第89話

 九月九日水曜日、午後四時。


「ひぃーらばぁーなくんっ!あーそびーましょ!」


「額に青筋浮かべて言うセリフではないな?」


「平花氏、あれはそちらが悪いとしか言えない希ガス」


 上から順に、奈倉、平花、真金である。

 奈倉の額には切れそうな青筋。針で突けば血が吹き出るのではないだろうか。

 相対するは平花。片眉を軽く上げ、どうすればいいのだと横にいる真金に聞くもこちらはこちらで目を合わせに行かないという事態。


 さらに周囲には友愛殺意溢れる彼女いない方々(笑)の集団である。皆いい笑顔で各々凶器になりそうな文房具を手に持ってにじり寄る。


 普通にホラーである。


 さて、孤立無援に見える平花だが、ここで最高最悪援軍天敵がやってくる。


「来たぞ平花!一緒に帰ろうか!」


 戦場である。


『『『『………………』』』』


 怒りの笑顔が眩しかった面々から表情が抜け落ちる。まるでホコリ取りで積もったホコリが拭われていくかの如く急激に。


「いやなんで?」


 困惑の平花。素が出ている。


「なんでも何も、私が君と一緒に帰りたいがために出向いたのだが……迷惑、だったか?」


 某アンパンを詰め込んだヒーローが水をぶっかけられた後のように弱々しい表情に変わる戦場。


 さて、ここでどうなるか。

 何となく予想はつくだろうが以下の通りである。


『『『『…………行けよ』』』』


「は?」


『『『『一緒に帰ってやれよ下さい!先輩が可哀想だ!』』』』


 どうすればそこまで綺麗にセリフが被るのか。

 そして平花、そこでドン引きしない。それこそいたたまれなくなるから。


「……先輩、行こうか」


 気力振り絞って言うようなセリフだろうか?


「いいのか!?」


 ぱっと顔を輝かせる戦場。それを見て他の(哀れな)男子達が唇を噛み締める。純粋に異様な光景である。


「…………で、なんで俺はそんなに腕をガッチリと掴まれてんだ?」


 一方こちら即部室に行こうとしていた叶恵である。

 何となく茶番の予感がしていた上、平花と戦場は何となく自分の手伝いにはこなさそうと思ったからである。


 しかし、そんな叶恵の腕をガッチリと掴んでいる人が一人……ではなく二人。


「伊吹乃君、どこに行くのかな?」


「むぅ〜」


 ニッコリ笑顔で抱きついている安姫と、対抗するように逆からむくれ顔でぎゅっと腕と袖を掴む春来である。


 何も知らない第三者から見れば仲のいい美少女三人組、もしくは尊い百合の花が見えるかの二択、しかし叶恵という人間を知っている第三者から見てみよう。


 春来→叶恵←安姫


 この構図である。

 つまりまぁ、


「おい、殺るぞ」


「全員アルミ定規とコンパス持ったか?殺るぞ」


「持ってる持ってる。あ、野球部員は金属バットだぞ……分かってる?よし、殺るぞ」


「俺氏は無関係で良いかと思われ」


「何言ってんだ真金、殺るぞ?」


「あれ、俺氏死ぬやつ?」


「気の所為じゃね?」


「ちょっとSAN値チェックしても?」


「いいぞ」


「どれどれ……九十九、ファンブル……」


「ぷふっ、SAN値減少1D10」


「……八、死にますやん?」


「アイデアロール行ってみよー、五十で許す」


「うい……三て」


「全員集合ー!真金が不定の狂気!」


『『『『言ってる場合か!』』』』


「……あれ、伊吹乃は?春来は?安姫先輩は?そんでいつの間にか平花と戦場先輩も消えたな?」


「茶番やってる間に帰ったよ皆」


「おーい唐草止めろよー」


「やだよ。俺、姉ちゃんに頭上がんねぇし」


「そりゃしゃーない」


 その後全員雑談してから後日殺ると決意新たに帰路に着いた。とてつもなく物騒である。


 *


 ところ変わって旧生徒会室、現恋愛相談部室。


「……もう俺、あいつらと一緒にいるの怖いんだが……なんで全員定規とコンパス構えて目血走らせてジリジリ近づいてくんの?本気で怖い。マジで無理」


「大丈夫ですから。皆そんな本気じゃないですから、ね?落ち着きましょう?」


「無理」


「ふわぁ……」


 さて、どういう状況かお分かりだろうか?

 現在、クラスメイトからの友愛殺意に晒された叶恵がガタガタ震えて春来に抱きついている状態である。

 情けないと言うことなかれ、あれはどうしようもない。サイコ系のホラーよろしく正に狂気に満ちた現場のようであったのだから。


「んー、甘えるのが私じゃないところにちょっと色々言いたいけど……今は良いや。震える伊吹乃君も可愛いし」


 おっとここにもサイコな予感。叶恵は背筋が凍るような感覚を覚えた。多分気の所為である。多分。


「ふふっ」


 そしてそんな叶恵を愛おしげに抱きしめて頭を撫でている春来……君らそこまで仲良かったっけ?あれ、え?


 …………ゴホンッ、失礼致しました。


「……なんだろう、最近叶恵がよく溶けてる気がするんだよねぇ」


「あ、和之さんもですか?私も同じこと思ってました。何だか前みたいな仕事できる人、みたいな空気が薄れてる気がするんです」


「あぁそうそう、そんな感じ。雫も分かるよね?だってあれだし」


「そうですね、あれですもんね」


「…………………」


 いつの間にやら入ってきていた和之と雫の言葉が聞こえて叶恵が止まる。それはもうピシッと止まる。


「あれ、止まったねぇ……どうしたの叶恵?春来さんに最近よく甘えてる気がするけど気のせいかな?ねぇ叶恵?今どういう気持ち?ねぇ、ねぇ、ねぇ」


 ニタニタとした顔で叶恵の近くでからかう和之。さすがのイケメンでもこの表情は少しアウトかもしれない。


「…………やめてくんねぇかな……」


 瀕死の叶恵である。春来の腕の中で顔真っ赤もいいところである。某ゲームの八面のマグマのようである。ボム兵では足りぬ。


「和之さん、さすがにちょっと……」


 最早叶恵の皮膚が見える範囲全て真っ赤になっているのを見かねたか、雫が止めに入る。しかし、


「ねぇ、雫。僕達いつも叶恵にからかわれてるよね?」


「…………そうですね、たまには……」


「え、おい……ま、マジで?」


 もそっと動いて片目だけで和之と雫を見る叶恵。動いた時に擦れた服と声の振動で春来がピクピクとしているが慈愛の笑みである。


(はぁぁぁぁぁ温かい可愛い幸せで頭がとろけそうなんですけどどうすればいいんでしょうかもうちょっと頭撫でててもいいですよねいいですよね!?)


 ………例え脳内がどうであろうとも表面上は聖女の笑みである。


 とにかく、


 その後叶恵も春来もパンクしたのは言うまでもないことである。

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