『事務処理と演技構成思考中』

「むむ」


 目前の書類とにらめっこ状態になる。


「これ書くの難しくない?」


 隣で別の書類を目にしているアーヤに苦労をボヤく。


「部長ならそれくらいのことは書けるでしょ。カスミンはどういう気持ちでこのクラブ作ったかを、表現すればいいだけだから」


 バッサリと言い切られ、アーヤは書類に目をやり自分の仕事を続ける。

 救援は無理なので、再び目の前の書類を凝視する。

 

 内容は「発表会を行うにあたっての意義」である。

 これを「サークル統括委員会」通称「部統会」に提出しなくてはならない。

 しかも、この部統会は中々怖い組織である。


 他クラブの話であるが、部統会とちょっと不仲になっただけで、部活丸ごと潰された話である。


 だから、かなり神経を使わなくてはならない。

 ジャグリングをすることが好きで立ち上げたクラブ、正直それだけでつくったから、意義とか言われても思いつかない。


「あとサインする書類が二枚あるから。さっさと意義を書く。それに後に、舞台構成とか台本もあるから」

「一つの舞台を作るのって、こんなにも事務的な仕事をしないといけないの」

「ただジャグリングしているだけで出来ると思った?」


 直球で言われると、何も反論できない。

 ふてぶてしく、頬袋を作る。けど意義に関しては全く進まない。

 数分間頭を悩ましたあと、私はペンをテーブルの上に置く。


「アヤメ。ごめん。全く思いつかないから、先にサインを済ましていい?」


 アーヤはジトーっと目を細めたあと、小さくため息を吐いた。


「わかった。けど早めに書いてね。一応来週までなんだから」

「はーい」


 私はその書類を端に寄せて、その他の書類を済ませる。


「そういえばカスミン。リナどう?」


 書いている最中に聞かれたから、危うく筆を謝るところだった。

 アーヤから振られたリナのこと。正直急に言われて、待ったく整理がついていない。


「練習は必死にやっているし、エリに少しいじられながらも楽しくやっていたみたいだけど」


 それなりに数少なく目撃した内容を並べてしまう。我ながら情けない。


「そうだといいのだけど、あの子、手に多くの怪我をしていたからね。ちょっと心配」


 気がつかなかった。

 アーヤはよく見ている。

 けど確かにここ最近、リナの手にはテーピングが巻かれていたなと今更になって気がつく。


「確かにそうね」


 同意するが、あまり深くは気にしていない私の気持ち。

 たぶん大丈夫だろうと、どこかで思っている。

 彼女も頑張っている。始めた頃に比べて上手になっているし、皆と溶け込んでいるはず。

 私が思うほど悪くない。

 そんな軽い気持ちだった。さ


「ほら早く書く」


 ボーッとしていた気持ちを戻し、止まっていたペンを再び動かし、それぞれのクラブへの依頼申請書へサインする。


「もうひとつ、今日リナはカゲルの家で、一年同期で親睦会をするって言ってたね」

「そうなんだ」


 一年同士の会、ということはリナも馴染んできたってことなのかな、さっきの心配も杞憂な気がしてきた。カゲルの家でね。


「羨ましい」


 アーヤが急にムスっとした顔をする。


「どうしたの急に」

「だって私たち同期で親睦会ってできないし」

「あー」


 確かに。

 過去に一度だけあるが、もうそれは悲惨としか言えなかった。

 細かいことは思い出したくもない。

新入生歓迎会もかなり危惧していたけど、まだ三人は制御してくれていた。

 同期になると遠慮がない。最終的に私が鉄槌を下すのだけど、正直あんまりしたくはない。

 決して仲が悪いわけではない。けど三人がハメを外しすぎると止まらなくなるのが厄介だからだ。


「当分は無理ね」

「そうだね」


 二人揃っての同じ気持ちだった。

 テーブルに置いていたペンを持ち上げようとした時、一瞬の不安が頭に過ぎった。

 けどそれが何かは分からなかった。



 サインを終わらせると、意義文をまあ後回しにして、台本作りに手をつける。ふと一つの疑問が浮かぶ。


「アヤメは演技しないの?」


 一年以上一番近くにいる私だが、一度もアーヤの練習をしているところを見たことない。

 今まで敢えてアーヤには問わなかったけど、台本を作るに当たって、演技をするかしないかを訊かないことには台本を作れない。

 アーヤは手に持っている書類を目視しつつ、コーヒーに一口つけて飲んだあと、首を横に振った。


「パス。今回はこういった事務処理とサポートに回るから」

「本当にいいの?」


 再度、確認でアーヤに詰め寄る。


「いい。これから依頼するクラブとの打ち合わせなどで忙しくなるから、裏方専門になる人が一人いないと、手詰まりになってもまずいし」


 アーヤは頑として、舞台に出ない意思を示した。

 だけどせっかくの舞台で、一緒に出演できないのは、私としては納得がいかない。


 でもアーヤの舞台の裏方で支える役割になるという考えは理解できる。実際全員が演技すると事務処理が滞りかねない。

 でも私の気持ちとして、どうにかして、彼女を舞台に立たせることはできないか。

 ペンを頭に当てて紙を見ながら、じっくり考えると、テーブルの上にある依頼書を見つめる。

 気になる文字が目に留まった。

その瞬間に閃いた。


「アヤメ! だったらちょっとした演劇なら出演できるんじゃない!」


 アーヤは紙を置いて振り向くと面食らった顔をする。私はお構いなしにテーブルを回って真っ白の台本を両手に持ちながら迫る。


「でも私は裏方に専念したいし」

「セリフの少ないのにしたら出演できる」

「本気で言ってる?」


 呆れたと呟かれた。けど私は気にしない。だって形はどうであれ、一緒に舞台に立ちたい。

 期待の眼差しを送り続けること数分、ハァと深い溜息を一つ吐いた。


「だったら一つ方法がある」


 アーヤはその方法を説明してくれた。私は感動のあまりにアーヤに抱きついた。


「すごい! それならアヤメも練習量も他より少なめでいけるね」

「でもこれね。正直素人がするには中々難しい技術でね。他の部員にも練習が」

「それでもアヤメと舞台に立てるから、そんな練習なんて私へっちゃら!」

「へっちゃらって」


 困った顔をしているが、そんなことなど気にせず、私はアーヤに喜びを爆発させていた。

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