『ボディーガード』

「うーん」


 大きく背伸びをして凝り固まった体をほぐす。

 台本作りは半分ほど進み、一休憩する。

 時計に目を向けると夜中の三時になっていた。


「喉渇いた」


 アーヤが立ち上がって冷蔵庫を開くと、「あー」と悲痛な声を上げる。


「飲み物切れている」


 悲壮な表情を浮かべる。

 私も冷蔵庫の中身を確認する。中には私の特性ドリンク七つ以外に飲み物はなかった。


「私のドリンク飲む?」

「絶対にイヤ!」


 首を横に振る。冗談のつもりだったけどここまで否定するとは思わなかった。

 麦茶のパックがあるけど、冷たくなるまで時間がかかる。となると……。


「コンビニでも行く?」


 私の提案に、アーヤは腕を組み、すぐには承認しない。

 何を考えているのか、そこまで渋る必要はあるのだろうか。


「夜遅いからね。コンビニまで近いとはいえ、女性二人だけというのは不安かな」


 全然考えていなかった。

 考えすぎじゃないかなと思ってしまう。私はアーヤが寝ている間に何度も夜中に一人だ散歩していたり、コンビニに寄っているけど、不審者に出会ったことがない。

 だから解らない。


「このまま喉が渇いたままでいる?」

「それも精神的に厳しい……。それなら」


 アーヤはピョンと跳んで、部屋の反対側に行って窓を空けた。

 外を確認すると、アーヤはスマホを取り出して、電話をかける。

 何を企んでいるか気がついた私は、急いでアーヤに迫っていく。


「ちょっと、こんな時間に呼び出すの?」

「いける。今確認したら、起きているみたい」


 スマホを耳に当てて、外を眺めるアーヤ。視線の先には明るく光る部屋が見える。

 コール音が三回したあと、電話を取る音が聞こえた。


「どうしたこんな夜遅くに」


 聞き覚えのある声がスマホ越しから発せられる。

 だが、低く野太い声が特徴のはずだが、何かちょっと音程が上がっている上に掠れている。


「耕ちゃん。今時間ある?」


 ニヤリとした笑みを浮かべている。


「構わん。どうした?」

「ちょっとね。今、コンビニ行こうと思ってんだけど、女性二人じゃ怖いから、ボディーガードをお願いしたいのだけど、いける?」

「わかった」


 意外とあっさり承認した。


「それじゃ。五分後こっちの家の前ね」

「了解した」


 電話を切り、アーヤは上機嫌にリビングに戻る。


「アヤメも、かなり思い切ったことするね」


 アーヤはヘアゴムを口に咥えながら、両手で後ろ髪を整えている。


「それカスミンが言う?」

「えー。どう言う意味?」

「そのままの意味」


 つんっと私のオデコを指で突っつく。ちょこっとした痛みをそっと撫でる。

 悪戯に笑うその表情を私は理解できない。

 私の思い切った行動した記憶はないのだけど、純粋に首を傾げると、アーヤが軽く眉間に皺を寄せて睨んでくる

 改めて考えても分からない。


「うーん。分からない」

「やっぱり。それより早く準備する」

「え、ちょっと待って」


 アーヤは、財布とケータイを持ってもう玄関で靴を履いている。

 さっきの言葉の意味も分からずじまいのまま、急かされるままに荷物を準備した。


「先行くよ!」

「待ってよー」

 





「耕ちゃん今日は何の映画を見てたの?」


 アーヤが耕ちゃんの脇腹を肘突きする。


「何の話だ」


 トボけたように答え、はぐらかす耕ちゃん。


「だって、電話で泣いていたよね。何か映画を見て、終わってすぐでしょ」

「まあな」


 顔を背けて目の赤みを隠す。相変わらず、図星を突かれると誤魔化すのが下手である。それが図体に似合わないところが可愛げがある。

 微笑みの視線を送ってあげると、耕ちゃんは大きな体を縮こませる。


「耕ちゃん。そこまで恥ずがしがる? みんな耕ちゃんが映画好きの号泣屋って知っているのに」

「そうだが、やっぱり泣いていた所を見られるのと、その事実を言われるのはきつい」

 

 しばらく顔を背け続けていた。

 それもそうかな。泣いているところを見られたいと思う人なんて、ほぼいないと思っていい。私もそうだし。


「じゃあ。何の映画見たの?」


 アーヤの興味の矛先が映画に向けられる。


「今日見たのはアニメのファンタジー映画だ。内容はわりと王道だ」

「えー。意外」


 何か思ったより、子供っぽいと率直に思ってしまった。


「カスミン何か言いたそうだが」


 ドキッと心臓が揺れる。

 私は顔に出さなかったつもりなのに、アーヤの言うとおり分かりやすいのかな。


「その映画って感動的なタイプ?」

「そうだな。笑わなかった女性が、最後は笑う話でな。その経緯がすごくてな。あ、でもこれ以上言うとネタバレになるな」

「耕ちゃん。オチ言ってる」


 アーヤは苦笑する。


「そこはあまり関係ない。見ていたら予想ができる。その過程がすごかった」


 声のトーンが上がる。

 いつもの渋さが消え、硬い表情がほんの少し柔らかくなる。

 結構面白いみたい。

でも映画なんて正直、予定調和やお約束展開で先が読めてしまうから、私は好んでは見ない。

 過去に勧められたことがあるけど、結局先が読めてしまった。それにセリフの臭さも抜けないから、どうも冷めてしまう。

 根本的に合わないかもしれない。だから耕ちゃんには申し訳ないけど共感できない。


「興味があれば言ってくれ。貸せるぞ」


 さりげなく、お勧めしてくれた。

 相当気に入っているみたいだ。


「じゃあ、借りていい?」

「!?」


 隣のアーヤが即答した。


「カスミン。急に私の袖をつねってどうしたの?」


 気がついたら、アーヤの袖を皺がつくほど捻っていた。


「突然すぎて、アーヤってアニメ映画の興味あったの?」


 私の目から見て、反応が簡素すぎて、そんな素振りなんて全くなかった。


「それなりにはね」


 ポンポンと肩を二回叩く。

 それが何の合図か全く分からなかった。動揺する私を見て、耕ちゃんが怪しい目で見ている。


「ということで借りていい」

「『ということ』の部分が何の説明にもなっていないが、まあいい。後で取りにこい」

「ありがとう」


 耕ちゃんそれでいいんだ。

 アーヤは何かいつも通りに笑顔だし。


「うーん」


 メンバーでも一番近いのに、アーヤの性格が全然読めない。私は一人頭を悩ませてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る