三. 傷跡④


 誰だろうとポカンとしていると、「ちょっと聞きたいんだけど」と、三人のうちの一人の女子が言った。


「ねぇ、有川くんとどういう関係?」


 有川? どうしていきなりあいつの名前が出てくるの。それよりまずは自分が誰なのか名乗るべきじゃ……?

 首を傾げていると、さっきとは別の女子が思わぬことを言い出した。


「もしかして有川くんと付き合ってるの?」

「え?」

「だから、二人は付き合ってるのかって聞いてるの」


 いったい何事だと思いながら、ただの友達ですとしぶしぶ答える。なんだかお世辞にも感じがいいとは言えない人たちだ。


「なーんだ、やっぱり。よかったね、璃子」


 その名前に聞き覚えはなかったけど、二人の間で嬉しそうにする彼女にはなんとなく見覚えがあった。


「この子、有川くんが好きなんだって。友達なら取り持ってあげてよ」


 えっ? どうして私がそんなこと。


「うちら来年卒業じゃん? それまでになんとかしてあげたいわけよ」


 一方的に協力してほしいと言う、璃子っていう人の取り巻きたち。あーそうか、思い出した。いまだ一言も発していないあの真ん中の女子は、昨日下駄箱で有川に話しかけていた三年の先輩だ。


「とりあえず有川くんのラインのID教えてよ」

「私がですか?」

「本人に聞いても教えてくれないんだって」


 なんだ、あのあと教えたのかと思っていた。というか、本人が教えてくれないからって、他の人に聞く? それはちょっと違う気がする。


「本人に当たってください。勝手に教えるとかできないんで」


 きっぱり言うと璃子先輩の目つきが変わるのがわかった。私のことをすごい目で睨んでいたあの時みたいに。


「いいじゃん別にIDくらい。みんなばんばんやり取りしてるよ。そんなに堅く考えないでよ」


 やっと口を開いたと思ったらあまりにも自分勝手な発言だ。あたかも正論かのように言うけど、そういう問題じゃない。私だったら絶対嫌だ。自分の情報が他人から漏れるなんてこと。


「ごめんなさい、できません」

「は? どうして? 意味わかんないんだけど」

「私の口からは言えま……」


 言い終えるより先に、璃子先輩がこちらに近づいてきたかと思うと、私の肩を勢いよく押し、突き飛ばした。

 突然のことに足を踏ん張れず、気がついたらその場に尻餅をついていた。

 草木や枯れ葉で覆われた地面についた掌には、なにかが突き刺さるような痛みが走る。


「なにこいつ。生意気、むかつく」


 綺麗に化粧を施した顔とは似つかわしくない言葉を、上から吐きかける。他の二人の先輩は止めようともしない。むしろ面白そうに笑っていて、怖いと思った。


「私に盾突くとどうなるかわかってる?」


 耳につく声で浴びせかけられる。だけどそんなことより、私は掌が血に染まっていくことのほうが気になっていた。ジンジンと痛みが増すにつれ動悸も速くなり、呼吸が荒れていくのがわかる。


 どうしたのだろう。こんなただのかすり傷。

 どうってことないのに。ちょっと木の枝で切っただけなのに。


「ちょっとなにハァハァ言ってんのー? キモいんだけどー!」


 高笑いする三人の声が遠くに聞こえる。だけど頭の中では、目の前の先輩たちじゃなくて、あの時の光景が浮かんでいた。


 道路にたくさんの血が流れ出て。

 血なまぐさい臭いが辺り一帯に漂っていた。

 痛かったよね、苦しかったよね。


「優花……ごめん……」


 うまく息ができない。

 今吸っている? 吐いている?

 考えても頭の中は白くなっていくばかり。

 どうしよう、落ち着け、落ち着け。

 手首を握りしめたままそう繰り返す。だけど益々パニックになる。


「ちょっと、やばくない?」

「うん……てかもう行こう。午後のプログラム始まるよ」


 三人は呆れたように駆けていった。私は起き上がることも、声を出すこともできなかった。手が痺れて、気が遠のいていく。


 あぁ私、死ぬのかな?


 でもそのほうがいいのかも。きっと因果応報ってやつだ。


 ――視界が、真っ暗になった。



※この続きは、2020年6月25日発売「#君と明日を駆ける」で!

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