夜行は笑わない

エリー.ファー

夜行は笑わない

 お言葉を返すようだが、と言われたが直ぐに殺した。

 うるさいので殺したというわけではない。

 単純に私がしっかりと仕事をしたということである。

 多くの人にとって状況というものは厄介であることが多く、それは御多分に漏れず私もそうである。

 誰しもが持つ悩みに対する答えは、また誰しもが持っている。しかし、それはあくまで解答ではなく回答であり、決して結論を導き出すものではない。

 私はある日、一人の女性と出会った。

 その女性を殺すことになった訳だが、ほんの数分間の会話で恋に落ちてしまった。

 標的に恋をすることは当然、問題ではある。私はそのことも含めてさっさと殺したのだ。

 およそ。

 まともではない。

 発想をしていたその女性を殺したのだ。

 政府からの依頼であったので、羽振りは良かったが内密にすることというのも仕事の内であったので非常にそれが面倒だった。

 酒を飲んでも口を割らない、拷問を受けても口を割らない。その程度のことであれば意識すればできるので問題はないが、なんというかそのために常に脳のどこかの空間を占有するようなイメージがあり慣れるまで疲れるのである。


 夜を歩くのは苦痛である。

 光がなければなおさらである。

 足元はよく見えないし、それが不思議と心地いいと感じる瞬間も来てしまうためそれがまた厄介そのものなのだ。

 余り、深く考えるべきではないことも分かっている。そこは思考の落とし穴であり、気が付けば夜を歩きながら考えるはめになる。

 嘘を少しばかり真夜中に吐くと、その代償のように昼間では歩けなくなる。

 慌てふためいて嘘を何度も重ねると、男はいつの間にか立派な答えを導き出そうと躍起になる。

 不安である。

 非常に不安である。

 しかし。

 気が付けば不安は晴れている。

 不思議である。

 そうやって幾度となく歩いてきたし、これからも歩いていくのだろう。

 私の話ではない、人間の話だ。

 真夜中を歩く人間の物語である。

 これはありふれた現象である。

 夜行である。

 純度は高く、そして高潔である。

 そういう夜行なのである。


 いらだちを感じていた。

 普通なら見捨ててしまうがそんなことはしない。

 静かに、ただ静かに待っていた。

 これも夜行の掟である。

 大切にしていたものがなくなる前に、自分の歩幅を整える。そして、相手のことを知る。

 この繰り返しによって人は大きく成長するし、実際、私は成長したのだ。

 何もかも。

 何もかも、である。

 数多の事柄において重要視されるべきことは、一対となるものである。そこから分かる統一感のある答えである。

 異様な空気の中、時間が過ぎていることを理解できたのであれば、そこから先の冷静な判断にはある程度の自信を持っても良い。肯定される感覚を味わうための準備は整ったと言える。

 阿呆などという汚い言葉は言わない。肯定し、そして、知ろうとすること。

 これがすべてだ。

 これ以上のものはいらない。

 何もかもいらないのだ。

 夜行が終わる。

 夜行が間もなく終わるのだ。


 夜行は終わらない。

 夜行は終わらないのだ。

 閻魔蟋蟀すら眠る真夜中ではあるが、人の歩みを止めることはできない。

 夜がやって来て、また遠ざかり、そして夜がやって来る。

 この繰り返しが行われて、それでも夜行は終わらない。

 おそらくは踏みつぶしてしまえると思っていることだろう。

 しかし、そうはいかない。

 何もなくならないのだ。犯した罪が消えてなくなる訳もない。

 そんなことは絶対にありえない。

 夜行の階段は常に人の目の前に必ず存在しているのである。見て見ぬふりをしているだけであるとしか思えない。それが本当の夜行なのである。

 夜行心中詣。

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