第23話疑惑

 男から辻斬り犯の詳細な情報を受け取った北條は飲み物を購入して戻って来た加賀と共にその場を後にする。その後、しばらく立体緑園の中で過ごすと男と二度と顔を合わせないように注意してドームの外へと出ていく。

 そして、人目の少ない路地で地下通路へと入ると、ようやくそこで情報が入っている封筒を取り出した。

 思わず気を抜いた加賀が溜息をつく。


「ふぅ……警戒するのは分かるんだけど、やっぱり疲れるよなぁ」


 肩が凝ったのか肩を解しながら疲れた表情を浮かべる加賀に北條は同意する。


「そうだな。結構疲れる。ずっと集中してなきゃいけないし、それに相手は素人だったからな」

「あぁ、思わずお前の方を見た時はちょっとヒヤッとした」

「俺もだよ」


 情報を受け取る際のことを思い出し、2人が軽く笑い合う。

 顔が分かっていないのなら、言い逃れもできる。吸血鬼相手だと問答無用に処されるが、相手は吸血鬼の保護下にある企業の人間だ。男が疑われてもまず最初に接触するのは人間となる。そこで疑いが晴れれば上に報告されることもなく無事な日常に戻れるのだが、あのようにマジマジと顔を見られてしまったら、関係のない人間だと言い張るのは難しいだろう。

 男の今後を心配した北條が顔に影を落とす。


「あの人、大丈夫だろうか」

「さぁな。あの行動を起こしたのはアイツ自身の不手際だ。それを俺達に言われても俺達はどうしようもない。仲介を頼んだ奴もアイツを切り捨てる手段ぐらいは持ってるはずだから、依頼人の心配はないとして……後は、アイツの運次第だな」


 男の身を案じる北條に対し、加賀は特に気にした様子は見せない。そんな加賀に北條は責める様な視線を向ける。


「随分と冷たいな。心配じゃないのか?」

「いいや別に。俺は俺の身が一番大切だからな。アイツと依頼人の繋がりがバレて俺達の首も一緒にスパッとされない限り心配なんかしないよ」


 責められても加賀は動じない。肩を竦めて火の粉が降りかからない内は何もしないと明言する。

 北條もそれは分かっている。この街の人間の殆どがそんなスタンスだからだ。無関心なものに感心を掛ける程余裕はない。手を差し伸べる力はない。むしろ手を引っ張られて一緒に奈落に落ちるだけだ。

 だから、北條もそれ以上加賀を責める様なことはしなかった。完全に納得しているかは別として。

 そんな北條にルスヴンが釘を刺す。


宿主マスター。言っておくが、心配だからと顔を見に行くようなこともよせよ? 無駄に動いて関係が疑われることがあれば、それこそ一大事だ。気にするなとは言わんが、これ以上動いても悪手にしかならん。彼奴の言う通り、あの男次第だ』

「(……分かってる。分かってるよ)」


 切り替えるように北條が息を吐く。それを確認してルスヴンは、男のために動くことはないだろうと判断するとこれ以上釘を刺すのをやめる。

 意識を引っ張られないよう、北條が封筒へと視線を落とす。


「それじゃ、早くコイツを確認しておこう。確認した後は処分で良いんだよな?」

「あぁ、これはコピーだから、処分されても問題ない。それにここはそのための場所だからな」


 そう言ってさっさと封を開けて中身を確認する。

 犯人の元所在部署、持っていた武装、精神状態、履歴、親族、住所。様々なものに目を通していく。

 そこには未だに公にされていない犯人が事件を起こした場所。企業が所有している倉庫が襲われたことが明記されていた。

 一通り目を通し、北條よりも早く中身を理解し、暗記した加賀が呆れた表情で犯人の名を口にする。


「ジャック・レイバー。東洋人と西洋人のハーフか。西洋人の血が強いようだけど、なんだかねぇ」

「どうしたんだ?」


 どこに呆れる要素があったのか分からない北條が首を傾げて尋ねる。加賀はそれに苦笑いを浮かべると資料の名前の部分を指差した。


「このジャックって名前なんだけどさ。よく漫画や小説でも出てくるんだよ。前の世界、中世って呼ばれてる時代にはジャック・ザ・リッパー何て呼ばれる殺人鬼がいたんだけど、作中と同じく切り裂き魔が出てくるとそいつの名前には必ずジャックがついてるんだ。今回の事件みたいだなーと思ってね」

「何だよ。結局漫画の話か」


 事件と何の関係もないと判断すると北條は直ぐに資料へと視線を落とす。

 自分よりも早く中身を読み終え、暗記するのは流石だ。しかし、何でもかんでも創作物に結びつけるのはどうなんだろうと思いながらも北條は口にしない。余計なことをしていたら暗記をするのに時間がかかってしまうからだ。

 加賀もそれを理解しているのだろう。それ以上は何も言わずに肩を竦めるだけに抑え、北條が読み終わるのを待つ。

 暫くすると中身を完全に覚えた北條が資料に火をつけ、完全に資料を灰にする。ハイになった資料を踏みつけ、ことにすると今後の予定を立てるために加賀と向き合う。


「まず、確保は考えなくていいよな?」

「あぁ、依頼人もそれを望んでるからな。問題は何処にいるかだよ。親族はこの特区から引っ越したらしいけど、見に行くか?」


 何でもかんでも助けようとする北條に確認を兼ねて尋ねる。それに対し北條は依頼だからと感情を抜きにして答えた。

 本心はどうなのか気になる加賀だが、資料を見る限り精神状態は異常であり、北條の毛嫌いするような相手なので問題ないだろうと結論付ける。

 肩の力を抜くと北條の質問に答える。


「その前にまずは武装を整えよう。予想はしていたけど、これだけじゃあやっぱり不安だ」

「そうか…………足りるか?」

「…………多分、でも足りなきゃ経費を追加してくれるんじゃないのか?」

「経費だって無限じゃないんだ。申請してみないことにはな」


 互いに顔に不安な表情を浮かべて手渡された残りの資金を見る。

 まだまだ金はある。これだけあれば普通の装備の調達は問題なかった。しかし、思った以上に相手の装備が整い過ぎている。逃亡中であることから装備は整っていないと思っていたが、倉庫が襲われたことで相手の装備がより強力なものに変わっている可能性がある。

 もし、相手の装備が強力になっているのならば通常の兵器では太刀打ちできない。


「どうする? 任務を始めるのは情報がまた更新されてからにするか?」

「いや、それじゃあパトロンの機嫌を損ねる。一刻も早い解決が求められてるんだ。少しでも報告を速く上げないと関係に罅が入りかねない」


 このままいけば装備の差で押されるかもしれない。しかし、パトロンを長く待たせる訳にはいかない。自分の命とレジスタンスとパトロンの関係の間で2人が頭を悩ませる。

 悩んだ挙句、北條は頼りになる相棒に声を掛ける。


「(ルスヴン。どうしたらいいと思う?)」

『ん? どちらでもよいのではないか?』

「(いや、話聞いてたか?)」


 投げやりな言葉を返してくるルスヴンに思わず頭を抱えたくなる。

 どちらでも良くないから迷っているのだ。それなのにどこか他人感覚なルスヴンに少し嫌味でも言ってやろうかと思うが、先にルスヴンが口を開いたことで言葉を呑み込むことになる。


『どちらでもよいだろう。そもそもお主達の上司はあの赤羽とやらなのだ。まともに話を聞かん本部の連中ではない。敵との戦力差を加味し、任務の成功率を考え、危険だと判断するのならば引けばよい。危険だと思っている。けど上手くやれるはずだ。というのは止めておけ。しっかりとした根拠で、理論的に考えて行動しろ。何の手掛かりもなく帰ったのでは意味がないが、お主は今新しく得た情報がある。それを持ち帰っても成果にはなるだろう。それを誠実にあの赤羽に話せばよい。そうすれば、情報を元に新しいチームが編成されるであろう』

「(……お、おう。ん? つまり、引いた方が良いのか?)」

『それぐらい自分で考えなければ成長せんぞ? まぁ、余も宿主が危険に晒されるのは嫌だからな。引いた方が良い理由を強く推したが、別に引かずとも良いぞ? 倒すだけならば手段はいくらでもあるのだからな』

「(——そうなのか!?)」

『当たり前だ。余を誰だと心得る。原初の吸血鬼ルスヴンであるぞ? まさか、何も考えていなかったと思っていなかったか?』

「(は、ハハハ……どうでしょう?)」


 なげやりではなく、しっかりと考えていたルスヴンに北條は気まずそうに返事をする。自分達の命とレジスタンスの今後、そして犯人に襲われるであろう被害者達のことしか頭になく、そこまで考えが至らなかったのだ。そのせいで、犯人の倒す手段があるということは頭から消え去ってしまった。

 ルスヴンもそれは分かっていたが、敢えて何も言わない。倒せるとは言っても危険に身を晒すことに違いはないからだ。

 チラリ——と北條が加賀を盗み見る。まだ加賀は難しい顔で悩んでいる。未だに結論付けれていないのは明らかだ。


「(ルスヴン……さっきのこと、加賀に教えた方が良いか?)」

『いや、必要ないであろう。この小僧ならば、そこまで考え付いているだろう』

「(そ、そっかぁ……自力で辿り着いてるかぁ)」


 手助けの必要がないと言われ、ほんの少し北條が落ち込む。

 巣のスペックは一番下だと分かってはいた。だが、劣っている所を突き付けられると分かっていても落ち込むものだ。

 落ち込み、もっと頑張ろうと静かに決意をする——そこで、北條はふと気付く。


「(なら、ルスヴン。加賀はお前の言っていることはもう分かってるんだよな?)」

『あぁ、恐らくな』

「(なら、何で加賀は引き返さないんだ?)」


 北條が疑問に思ったことを口にする。対してルスヴンは静かに虚無の目で加賀をジッと見つめた。

 ルスヴンの言った通り、加賀は情報を持ち帰ることを考えていた。犯人の武装が強くなっている可能性が高まり、任務の成功確率は下がったのだ。赤羽が言った心配ないも過去の情報を加味してのこと。今の情報を目にすれば、眉を顰めて新しいチームを任務に向かわせるだろう。

 しかし————。


「(大丈夫なのか? これは依頼だ。支援者との関係を第一にするものだ。だとしたら、一刻も早い解決を赤羽さんも望んでるんじゃないのか?)」


 頭の中にあるのはここで引き返すことで生じる支援者との今後の関係。そして、責任の有無。

 レジスタンスにとって支援者がどれだけ重要なのかは理解しているからこそ加賀は大いに迷っていた。支援者のために死ねと命じられたメンバーもいるのだ。

 赤羽も組織の人間。そして、過去に問題を起こしたことのある人間だ。もし、赤羽が今の地位に不満を持っているなら。もし、この依頼で本部に転勤させてやると言われていたら。情報を持ち帰っても突っぱねられ、早期の解決を厳命されるかもしれない。そう考えてしまい、加賀は決断をすることができなかった。

 だが、そんな加賀の心情など北條は察することはできない。ただ、不思議そうに、自分よりも優秀なものが見えている選択肢に何を迷っているのかと首を傾げるばかりだ。

 そんな北條にルスヴンが声を掛ける。


『宿主。お主はどうしたい?』

「(え? 俺?)」

『そうだ。もうこれ以上待っていても時間が無駄に過ぎるだけだからな。いっその事、宿主が決めてこの小僧を引っ張っていけばいい』

「え、良いのかな?」

『安心しろ。抵抗されるのならば、余の力も貸してやる。一瞬で片が付くぞ』


 ルスヴンの提案に苦笑いを浮かべ、顎に手を当てて考える。

 あくまで選択肢を投げてくるルスヴン。彼女が選択肢を出すということはどちらを取っても不味いことにはならないだろうと考える。倒すだけならば手段はあると言ったのだ。ならば、後は自身の気持ちの問題だ。

 ほんの少し考え込み、チラリと加賀を見た後、北條が口を開く。


「(行くよ)」

『…………』

「(多分、真面な選択肢は引き返すほうなんだろうけど、俺は犯人を早くどうにかしたい。馬鹿だと思うだろうけど、やっぱり俺にはコイツを見逃すことなんてできないよ)」

『…………』


 北條が決意を告げた後、空白の時間ができる。そして、暫くした後、ルスヴンが慈愛に満ちた声で答えた。


『構わんよ。あぁ、大いに構わん。やはり、お前はそうでなくてはな』


 だが、それも一瞬のこと。次の瞬間には女王然とした声が北條の脳内に響き渡る。


『では、覚悟しろ宿主!! 文字通り、命を駆けて貰うぞ?』

「(あぁ、了解した)」


 ルスヴンの声に笑みを浮かべ、北條は加賀へと顔を向ける。まずやるべきは、決断に迷っている友人の説得だ。

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