第13話罠

「やっぱり、遅かったな」


 結城が目の前のピクリとも動かない死体を見て呟く。北條は結城の横でギリッと歯を食いしばった。

 目の前には冷たくなった仏が2つ。北條と結城が身に着けている黒の戦闘衣と同じものを身に着けた男性と女性が2人、肩を寄せ合って動かなくなっている。出血を止めようとしたのかチューブが体に巻き付いていたり、食塩水を血液の代わりに使用した痕が残っていた。

 恋人だったのか、手を固く結びあっている。


「ここまで来たのに、無駄足だったか」


 銃声がなっても前に進んで、苦労して侵入して情報を手に入れ、ようやく探し出したと言うのに既に救助対象は息を引き取っていた。

 現在2人がいる場所は、工場の四階の物置だ。彼らを見つけるのには苦労した。棚をどかして壁に穴を掘り、その中に隠れていたようだ。一見すぐに見つかりそうだが、棚を元の位置に戻せば、移動させることなど滅多にないので気付かれなかったのだろう。

 これまでの苦労が水の泡になったことに肩を落とす。


「引き返すぞ。合流地点に行くぞ」

「ちょっと待ってくれ」


 こうなってしまった以上これ以上ここに居続ける理由はもうない。

 最初から取り決めていた通り、救助対象が生きていないことを確認した結城が唾を返そうとするが、北條が待ったをかける。

 声を掛けられた結城は不機嫌な顔をして北條を睨み付けた。


「何だ。まさか死体を持ち帰るなんて言わないだろうな?」


 大の大人2人を抱えての脱出何て困難すぎる。進む速度は遅くなるし、隠れることも難しい。高確率で危険に巻き込まれてしまうだろう。そうなったら、新たに2つの死体が増えてしまうだけだ。

 2人には悪いかもしれないが、まだある命の方が優先度が高い。そんなことは御免だと結城は断る。

 だが、北條は首を横に振って違うと意思を示す。


「俺でもそれが難しいことぐらい分かってる。だけど、せめて遺品だけでも持ち帰ってやりたいんだ」

「……分かった。なら、早くしろ」


 遺体を持ち運ぶことはできない。だが、遺品ならば話は別だ。

 簡単か困難かで持ち帰るかを判断するのは倫理的にどうなのだと言う奴もいるが、そんなものは知らない。まずはここに立ってから言ってみろ――と誰に言っているのか分からない独白を胸の中でする。

 幽鬼の言葉を受けて北條も直ぐに行動に移る。

 2人の身元が分かるようなものはないか探り、2人の首元からネックレスを外す。両方に根前が刻まれている色違いのリング状のネックレス。ペアルックという奴だ。


「取ったか? 早く行くぞ」

「――すぐ行く」


 ネックレスを掌の上で転がしていた北條に向けて叱咤が飛ぶ。振り返れば、結城は扉のすぐ近くで待機していた。壁にピッタリと張り付き、扉に取り付けられた小窓から外を窺っている。

 北條が音を立てずに障害物を乗り越えてくると、人差し指を立てて口に添え、扉の奥を指差す。その仕草は向こう側に人の気配があることを示していた。


「……近づいてきている」


 小さく呟かれた言葉が身を固くする。

 人間か、吸血鬼か。指を1本立てて近づく人数を示した結城は万が一のために戦闘態勢に入る。北條も扉を挟みこむ形の位置取りに移動して腰からグロック17を引き抜き構える。

 カツン、カツン、カツンと靴がアスファルトを叩く音。

 足音からして1人。人間か、吸血鬼か。空気が張り詰めた時間が続き、ガチャリ――と扉の取っ手が傾けられた。


「「ッ――――!!」」


 こういった場合の対処法は様子を見て対処するか、対処した後に確認するかだ。残念ながら、逃げ道も扉一つしかなく、その扉から敵と思わしき者が来ているのならば、対処してから判断した方が良い。

 扉が開いた瞬間に、2人が飛び掛かる。部屋に入ってきたのは作業服に身を包み、顔をマスクで覆った男だった。小さく身を屈めた状態で、下から腕を取り、一本背負いのように北條が入ってきた者を投げ飛ばし、結城が顔を抑え、ナイフを突き付ける。

 男が持っていたライトが地面に転がる。

 男は何が起こったのか分からない様子だったが、目の前に付き付けられたのがナイフだと、ライトの光で判明する。

 引き攣った声が出た男を無視し、結城が瞼を持ち上げ、目の色彩を確認する。


「――――ッ」

「声を出すな」


 ようやく事態を把握し始めた男が、北條と結城を見て口を開こうとするが、目の前に付き付けられた銀色に光る刃を見て冷や汗を流した。


「動くな。指1本でも動かしてみろ。お前の喉に風穴が開くぞ」


 恐ろしく低く冷たい声で男を脅すと顔を動かさずに北條に先程確認した瞳について短く報告する。


「大丈夫だ。吸血鬼じゃない」

「民間人か。どうする?」


 吸血鬼の瞳とは違い、人間の黒い目を確認したことを伝える。吸血鬼の特徴の一つである赤い瞳。人間と姿形が同じ吸血鬼を見分ける時に見ている特徴の一つだ。

 万が一の時のために互いの名前など口にしない。間抜けにもここで自分の正体を露呈させることなどしない。

 しかし、それは無用な警戒だろう。


「あ~……お2人さん。ちょっと良い?」

「お前――」


 ナイフを突きつけていた男が、声を発する。

 その声を二人はよく知っていた。


「その馴れ馴れしい声は――」

「そのたるんだ声は――」


 2人の声が重なる。1人は生きていたのかという驚愕と共に――。もう1人は生存が確認できたことの喜びと共に――。


「「加賀信也かがしんや!?」」

「はーい。皆のアイドル加賀でーす――って、俺の声ってそんな風に思われてたの? てか、たるんだ声って何?」


 一言言っておくと2人に決して悪意はない。悪意はないのだが、思わず心の内が漏れてしまったのだ。最もそれが分かっているので加賀はかなり傷ついているのだが……。


「――まぁ、それは良い。取り敢えず、俺は敵じゃないから手を放してくれるとありがたいんだけど?」

「あ――あぁ、すまん」


 2人の悪意のない一言によって傷ついたものの、持ち前の切り替えの良さから復活した加賀が、未だに体を抑え込んでいる2人に向けて頼み込む。

 すると、北條は申し訳なさそうにして直ぐに離れ、結城は謝罪は口にしなかったが、態度から仲間に刃を向けたことを悔いていた。


「それで、お前ら2人がここにいるってことはお前らも?」

「……そうだ。情報を集めた際に倉庫に出入りしている者がいると聞いた。お前は?」

「俺も似たようなものだよ」


 加賀の問いに結城が答え、返ってきた問いを肩を竦めて答える。いつもと変わらない軽い態度だ。


「なぁ」

「ん? どうした?」

「少し前だけど銃声が聞こえただろ? それってお前か?」

「うん、そうだよ」


 加賀の軽い態度。まるで、何も問題なかったというような態度に何もなかったのかと疑問に思い尋ねてみると答えはすぐに返ってくる。


「そうなのか!? てっきり俺は加賀が吸血鬼と戦闘にでもなったのかと思って……」

「あ~。それで俺が死んでしまったと思ったわけだ」

「あぁ」


 吸血鬼に襲われたと思ったが無事で良かったと喜ぶ北條の顔を見て、罰が悪そうに加賀が頭を掻く。

 吸血鬼と遭遇してしまったら、逃亡できる確率は低く、大抵の場合は死亡する。それに、人間相手に銃を使うこともないので、北條達が吸血鬼と遭遇してしまったのではと危惧するのは当たり前だ。

 恥ずかしながら加賀も北條のことは友だと思っている。だからこそ友の生存は嬉しいのは分かる。分かるのだが、そんなに嬉しそうな顔をしないでくれと罪悪感に苛まれる。


「お前達、任務中だぞ。3人揃ったんだ。さっさとここから逃げるぞ。私が先頭に立つから――」

「悪い、その前に1つだけ言わせてくれ」


 緩んだ空気に眉を顰めた結城が叱咤する。奇遇であれど、3人が揃うことができたのだ。全員の生存が確認できたことは僥倖。ならば、後は脱出するだけと配置につかせようとするが、加賀の言葉が指示を遮った。


「――何だ? 重要なことか?」

「うんそう。かなり重要。て言うーか最初に謝っとくわ」

「どういう意味だ?」


 言葉の意味が分からずに首を傾げる2人。そんな2人に申し訳なさそうに頭を下げて両手を重ねる加賀は、次の瞬間とんでもないことを口にする。


「いや、ホントにごめんなさい。さっきまでの俺ね。吸血鬼に操られている状態だったんだ」

「――は?」

「ついさっきまでは体の動きが聞かなかったんだけどね。ようやく自由が戻ったから今報告してるんだけど」

「はぁ!?」


 ついさっき。話の流れで言えば銃声の話の辺りでようやく体の自由が戻ったと言い出す加賀に北條と結城が顔を青ざめる。

 2人が行動を起こす前に、コンクリートでできている壁の向こうから、鉄骨が飛んできた。

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