三. 傷跡③

 新井さんの姿が遠くなるまで見送ると、私は自分のクラスのテントに向かった。

 と、同時に傍でパンッとピストルの音が響いた。グラウンドの方に視線を向けると男子の徒 競 走が始まったようで、砂煙を巻き上げながら一斉にスタートしていく。

 我が校の体育祭は学年関係なくクラス対抗。各々のテントがヒートアップしていた。うちのクラスも例外ではなく、女子が黄色い声を上げながら応援している。


「水嶋くーん! 頑張れー!」

「きゃー! かっこいいー!」


 歓声を浴びる中、水嶋くんが颯爽と走り抜ける。やっぱり水嶋くんは人気がすごい。そのあとに続くように有川がスタート地点に立った。みんなに手を振り声援を仰いでいる。

 有川らしい。


「有川ー!」

「一位じゃなかったらフルボッコだからねー!」


 水嶋くんとの差に思わず笑いが込み上げる。だけどそんな声もなんのそので、有川は当たり前のようにぶっちぎりの一位でゴールした。風を切る。まさにそんな言葉が相応しい姿で。

 ゴールした有川は友達と肩を組み、楽しげに笑っていた。走り抜けたあとは爽快な気持 ちが心に広がる。きっと有川は今そんな感覚の中にいるのだろう。


「都ー! 頑張れー!」

「都かっこいー!」


 目を閉じると、去年の映像が 甦 った。私もあんな風にみんなに応援され、期待されていた。


「都ぶっちぎりの一位! さすがだねー!」

「リレーもごぼう抜きなんだもん! 私見惚れちゃったー!」


 競技直後、みんなが私を囲ってそんな言葉をくれた。なのに、たった二週間で一八〇度変わってしまった。

 今じゃまるで裏切り者でも見るような視線を向けられている。

 でも、そう思われても仕方ない。

 それだけみんなはたくさんのことを犠牲にして、部活に打ち込んでいるのだから。新井さんが最後にああ言ってくれただけましだ。



 お昼休みになり、午後の競技は一時間後の一時十分からというアナウンスが流れた。みんな声をかけ合って、各々好きな場所でお弁当を食べている。私はお弁当を持ち、なるべく人目につかないところを探した。


 体育館裏に着くと、誰もいないのを確認して裏口の扉の前に座る。学校の裏は山になっているだけあって、草木が生い茂っている。虫も飛んでいて、正直いい環境とはいえない。でも他に居場所なんてない私は、小さくいただきますと言ってお弁当に箸をつけた。


「友達と分けて食べなさいね」


 朝お弁当を手渡された時、お母さんからそう声をかけられた。そのセリフに頷くことができなかった私は、行ってきますとだけ言って家を出た。

 言うだけあって、確かにいつもより豪華で品数が多い。一人分にはちょっと多いくらい。

 誰もいない暗い場所で、一人で食べていると知ったらお母さんはどんな顔をするだろう。

 元々友達作りは得意じゃない。人見知りでいつも受け身で、話しかけられるのを待っているタイプ。陸上部のみんなとも仲は良かったけど、休日に遊んだり、まめに連絡を取ったりするわけじゃなく、あくまでも部活仲間。

 唯一の友達だった栞奈とだって気まずいままだし。優花を失ってからは、親友と呼べる人は一人もいない。


 自分という人間から部活と幼馴染を取ったらなにも残らないのだと、嫌でも感じてしま う。友達ってなんなんだろう。私はなんのためにここにいるんだろう……?


 一度負のループに入ると、どんどん落ち込んでしまう。


「あ、もしかしてあの子?」


 なんとかお弁当をお腹に詰め込んだところに、誰かを捜すような声が聞こえてきた。そのあとすぐ知らない顔が目の前に現れ、私を見て「いたいた」と指さした。


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