『部活見学』その3
「他にも道具あるけど、今メンバーでできる人はこれくらいなので、とりあえずカゲル君は何かしたい道具はありましたか?」
突然、やりたい道具を聞かれてすぐに答えがでなかった。
それ以前に、まずこの団体がジャグリングをするクラブだとは思わなかった。
あと先輩たちが、あんな繊細な演技をすることが衝撃だった。演技している時、あんなにも楽しそうだとは思わなかった。
やってみたい道具とは言われても、本当に僕にできるものか、自信が持てなかった。
「何かオススメの道具とかありますか?」
こういう時は逆に聞いてみるのが、きっかけになるかもしれない。
カスミ先輩はうーんと唸った。
「やっぱり初心者でも馴染み易いのはボールかな」
ボールか。
最初にしてくれたお手玉みたいなものか。
特に自らやりたいものは無いので、勧められた道具をやってみる。
道具紹介コーナーが終わった後、みんな各々練習に入っていった。メグさんとリナさんは先輩にそれぞれ道具を教わりに行った。個人で練習し、特に仕切る感じもなく、わりと自由だった。
僕はカスミ先輩の言われるままに、ボールを教わりに行った。
ボールを渡されて、三つのボールの基本技となる「カスケード」という技を教わる。
この技は、ボールを右手に二個、左に一個持ち、右手から一個投げ始め、左に渡る瞬間に左手のボール を内側から投げ、そのボールがまた右手に渡りきる前に右手のボールを内側から投げるらしい。
初心者の僕には頭の処理がしづらい。
実際に練習をしてみた。
まず一個で右手から山なりにボールを投げて左手にキャッチする。そしてその逆をして繰り返す。
この動きはまあ普通にできた。
今度は二つでやってみた。さっきの通り、右手からボールを左手に山なりに投げるそれが落ちてくる前に、左手に持っているボールを右手に山なりに投げ上げるそのボールを右手でキャッチする。
全然うまくいかなかった。
まずボールが左手から離れない。それに投げられても、右手にボールが渡らない。
難しい……。
さっきからボールを落としてから拾うという作業を何回も繰り返している。
こんな苦戦しているのに、カスミ先輩はサラッと二個をこなす。
正直、なんか悔しい。
若干自棄で、二個でも上手くいかなかったのに三個に挑戦した。当然ボールはほぼキャッチできなかった。
みんなサラッとやるから、自分にもできるかと思ったのに、考えが甘かった。
結局、小二時間やってもせいぜい二キャッチから三キャッチが限界だった。
気がついたらもう部活時間は終了に近づいていた。
「もうこんな時間ですか」
「とても集中して練習していたねカゲル君」
「いえ。でも全然うまくいきませんでした」
「最初はそんなものだから」
そう言われたけど、とてももどかしい。
特にあの三人の先輩たちに負けているのが、何かと尺に障った。
「とりあえず今日はここまでだから、帰る準備してね。あともし練習したいなら、私まだ予備をたくさん持っているから、ボール貸すよ」
「!?」
会ってまだ二日しか経っていなのに、そんな簡単に貸してくれるのか。
確かに練習はしたいと思った。それは間違いないのだけど……。
「確かに借りたいのですけど、本当にいいんですか」
「本当にいいよ! むしろ今借りたいと言ってくれたから、私は喜んで貸すよ」
「なんでそんな簡単に貸してくれるのですか、昨日会ったばかりの人ですよ」
「それはもっとジャグリングに、それと大道芸に興味を持ってほしいからかな。それに何となく君はやりたさそうな目をしていたから」
部長は疑いもなく純粋な目で見つめてくる。
本当にこのジャグリングが好きなのだなと思った。
夜の林道にて、僕は「オタマジャクシズ!」の部員たちと一緒にキャンパスの自転車置き場に向かって歩いていた。
リナさんとメグさんが偶然隣にいた。
「どうでした? カゲルさん」
「何か皆さんすごいですね。特技を持っていて」
「確かにそうですね」
リナさんは嬉しそうに答える。
「あー。私も早く先輩みたいに上手くなりたい。」
メグさんが大きく空を見上げる。先輩への憧れというのか、自分もそこに立ちたいという欲があるのだろう。
「それに大ちゃんより下手なのが悔しい」
そっちの方がメインの理由みたいだ。
「どうしたのですか」
自分の名前が呼ばれたのかひょこっと顔をのぞかせる大介君。
「別に何もないよ」
「メグさん、さっき僕の名前を呼びましたよね」
「別にそんなことより大ちゃん、極度のあがり症を治したら」
「それは、そう簡単には……」
こうやってメグさんと普通に受け答えできているのに、あの極度症状は不思議でならなかった。
「そういえば一つ気になるのですがリナさん」
「なんでしょう?」
僕はメグさんがこっちに気がついていないのを確認すると、ヒソヒソ声で話す。
「メグさんのボールってどんな感じですか?」
リナさんもメグさんを確認してから、話を続ける。
「あれを言葉で説明しても信じてもらえないので、ちょっと試しますね」
「試す?」
リナさんは鼻歌を歌いながら、バックからボールを三つ取り出す。
標的をメグさんに絞ると。
「メグ!」
「え?」
リナさんはメグさんに向かってボールを三つ投げた。
「えーえええ、ちょっと、ワ!」
メグさんはボール三つを、混乱しながら取ったあと、思いっきり投げ上げた。
ボールは高くあがって頂点に達したあと、重力に従い降下する。
「アタッ!」
「ウヌ!」
「おろ?」
後方を歩く三人組にボールが見事に直撃する。
「とまあこんな感じです」
「解らないです」
今ので、何が説明したかったのか。
「噛み砕いて言うと」
「リーナー!」
メグさんがガシッとリナの両肩を掴み、恨めしい形相で睨みつける。
「メグご機嫌よう」
「何がご機嫌ようですって、何させるの急に」
「メグのドジっぷりをカゲルさんに」
「何てことするの! 私の、私のプライドが、もう今ズタズタに……」
悔しさと、恥ずかしさで、号泣し、ギュッとリナさんに抱きつくメグさん。
「うおい! メグ何するんじゃ!」
「うぬ。流石にな」
「地獄を見せてあげようか」
後方から被害者三人が猛烈な勢いで走ってくる。
「カゲルさんちょっと三人の相手してくれません?」
真顔で頼んでくる。
「事の発端はリナさんでしょう! 何とかしてください!」
「さすがの私も、泣きつくメグを相手にしながら、あの三人は無理です」
「いやそういう問題じゃないです」
「おまけに大ちゃんを付けますから」
「そういう問題じゃない!」
「何ですか? うわ!」
引っ張られた大介は後ろを見て青ざめる。
「うおお! お前ら先輩に攻撃したことを後悔するがいい!」
地鳴りを起こしながら、三人は目前に迫っていた。
「ちょ、リナさん!」
「カゲルさん。大介さん。幸運を!」
リナさんは疾風の如く、メグさんを抱えて横に避けた。
猛獣の攻撃範囲に残された僕たちは……。
『ああああああああ!』
夜空に僕たちの絶叫がこだましたのであった。
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