三. 傷跡②


 翌日の体育祭は、晴れ晴れとした青空で雲一つなく、活気に溢れるグラウンドは開会式から大賑わいだった。

 プログラムが進むにつれ、みんなの熱気は高まり、観客もどんどん増えていく。

 そんな中、私は自分のクラスを応援するわけでも、積極的に参加するわけでもなく、二の一と書かれたテントの下で他人事のように見物していた。

 楽しげな笑い声や、黄色い声援が風に乗って聞こえ、砂ぼこりがあちこちで舞っている。

 借り物競争に出ていた有川が変な被り物をし、おちゃらけながら走る姿をぼんやりと眺めていた。


「栗原、今手空いてる?」


 午前中のプログラムが中盤に差しかかったところで、背後から声をかけられた。振り返るとそこには水嶋くんと、彼に抱えられるように立つ新井さんがいた。


「空いてるけどどうしたの?」

「新井がさっきの騎馬戦で捻挫したみたいなんだ。救護テントに連れていってもらいたいんだけど」


 そういえば一つ前のプログラムで、女子の激しい争いが繰り広げられていた。掴み合ったり、押し倒したり。怪我人が出るのではと心配していたら案の定のよう。


「俺、次のプログラムに出るから付き添えなくて。お願いできる?」

「わかった」

「じゃあ頼むね」


 水嶋くんから引き継ぐ形で新井さんの肩を支える。その瞬間、少し嫌そうな顔をされたのが視界に入った。

 今、私はクラスの女子グループ何組かにシカトされている状態だ。だからきっと私に付き添われるのが嫌なんだろう。でもみんな出払っていて、他に連れていける人はいない。


「痛かったら体重かけていいから」


 そう言うも返答なし。なんだかとてつもなく気まずい空気。だけどそれとこれとは別だ。

 嫌でも我慢してもらうしかない。腫れていたりする場合はすぐに冷やすことが効果的なのだから。

 私はなるべく彼女に負担をかけないよう急いで救護テントに向かった。


 するとそこには先ほどの競技で負傷したのかたくさんの女子が詰めかけていて、手当てしてもらうために順番待ちの列ができていた。養護の先生に声をかけるも、そこにいてとしか返ってこない。


「もういいよ、私一人で待ってるから。栗原さんは戻って」


 この光景を見ながら不機嫌そうに言う新井さんは、足を庇いながら傍にあった長椅子に座り込む。

 戻れって言われても、本当にこのまま行ってしまっていいのか。だいたい待つってどのくらい? 養護の先生は一人しかいないのに。

 本当はすぐにでも処置をするべきだ。応急手当てが早ければ早いほど回復が早くなるのだから。スポーツをする人間なら誰しもが知っていること。

 本当は新井さんだって心の中で鬱々としているはず。スポーツする人間が怪我をするなんてと、後悔しているに違いない。


「ここに寝て」


 その気持ちがよくわかるから、私は咄嗟に行動に出た。


「え? ちょっと、なに?」


 戸惑う新井さんを無理やり寝かせると、持っていたタオルを丸めて足を少し高く上げた。

 さっきの様子を見た感じ、一人で立てるし歩くこともできた。恐らく靭帯までは痛めていないはず。


「先生、借りますね」


 忙しそうな先生に一言断ると、アイシングスプレーで患部を冷やした。冷却すると血管が収縮し、炎症や内出血を抑えられる。新井さんはたしかテニス部。夏の大会に向けて今はきっと大事な時期だ。怪我が長引いたらそれどころではなくなってしまうだろう。

 私は持っている知識を総動員し、できる限りのことをして先生が診てくれるのを待った。



 ようやく先生が来たあと、新井さんは今後のことを考え念のため病院に行くことになった。足を引きずりながら学年主任の先生に連れられ、テントをあとにする新井さんを見送っていると、新井さんが急に振り返ってこう言った。


「ありがとう栗原さん。私、栗原さんのこと誤解してたかも」

「え? 誤解?」

「ううん、なんでもない」


 小さくかぶりを振って、新井さんは再び歩きだした。

 その背中を見送っていると、自然と口元が緩んだ。

 みんなが私を避けていることは、日に日に感じていた。誰も目を合わせようとしないし、話しかけられることもない。

 特定の女子からは、まるでクラスにいないような態度を取られている。


 だから新井さんの「ありがとう」の言葉が、なんだか無性に嬉しかった。

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