第4話

 朝は町がうっすら雪化粧をする程度だった。学校も休みにはならなかったし、両親は電車とバスで出勤して行った。

 それがお昼ごろには大玉の雪がどんどん降ってきて、視界が奪われるほどになった。小学校は給食を食べ終わってすぐに一斉下校となり、児童たちは列をなして帰り路を急ぐ。雪が降ってはしゃいでいた私たちも、ふざけて帰る気力を奪われるような、激しい振り方だった。

 アキくんと別れて、なかなか帰ってこれない両親を家で一人待つ。夜に向かってだんだん外が暗くなるにつれ、寂しさと不安が募ってきた。

 そんな頃。

「フユちゃん!」

 玄関から、アキくんの切羽詰まった声が聞こえた。びっくりして玄関へ向かうと、雪塗れになったアキくんが深刻な顔をして立っていた。

「どうしたの、アキくん。傘も差さないで」

「ばあちゃんが」

 

 アキくんに連れられて、雪の積もった坂道を大慌てで下る。分厚く積もった雪が行く手を邪魔した。途中何度も足を取られながら、アキくんのおうちの玄関へたどり着くと。

「おばあちゃん!」

 アキくんのおばあちゃんが倒れていた。口をうっすら空けた白い顔。

「どうしよう。ねえ、どうすれば」 

 おろおろと、当てもなく辺りを見回した。私のうちには誰もいない。アキくんのうちにも、誰もいないみたいだ。

 混乱する私たちに、雪が容赦なく降りつける。

 仰向けになったおばあちゃんの体には、うっすら雪が積もっていた。

 

 私たちは、なんとか近所の人に助けを求めた。泣きながら訴える私たちに、ご近所さんは冷静に救急車を呼んでくれた。

「雪かきして転んで、頭を打ったみたいだ」

「うん」

 おばあちゃんは救急車で搬送されて行った。私たちはその場に二人で残されて、とりあえず落ち着こうとアキくんのうちへと入る。

 救急車には、119番通報をした近所の人が同乗して行った。おばあちゃんの状態や今後の話は、こどものアキくんより大人の方がわかるだろうという判断らしい。

 おばあちゃんが日ごろから、万一の時のことをご近所さんに任せていたというのもあるようだ。

 留守番を任されたアキくんと一緒に、冷えた体をこたつで温める。

 勝手によその家に上がるなとは言われているけれど、どうせこの雪じゃ、両親は当分帰ってこられない。

 

 アキくんのうちは、お母さん、帰ってくるのだろうか。

 少し前にアキくんの家から、お母さんがいなくなったと。

そう、私の両親は話していた。それがどういうことなのかは分からないけれど、『結構勝手な人でさ』という意味が、なんとなくわかった気がした。

「アキくん。お母さんは、どうしたの」

 聞いていいことなのかはわからなかったけれど、連絡を取るとか、帰ってきてもらうとか。そういう必要はないのだろうかと思って尋ねてみる。

「知らない。どっか行った」

「いつからいないの?」

「二か月……もうちょい前かな」

「そんなに?」

「うん。よくわかんない。帰ってくるんだか、来ないんだかも」

 なんでいなくなったのかも。

 そうつぶやくアキくんの顔は、ふてくされてるような、めんどくさそうな。悲しんでいるのかは、よくわからなかった。

「さみしくない?」

「んー……。さみしいっちゃあ、さみしい」

 アキくんの気持ちはわかりようもなかったけど。

 だけどその何かをこらえるような横顔には、私の方が寂しくなった。


「……静かだね」

 不意に言葉が途切れて続いた沈黙に、私は耐えられなくなって言った。 

「雪が音を吸っちゃうんだって。だから雪の日って、凄い静か」

「へー……」

 降り積もる雪に包まれて、家の中は恐ろしいほどに静かだった。

 夜が迫る。黒い闇と白いとばりと静寂が、私たちを閉じ込める。

 アキくんを独りきりにする。

 こんなさみしいところで、アキくんはただひとり、家族の帰りを待って。

「アキくんは、すごいね」

 心の底からそう思った。

「え?」

「アキくんはえらいよ。ひとりで頑張って」

 お世辞でもなんでもなく。ただすごいと思った。

 アキくんは、唇をかみしめて。

「ありがとう、フユちゃん」

 少しだけ泣きそうな顔をして。小さな声で言った。 

  

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