『断末魔』

 そんな傍から見れば小さな、私にとっては大きな悩みが解決されぬまま、コンビニに到着。

 最初、なんでコンビニ来たんだろうと思っていしまった。

 悩みすぎて飲み物を買うという目的を忘れかけていた。

 手頃の飲み物を購入し終えて、コンビニを出た。


「そういや進んでいるのかイベントの準備」


 耕ちゃんが紙パックの苺ミルクを飲んでいる。


「まあそれなりには」


 アーヤはブラックコーヒーを飲みながら答える。


「何とかね」


 歯切れ良くは答えられない。


「そうか」


 耕ちゃんはそれ以上は突っ込んでは訊いてこない。

 心配はしてくれたのか、それとも気を使ったのか。

 私の反応が困らせてしまったのか、空気が悪くなる。

 何か明るい話題を探さないと、明るい話題、明るい話題。


「ん?」


 アーヤが急に耳を澄ませる。


「どうしたの?」

「静かに」


 アーヤは口もとに人差指を当てる。

 私も耳を当てる。


「ぎゃああああああ!」


 断末魔が夜の住宅街に響き渡った。

 ビクッと飛び跳ねて私はアーヤの肩を掴む。


「カスミン! 驚きすぎ」

「驚くよ! 真夜中に叫び声って」


 ブルブルと震えてくる恐怖、夜は危なくないと啖呵切っていたのに。


「カスミン、アヤメ」


 耕ちゃんが私たちの前に立つ。


「ぎゃああああああ!」


 二回目の断末魔。

 今度はハッキリと場所が解った。

 オンボロのアパートからだ。


「うわあああ」


 バタン。ドンドン。カンカンカン。数秒の間に木、鉄、コンクリートと様々な材質の音が流れたあと、二人の人影がこちらに向かってきた。


「先輩!」


 一人は黒縁メガネをかけた後輩カゲル君と、もう一人は見たことのない黒髪の女性だった。

 二人共、顔を青ざめている。耕ちゃんの後ろに隠れる。


「カゲル! どうしたの」


 意外な人物の登場に、驚きのあまり声がひっくり返った。


「で、で、でました!」


 ブルブルと体が震えている。

 もうひとりの女性は、身を丸く縮ませている。

 一体何が起きたのか。不審者がでたのか。窓が割れている気配もないし、本当に幽霊が出たのか。

 ゾゾッと背筋に寒気が走った。


「うぎゃああああ」


 今度は三人が部屋から飛び出した。

 リナ、メグ、大ちゃんが、倒れそうになりながら、出てきた。

 三人揃って、耕ちゃんの後ろに隠れた。


「ちょ、何があったの?」

「で、出ました」

「もう、なんなのよ」

「あ、ああああ、ああ、ああ」


 大ちゃんは痙攣状態を起こしている。

 私とアーヤは息をごくっと飲み込む。


「耕ちゃん。頼んだ!」

「頼むよ」


 私とアーヤも揃って後ろに隠れ、応援する。


「カスミン。アヤメ。マジか……。解った」


 気がついたら私の脚がガクガク震えていた。

 五人の恐怖の顔を見ていると、伝染したのか私の体にも不安が募る。

 バタバタ。

 一つの人影が出てきた。階段をのそのそと歩いて来るのが見えた。人間というにはひどく猫背がキツイ。そして腕をブラーっと下に伸ばしている。

 ゆっくりと一歩ずつ一歩ずつ近づいてくる。

 ヒタヒタと足音が近づく。

 そしてその影が月明かりに当たり、姿を現した。

 

「ああああ」


「いやああああ……。あれ?」


 そこに立っていたのは顔から血を流し、服がボロボロのゾンビみたいな人だった。

 だけど、その人物はアフロに、特徴的な顔というより知った顔。


 全身に襲っていた恐怖から、腹の中がフツフツと憤怒が湧き上がってきた。

 

 耕ちゃんの後ろに隠れて、子供のように震えている一年生を見て、その怒りが爆発した。


「てるやん。おまえ逃げ……」

「耕ちゃん。いいよ。下がって」

「おい。カスミン待て。アヤメまで」


 私の横に一人並ぶ人影があった。髪がいつもより上向きに感じる。黒いオーラがにじみ出ていた。


「アヤメ、気が合うね。でも珍しい」

「今回は私も怒りが湧いてきた。後輩の親睦会をぶち壊すとは。情状酌量の余地はない」


 私とアーヤは、揃って拳を鳴らす。

 一歩ずつ、憎らしいゾンビに近づいていく。

 奴は恐れをなしたのか、私たちの姿を見て襲うことなど無く、逆に表情を固めて、一歩ずつ後退する。

 

「頼むから。二人共、間違っても殺すな」

「大丈夫耕ちゃん。殺しはしないよ。ただもう『ふざける』という記憶を抹消するだけ」

 

 私は右手に息を吹きかける。


「大丈夫耕ちゃん。ちょっとアンドロメダさんまで旅行してからブラックホールさんに食べてもらうから」


 アーヤが不敵な笑みを浮かべる。


 奴はビクッと震え上がり、後ろに振り返って逃げよとする。


 だがアーヤが追いつきしっかりと捕まえる。奴はジタバタした必死に抵抗見せるが、アーヤは強引に奴の体を引っ張り壁に押し付けた。


 鈍いコンクリートの音が響き壁に顔をめり込ませた。


 完全に抵抗が停止したあとに頭を掴み強引に壁から引き剥がした。

 アーヤは片手一つで奴を宙に投げあげてくれた。


 私は浮いている奴の体の下に入り込み、お腹にアッパーを決める。

 さらに浮き上がり、体が大きく開かれた。


 私とアーヤは同時に動いた。


 右拳を力強く込めた。そして憎きやつに向かって拳を振り抜いた。


「双槌!」


 奴は無限の彼方まで飛んでいった。



「もう大丈夫だから」


 自然体に戻った私は怖がる後輩に寄り添うように近づく。

 するとガバっとリナとメグが抱きついてきた。


「カスミンさん。怖かったよ」


 胸の中で震える後輩をそっと背中を撫でてあげた。こんな可愛い後輩を怖がらせるとは、てるやん酷すぎる。

 カゲルはホッと胸を撫で下ろし壁にもたれかかていた。大ちゃんは耕ちゃんの背中から動けなくなっていた。

 そして最後の一人、黒髪の女性は、アーヤと何やら話をしていた。

 彼女に見覚えはない。

 新しい部員でも見つけたきたのかな。

 そう単純な考えしか思いつかなかった。けど何故か目を離すことができなかった。

 魅力ではない。何か違う。

 でもそれが何なのか分からなかった。

 

「どうしたんだ。みんな揃って」


 突然現れた声の主に、一同殺意の目を向ける。


「うわ。ちょい待て、俺何もしてねえ」

「てるやん。愛されてる!」

「こんな愛され方はいやだっつーの」


 隣にエリがいつもどおりの茶々を入れる。そんな行動が憎たらしい。

 

 私はさっと立ち上がり拳を鳴らしながら、てるやんに詰め寄る。


「ちょ、待て待て待て、確かにいつも色々やらかしている俺だが、なんもしていないのに初めから暴力はやめてくれ」


 両手を上げて降参の意思を伝えてくれるが、どんなに弁明しても許せる気がしない。


「シラを切らないで、親睦会をしていた後輩を恐怖に陥れて、なのに弁明っててるやんはどれだけ薄情ものなの?」

「ちょっと待て、親睦会をしていた後輩? 恐怖に陥れる? 俺が何したってんだ?」


 焦っている姿を見せるが、それが演技だろ。


「さっきゾンビの格好していたじゃない」

「……。ん。してないしてないしてない! 俺さっきまでエリと二人でコンビニ行って、帰ってきたばかりだぞ。それにゾンビの格好てなんだよ。まだハロウインの時期でも、ホラーの時期でもないのに、やってねって!」

「てるやんが言っているのは、不本意だけど、本当だ。さっきまで私と一緒にいた。片時も目を離していない。むしろこんな道に大集合している事実に驚いているんだけど」


「え……」


 てるやんの言動から、嘘と思えない。それに付き添いのエリまで証言している。でも口裏を合わせている気もする。


「本当に本当に本当に、本当?」

「何遍も言わせるな、本当だ。そんなに疑うなら、俺たちが行ったコンビニの店員に訊いてみろ、間違いないと言うぞ」


 ちょっと待って……。


 私はゆっくりと振り返る。みんな顔の血の気が退いていくのが分かった。


「じゃあ。今さっきの人って誰?」

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