第73話
さて、その後の話である。
少々ぎこちない雰囲気になった二人をその妹たちが見逃すはずもなく、
「何があったの?ねぇねぇ何があったの?」
と散々聞いた挙句顔を見合わせて「へぇー」とニヤける始末である。
当然ながら叶恵からは
暗くなる頃にはすっかり落ち着いたのであった。
……え?和之と雫?ずっとイチャついていましたが何か?叶恵が時折チラチラとそちらを見ては悪い笑みを浮かべていましたが?
……ゴホンッ。そんな感じで現在午後九時である。
昼頃の叶恵の疑問にお答えしよう。
それは……
「お前ら泊まりかよ!?」
叶恵のツッコミが虚しくも家中に響き渡る。
そんな叶恵の視線の先にはパジャマ姿の叶波と楓である。
「ふははははは!いつから私たちが泊まりではないと錯覚していた!」
叶恵は頭を抱えた。
玄関先の原田一家プラス雫の視線に哀れみもとい「ドンマイ」という同情が多分に含まれていたのは仕方の無いことである。
*
「はぁ〜」
「お兄?ため息ついてどしたの?」
ソファで寝転がってため息をつく叶恵にいけしゃあしゃあと叶波が問いかける。しかも原因だと言う自覚がある証拠としてとてもいい表情である。
「もうヤダ、疲れた。もう知らない。女子三人で楽しく女子会でもしてろよちくしょう」
叶恵がダメになった模様。それでいいのかと問いたい。
「ふ〜ん?寂しいの?ねぇねぇ、お兄、寂しいの?」
追い打ちである。「わかってる、わかってますよ?」と言わんばかりの表情。つまりは叶恵の神経を凄まじい勢いで逆撫でる。
「もうお前一回だまってくれねぇ?」
「いだいいだいいだいいだい!?ごめんなさい!痛いから離して!ねぇ!」
毎度おなじみアイアンクローである。妹だから遠慮はいらねぇとたいして大きくもない手で叶波の顔をガッチリと掴んでいるのである。
「偉大?光栄なこと言ってくれるじゃねぇか?ん?申し開きはあるか?」
元の顔が完全に可愛い女子のため、正直顔を見ても美少女が不機嫌そうにしてるだけである。
が、その目の色はまるで殺人鬼のようである……とは言い過ぎかもしれないが、とりあえずはヤバい。
「ごめんなひゃい……」
そして観念した叶波である。申し開きもないのか完全に謝りの体勢である。なんなら土下座しそうな勢いである。自分の兄の恐ろしさを知りながらちょっかいをかけた叶波の自業自得である。
「はぁ、しゃあねぇな。もうやめてくれよ。こっちが疲れるんだから」
いつもよりも二割増しで口調が荒い叶恵の呆れ声である。犠牲になった叶波は珍しい口調にありがとうございますと心の中でお礼したことを叶恵は知らないし知らない方がいい。
「叶波ちゃーん!早く部屋行こー!」
と、馬鹿なことをしているとリビングに入ってきた楓が叶波に飛びつく。
「危ないよー」
叶波はそれを避けた。
その先にいるのは当然、
「は?ちょっ!待っ……ぎゅむぇ」
意味不明な声を上げて叶恵が犠牲となるのであった。
*
午後九時半。
場所、叶恵の部屋。
そこにいるのは当然叶恵だけ………ではない。
「なぁ、知ってる?こんなんでも俺、男なんだけど?」
苦虫を噛み潰したような、と言うよりも純粋に戸惑いの表情になっている叶恵である。視線の先には春来。こちらも戸惑いが強いのか、オロオロしている。
「い、いえっ、その……楓と叶波ちゃんが『行ってらっしゃーい!』って押し込まれて……」
……
「………よし」
それを確認した叶恵が立ち上がる。
ちなみに現在ベッドの上に座っているのは叶恵ではなく春来である。客を床に座らせるわけないだろとのこと。こういう所で気が回る辺りさすがはハイスペックな男の娘(見た目だけ)である。しかし、
(な、なんで叶恵さんは私をベッドの上に?え、ま、まさかそういうことですか!?い、いえっ、それは無いはずです。そういうことなら叶恵さんが態々床の上に座り込む必要なんて無いでしょうし……た、ただの善意ですよねそうですよね!?)
そらそうなりますわ。
…………ゴホンッ、失礼しました。
というわけで大混乱の春来である。叶恵は既に部屋を出た。隣部屋から「「やめてください!頭が割れます!」」と聞こえてくるが瞳が渦をまくほどには混乱している春来には聞こえない。
(うぅ〜!さっきもぎゅってされましたし……はぁ〜、なんであんなに安心できるんでしょうか……)
混乱状態から少し抜け出したのか、今度はじわじわと顔に熱が篭もり始める春来である。
(……………)
かと思いきや今度は枕を凝視し始める。
(ちょ、ちょっとだけです。ちょっとだけ)
自分に何かを言い聞かせるとその枕を手に取り、ぎゅっと……
「あぁー、もうあいつらほんと懲りねぇ……な………え?」
「あ…………」
気まずい空気、降臨である。片や自室の扉を開けた姿勢でかたまり、片や部屋の持ち主の枕を抱き締めて固まる。
……………物凄くニヤけたいが我慢するとしよう。
さて、
この事態、どうなる。
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