『初めての飲み会』その1
「では発表します。今年七月に、オタマジャクシズは、定期発表会を行います!」
先輩たちは、特に例の三人は物凄い勢いで雄叫びを上げた。
「ウオー!」
てるやん先輩とエリ先輩が立ち上がって、手を上げて喜び、耕次先輩は力強くガッツポーズをした。アヤメ先輩は静かにほくそ笑む。
だが一年生は、僕を含めポカンとしてしまった。
完全に一年と二年で盛り上がりに差が現れた。
僕としては発表会に出ることで、そこまで騒ぐものかと感じた。
演技する部活なら舞台に多く出演しているものだと思っていたからだ。
同期はそう思っているはず。
「やっと目標ができた」
「……え?」
一年生一同、てるやんさんの言葉に、疑問符と驚愕の文字が頭上に発生した。
二年生も気づいたのか、一瞬の硬直状態を引き起こした。
この状況から事態を真っ先に察したのは、アヤメ先輩だった。
「一年生にはまだ言ってなかったけど、私たち去年は練習だけで、どこの舞台にも出てないの。だからこれが初めての出演場所と目標の決定ということ」
端的な説明に理解はできた。
だけど無性に突っ込みたい部分が多くある。
「ちょ」
「超いいじゃん!」
メグさんの声が僕の声をかき消し、派手に立ち上がった。
「それって私たちも創部初の舞台に立てるってことじゃない。その歴史的瞬間に私たちが出れるって、超ラッキーじゃん!」
ね。と、リナさんにアイコンタクトを送った。リナさんも慌てて頷き、同意を表したと思われる行動をとった。
突っ込み手伝いの仲間、二人陥落。
僕は次に大介に視線を移す。
「舞台に出るのか。舞台は人がたくさんいるし、それに自分がミスしたら、自分への評価が下がるし……」
最後の一人消滅。
負のオーラが漂い、ネガティブ用語をひたすら呪文のように呟いている。
一人はポジティブ、一人は流されているし、一人はネガティブだし、正当な反応しているのは自分だけだったと思い込んでいる。
「質問いいですか?」
すっと手を上げて、二年の返事を待つ。
「はい。カゲル君」
カスミ先輩が笑顔で僕を指差して了承を得た。
「一年間舞台も立たずに練習って、本当にそれ以外何もしてないのですか?」
二年生は全員顔を見合わせて考えて、答えたのはアヤメ先輩だ。
「そうね。ずっと練習だったね」
普通に答えた。
「ちなみに聞いてなかったですけど、創部何年目ですか?」
「一年ちょいだよな」
てるやん先輩がアヤメ先輩に顔を覗かせる。
「そうだね」
その前提を知らなかった。
「そういうことはまた後で、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
強引にてるやん先輩に話を打ち切られた挙句、乾杯の音頭まで言い切りやがった。
僕以外みんな乾杯にのっかり、ぼーっとしている僕にもグラスを当てにきてそのまま歓迎会が進んだ。
完全に置いてきぼりにされた。
胸の中に非常に粘っとしたわだかまりが残った。
ムスッとした僕は、コップにあるジュースをぐっと飲み干した。
「ごめんなさい。カゲル君の知りたかった答えができなくて」
カスミ先輩が僕の横の席に座り、僕のコップに静かにオレンジジュースを注いでくれた。
僕の気持ちを見透かされたかの様だ。
「いえ。大丈夫です」
コップにあるジュースを一口飲む。
「二・三個不安に思ったことがあります」
言っていることが矛盾しているということを認識していながら、自分の気持ちを正直にぼやいてしまう。
呼応するかのようにカスミ先輩がクスッと口元を緩ませる。
「そうね。何から聞きましょうか」
妙に楽しそうなので、冷やかしを受けているかと思ってしまう。
「創部一年って、本当ですか」
「本当だよ」
「今まで舞台に立っていなというのか、経験がないというのが不安というか、部活はどこかの舞台で演技していると思い込んでいましたので、ちょっと混乱しまして」
自分で何を言いたいのがわからなくなる。
予想としていなかったというか、根本的に舞台に出ることに不安があり、それが先輩たちがやったこと無い事実に拍車がかかったのだろう。
僕自身、真っ白の状態からする事が不安だった。特に先輩たちも経験がないということが、余りにも未知すぎて不安である。
「そんなに何も経験がないところからするのが不安なの?」
切り返されて言葉に詰まってしまう。
カスミさんは、普通は不安に思わないという、至極当たり前の様な反応をする。
自分だけが間違っているのか。
「僕は不安です。やった事ないからです。カスミ先輩は違うのですか」
「私は楽しみかな」
楽しみ。
前にも似たような驚きをした。
ここの部活の人たちは、少なくとも楽しむということが自分の軸になっているらしい
「さっきとは話が変わるのですが、アヤメ先輩も言っていましたが、楽しむって何ですか」
口を閉じてンーと伸びたような声を出して考える。だが思ったより時間はかからなかった。
「楽しむってことは、今みんながワイワイと賑やかに食事会をすることだけとは限らない。本当は、発表会等、舞台をみんなで一緒に作っていくみたいに、新たな挑戦をすることで、苦しい経験などあるけど、それを乗り越えた先に楽しさがある。だから経験がない中でするのって冒険と同じで楽しいと思わない?」
新たなことに挑戦することが楽しい……。
まただ。胸の中で何かが蠢くような感覚を感じる。
こんなにも自分と考えが違うのか。
違いすぎて、すんなりとは飲め込める気がしない。
コップにあるジュースをただ虚ろな瞳で見つめる。
「もし考えが違うなら、素直に納得するのは難しいかもしれない。けど自分なりに考えてみたら」
カスミさんは僕に微笑みかける。
それに応じた反応を示そうと表情を緩めるが、どうもぎこちなくなる。
「プッ!」
カスミ先輩ではなく、その隣にいたエリさんが僕の表情を見て、派手に転けて。
「何今の顔、面白すぎ」
腹を抱えながら、飲み物を噴出さないよう必死に格闘している。
ボッと自分の顔が熱くなった。
気がついたのか、ゾロゾロと僕に視線を集まってくる。
「何があったんだ」
「何、何。カゲルが何かした」
状況を知らない人たちが、興味本位で集まってくる。
もう。本当にこの人たちは、悩みを知らないのか。
何か考えている自分がバカらしくなる。
こんな時まで思いつめる必要なんてない。
「みんな、ちょっと」
カスミ先輩が僕を庇ってくれる。
「大丈夫ですよ」
複雑な気持ちなんて今は捨てよう。僕は満面の笑顔を作る。
「プッ」
メンバーみんなまた吹き出した。
「もっすごく顔が引きつっている」
「カゲル、笑顔下手なのか」
二年の三人組は腹抱えるし、一年の三人も必死に笑わないのを堪えようとして肩を震わせているし、アヤメ先輩は普通に笑うし。
ものすごく恥ずかしい。
自分の癖で俯きそうになりかけた。
「フフ。落ち込まなくてもいいよ。これから上手な作り笑顔を覚えばいいよ」
カスミ先輩が静かに助言してくれた。
まだ納得まではいかなかったけど、少しは前向きな考えになれそうな気がした。
「はい」
少し楽になった。
「わかりました。今回は渾身の変顔を見せますよ!」
顔の筋肉をフル稼働させた。
「ブッ!」
例の三人が耐え切れず床に崩れ転げ回った。
「アッハハハ」
「カゲルさん。ちょっと変です」
罵りながらも、リナさんは顔の綻びが止まらない。
「ほんとバカみたい」
メグさんはリナさんに同じく。
大介は無言で笑っていた。そんな光景も悪くは無いと思い始めたのであった。
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