『部活見学』その2

「ギャー!」


 入口の方からドタバタと騒々しい音が聞こえ、人が飛ぶように入ってきた。

 大介に襲撃をかけた二人だった。

 二人はまっすぐに駆け抜け、体育館の反対側の壁にブチ当たり、必死に壁をよじ登ろうとすることが出来ずにずり落ちて、ベタっと背中を張り付けた。

 するとまた、入口から人が一人入ってきた。


「エリ。てるやん。もう逃げるのはやめたの?」


 顔は笑いながら、ゆっくりと歩いていく。


「すまん。降参だ。参りました」


 エリ先輩とてるやん先輩が床にめり込むほど頭を付け、土下座した。

 部長はゆっくりと腕を組み、二人の目の前で立ち止まる。


「仕方ない。いいわ」


 一回肩を上下させて、声は柔らかくなり、いつも通りのカスミンさんに戻った。

 許された二人は、床にヘナヘナと崩れ落ちた。

 見覚えのある光景を眺めながら、呆れ笑っているリナさんとメグさんに訊く。


「この光景はいつものことなんですか?」

「日常茶飯事です」

「そうよ。ホントよくやるわね。でも今日は一人足りないみたい」

「足りない?」


 一瞬気がつかなかった。冷静に考えてみたら、確かに一人足りない。忘れるはずのないあの日本人離れした人。


「お疲れ様です」

「おつかれさま」


 さっき逃げたメガネの青年とアヤメ先輩が一緒に現れた。青年の方はぐったりと背中を丸めている。

 本当に疲れている。

 あの二人に追いかけられたのだから、当然といえば当然か。

 この後の部活動に彼は体力が持つのか心配にはなった。


「来てくれたんだカゲル君」


 アヤメ先輩が僕に気がつく。

 僕は若干恥ずかしくなって、顔を逸らす動作をとってしまう。


「なんとなくですね」

「フフ」


 嬉しそうに笑いかけてくる。

 余計に恥ずかしくなる。こういうのに慣れてなかったのと、自分の心情を見透かされた気がしたことにもどかしくなる。


「君が数谷君ですか?」


 ほっそりとしたメガネ君が、僕の名前を呼ぶ。若干猫背で前髪が目にかかっているの見るといかにも文化系だと思った。


「そうです」

「僕は国原大介(くにはらだいすけ)と言います。よろしくお願いします」


 きちっとした声で、軽く会釈する部分を見ると、普通に真面目な人だと感じた。


「よろしくお願いします」


 反射的に会釈した。

 雰囲気は僕と似ていると思う。このテンションの高い部活に自分から入ったのかが疑問に覚えるほど、そのようなオーラを感じない。


「もう挨拶し終わったみたいね」


 いつの間にかカスミ先輩が元の笑顔で僕のそばにいた。


「これから活動始まるから、楽しんでいって」

「はい」


 カスミ先輩は体育館の真ん中まで歩き、部員達を呼びかけた。

 全員真ん中に円形に集まる。

 僕もその中に混じって並ぶ。


「今日も部活やっていきましょう!」

「おお!」


 テンション高く盛り上がっているのは、エリ先輩とてるやん先輩だけで、あとは普通の反応だった。

 二人はもう通常に戻っている。


「その前に今日は見学者がいます」


 部員全員の注目が僕に集まる。

 カスミ先輩が自己紹介を軽くしてくれと言ったので、僕は普通に話した。


「数谷カゲルです。大学一年です。中学・高校とクラブに入っていません。ですので、クラブというのがどの様なモノなのかという点も含めて、見学をさせていただきたいと思います。よろしくお願いします」


 軽く礼をした。

 全体からそれなりの拍手が聞こえた。


「よろしくお願いします。カゲルくん。では今日の出欠確認。アヤメ!」

「耕ちゃんが来てなくて、連絡ありません」

「お、おう」


 全体がどよめいた。

 たぶん報告をしてないことが意外だったのだろうか、それともそもそも休むことなど無い人なのか。


「耕ちゃん珍しいね。今までそんなことなかったのに。アヤメとりあえず連絡してみて」


 アヤメさんは、すぐ連絡する。

 しかし、数秒してアヤメ先輩は、スマホを耳から外し首を横に振る。

 カスミ先輩はンーと口元に手を当てて考え込む。

 そして、例の二人に訊いてみる。


「エリ、てるやん、耕ちゃん知らない?」

「いや俺たち今日は珍しく耕次の姿を見てないぜ」

「私も見てない」


 体育館に不安の空気が流れ始めた。

 カスミ先輩はしばらくの間考えていたが、仕方ないと一言呟いたあと、「私が確認するから」先に練習をしててと言った。


 若干の不安は拭いきれなかったが、時間も押しているということで、開始の流れになった。


「仕方ないからとりあえずカスミン以外で始めよう! じゃあ、まず……、あれ? ちょっと待って」


 アヤメ先輩が急に入口を注目した。全員の視線が一斉に入口に集まった。

 ドタドタともの音が聞こえたのち、扉が開いた。


「すまん。遅れた」


 そこから現れたのは、身長二メートルを超える大男、野太い声が特徴の先輩だった。間違いなく城ヶ崎先輩もとい耕次先輩だった。そうなのだが……。


「耕ちゃん!テッカテカじゃん!」


 二年生全員が一斉に叫んだ。

 僕を含めた一年全員も目を丸くさせた。

 耕次先輩の腕と脚、タンクトップの隙間から見える胸筋と背筋の筋肉が、何と日の出を見るがごとく金色に光り輝いていた。

 目で覆いたくなるほどの眩しさだ。体育館が一層明るく輝くほど……。


「プッ。プハハハハ。こうちゃん最高」


 エリ先輩が腹を抱えながら、床を転げまわるように笑い倒れた。

 てるやん先輩も涙を流しながら、叫んでいる。二人とも容赦ない。

 耕次先輩は顔を背ける。他のメンバーも必死に笑いを堪える。

 僕もみんなと同種の人間だ。


「こうちゃんどうしたの」


 唯一冷静だったのはカスミ先輩だった。耕次先輩に静かに近づいて行く。

 背けていた顔を元に戻す耕次先輩は、事情を部長に話し始めた。


「今日の目覚めはとても良かった。体も軽いし、気だるさもなかったのだが、鏡を見たとき体がツヤツヤに光っていた。それで外に出るのが恥ずかしくなってな、服はタンクトップしかない。迷った挙句、とりあえず部活だけ出るために、人通りの少ない所を通って来たんだ」

「なるほど。そんなことが……。クフッ」


 部長が笑った。


「か、カスミンまで笑うな」


 耕次先輩の声が一オクターブ高く、ひっくり返ってしまった。

 信用していたはずなのに、まさか自分の目の前で笑われるとは思っていなかったんだろう。みるみる顔が赤くなっていく。


「もう笑うのやめてくれ」


 耐え切れず背中を向けた耕次先輩。


「ごめん。ごめん。とにかく無事でよかった。心配したんだから」

「それは悪かった。連絡だけはすればよかったな」


 ものすごく小さく弱々しい声だった。


「ほら。二人も笑うのやめたら」

「わかった。わかった」


 例の二人は笑いをやめた。まだ若干クスッとしまうところは残っていたが。

 それにしても、強烈だった。


「つうかなんでそうなった?」

「わからん」

「耕ちゃん、植物にでもなったの?」


 エリ先輩が、耕次先輩の皮膚をつつく。

光合成云々と言いたいところだけど、発光はしないだろ。


「体調は悪くないんだよね」

「一応な。それに大部弱くなったみたいだ。たぶん時間経過で治るとは思う」

「今日は練習大丈夫?」

「たぶんな」


カスミ先輩は、ふむと納得したみたいだ。


「とりあえず、耕ちゃんも大丈夫そうだし、改めて部活始めますか」

「何か不定期に笑いが込み上げてきて、こっちに支障がありそうなんだけど」

「エリ。気合で何とかしなさい!」


 エリ先輩は全然耐えれていない。口元がずっとニヤニヤしたままだった。

 とりあえず、耕次先輩も練習に参加できた。


 耕次先輩は集合の輪の中に入るが、今だに光り続けているので、不定期で笑いがこみ上げてきそうだ。

 本人はまだ落ち着かなさそうだが。


「ではみんなアレの準備をして。」

「はーい!」


 みんなそれぞれに準備をする。あれ、とは一体何だろう。

 そもそも、僕はこのクラブが何をするか知らなかった。


『色々やってるね。ボール投げたり、棒を振り回したり、紐を振り回したり巻きつけたり』


 アヤメさんの言葉を思い出すと、ものすごく不安になる。

 僕の想像は、小道具でひたすら対決している雰囲気だから、新入生相手に本気で攻撃してきそうなイメージしか持てない。


「これに座って」


 アヤメ先輩がパイプ椅子を準備してくれる。

 親切な行為のはずなのに、いらぬ想像をして、拒絶してしまう。


「アヤメ先輩。今から何をするのですか?」

「見てのお楽しみ」


 指を立てる。はぐらかされた。

 そのような曖昧さが一番不安を増幅させる。けど、ここまで来て逃げるわけには……。

逃げても無駄だな。


 諦めてパイプ椅子に座り、体育館の中央を眺める。


 横にはメグさんとリナさんが立っている。


 妙に落ち着かなく、何度も隣にいる二人に視線を移すが、何もできない。

 待ち時間は一分も無かったはずなのに、やけに長く感じた。


「お待たせ! 今から道具紹介します!」


 カスミ先輩がハツラツとした声で、両手に何か持って現れた。

 よく見ると、丸い形をした物、それを三つ持っている。

 ボールだと考えるのが普通だが、あれが変形して謎のメカに変わったりするのだろうか……。

 緊張のせいで馬鹿な想像に発展するが、結果的にそんなことはなかった。


「この道具は見たことあるかもしれないけど、ボールという道具です。お手玉って言ったほうが分かりやすいかな」


 そう言って、三つ持っていたボールを上に投げ始めた。その一つ一つが宙を舞って、吸い込まれるように手に収まり、そしてまた投げ上げる。それを繰り返しながらボールの軌道を描いていく。


 時よりボールを足の下を通したり、背中の後ろを通したりと、軌道に変化をつけていく、最後はボール一つを高く投げ上げて、クルッと体を一回転して、落ちてきたボールを見事にキャッチして終わった。


「おお」


 思わず感嘆の声が出て、拍手までしていた。隣にいた二人も拍手する。見事に演技に見入ってしまった。

 ふと思うとこういうのをテレビで見たことはあった。確かジャグリングと言われる種類の演技だったと思う。サーカスの人がするイメージで、こんな生で見られるとは思わなかった。


「よくボールできるよね」


 メグさんが「ハアー」っとため息をつく。


「そこまで落ち込みます?」


 一瞬にして背中が丸くなる。想像以上に心傷しているメグさん。


「メグのボールはね。天才だよ」

「ちょっとやめてよ」


 リナさんが「ね」と嬉しそうにメグさんを一瞥すると、メグさんは顔を背けながら恥ずかしそうにリナさんの肩を押す。


「それはもうほんと」

「それ以上言ったら、本当覚悟してね」

「メグ必死になりすぎ」

「だって、でも、できないもんはできないもん!」


 どういうレベルだよ。


「ハイハイ。そこ落ち着く」

 

 アヤメ先輩の注意で、戯れあうのをやめるけど、メグさんが相当顔を真っ赤にしている。


 いやホントに何があった。



 その後にエリ先輩が「リング」耕次先輩が「ディアボロ」てるやん先輩が「フラワースティック」の道具を紹介した。三人共通して言えることは、もの凄く活き活きとしていた。

 心から楽しんでいる。清々しいくらいに気持ちよくしていた。こっちがワクワクするほどに。


「んじゃ、ダイスケお前もやれ!」

「え?」


 突然の指名にメガネの奥の瞳をパチクリとし、自分を指さす。


「いえいえいえいえ。僕にはそんな先輩たちみたいに人に見せられる程では、あああああ」


 エリ先輩に腕を掴まれてズルズルと引っ張られていく。

 道具紹介を一年にさせるなんて。

 だけど、隣にいたリナさんとメグさん、そしてアヤメ先輩も止めようとしない。


「ちょっと大丈夫なんですか?」

「大ちゃん。大丈夫それなりにできるから」


 またもアヤメ先輩が他人事のように言う。


「カゲルさん大丈夫です」

「大丈夫。大ちゃんも、もうちょっと度胸をつける練習したほうがいいし、それに私より出来るし」


 悔しそうに歯を噛み締める。

 出来るって言われても、あの感じで演技できるとは到底思えない。大介君は半泣き状態で、僕の前に連れて来られた。エリ先輩から渡された道具は、直方体の緑と黄色とピンクの三つの箱だった。


「この道具はシガーボックスという道具で、三つの箱を横に挟んで組み替えたり挟んだりなど行うものだ」


 エリ先輩が得意げに紹介し、大介さんの背中をバシっと叩いた。

 彼は痛そうにしていたが、観念したのかゆっくりと立ち上がった。


「うっ。やります」


 泣き声に近い言葉で肩をプルプルと震わせていた。

 だけど道具を持った瞬間に彼の目の色が変わったのが解った。姿勢もピンと背筋を伸ばした。

 ふーっと呼吸し、意を決して、演技を始めた。


 数々と技を繰り返していく、その演技一つが箱も体もブレずに、投げ上げては、ひっつき、とって抜いてはひっつきと、その一つ一つのキレが半端なく良かった。吸い付くように僕は彼の演技を見た。

 難しい技も決めていき、綺麗に三つ横に収まる。最後は逆手で端の箱をとって大きく回しクロスでキャッチして決めた。

 

 一瞬の間を置いて、僕は無意識に拍手をしていた。第一印象とは違いすぎて、圧倒された。


「大介スゴッ!」


 僕は立ち上がり賛辞を送ると、大介さんは急に下を向き、静かに箱を床に置いた。


「うあああ」


 大介は叫びながら全力疾走で外に逃げていった。


(もっもたいな!)


 他の部員たちは慣れているのか、特に変わった反応を示さない。


「あれ追わなくて大丈夫ですか?」

「カゲルさん大丈夫です。大ちゃんは数分したら帰ってきます」

「そうそう。あんなにできるのに、あの性格だけはなんとかしないとね」


 メグさんとリナさん二人とも頷く。

 いや今すぐに治した方が良いだろと突っ込まずにはいられなかった。

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