二.変転
二. 変転①
女同士の友情は案外もろい。
朝から栞奈はあからさまに私と距離を置くようになった。挨拶はおろか、話しかけてもスルーされてしまう。休み時間だっていつもなら私のところへ一目散に来てくれたのに、 今日は昨日の五人グループのところへ駆け寄っていっていた。
だけどそれを見て、寂しいというより、よかったという気持ちのほうが大きかった。だって他のグループに入れてもらえたんだから。それに、本当のことを言えずに一緒にいるほうが辛い。
「なんだよ、お前。一人?」
昼休み。教室に一人でいるのはなんだか居心地が悪くて、仕方なく中庭でお弁当を食べていると、有川が不思議そうに近づいてきた。
「悪い?」
そう返すとどういうわけか、別にと言いながら隣に座ってきた。いやいや、どうして当たり前のように横に来るんだ。
「吉沢と喧嘩でもした?」
余所に行ってよ、と言おうとしたところをズバッと切り込まれてしまった。
「……そういうわけじゃない」
「昨日まで仲良かったのに、女って厄介だな」
知ったような口調で言う有川に、ムッとしてしまう。
いつもみんなの中心にいて、友達もたくさんいる有川にはこんな境遇に置かれた私の気持ちなんてわかりっこない。
もちろん一人のお昼も、栞奈の変化も、なにもかも自業自得だってわかっている。有川への態度だって八つ当たりに等しい。
全部頭の中では理解している。だけどやっぱり心は正直で、傷つく資格なんてないってわかっているのに、栞奈から避けられていることにショックを受けている。
だから尚更早くどこかへ行ってほしい。こんな弱い自分見せたくない。同情なんてされたくない。
「相変わらず小さい弁当だよなー。そんなんで足りるの?」
口を固く結び俯いていると、有川が覗き込んできた。咄嗟にお弁当を隠し視線を上げると、そこには当たり前のように焼きそばパンを頬張る有川がいて、思わず苦笑いがこぼれる。
「またそれ? お弁当ないの?」
「二つともとっくの昔に食い終わった。おかんが朝から食費がーって、嘆いてた」
そりゃあ毎朝大きなお弁当を二つも作る身としては、嘆きたくもなるだろう。でもスポーツをする人間にとって食事は重要で、保護者に対して栄養指導なんていうものも、この学校では行っている。
有川のお母さんが参加しているのも見かけたことがある。たくさんの周囲の協力と、努力があってアスリートは育つ。一人じゃ戦えないってことだ。
私のお母さんも日課が抜けないのか、いまだにバランスの取れたお弁当を作ってくれている。毎日おかず六品にデザートにフルーツ。これを見るたび心苦しくなったりもする。
「相変わらず仲良いねー! お二人さん」
どこからか冷やかすような声が聞こえてきて、二人で辺りを見渡した。
「夫婦水入らずでお昼ですか!」
追い打ちをかけるようにして降ってきた声に、上か、とボールでも追うように見上げた。
そこにはクラスの男子数人がいて、ニヤニヤとこっちを見下ろしていた。
「バーカ、うるせーよ」
そんな彼らに慌てることなく有川が言い返す。毎度毎度、外野がうるさい。上で群がるのは有川がよくつるんでいるクラスメイトで、私たちが話したりふざけたりしていると今みたいによくからかってくるのだ。
ふと彼らの左側に視線をやると、こっちを見下ろす栞奈の姿が目に入った。いつもだったら同じようにニヤニヤしながら仲間に入ってくるのに――。
今の栞奈は無 表 情で、一瞬目が合ったけどすぐに逸らされ、その場からいなくなってしまった。こんな風に気まずくなるのは避けたかった。だけど、どれも私が蒔いた種だ。
「そうだ栗原。これから俺らリレーの練習するんだけど、付き合えよ」
突然有川が思い立ったように切り出す。
「は? 嫌だよ」
「素人のあいつらに指導してやって」
上でいまだ騒がしい男子たちを指さして言う。
「だから嫌だって」
「走れって言ってるわけじゃないんだし、いいじゃん。お前らもプロに教えてもらいたいよなー?」
上に向かって有川が叫ぶ。その声に調子に乗った男子たちが、賛同するような声を上げた。
「絶対に嫌」
「いいから来いって」
痺れを切らしたのか、有川は強引に私の手を引く。その無神経さに腹が立って、思い切り手を振りほどいた。
「離して! 嫌だって言ってるじゃん! 練習なら勝手にやって! 私を巻き込まないで!」
啖呵を切ると、頭上から「あ~あ、フラれた」という面白がるような声が聞こえた。
「ちぇー、いい案だって思ったのになぁ」
だけど苛立ちを募らせる私とは裏腹に、有川は吞気に笑っている。こっちが悪いことをしているような気持ちになるのはどうして?
「有川ー、しつこい男は嫌われるぞー」
「うるせー……って、わぁー! なんか黒い変なもの踏んだ!」
「きったねー」
ゲラゲラと楽しげな笑い声が響く中、私はその場からそっと逃げ出した。
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