕立ての良いものを身に着けているので、犯罪者かレジスタンスかの判断は半々といった所だった。

 何より、少女にはかつて恐喝されて商品を奪われたこともある。だからこそ、商品を別の場所に保管し、金を受け取ってから売ると言った形式にしたのだ。


「頼むよ。仕事で急遽必要になったから急いでるんだ」

「そう、だったらまず先にお金を出してくれる?」


 苛ついた口調をわざと出し、牽制してみる少女は動じない。2人が緊張した空気を纏い始める。ここでどちらかが引けば、この空気は直ぐになくなる。しかし、そうなったら加賀は武器を手に入れることはできず、少女は店の評判を落とすことになる。

 互いに警戒するあまり後ろには引けず、前にも行けないという状況になってしまう。

 だが、そんな空気も目の前に札束が出されたことで緩和する。


「はい。これで出来るだけの良い装備が欲しい」

「ちょ——北條!?」


 札束を出したのは北條だ。

 警戒している対象に大切な資金を渡す北條を信じられないと視線で訴えかける。それに後で説明すると視線で訴え、少女へと向き直る。

 少女は突然出された札束を前に意外な表情をして固まっていた。


「欲しいのは戦闘衣バトルスーツを上から貫通できる威力を持つ銃だ。同時に弾丸も欲しい。足りなければ言ってくれ。追加で払う」

「え、あ……うん。分かった。なら、ここで待ってて」


 北條の注文を聞いてようやく我に返った少女が立ち上がり、暗闇の中へと姿を消す。北條達は言葉通りその場で待機をした。

 横から受ける非難の視線に北條が申し訳なさそうに頭を下げる。


「悪い。勝手に動いて」

「全くだ。結城がここにいたら思いっきりぶん殴られてるんじゃないのか?」

「ハハッ——笑えねぇなぁ」

「もしくは念力で色々ねじ切ろうとするかだ」

「笑えねぇなぁッ!!」


 1つ目よりも2つ目の方が真実味があったため、聞いた瞬間冷や汗が噴き出てくる。その様子を見た加賀が溜飲を下げると問いかける。


「——で、何で譲歩したんだ?」

「まだ怒ってるのか?」

「いいや、別に。あの反応から見て冷やかしとか暴力に訴えられた何てことも本当だろう。嘘だと疑って追い詰めてあの状況になったんだ。あれから抜け出せたことは感謝するさ。でも、アイツを信用できるかどうかはまだ別だぞ?」


 引くに引けない状況から、前へか後ろへかは話は別として、少なくとも動いたことは間違いない。だから、そのことについては加賀も北條に感謝をした。

 しかし、北條の行動の理由が分からないため、責めるような口調になってしまう。


「もし、アイツが金を持ち逃げするようなことになったらどうすんだ。俺達に取り返す当て何てないぞ」


 赤羽が北條と加賀に必要だろうと渡した資金。全てを渡した訳ではないが、それでも支部のものだ。騙し取られたと知られたら何をされるか。悲惨な姿をしている自分を想像してしまう。

 そんな加賀に北條は笑って答えた。


「あぁ、安心してくれ。アレは赤羽さんから渡されたものじゃない。アレは俺の金だ」

「え……は、ちょっと待て、どういうことだ?」

「だから、アレは俺の金なんだよ」


 有り得ないと言った表情をする加賀に北條は説明をする。


「言っただろ。足りない分は俺が補填するって……だから、少し前に金を降ろして来たんだ。もし、これで騙されていたとしても無くなるのは俺の金だ。渡された金が無くなる訳じゃないから大丈夫だよ」

「…………」

「それに使うために降ろして来たからな。無くなるんなら同じだろう。だから、気にしなくていいぞ」


 そう言って笑う北條に加賀は絶句する。

 気にしなくていいと本気で思っている。渡された束の厚さからして150。いや、200はあったはずだ。

 この街で信用できるものは少ない。金はその信用できるものの1つだ。それなのに、何でそんなことが言えるのか。

 驚愕から回復し、言葉を絞り出す。


「お前、損する性格だって言われないか?」

「え……う~ん。言われたことはないな」


 思い当たる節のない様子に、だろうなと納得する。

 自分から損なことを引き受けてくれる。そんな人物の性格を直すような真似する者などいないだろう。

 諦めたような表情をして、加賀は溜息を吐いた。

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