第104話

 ピンポーン


「……んぁ?」


 早朝、突如鳴り響くインターホンの音で目を覚ます叶恵。


 ピンポーン


「……んん……ったく、こんな朝っぱらから誰だよ……五時じゃねぇかちくしょう。もうちょい寝させろよな……」


 時計を見てぶつくさと文句を言いながらインターホンに備え付けられているカメラ越しに朝一からインターホンを鳴らしてくれている迷惑な誰かを確認……


「…………」


 すっと目が覚めた様子。目が据わり、無音で自室へと戻ると僅か二分で用意を終え、


 ピンポーン


 ガチャ


 三度目のインターホンと共に解錠。果たして家の前に居たのは、


「おはようございます!」


「……おう、おはよう」


 午前五時十三分。眩しい笑顔で叶恵に朝を告げた春来である。


 *


「ほ、ほんとに貰って良いんですか?」


「遠慮すんな。叶波を起こせた。借りができた。速攻で返す。なんか変か?」


「お兄〜、眠い〜」


 家に上がった春来に制服エプロンの叶恵が朝食を提供……の前に、春来が叶波を優しく起こし、叶波が叶恵に抱きついている現在である。


 春来は提供された朝食(トースト、コンポタ、サラダにベーコン付きの目玉焼き)に少し目を輝かせつつも本当に貰って良いのかと少々思案気味ながらも仲良し兄妹の姿にほっこり。ごく自然な動きでコンポタに手を出す。


「……あ」


 無意識だったのだろうか、口をつけてしまったコンポタを見てどうしようかとまた悩む春来。思考がループしかけている。


「気にせず食ってくれよ……あ、もしかしてもう朝飯は食ってきたか?」


 今更すぎることを言い出す叶恵。

 普段は頭を叩かなければ起きない叶波を起こしてくれたことが余程ありがたかったのか、今まで気づかなかったようである。馬鹿かな?


「…………あ゛?」


 …………久しぶりで一瞬息詰まりましたが?怖いよ?


「んみゅう……」


 と、ここで叶波が叶恵に抱きついたまま、落ちかける。めちゃくちゃ立ちっぱなのになぜ寝れるのか。


「え、あ、おいっ!叶波!起きろ!寝るな!」


 ぺちぺちと頬を叩いて起こそうとする叶恵だが、ここまで来れば叶波の睡眠欲は止まらない。


 頬をぺちぺちされる感触すら楽しみながらふやけた表情で眠りに落ちていく。


 そこで、


「叶波ちゃん、今日、一緒に御奉仕してもらいましょうか?」


 誰にとは言わない。そう、誰とは言わないが、完全に視線がその誰かに向いている。


 ブラコンセンサーのようなものでも付いているのか、何かを察した落ちかけの叶波は、パチっと目を覚まし、


「起きました!お兄、よろしく!」


「…………………………は?」


 珍しく目が点になった叶恵であった。


 *


『さぁさぁ皆さん二日目です!節度を保って騒ぐぞぉ!!!』


 開幕煩い黒笠である。


 学校中から非難轟々なのは言うまでもないことである。


 *


「い、いらっしゃいませ……」


「お兄、対応間違えてるよ。それバイト先のでしょ?」


「そうですよ!それでいいんですか!お義兄さん!」


「……速攻で来るとは思わなかったんだよ……ところで楓ちゃん?今変な言葉が聞こえた気が」

「気のせいですね!」


「さよけ……」


「あれ、楓?もう来たの?」


「お姉ちゃん!」


 開幕早々ダブル妹による襲来でいきなり顔に疲労が浮かぶ叶恵。もう少し他を回るかもしれないと高を括っていた春来は目を丸くし、メイド姿の姉を見た楓が抱きつく。


 結果、


「楓ちゃんやっぱ可愛いな〜」


「何かあの姉妹そろうと空気和む」


「分かるわーそれ」


「あのアホ毛とツインテールがどういう原理でうねうねしてるかすらも気にならない件」


「あー確かに」


「アホ毛ぴょこぴょこ、ツインテうねうね」


「見たことあるような無いような」


「まぁまぁ、可愛いし和むし、気にしたら負けだろ」


「「「間違いない」」」


 えへへーとだらしない顔で春来に頬擦りをする楓、それを優しく撫でる春来。


 とりあえず、こちらはほっこりする姉妹の光景。


 しかし、こちらはどうだろうか。


「いやー。お兄、めちゃくちゃ似合ってる!写真写真!」


「ワンテンポ遅れてるよな!?つーか撮影禁止だ馬鹿!」


「えー、ケチー」


「ケチも何もルールだっての」


「責任者の人ー、お兄の写真拡散しないって誓いますから撮っていいですかー?」


「良いわよ」


「王小路てめぇ!」


「どうせ身内じゃない。橋ノ井さん、良いわね?」


「良いよー」


「よっしゃ!」


 ガッツポーズでスマホを構え出す叶波。ガチである。


「おい、マジで、なぁ、需要あるか?ないよな?なぁ、無いよな?」


 焦って発言が狂い出す叶恵。


 クラス一同、返答は以下の通りである。


「逆に無いとでも?」


「バカね。人によっては金出すわよ」


「むしろ叶恵でダメなら誰が着れるの?ってなるよね」


「私は絶対撮りたいです!」


「お姉ちゃん急にどうしたの!?」


「伊吹乃氏。さすがに無理があるのでは」


「まー、知らねぇやつからしたら誰この美人ってなるしな」


「むしろ需要ある」


「ふふふ〜、諦めましょうね〜?」


「倉持!?なぜいる!?」


「青野さんに会いに来ただけだったんですが〜、面白そうなのでからかいたいな〜と」


「陛下のお手を煩わすまでもございませんので早く自クラスへ帰りやがれください」


 叶恵、渾身の土下座。恥は捨てた。あるのはただ保身のみ。

 言い方は悪いが、仕方が無いといえば仕方が無いので微妙な空気となる。


「……ふ〜む、ならですね〜」


 少し考えるように目を閉じた倉持魔王は、薄く目を開け、叶恵の耳元でこう囁く。


「平花と戦場先輩……だったかな?あの二人を十分間だけでいいから二人きりにする。それをするならボクは今日はここで引く」

「乗った」


 その時の叶恵の顔は、微塵の躊躇いもない、清々しい顔だったと、後に倉持は語ったという。

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