第12話男達の一日2
「…………」
「はぁ、次、どこの場所だっけ?」
「カモダタワーの所だよ。覚えとけよ? あそこは特に厳しいんだ。少しでも遅れたりしたら何をされるか」
「おい、ここいいか?」
「あぁ、構わないよ」
誰とも喋らず黙々と食材を口へと運ぶ者、向かいの者と次の予定を確認する者、人それぞれが思い思いの時間を過ごしている昼時。
食堂であるこの場所は、今最も人が密集している時間だった。その上――天井に取り付けられた通気口の中で、北條、そして結城が手足を使って移動していた。
「おいっ――さっさと行け。前に進めないだろうが」
「ちょっと待ってくれっ!! そんなに急かされても狭いんだからなかなか前に進まないんだよ」
小柄な体格の結城と違い、平均よりも少し高い程度の北條でも通気口の中を進むのは難しい。無理に大きく体を動かせれば、進む速度は速くなるだろうが、そんなことをしてしまえば、大きな音を立ててしまう。そのため、動きづらいながらも小さく、ゆっくりと体を動かしながら前へ前へと進んでいた。
そして、ようやく北條達は部屋の中央辺りへと辿り着く。部屋の空気を入れ替えるために、取り付けられた換気扇から下の様子を盗み見る。音を立てずに、呼吸にまで細心の注意を払い、無駄な会話を削ぎ落して必要な情報のみを耳にいれるために、集中する。
疲労とストレスで毎日を過ごしている作業員達にとっては、腹を満たせるこの時間だけが唯一の救いだ。
米と汁物に漬物。質素過ぎるとも言っていい食事だ。それでも同僚と顔を合わせ、話し合うことで普段は見せない笑みを見せる者もいた。
「おい。そう言えば聞いたか? さっきの銃声」
「銃声? そんなものあったのか?」
「そっか……お前さんは下にいたから聞こえなかったのか」
「やめとけよ。余計なことを口にするんじゃない。アイツ等の耳に入ったらどうするんだ」
「大丈夫だよ。ここだけは、奴らは入ってきたことないだろ」
隣に座ってきた疲れた表情をした男に座っていた白髪混じりの男が話しかける。その内容は銃声について――。向かいに座っていた帽子を被った男が顔を青くして注意するが、構わずに話し続ける。
長年のここに勤めていて吸血鬼が食堂に姿を現したことがないため、緊張の糸が緩んでいるのだ。
「それで、その銃声。一体何だったと思う?」
「さぁ? どこかのチンピラが盗みでもやったんじゃないのか」
「銃声が工場内でしたから警報がなったんだぞ。侵入者に決まってるだろうが」
「侵入者って何だよ。ゴミ工場に何をしに来るんだ? そもそも、あの警報は危険を知らせるためのものだし、偶に鳴ることだってあるだろう」
隣に座った男に話しの続きを語るが、男は興味がないのか箸で漬物を摘まみ、口へと運んでいく。しかし、ただ語りたいだけなのか。相手が興味なさげでも白髪混じりの男は気にしなかった。
「確かにな。だけど、銃声がしたんだぞ?」
「それがどうした?」
「馬っ鹿だなぁ。気付けよ。銃なんてものは簡単に手に入るはずがネェだろうが。そんなものを持ってるのはレジスタンスぐらい……なら、入ってきたのはレジスタンスって考えられるだろうが」
「おいよせっ。あのテロリスト共のことを口にするのは」
レジスタンス――そう白髪混じりの男が口にした時、向かいに座っていた帽子を被った男が小さな声で咎める。
帽子を深く被り、視線をみえないようにしながら周囲を警戒する。
「ふん、何だよ」
「何だって、お前は何のつもりだよ。あのテロリストのことを口にするなんて危険だっ」
「その通りだぞ。奴らの話題を出すだけでも危険だ。真っ向からこの街を支配してる吸血鬼に歯向かってる連中だ。もし、吸血鬼の耳にでも入って勘違いでもされてみろ。最悪な最期を迎えることになるぞ」
「別に口にするだけなら構わないだろうが……」
帽子を被った男だけでなく、隣に座って来た男からも忠告を受ける。それでも男はゆるくなった口を止められない。興味とこれまでの不安、そして、ここには吸血鬼が来ないという思い込みが男を勢いづかせた。
「それに本当にここに入ってきたのがレジスタンスだったなら、ここを抜け出すのを助けて――」
「いい加減にしろっ!!」
ガシャン!!と食堂の中に食器のぶつかる音が響き渡る。それまで静かに、ゆっくりと自分のペースで食事をしていた者達も音に振り向き、何事かと手を止める。
食器を叩き付けた本人である帽子を被った男も、自身の行動に遅れて気付き、周囲に申し訳なさそうに頭を下げる。すると、しばらくして周囲には再び普段と変わらない食堂の風景が戻ってきた。
一通り、帽子を被った男が部屋を見通し、誰も注目していないことを確認すると前のめりになりながら、危うい発言をした男を睨み付ける。
「いい加減にしろよ。レジスタンス何てただのテロリストだ。街に出る被害何てお構いなしだ。俺達が一日をどうやって生き延びているかも知らない癖に俺達のために何て宣いながら戦ってる奴らだ。そんな奴らに助けてもらうだと? ふざけるんじゃない」
深く帽子を被り、視線は見えないがレジスタンスのことを恨んでいるのは明白だった。目は見えないものの、声は若干震えており、出てこようとする何かを抑えているようにも見える。
「何だ。家族でも殺されたか」
「ちょ、ちょっと!! そういうのはっ」
固く拳を握りしめていた帽子を被った男に対し、デリカシーのない発言をする男。隣に座っていた男もその発言に顔を青ざめる。
この街でつらい体験をしていないものなどいない。それでも、無遠慮に突っ込んでいいものではないのだ。それなのに、その領域に何食わぬ顔をして足を踏み入れた男を急き止めようとする。
殴り合いの喧嘩になる。脳裏に出てきた最悪の未来を阻止するために、腰を上げようとした所、それを止めたのは意外にも帽子を被った男だった。
目くばせをし、手出し無用と合図をする。
「誰が殺されただろうがお前に関係ない。だが、俺がテロリストを嫌いなのは変わらない。それに、どうやって助けてもらうつもりだ。どこにいるかも分からない奴らを工場内で探すのか? 信用もされないぞ」
「それが、そうでもねぇさ」
ニヤリ――と口角を上げて笑みを作る。周りにいた同僚は訝し気に見た。
「聞いてないのか? 噂を……」
「噂ってどんな?」
「どこかまでは聞いてねぇが……工場の物置の噂だ。見かけない奴らが出入りしてるらしい」
「物置って……何でそんな所に」
「さぁな? そればっかりは分からねぇ。ただ、噂が流れ始めてから工場内で物の噴出が起きてるらしいぜ。この食堂でも塩がなくなってるとかなんとか」
自慢げに語り、そこで待っていれば可能性はあると口にする男を帽子を被った男は蔑んだ目線を向ける。
そんな噂を真に受ける暇があるのならば働いておけ。わざわざテロリストに近づく意味が分からない。そもそもお前の持ち場とそこは違うだろ。
言いたいことが次々に頭の中に浮かんでくる。しかし、口に出すことはしない。今言った所で男の意思を変えることはできないし、やったとしても喧嘩になることは明白なのだ。
――この男に触発されて変な気を起こさない輩が増えないように
男が密かに神に祈るように願う。
食料に吸血鬼が近くをうろつくことがない寝床。そんなものを簡単に手に入れることなどできはしない。
救いはないと思っていても救いを求めているのは事実。安全な場所にいたいと思っているのも事実だ。だからこそ、不安になる。この男の言葉は毒なのだ。
変わらないはずだった日常を変えてしまいかねない程の……。
できれば誰も変わらないで欲しい。そう男は切に願うのだった。
その上で、何かが動いた音がしたが、思考に陥るあまり気付くことはなかった。
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