02 リ・スタート

俺が入院している間にダンジョンの探索は随分と進んだらしい。

ユリコの所属するライブラ(株)製作所とやらは、世間に出始めたダンジョン素材を元に新製品を作るパイオニア世代の一つで、日用系製品の開発で成功を収めた。

しかし競争相手との熾烈な開発合戦にも苦戦しがちで、今回は新たに、戦闘用製品のジャンルにも進出し、引き出しの幅を広げることにしたのだとか。


「日本は、武器への規制が厳しいと聞いたのにな」

「でも百円ショップで包丁は買える国ですから」

「……まぁ、解釈の違いってやつなんだな」


銃や刀剣といった、露骨に殺人を印象づける危険物への視線はいまだに厳しいらしい。しかし、ダンジョンの危険性の周知や過剰演出の報道の成果(?)か、いろんな制限付きの許可が下りる感じに変化している途中なのだとか。


「ただし、銃器方面への規制緩和はまだまだです。というか、現在はその緩和の程度の具体的なデータとりの段階ですね」


ジャパニメーションのバトル好きな具合から、実は思想的に結構ミリタリー好きも多いのだとは思っている。

ただし、あくまでフィクションでの話らしいが。

物語的な演出付きの拳銃は魔法の杖とそう変わらない扱いだ。もしくは、サバゲーの玩具と機能は同じだと勘違いされているか。

まぁ、モノによってはそう誤解とも言い難い部分もあるのだが。


「実はその、世間一般の実銃への認識の違いが、今うちの開発スタッフで問題になってまして……」


ダンジョン素材を利用しての武器製造は、旧来の現実性を払拭する機能を実現化はしたらしい。しかし、誤解を承知の言い方をすれば、アニメの武器のような機能を発揮する武装は使用者の感覚を混乱させることが多く、商品化への汎用性を根底から潰す結果になっているのだとか。


「つまり、要するに?」

「要するに、うちの国の人間は、武器としての基本仕様に関する周知が皆無なんですよ。作る方も、使う方も、もう全員」

「いや、自衛隊とかポリスとかいるだろう?」

「彼等はもう実動部隊で暇無しのブラック公権です。とても教導部隊なんか組む余裕も無いんですよ」

「教導って、また随分とマニアックな」


まぁ、そういえば日本ってそんな国だったなと改めて思う。

母国もそれなりに銃規制には五月蠅くなったが、それでも護身を考えたら真っ先に銃を買おうって意識が普通に浮かぶ。

南部じゃ相変わらず、娘の五歳の誕生日にピンクストライプ柄のライフル銃をプレゼントってのも普通にあるし。

民間が武器と無縁で暢気に暮らせる国ってのも、うちの国の感性でいったら非常識極まりないもんだったんだよなぁ。


「……そしてですよ。探索者を始めて成功した貴重な人材の確保には、残念ながら出遅れて、この業界のスタートダッシュに転けた感じなわけです、うちはっ」

「あ、ああ、うん、そうなのか」


おっと、完全に聞き逃してた。

まあ、多分。公権関係以外の、個人で武器に精通する人材の確保もできなかったって感じか。探索者とか言ってたし。


探索者は、個人や団体でダンジョン探索を始め、一攫千金の成功を収めた連中の敬称だ。

当人たちがそう自称したとか、またもオタク文化が語源だとかの話があるが事実は知らん。俺が世間の情報の知る頃には既にそういった感じになってたし。


ただ、まあ、なんとなく彼女の来た理由もわかった気がする。


「つまり、俺にそのテスターをやれってわけだな」

「おお、話が早い。そうです、そういうことなんですっ」


腐っても米兵なら銃器関係にはプロと言い張れる。

軍規への規律精神は腐ってても、それだけは確実だ。なんせ、それが自分の生死を分ける技術と強制的に身に染みこまれさせられるのだし。

ただなぁ……。


「だが、俺って今は“こんな”だぞ」


そう言って右腕を上げる。

下腕の中程から先が無くなった腕を、だ。

左腕はもっと酷い。肩の関節部が辛うじて残る程度のもの。魔物に上腕の途中で咬み千切られて、何度かの手術の後にこの形へと落ち着いた。

さらには両脚、右は脛の半分、左は足首から先が無い。自覚は無かったが、どうもスライムの溶解で溶け落ちたらしい。

移動に関しては、将来的には義足のみでの歩行も可能な程度だが、今は完全に車椅子生活。

そして腕に関しても、右腕は簡易の義腕が無償で用意される親切さだが、左はロスト確定。

仮に傷兵扱いで原隊復帰が叶ったとしても、歩兵としての戦闘は勿論論外。せいぜいが機動車両のパイロットといったところだろう。

そもそも、軍籍はおろか国籍すらとうに抹消されてるそうだが。


「そこは問題ありません。というか、うちのスタッフが燃えてますね。“本物のサイボーグ兵士が作れるぜ”って」

「……いや、待て」


気分的な意味合いではモルモットとも思ったが、人体実験レベルのモルモットは正直ごめんだぞ?


「いえ比喩です比喩。別に人体改造とかしませんし、そもそも道具屋のうちに外科知識のある人材なんていませんし。あくまで装着型の武装込みで、実銃の反応データが取りたいって話ですから」

「ああ、そういう……。でも一応、契約書はほしいな。ちゃんと英文でだ」

「ええ。それはもう!」



こうして、俺はホームレス寸前でなんとか命拾いをした。

生活保障の程度については……、異国基準に準じるしかないと覚悟もした。

なに、少なくとも俺の周囲の世間じゃ日本の評価は良い方だ。

母国と違う部分に不便を感じるとの予感も仕方ない。


えーと、なんだっけ。

ああ、梅雨の湿度のキツさは死ぬレベルとかだっけか?


ああ、それダメじゃん!


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