第20話辻斬り

 常夜街に日が差すことはない。常に夜のように空は暗く、街には自然の植物が生えることはない。生えているように見えてもそれは人工芝か、もしくはただの雰囲気で作られた立体映像だ。

 この街が出来上がった当初はその環境に慣れない者もいた。しかし、人間は慣れる生き物だ。その環境で10年、20年と過ごしていく内に誰もが気にしなくなり、誰もが気にする余裕などなくなっていた。


 第4区 特区——立体緑園。

 ここにあるのは緑が生い茂る樹木。そして、その樹木に巣を作る珍しい動物を目にすることができる場所だ。

 奴隷にも気分転換が必要。そうガス抜きのために吸血鬼達が作ったのがこの公園だ。と言っても、本物の植物など存在しないし、動物も存在しない。ここにあるのは全てが偽物。全てが電子のデータだ。鳴き声も、動作も、それらしく振舞ってはいるが全てが立体映像に過ぎない。

 だが、それでもここに訪れる者は多い。それは何故か——。ここにはこの街で決して見ることができないものがあるからだ。





 衣服を購入し、区画の雰囲気に完全に溶け込んだ北條と加賀。2人の目の前には巨大なドームがあった。


「アレが情報提供者のいる立体緑園か?」

「あぁ、間違いない。にしても、でっかい建物だな」


 あまりお目にかからない巨大な建物を見上げる北條。

 常夜街ができる頃に同時に作り上げられたと聞いているその建物は、何百年も前の物であるのに汚れ一つない。

 いつも小さな小屋か小汚い2階建ての建物しか見ていない北條はその光景に圧倒されていた。


宿主マスター。田舎者丸出しだぞ。もう少し気を引き締めろ』

「(————ッ。ごめん)」


 ルスヴンからの忠告に緩んだ表情を引き締める。その様子を見たルスヴンは満足そうに微笑んだ。


『うむうむ。良きかな良きかな』

「(何だよ……そんな言葉を掛ける何て、明日は槍でも振るのか?)」

『何を言っておる。余はいつでもお前を案じておるぞ?』

「(そうだろうけど……)」


 ルスヴン声の調子がいつもと違う。そう北條は感じていた。例えるならば生暖かい目というか、息子の晴れ舞台を嬉しく思う母親のような。そんな感覚だ。

 何故ルスヴンが上機嫌なのか。それは北條の服装にある。いつもの服装を脱ぎ去り、新しい衣服を身に纏った北條は、幼さを残しながらも青年になりつつある逞しさを新鮮に表している。

 これまでは衣服の汚れや皺で台無しになっていた土台の良さが新品の衣服のおかげで表に出てきたのだ。

 しかし、ルスヴンはそれを分かっていても口にはしなかった。


「(なんか、時々二人称が変わるよな。ルスヴンって……)」

『うむ? そうか? まぁ、気にするな。それで調子が崩れる訳でもあるまい』

「(まぁ、そうなんだけど)」


 納得がいかない訳ではない。ただ、釈然としない。だが、悪い気もしない。何だか良く分からない感覚を北條は味わう。

 その時、加賀が北條の背中を叩き、前に進むことを促す。


「それじゃ、行きますか。今回は俺達だけだし、気を付けて行こうぜ」

「あぁ、トラブルがないことを願うよ」


 そう言って、北條達はドームの入口に歩き出す。

 思い出すのは今朝、レジスタンスの拠点に顔を出した時のことだ。





「辻斬り事件——ですか? 最近噂になってるって言う?」

「はい。その通りです」


 レジスタンスの拠点。

 その指令室で北條は呼び出しを受けていた。その横には当然加賀の姿もある。

 北條達に下された命令は最近ニュースにもなっている辻斬りの捜索、及び討伐だ。今朝、茜から聞いたニュースについて早速関わることになるとは思わなかった北條は驚く。

 その横で、何故2人だけを呼び出したのか分からない加賀が赤羽へと質問をする。


「あの、赤羽さん。それなら、結城も含めて話をするべきじゃないすかね? ほら、俺達いつも3人でしたし。それにこういっちゃなんですが、俺達の中で一番強いのは結城っすよ? 吸血鬼が関わる案件をアイツなしでやるのは相当危険になるんじゃ」

「現在、結城さんは朝霧さんの仕事に同行しています。なので、今回は北條さんと加賀さん。2人で任務を行っていただきます」

「……………………マジっすか」

「大マジです」


 顔を引きつらせる加賀に赤羽はにっこりと笑顔を向ける。その顔を見て加賀は更に顔を引きつらせ、北條は苦笑いを浮かべる。


「ですが、死んで来いと言っている訳ではありません。貴方達を選んだ理由はちゃんと存在します」

「そうなんですか?」

「えぇ、もしかして適当に呼ばれたと思いました?」

「は——ハハッ。そんなことはありませんよッ」


 実際は暇そうだから呼ばれたのではと考えていた北條は慌てて誤魔化す。それを見た赤羽はクスリと小さく口端を綻ばせ、2人を選んだ理由を語る。


「まず、今回の任務は通常のレジスタンスの活動とは違い、依頼といった形になっています」

「依頼……つまり誰かが、レジスタンスに依頼を寄越したってことっすか?」

「はい。依頼元との繋がりを隠すために名前を出すことはできません。そのため、貴方達もこれが依頼だということは口にはしてはいけません。その理由は……言わなくてもわかりますよね?」


 これまでの優しく、おおらかな笑みとは違い、どこか威圧するような笑みを浮かべる赤羽。思わず2人はその威圧に気圧される。

 口外してはいけない任務。依頼ではある。しかし、それを悟られてはいけない。そして、同時に決して失敗してはいけないものであることを悟る。

 レジスタンスに依頼を出せる人物は限られている。そして、レジスタンスがその存在を隠そうとする者。誰に言われなくとも北條だって思い当たる。支援者スポンサー達だ。

 銃弾や装備もタダではない。組織が動くのには金が必要であり、不可欠だ。そして、そのためには支援者達の力が重要になってくる。

 顔を引き締め、覚悟を決める。かなり危険な任務であるということを北條達は認識した。


「嘘つきっすね赤羽さん。これ、かなり危険なものじゃないですか」

「危険じゃない任務何てありませんよ。それにまだ話は終わってないですよ? 最後まで聞いてください」


 支援者達が関わってくる任務と察して加賀が冷や汗を垂らす。

 もし、失敗すれば支援者との繋がりに罅が入るかもしれない。捕まれば、支援者を護るために斬り捨てられるかもしれないという考えが、加賀に不安を募らせていく。

 その不安を払拭するように赤羽は威圧を解くとゆっくりと説明をし始める。


 今回の依頼を出した支援者は所帯持ちであり、その1人娘を辻斬りに殺されたという。怒りに狂ったパトロンは部下に追跡し、犯人の首を持って来いと命令を下すが、残念ながら1人残らず返り討ちにされ、部下の遺体は街中にばら撒かれた。それが、今回の辻斬りの噂の始まりだったらしい。


「……つまり、復讐っすか」


 それを聞いた加賀が眉を顰める。

 人が死ぬ。ありふれた話だ。そして、復讐しようとする話もありふれた話。しかし、それをさせられる身としてはクソ面倒なことに巻き込んでくれたなと不満を口にしたくなる。


「勘弁してくださいよ。いくらこっちがお世話になっている身としても限度がありますよ? 俺らだけで吸血鬼殺して来いってのは死ねって言ってるのと同じっす」

「お、おい加賀ッ」


 いくら不満があるとはいえ、上司に対して口答えが過ぎないかと考えた北條が思わず口を挟む。

 だが、不遜な態度を取っていることに赤羽は気にした様子もない。むしろ、当たり前だろうと苦笑いを浮かべた後、佇まいを直して2人を見詰める。


「そこは安心してください。今回の対象は吸血鬼ではありません」

「——え?」

「ど、どういうことですか?」


 吸血鬼ではない。その言葉を聞いててっきり吸血鬼を殺しに行くのだと思っていた2人は、思わず聞き返す。

 身を乗り出す2人に対し、赤羽は落ち着くように両手を上げる。


「今回の辻斬りの犯人は、どうやら第4区の特区警備隊の一員らしいんですよ」

「は——? 警備隊? 何でまた?」


 意味が分からないとばかりに北條が首を傾げる。隣では加賀が理解できないと表情を歪ませていた。

 それもそうだろう。なんせ特区の警備隊にはそれだけのうま味があるのだ。

 彼らは吸血鬼が街の治安を維持するために人間に作らせた部隊。吸血鬼が必要と感じたから作らせた部隊だ。

 戦闘技術を磨き、集団戦法を身に着け、同じく吸血鬼の保護下にある企業に作らせた最新の装備に身を固めた部隊。当然、その部隊に入れるのは人間の中でも地位が高い者達のみ。

 吸血鬼側の人間であり、離反する者も表立ってはおらず、保護下にあるため安全な生活を手に入れている者達だ。

 相手が上級国民だと知った加賀が表情を歪めたまま質問をする。


「赤羽さん。それって俺らが出なきゃいけないんですかね? 警備隊の不始末なら警備隊が出てくると思いますよ?」

「えぇ、その通り……何ですが」

「? 何かあったんですか?」


 何か訳アリの様子に今度は北條が赤羽に質問をする。すると一呼吸おいて赤羽は口を開く。


「今回の件を受けて、当然警備隊も動き出しました。同じ地位の人間を殺して流石にお咎めなしとはいきませんからね…………ですが、悉くが返り討ちにあったそうです」

「うへぇ、それって面子丸つぶれじゃないですか」

「えぇ、その通りですよ。ですが、酷いのはここからです」

「まだあるんですか」


 呆れたような、どこか馬鹿にした表情をした加賀を咎めず、赤羽は困ったような、苦笑をしたようなどっちつかずの表情を作る。


「はい。なんと、警備隊に属している者達が辻斬りを恐れて捜索にかなり消極的になってしまったんですよ」

「…………つまり、どういうことです?」

「アホ、察しろ。ビビッて辻斬りがいそうな所を探してないってことだろ」


 かなり、敵とはいえ警備隊に向けてやんわりとした言葉を選んだ赤羽。それが一体どういうことなのか分からなかった北條が尋ねるが、横から小声で加賀に指摘される。

 そう。要は警備隊は辻斬り1人に対して腰が引けている状態なのだ。


「まぁ、安全な所で過ごしていただけの方々にいきなり実践というのは無理がありますからね」

「もう素直に役立たずの腰抜けって言ったらどうすか?」

「…………」

「お、俺達はその警備隊の代わりに辻斬りを討伐しなきゃいけないのか」


 3人の間に微妙な空気が流れる。

 そんな空気を絞めるかのように赤羽は2人に鋭い視線を向けた。


「こちらに任務が回って来たのは下らない理由です。ですが、こちらとしては支援者との繋がりを強固にする機会であり、何より、街の人々の安全が脅かされている以上動かない訳にはいきません。今回の任務には情報提供者がいます。まずは、その方とここで待ち合わせをして下さい」


 赤羽が1枚の紙切れと写真をテービルに伏せて北條達の方へと渡す。それは情報提供者の顔と情報交換場所が示されたものだと理解する。直ぐに手に取り、2人が住所を確認し、しっかりと暗記すると直ぐに処分した。


「対象は殺人に関して躊躇がないと思われます。そんな者を生かしておく理由も情けも無用です。人々の安息のため、何より我らの大義のため、全力を持って排除してください」

「「了解」」


 覇気のある声が部屋に響く。

 それを耳にした赤羽は満足そうに頬を緩めた。


「ですが、貴方達のことも心配です。万が一危険だと感じたら、すぐに撤退を……」

「まぁ、殺人犯が相手ですしね。というか赤羽さん」

「はい、何でしょうか?」

「有耶無耶になってましたけど、俺達を選んだ理由——聞かせて貰っていいっすか? そこだけちょっと気になって」

「お前……」


 この流れでそんなことを聞くのかと北條が横目で加賀に不満をぶつける。視線に気付いた加賀が、乾いた笑みを浮かべた。

 それを見た赤羽はクスリと笑う。再び、周囲の空気が緩み始める。しかし、それは部下を危険な場所に追いやり、自分だけ安全な場所にいるという余裕から来るものではない。


「簡単な話ですよ。万が一のために2人で行動させてますが、今回の件に関しては、貴方達1人でも過剰戦力だと思っています」

「それは、何でですか?」

「貴方達が戦場も知らない外道に後れを取ることなんてありえないじゃないですか?」


 そう、赤羽は信頼を込めた笑みを2人に向けた。

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