第22話情報提供者
北條がルスヴンとの約束で肩を落としていると周りの環境を目にした衝撃から立ち直った加賀が隣へと近づいてくる。
それに気づいた北條は顔を横に向けた。
「ようやく回復したか?」
「あ、あぁ。やっぱり実際に目にしてみるとイメージとは全く違うなと思わされたよ。いや、これも偽物なんだろうけどさ」
そう言って周りに映っている木々の映像に目を向ける加賀。釣られて北條も視線をそちらに向ける。
触れることはできない。現に観光客が触れようとすると手が樹木をすり抜けてしまっている。
「ほんと、高い金を払うだけはあるよな」
「あぁ、入場料を見た時は目を見開いたけどな。アレ、俺達の給料3か月分だぞ」
「やめろ。そのことを思い出させるんじゃねぇ。懐が寂しいのを思い出すだろ」
「俺達の金じゃないだろ」
ドームの受付で払った入場料を思い出し、加賀が軽く頭を抱える。支給された金で払ったにも関わらず、頭を抱える加賀を見た北條が口を挟むが返って来たのは涙を溜めた力のない眼つきだった。
「うるせぇよ畜生!! 俺の金じゃなくても金がガクッと減るのを見るのは辛いんだよ!!」
「何だよ。それ……」
「お前は思わないのか!? こんな金があったら俺達何ができるか」
「…………色々できるのは確かだな」
「う、うぅ……ここの入場料でどれだけ今月諦めた漫画が買えたか」
「ブ、ブレねぇなぁ」
てっきり生活を豊かにできるものを買うと考えていた北條は加賀から出た言葉に口元を引き攣らせる。
漫画や小説を収集することが趣味だと言ってもいい加賀。それをとやかく言うつもりはないが、北條からしてみればそれもそんなに金を使うほどなのかと思ってしまうものだ。
金の使い道はそこなのかと突っ込むと返ってくるのは漫画や小説がどれだけ素晴らしいかを語られる。時間があるのならば付き合っても良いが、ここには任務で来たのだ。加賀の語りに長く付き合うことはできない。
止めなければ永遠に語りそうな加賀の口を塞ぎ、北條は無理やり話を元に戻す。
「分かった。分かったから、それよりも、今は仕事の話をしようぜ?」
「むぅ……ここからがいい所何だけど」
「残念だけど、もう十分だ」
まだ語り足りないのか。不満げな表情を浮かべる加賀に内心溜息をつく。そして、ポケットからパンフレットを取り出す。
「(なぁ、ルスヴン。情報提供者ってどこにいると思う?)」
パンフレットについているドームの地図に目にしながら、頼れる相棒に尋ねる。すると返事はすぐに返って来た。
『接触する男は一般人なのだろう? 人の目が付きやすい場所にはいないだろうな。恐らく、周りの目を気にして落ち着いてはおらんはずだ』
「(なら、1階にはいないかな。2階の……柱の陰とかかな?)」
『素人ならばそうであろうな』
赤羽に見せられた写真を思い出す。眼鏡をかけたいかにもパッとしない顔つきの30代サラリーマン。それが北條達が接触するであろう人物だ。
止まっていた足を動かし、目的の人物を見つけるために2階へと続く階段を見つけ、進んで行く。後ろには少し離れて加賀が続く。
周りから見れば、今の北條達は、パンフレットに夢中で後ろの連れが遅れていることに気付いていない者と景色を見るのに夢中になって少し歩みが遅れている者だ。誰の目にも違和感を与えることなく、2人はレジスタンスと言う姿を偽っていた。
どこにでもいるたいして特徴もない人物を探すことは建物の中と言っても時間はかかる。ルスヴンの異能を使用すればそんな手間はかからないのだが、異能を使うための力をここで使うのは無駄遣いだろう。
「(はぁ、俺が異能でも使えたらよかったんだけどな)」
『レジスタンス本部にあるという異能開発医術を受けるつもりか? ならば、やめておけ。悪いことは言わん。アレは余から見ても常軌を逸している手段だ。異種族の細胞を体に埋め込むなど寒気がする。お主はそのままで良い』
どこか願うように言うルスヴン。しかし、北條は納得していない表情を浮かべる。
「(でもよ。俺が異能を使えるのは吸血鬼を狩って集めた力を使ってるからだろ? ルスヴンが復活するのなら俺自身が異能を獲得してルスヴンの力を使わない方が良いんじゃないか?)」
異能を使うためには吸血鬼の肉体が必要だ。異能を使える者達はかつて討伐した吸血鬼の肉体を体に移植し、適応することで異能を発現させている。しかし、北條にはその肉体はない。ルスヴンの魂を体に宿してはいるもののそれだけでは異能は使えない。
今は倒した吸血鬼から血肉を奪うことで蓄えを作り、それを消費することで異能を使っている。だが、それは本来ルスヴンが復活するために蓄えているものだ。
力を貸してくれる条件として、復活の手助けを約束している以上好き勝手に使って良いものではないのだ。
そう考えて提案するが、返って来たのは呆れたような声だった。
『はぁ。お主本気か? 確かに医術を受ければ異能が使えるかもしれん。しかし、だ。それはあくまで可能性。吸血鬼の細胞に適応できず、死んだ人間がいることぐらいは分かっておろう』
「(う……それは、そうだけど)」
『それに、余よりも強い力出ると本気で思っておるのか? 異能が発現しても本人のスペックに応じたものしか出てこん。お主が異能を発現しても大したものなど出てこんぞ。今の力と比べれば惑星とみじんこぐらいの差はあるぞ?』
「(そ、それは流石に言い過ぎなんじゃ……)」
『いいや、ある』
ルスヴンの言葉に実際に異能を使っている者としてそれ程の差はないと反論する。しかし、すぐさまそれは否定される。
『お主はどうやら余の力を軽んじておるらしいな。度々忠告してやっておるのに忘れておるらしい』
「(い、いや……忘れてないぞ? お前の力が凄まじいことは使わせて貰ってる身としては理解してるつもりだ)」
『ふむ。では、自分に異能が発現したとして、余の力とどれぐらいの差があると思っていたのだ?』
「(え、えっと……一軒家と第一区にある高層ビルぐらい。かな?)」
『ほう……』
口元が引き攣りそうになるのを何とかこらえながら北條が正直に言葉を絞り出す。嘘を言ったとしても簡単に見破られるからだ。威圧するような圧を言葉から感じ、逃げるように視線を彷徨わせる。
『ふ、ふふふ』
「(あ、あの……ルスヴンさん? 何か、怒ってます?)」
『いいや、怒ってはおらんぞ? あれだけ何度も忠告したのに
「(その割にはちょっと声が怖いなー……何て、思うんだけど)」
『クク、クククククッ————』
「(いや、怖すぎるよその嗤い!? 完全に何か企んでるじゃん!!)」
意味ありげな嗤い声を上げるルスヴンに内心で絶叫する。だが、それを表情に出さないように耐える。大切な任務の最中なのだ。自分のせいで全てを台無しにする訳にはいかない。僅かに表情が強張ってはいたが……。
そんな時——。
「(あ——ル、ルスヴン!! あれって探してた人物じゃないか!?)」
落ち着きのない様子の1人の男性が柱の陰で立っているのを発見する。加賀もどうやらそれに気付いたようで視線でやり取りを済ませる。
これ幸いとばかりに北條は話をすり替える。
「(よし。気合を入れよう!! これは大切な任務なんだからな!!)」
『確かに彼奴は探していた者だな。余から逃げるために視線を彷徨わせていたことが功を示したな?』
「(い、いや違うぞ? 確かに焦ってたのは事実だけど、周りを観察することはずっとやってたからな?)」
『ふん。まぁ良い。だが、後で覚えておけよ』
「(ハ、ハハハハ——)」
何をされるんだろう。と思いながら北條は少しばかり進む速度を緩める。持っていたパンフレットをポケットにしまうと真っ直ぐに男の所へは行かず、横にある出店へと足を向ける。そして暫く並び、ホットドッグを2人分購入すると、食事をするのを装って男へと近づいていく。
「俺が行くよ」
「了解、周囲を警戒する——おっと、飲み物忘れた。先に行っててくれ」
「あぁ、分かった」
小声でやり取りをした後、子芝居をした加賀が離れていく。北條は男が寄りかかっている柱に自身も背中を預け、男とは無関係な人間を装った。
男は他人よりも恵まれた人生を送っていた。少なくとも男はそう思っている。下級の吸血鬼に囲まれても男に被害を齎すことはない。恐怖は感じるが、自身を襲うことはないと知っている以上、他の者よりは幸せだと感じることができていた。
なんせ、吸血鬼の保護下にある企業に入っているのだ。実力ではなくコネであるが、それでも無事にこの街で生活できるのならば、そんなものは恥にもならない。他の者がやっていても同じだ。
街の絶対的な権力者達の傘下に入り、勝ち馬に乗っている。自分の人生に血が流れる様な争いはなく、この街では不自然と言える程の平穏の人生を謳歌できるのだ。
だから男は満足だった。
しかし、男が満足していても、他の者までそれに満足しているとは限らない。
男が務めている企業は警備の派遣会社だ。
街の重要施設や護衛。道路の交通状態の整理、避難誘導。それだけでなく、自社で武装の開発なども行っている企業。男はそこの事務管理を行っていた。
レジスタンスとは違い、彼らは吸血鬼を殺すための武装を開発している訳ではない。しかし、その武装はかつての世界の技術を元に作り出されており、過剰とも言える火力を誇っている。
そんな企業の中に、異物が混ざり込んでいた。
最悪なことに自分の今の人生を当たり前のものとして受け取り、その人生に退屈を感じてしまった者が。
男はその人物が可笑しいことに一番最初に気付いた。
同僚であり、警備の仕事を斡旋していた者であったため、他の者よりは気付きやすかった。だからこそ、ある程度距離を取り、警戒することができた。
そして——事件は起こってしまった。
男が警戒していた人物が護衛対象の1人を殺害し、武装を持って逃げ出してしまったのだ。
企業としては護衛するべき対象をあろうことか自身で殺害し、逃げ出した者など許せるはずがない。当然始末をつけるために部隊を作り、始末を命じた。
しかし、対象が警備会社の中でも腕利きだったこと。重役の護衛のために少々過激な武装を持っていたことが状況を悪化させた。
チームは全滅し、一般人にまで被害が拡大する始末。
誰もが頭を抱えた。
対象の異常性を速く認知していたこともあって男も会議に呼ばれ、一緒に頭を抱えた。その会議では誰もが——何故、と口にする。
男も何故平穏な日々を捨て、そんな危険なことをするのか分かりはしなかった。ただ、対象が自分とは違う何かなのだということは分かった。
もう関わりたくないと思った。カメラに映る人を笑顔で斬殺する姿を見て心の底からそう思う。平穏な日々を捨て、逃亡する身になっても笑顔でいる男に恐怖し、嫌悪した。
けれど、アイツに対して湧き上がった感情はそれだけではない。
怒りだった。何に対して怒っていたのかは分からない。面倒なことをしてくれたと頭を抱えることに対しての怒りか。人を何の躊躇いもなく殺すことへの怒りか。それとも、異常性に気付いていながら何もしなかった自分への怒りか。
何に対して怒っていたかは男もハッキリしていない。だが、これだけは言える。男は怒っていたからここにいるのだ。
吸血鬼の打倒を目指しているレジスタンスに手を貸す。これがどういうことなのかを知らない男ではない。理解し、覚悟を決めたから重役に協力し、詳細な情報をレジスタンスに渡す仲介役になったのだ。
これまでのことを思い出し、ズレた眼鏡を持ち上げる。落ち着くために空気を大きく吸い、長く吐き出す。
覚悟を決めても怖いものは怖い。落ち着きの無さから素人だと簡単に分かるが、男の持っている情報は本来社外に持ち出せない重要なもの。男の人生3回分は無駄にできる代物だ。それを持ち出した当たり、彼の本気が垣間見える。
これを渡していいのはレジスタンスのメンバーのみ。そう考えて、無意識に周囲を警戒するように気を張ってしまう。
特に、近づいてくる者がいると男は更に神経を尖らせ警戒に当たった。
最も警戒したのはホットドッグに齧り付いて身を隠している柱に凭れ掛かって来た少年だ。
知識として人類はそういったことができることを知っている男は相手が子供であろうとも気を抜かなかない。むしろ、こちらの油断を誘うための罠ではないかと疑った。
だからこそ、その少年が合図を出した時、男は思わず目を見開き、少年の横顔をまじまじと見てしまった。
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