『部活見学』その1
翌日の放課後、僕はキャンパス外の、林道を歩いていた。
不思議にも体が軽かった。
気怠さも感じないし、足も弾むようだ。
原因を考えてみると、一つだけ心当たりがあったが、軽く頭を振って否定する。
(まさかな)
思考するのを放棄して目的の場所へ急ぐ。
両側には木しか見えない。
しかも木一本一本が高くて、青い空は少ししか見えず、陽の光はほとんど入ってこない。そのせいか、林の中は暗く見える。
なんでこんな場所があるのかは知らない。単に山が近いだけという理由だとは思う。
夜にここは歩きたくはない。
長い林の道を抜け、少し開けた場所に出た。
アーチ状の屋根の、古びれた倉庫みたいな建物があった。
壁には草や蔦が生えているし、屋根の端っこの鉄板が外れている部分もある。
ボロボロだ。
こんな所で部活しているのか。
不安だ。
何で僕がここに来たかというと……、何でだろう……。
正直分からない。ノリと言えばいいのか、気分が向いたからと言えばいいのか、要するに何となくだった。
僕は入口を見つけ、錆びれた鉄のドアに手をかけた。
ギィーという音を立てながらドアを開けた。
「てええるやあああんバァーストキイイックッ!!」
「グハッ!」
アフロ男の足が、見事に右の脇腹をクリンヒットした。
壮絶な激痛とともに、体が宙を舞い、床に叩きつけられた。
「ハッハッハー。どうだ! 俺のこの壮絶なる不意打ち蹴りの威力は! びっくりしたか!」
高らかに叫ぶてるやん先輩。
反対に僕は、数秒の間体が動かなかった。
「おー。カゲルくん。君はよく飛ぶね」
横に立って覗き込むエリ先輩が、薄笑みを浮かべている。
「エリ先輩……。何やら楽しそうですね」
「君のひれ伏した姿と、苦しんでいる顔を拝めたからね」
悪魔だ。
ここまで来ると呆れてくる。
ある程度痛みが引くとゆっくりと起き上がり、てるやんを下から睨む。
「先輩も元気そうですね」
「おうよ。今日はなんか気分がいいんだ」
赤いアロハシャツに短パン姿で、キラッと歯を見せる。
僕の睨みなど、全く効いていない。新入生相手にいきなりジャンプ蹴りって。
「奇遇だね。私も気分いいんだ」
「エリもか!」
気分が良いせいで、こっちはいい迷惑だよ。
盛り上がっている二人に背を向けてムスっとする。
「お疲れ様です」
聞き覚えのない男性の声が聞こえた。
入口付近に、ほっそりとした少し背の高めで、メガネをかけた男性が立っていた。
そして、男性はエリ先輩とてるやん先輩を交互に見て……。
逃げた。
風の如く、猛烈なスピードで外に逃げた。
「逃げたぞ! エリはあっちから回れ!」
「てるやん挟み撃ちね」
とても楽しそうな笑顔で、二人はダッシュして体育館の外に出て行った。
あの男性誰だという感情より、僕以外にも被害者がいることを悟った。
気がつくと広い体育館にポツンと一人、取り残されていた。この状況を見ると、自分がここに来た理由を忘れそうになる。
本気で体育館を借りて、ワイワイしているだけなのか。
疑念しか抱けなかった。
「おつかれさまです」
「おつかれさまです……。あれ?」
今度は女性が二人入ってきて、僕の姿を見てきょとんとする。
一人は水色のショートヘアに、青みのかかったブラウスに白のスカートを着ていた。
もう一人はカールがかかった茶色の髪で、白のトップスに少し濃い目のデニムパンツだ。
二人ともほぼ同じ身長だ。
何とも言えない空気が流れる。
当然といえば当然か。
「オタマジャクシズの部員ですか?」
「もしかして新入部員?」
答えたのは茶髪の女性だ。
「まだ決めたわけではないです。今日は見学です」
「そう」
簡素な言葉が返ってきた。期待していた答えとは違うと思ったのか、茶髪の女性は若干表情が重くなる。
僕は間違ってないと思うけど、何だか申し訳なくなる。
「君たちは一年ですか?」
「そうよ。この部活にも入ったばかり」
「名前はなんていうんですか?」
すると、その女性は腕を組みながら、こっちに向かって歩いてきた。
そして、妙ににやけながら立ち止まると、ビシっと僕に指をさした。
「人に名前を訊くときは、まず自分からでしょ!」
女性は笑っていた。
何だろう。誤差というか、空気の差というか、何か違う。
逆にそっちの表情に気が行き過ぎて、肝心な言葉を聞き取るのに多少の時間を要した。
「確かにそうですね。すみません。僕の名前は数谷カゲルです」
「あ。数谷カゲルくんね。私は音水恵(おとみずめぐみ)。あだ名はメグとかかな。同期だし気軽に呼んで!」
さっと顔を横に逸らした。
見える範囲で言うと若干赤くなっているのかな。僕としては特に何もしてないのだけど、勝手に恥ずかしくなっている状況であっているはず。
とても変な人だな。
「あのー」
ひょこひょこと青髪の女性が後ろから来ていた。
メグさんの背中をポンと叩く。
「ごめんなさい。メグはちょっと調子に乗っちゃう癖があって、特に気にしないでください」
ぺこりと頭を下げる。
「はあ」
僕はただ反応することしかできない。
「私は蒼風梨奈(あおかぜりな)。普通にリナと呼んでください。ちなみにメグとは、中学からの付き合いかな」
慌てながらも、とりあえず自己紹介をするリナさんは、律儀な人の印象を受ける。
それよりも、メグさんが一向に動かない方が問題であった。リナさんが必死に肩を叩いているのに、全然動かない。
「メグ! またなの。このタイミングで自分に酔わないで!」
言葉の意味を理解できなかった。
恥ずかしがっているわけではなく、逆に自分に酔っているだと……。
重度の自画自賛の人か、極度の自分好きか。どちらもあまり変わらないか。どっちも好きではないが。
半分泣きそうで、リナさんはメグさんを揺すった。
三十秒程で、メグさんが自分の世界から戻ってきた。
「リナごめん。つい」
テへッと舌を出した。
リナさんは戻ってきた安心感よりも、呆れはてて苦笑いしか出てこなかったみたいだ。
ほぼ僕は空気みたいだったが、このまま存在感がなく過ぎるのは嫌だから、メグさんが答えそうな質問をする。
「メグさんは、アニメとか漫画とか好きですか?」
「好きです!」
予想通りの回答だった。
「じゃああなたもガフ……。」
リナさんがメグさんの口を強固に押さえた。
メグさんはンーとひたすら叫び、腕をブンブン振っている。
ギョッとしてリナさんに視線を移すと、少々顔色が悪くなっていた。
「カゲルさん。メグにアニメの話をすると三日ぐらい止まらないので、安易に言わない方がいいです。私はものすごく苦労しましたから」
表情からして、相当危ない事だけ察した。
アニメ好きの人は何人か見てきたけど、ここまでの人は初めて見たかもしれない。
もしかしてこれが最近巷で有名な中二病というものか。
「分かりました。肝に銘じておきます」
素直に聞いておくのが正解だと思った僕は、しっかりとその言葉を受け止めたのであった。
そして「みんな結構キャラが濃いなー」と驚きつつ、自分はうまく溶け込めるのか不安になった。
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