『ゲリラ夜会』その2
口数の少なかった小百合さんが、ふと質問をした。
「みなさんは、ジャグリングクラブに所属しているのですよね」
四人は揃って頷く。
「何故、始めたのですか?」
そこには下心もない画策もない、純粋な疑問だった。
「私は、感動したから」
メグさんが何かを思い出すように上に向く。
「たまたま通りかかった時に見たんだけど、その人はいつも河川敷の橋の下で練習していたんだ。最初は何遊んでんだろうと思っていた。けどその人今度はスーパー前の広場にいた。その時にもの凄い演技をした。それを見て私も演者になりたいと思った。だから入ったのかな」
目をキラキラしながら語ったのは、その人に対する憧れだった。
「私は、その話をメグから聞いて、ノリでついてきた感じかな」
リナさんは頬杖をついてニヒッと笑う。
「僕はこういう性格で友達を作るのが大変だったから、特技を持てばできるかなと思って始めた」
相変わらず指をもじもじと動かしながら、顔を下に向けていたが、そこに自信だけはあるのかしっかりとした声だった。
みんなそれぞれだが、何か想いがあって所属している。
「君は?」
小百合さんが見つめながら、僕の答えを待っている。
でも僕にはそう言ったきっかけというのが、すぐには出てこない。解らない。いま練習している理由も、何かとりあえずという、具体的な理由にはならない。
あとは先輩に負けている悔しさだな。けどこれは理由としては言いたくない。
あるとすれば……。
「僕がはじめた理由は、経験がないから」
ストレートに伝わるはずもなかった。みんな、不思議そうな表情になる。天井に吊られている蛍光灯がピカピカっと点滅する。
「それは……」
「単純に言うと、僕はクラブ経験がない。だからやってみれば何か見つかるのではないか。そう思ったから」
僕は、今まで曖昧に過ごしてきただから、少しはその曖昧を消したいと思ったから、何か続けられたら、見えるかなと思った。先輩たちは続けてきたから良かったといった。だって輝いてみえるから。
「なるほど」
リナさんがオーバーに納得する仕草をする。
「リナさんどうしました?」
「私ね。実はカゲルが何で入部したのかが謎でした」
リナさんが直接的に「謎」と言った。
初めて言われた。
「パッと見ですが、ジャグリングを楽しんでいるより、必死になっているというか、しんどそうに練習しているのを見て、面白そうではないのに、何でやっているのかなと思いました」
「あー。ちょっと分かるかも」
メグさんも、続けて共感する。
「……そんな風に見えました?」
確かにここ二週間以上、必死にやった。
早い話、先輩に負けたくないという意地だけでやっていた。
三人は顔を見合わせてから、静かに頷いた。
「だって、何か必死な顔だったから」
「僕も、少し怖かったかな」
気がつかなかった。
それに会話することも、先輩とは流れとか突然のアクションで関わっていたけど、同期とは自ら話しをすることはなかった。
基本的に会話は受動的になっていた。練習しかしていなかった。
「すみません。何か皆に迷惑をかけて」
ペコリと素直に頭を下げた。
自分なりにこれがベストの対応だと思ったけど……。
「あー。もう。それ!」
メグが立ち上がって、ビシッと僕を指差した。
僕にはメグが何にイラついたのか、全然わからなかった。
「すぐに謝る! 何か暗い! あと私たち同期なんだから敬語使うのやめ!」
ハッと気づかされた。
でも正直すぐに飲み込めない。だって僕は……。
「女性にタメ語使ったことないです。」
「ほら使った!」
「タメ語は難しいで、む、難しい。」
歯が浮きそうである。
「まず。そこから治す! 何か敬語を使われると距離感があるの。同じクラブ員じゃない、だから、きっかけは違えど、折角同じ目標に向かっている仲間なんだから。もっとこうね楽しく、肩の力抜いてね」
仲間か。
今までそんな見方をしていなかった。
考え自体無かった。
自分のことで精一杯すぎたかもしれない。
確かに、同じ年だ。本来気を使わず話せる人たちだ。僕は慣れていないという理由で、いつの間にか距離を置いていたのかもしれない。
だから、向こうも色々考えて僕の家を選択したのだろう。
三人に相当気を使わせたかもしれない。
「わかり……、わかった。あと、何かありがとう。みんな優しいで……、優しいんだな」
今まで敬語をしていたから、話し方が片言になる。
けど、こんな風に言われたのも初めてだったから、感謝の言葉が出てきたかもしれない。
「え。え。ああ。うん」
メグが逆にどう反応したらいいか困っている。
リナと大介が目を丸くする。
『カゲル。熱でも出た?』
「いや、待て。僕をどこまで変人扱いするつもりなんだ!」
「ふふふ。面白い!」
右隣の小百合さんが、クスッと笑った。
笑われた。少々恥ずかしかった。
「カゲルのリアクションだけは、飽きない」
リナが顔を背けて嘲笑う。
「ちょ、馬鹿にしてま、してる?」
「敬語になっていますよ」
「あ」
四人揃って、大介に注目する。
大介も気がついたのか、口を押さえる。
『ダーイースーケー!』
「あ、ごめんなさ、あ、ごめん」
「ん、ふ、フフ」
「アハハハハ」
みんなこのバカみたいなやりとりに、笑うしかなかった。
久しぶりかもしれない。こんなふうに気兼ねなく友達と笑えるのは……。
部屋はほんのりと暖かい空気に包まれた。
「さあ。距離が縮まったということで、カゲル!」
メグが僕をご指名し立ち上がる。
リナもワクワクしながら、羨望の眼差しを向け始める。
『カゲル! 話してもらいましょうか! 小百合との関係について』
壮絶なハモリで、ぐいっと二人揃って詰め寄る。
「僕も気になるな」
この手の話題に無頓着かと思われた大介までもが、興味津津で話題を待っている。
「え、ちょ、いや。小百合さん?」
小百合さんに助けを求めるが、彼女も急な展開に目をパチクリさせている。
ここは僕が何とかしないと。
「え? あ、小百合さんとは、たまたま授業で隣の席になったんだけど」
『ほうほう。それで』
耳をそばだてる二人。
「それ……だけなんだけど」
『え、えええええ!』
驚愕と落胆の色が二つ絡み合い、最後は悲しそうな声をあげる。
「それだけの関係が、何で今日、夜二人きりなの?」
メグがまたもう少し近づく。
「二人きりだったの?」
「そう、向かい合って、小百合さんから近づいていってたよ」
「何その展開!」
キャーとひとりでにテンションが上がるリナ。
誤解に誤解を重ね、話がどんどん良からぬ方向に発展していく。
「そ、それは」
「私がたまたま通っていて、そしたらボールが転がって拾うと思ったら、ちょっとカゲル君と手が触れてね」
ポッと顔を赤くする小百合さん。
えっと、小百合さん?
「何何何? その運命的な出会い!」
「街角でぶつかった並みの展開じゃない!」
二人で両手を組合って、ぴょんぴょんと跳ねだし、盛り上がりが最高潮に達している。
小百合さんも、まんざらでもない表情しているんだよ。いやあそれはそれで多少は嬉しいけど。
「けど、その拍子にカゲル君のボールを飛ばしてしまって、車に轢かれてしまったから、それでちょっと話をしていた時にメグさんが来たの」
後半は冷静に説明し終える小百合さん。
二人は、最後はフムフムと態とらしく頷く。
何を納得したのか想像したくない。
何とか弁解しようと言葉を紡ぐ。
「だから、まだ今日会ったのが二回目だから、偶然会った同じ学部のし……、友達だということだ」
今はまだ二人が想像するような展開になっていないと言っておく。のちのちなると嬉しいけど。
「なるほどね。あれね。今後の展開に期待ということね」
「!!!!」
メグがウインクする。
いやまだ誤解している! 誤解しているけど……。今後そうなって欲しいという願望があるから、思い切って否定できない。
この言葉に対し彼女はどういう反応しているのか、横目で彼女を一瞥すると、至って自然体の表情だった。
「みんなとはこれから友達になりたいね」
彼女はにっこりと笑ったのだ。
それを見た瞬間、この場にいた四人は、只々見とれるしかなかった。
その微笑みはそこはかとなく無垢で天使の様な可愛さだった。
『か、可愛い』
女子二人は、感動の声が無意識に溢れた。
僕と大介は、数秒間見とれてしまった。
「なろう!友達に!」
「もう可愛い!さっちゃん!」
メグとリナは勢い余って、小百合さんに抱きついた。
小百合さんは一瞬面食らうが、すぐに二人と馴染んだか、表情を緩めた。
「さっちゃんって何が趣味なの?」
「え・えっとね……」
メグリナは、あの一瞬で気に入ったのか、もう趣味の話などをしている。
「大介」
「どうしま、どうした。カゲル?」
「いや。何か小百合さんって凄いな」
「……確かに」
恋バナ方向に暴走しそうな話題を、言葉一つ、笑顔一つで終わらしてくれたのだから。
僕と大介はその爽やかな、三人の光景を静かに見守っていた。
「ごめんね。私まで泊めてもらって」
小百合さんは、テーブルの上にある湯呑を両手で持ち上げ、静かに口づける。
「大丈夫です。むしろこんな夜中に女性一人で帰らせるわけにはいかないですから」
「あ、また敬語」
ハニカミながら優しく指差される。ドキッとした僕は照れくさく、こめかみに手を当てる。癖を治すのは難しい。
「みんないい人だね」
「そうだね」
天井にからぼんやりと光る常夜灯に、スヤスヤと寝息をたてている三人を見つめる。メグはゴニョゴニョと口を小さく動かしている。
その光景に微笑ましくする。
だが彼女は一瞬だけ、瞳に力がなくなったことに気がついた。
そんな表情を目撃した僕は、何か聞いてあげられる事はないか、この人のために何かと思った。いつもなら自分の対人能力の無さで出てこないのだが、今日だけは一つ思いついた
「それなら。僕らのクラブに入らないですか」
先輩たちの言葉をそのまま使う形だった。
その誘いに、小百合さんは驚かず、かといって考え込むこともなく、ゆっくり僕に振り向く。
「ありがとう」
天使が微笑んだような、優しい笑顔だった。
「でもそれはできないかな」
だが、あっさり拒否された。
「どうして」
「ちょっと、ね」
言葉の一瞬の間の開け方、彼女は湯呑を置くと、両手を合わしてぼんやりと虚空を見つめていた。
今の言葉で何か彼女は隠しているのは明白だった。だが今の僕に彼女の気持ちを聞く資格はあるのか、本心は聞きたかった。だが口に出てくる寸前で躊躇してしまう。
「ナニ?」
小百合さんが急に何かを警戒するように上を見る。
僕もつられて天井を見る。
ゴトッ、ガタッという物音が聞こえる。それが徐々に大きくなっていく。
口の中の唾を飲み込み、冷や汗がスーっと頬を流れていく。
「……」
ピタッと音は止まった。僕と小百合さんは目を合わせたあと、二人同時に息を吐いた。
だが安息は一瞬だった。
「ウオオオ」
獣のようなうねり声が響いたあと、天井から家具がぶっ倒れたような大きい衝撃音のあと、
天井の一部分が開き、人が一人落ちてきた。
床に衝突して、一瞬止まったあと、ビクッと動き出した。ズルズルと這いずるようにして近づいてき、髪でグチャグチャになった顔を晒し、赤く染まった口がゆっくり動いた。
「かああげええるううううう!」
『ぎゃあああああああああ!』
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