第63話 晴天、黒色、荒れ心に慈雨

 ※注、今話は、賛否両論の否定多めな展開です。

 人によっては鬱展開と思うかもしれませんが、それでもいいという方はどうぞ。また、最初の最初だけはダダ甘ですのでそこまではご安心下さい。


 ※注、今話のサブタイトル付けは変則的なものです。二章のクライマックスでは無いです。ご了承ください。


※注、誰が叶恵の恋愛模様はただただ単純になると言った?


 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 時は五分ほど溯る。

 時刻は十二時四十五分。

 場所は中庭に生えている巨木の根元にある、四人掛けのベンチである。


「和之さん」


「ん?どうしたの、


「あ、あ〜ん」


「ん、あ〜ん……うん、美味しいよ」


「あ、ありがとうございます!」


「ふふふ、それじゃあ、お返しに……はい、あ〜ん」


「へっ?あ、あ〜ん……ん〜〜!美味しいです!」


「嬉しいなぁ」


「…………君らの仲がより良くなってることに俺は涙を禁じ得ない。嬉し涙で枯れそう」


「「あっ」」


 最早雫を『雫さん』では無く『雫』と呼んでいる和之。これまでよりも幸せオーラ全開で笑顔を振りまく雫。そして、その光景をだっらしない笑顔で見つめる叶恵である。


 ちなみに、近くを通る生徒は生徒教師男女問わずその光景を一瞥し、角砂糖を二、三個程口の中に詰め込んだような顔をして早足で逃げていく。

 どうでもいいことだが、未だに叶恵を男子だと知らない男子にとっては和之のハーレムにしか見えないのか、甘ったるい空気に当てられているのか、眉を凄まじい方向に曲げながら立ち去ったりもしていた。

 ……女子の反応は、って?そんなもの、立ち去った後にキャーキャーしていたに決まっているというもの。中には女教師と女生徒が一緒になってチラチラと遠目で見ながら顔を輝かせたりしているグループもあった。


「……さて、で?話があるって聞いたから来た訳なんだが?この様子なら喧嘩はないだろ?何があったんだよ」


 もう少しこのイチャイチャを見ていたかった叶恵だが、元々は話があるから中庭に来て欲しいと言う和之の連絡があったためにここにいるである。尚、本日は春来は欠席である。理由は妹、楓の修学旅行の見送りである。


 星祭の時に凄まじいシスコン魂を見せた楓が、数日間姉に会えないことに耐えるために、直前まで顔を合わせているのである。春来も大概妹好きなため、普段の真面目さを盾にとって高野から許可を得た次第である。ちゃんと欠席扱いではあるが、ズル休みでは無いのである。


 閑話休題……最近良く話題がズレる。


「あっ、そうそう、うん、そうだった」


 ポンっと手を打った和之。叶恵は少しイラッときた。


「叶恵、今って何時?」


 軽く首を傾げて叶恵にそう聞く和之……イケメンは変態的なもの以外あらゆる動作が様になる。


「今か?今は……十二時五十分だな」


 時刻を聞いた和之……では無く雫がほっとしたような顔になる。それを叶恵が疑問に思う前に、


「良し。叶恵、ちょっと国語科準備室に行ってきてくれないかな。空き教室の方の」


「は?なんでまたそんなとこに」


 当然の疑問である。それに和之は真剣な顔でこう返した。


「五十五分に叶恵を呼んでくれって頼まれてる」


「誰に?」


「それは……」


 言い淀む和之。チラリと雫の方を見て、軽く首を振る。


「ごめん。それは言えない……でもいじめとか、そう言う嫌な類のものでは無いから」


 これまた真剣な表情。こういう顔をした和之が嘘を言ったことは無いと、叶恵は知っている。故に、


「……了解。ま、何かは知らねぇけど、悪いことじゃないならいいか」


 そう言って立ち上がる叶恵である。


(ま、樫屋さんの知り合いからの相談とかの可能性があるし、待たせるのも趣味じゃない……)


「んじゃ、行ってくるわ」


「うん、行ってらっしゃい」


「お願いします」


 そう言って頭を下げた二人に、「なんで頭下げてんだよ」と苦笑いした後、叶恵は指定された場所へと向かった。


 *


「ここ……だな。良し」


 コンコン


『はい』


 中から声。


「伊吹乃です。入っていいですか?」


 年上かどうかも分からないため、敬語で問いかける叶恵。中から『大丈夫です』と言う確認を聞き、引き戸を開ける。


 中にいたのは見覚えのない女生徒。ショートヘアでくせっ毛なのか毛先が少し跳ねている。顔立ちもきっちりと整っている。背の高さは叶恵よりも少し高いくらいだろうか。もしかしたら部活の時のデータで見ていたかもしれないが、叶恵だって神ではないのである。


「えっと……すいません。どなたか伺っても?」


 緊張感からか、仕事用の丁寧な聞き方になる叶恵である。キョトンとしたその生徒は、すぐに破顔して軽く会釈。顔を上げて口を開く。


「二年の唐草 安姫あきと言います。いつも弟の明人あきとが世話になってます」


 その言葉に今度は叶恵がポカンとした。


「えっと……唐草って、唐草ですか?」


「はい、その唐草で合ってます」


 叶恵の予想からは大きく離れた相手。知り合いの姉という、話しづらい相手である。


「えっと……その〜、ひとつ質問いいですか?」


「どうぞ」


 微笑みながら先を促す唐草姉。余裕があるように見えるが、手先が震えている。


「俺と唐草ってそこまで親密でないと思うんですよ」


 頭を掻きながら言いにくそうに、しかしはっきりとそう言いきる叶恵。ここで申し訳なく思える辺り、真面目といえば真面目なのだろう。


「そうなんですか?この前の星祭の夜に一緒に女子部屋に忍び込もうとしたって弟から聞いたんですけど……」


 そう言うとしゅんとする唐草姉。


「えっ、あっいや……ちょっと待って下さい。それって俺をここに呼んだことに関係は……」


「ないです」


 即答である。なんなら食い気味である。


「えっと……じゃあ、なんで……?」


 そう問うた叶恵の困り顔をじっと見つめた唐草姉は、以下の言葉をもってその答えとした。


「好きです!付き合ってください!」


 しっかりと頭を下げ、右手を前に差し出して。


「え、えっと……まずなんで俺なのか理由を聞いても?」


 大困惑の叶恵である。ついさっきまで面識もなかった異性から突然告白されたのなら尚のことである。


「あっ……そ、そうですよね……ごめんなさい。ちょっと、気持ちが昂っちゃって」


 自分が衝動的に動いてしまったと理解したのか、顔を赤くして手を下げ、顔を上げる安姫である。弟の明人がノリに乗っかる前に一度制止するのはこの姉の影響かもしれない。


「最初は弟から話を聞いて、どんな子なんだろうなって思って、見に行ったところからです」


「それって星祭の……」


「いえ、もっと前の……宿泊研修が終わった辺りのことです」


「……」


 かなり前の話である。


「こっそりと弟の教室に行って……すぐにわかりました。ものすごく髪が長いのに男子の制服を着ていましたから」


「………」


 叶恵が無言で話を聞く中、安姫の独白は続く。


「その時はまだ前髪で顔を隠してましたけど、たまたま顔が見えて……」


「一目惚れって言うやつですか?」


 そこで叶恵が口を挟む。どこか、悲しげな表情である。


「はい」と静かに答えた安姫は、もう一度口を開こうとして、


「……大丈夫です」


 叶恵はそれを止めた。


「……え?」


 少し視線を下に向けて話していた安姫は、そこでようやく叶恵の顔をしっかりと見る。


 そして、、その頭にそっと、


「…………大丈夫ですか?」


「…………大丈夫っ、です……」


 ゆっくりと頭を撫でる手。柔らかな感触が頭を滑る度、強ばった体が解れていく。


「……ごめんなさい……いきなりこんな……」


「いや、こちらこそ、すいません。折角……っ」


「私の方は大丈夫だから……落ち着いて、ね?」


 叶恵を落ち着かせるためか、口調を丁寧なものから友達に対するそれにする。


「できれば良いんだけど……何か、あったの?」


 激しく取り乱すのではなく、静かに、何かに耐えるようにしていた叶恵に、安姫は問う。


(一世一代の告白だったけど……今はそれはどうでもいい)


 こうなってしまっては告白のイエス、ノーの話など出しようもない。


 せめて何が原因でこうなってしまったのかだけでも、知りたいと思ってしまった。


 しかし、


「すいません。それは、言えないんです……」


 辛そうに、叶恵はそう告げる。


「そう、だよね……初対面だし……うん、ごめんね?……へ、返事は、また今度で良いから」


 頭を撫でる手を止め、目を伏せた安姫は、立ち上がる。


 頭の上の温もりが遠ざかる感覚に、叶恵が顔を上げる。


 酷く、憔悴した表情。

 一体何を思い出せば、何を感じればこうも酷い顔になるのか。


「───ぁ」


 そして、を見てしまった安姫は、

























 最後に叶恵を抱き締めて、「また」と言い、立ち去った。






























「……っくしょう……なんでチラつくんだよ……最低だな……俺……」





 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 次回、安姫視点


 ここからあとがき

 叶恵は昔から色んなことに首をつってこんでいました。そのためトラウマも多いです。今回で叶恵が嫌いになった、という方もそこの所は理解していただければと思います。

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