第62話

 生徒会室の面倒事よりしばらく経った六月三十日火曜日午後十二時四十分。


 ここ最近、一部の生徒達にとっては信じられないというような光景が広がっていた。


「青野くんいますか〜?」


「おー、倉持。また来たのか」


「あら〜?伊吹乃さんはいないんですね〜」


「あいつなら中庭だ。何でも、イケメンアイドル野郎に呼ばれたとか言ってたな」


「なるほど〜、原田君ですか〜。ふむふむ、雫ちゃんと一緒でしょうね〜。伊吹乃さんに同情しますよ〜」


 以上のように、あれ以来、青野と倉持がよく一緒にいる所が目撃されているのである。原因は不明……では無く、間違い無くこの間サラッと出てきた魔王の本音が由来であろう。


(ふふふ〜、邪魔な伊吹乃さんがいないのはありがたいですが……まさか本当に出禁にされるとは思いませんでしたね〜)


 タイミング……ゴホンッ。えー、実はあの日以降、叶恵は本当に倉持を出禁にした。何が癇に障ったのか、相当腹に据えかねたと見える。事実、ここ最近、倉持が青野の元に現れると、一分以内に叶恵が教室から消えるという現象が起きているのである。


 ちなみに、現在中庭では、更に仲良くなった和之、雫の二人組の小さな悩み相談に乗っている叶恵であるが、以前にも増して甘々な二人を眼福眼福とばかりにニヤニヤとしているため、同情も何もあったものでは無い。他人の幸せが甘露と言える叶恵にとっては甘い空気はご褒美である。


 閑話休題。


「で、どうした?」


「お昼を一緒に食べたいと思いまして〜」


 その発言に男子ばかりで固まっているグループが静まり返る。正確には喋ってはいるが、全員が青野と倉持の会話に聞き耳を立てていると雰囲気が告げている。


 それに伴い、会話は以下のようになっていた。


「いやー、王小路のあのきっつい態度どうにかなんねぇかな〜。あ、聞き耳初期値で振るわ」


「確かになぁ。あれさえなければもっと可愛げもあるんだけどな。了解……二十四。成功」


「うっし」


「田代氏、俺も聞き耳振って頂きたく。一応五十ある故」


「ういうい……ぶふぉ!九十八。大失敗ファンブル


「田代氏、嘘だと言ってくれ」


「サネ、諦めろ。やつはKPダークだ。おい、俺も振ってくれ。九十ある」


「「「たっか」」」


「よしよし……おっ」


「「「おっ?」」」


「四。大成功クリティカル


「おおー!」


「よし、情報よろしく!」


「任せろ……ってあれ?あいつら何処行った?」


「「「「「………………」」」」」


(馬鹿がいるぅ)


(嘆かわしい程の馬鹿ね)


(情けないわね……どうせなら聞き耳よりも追跡ロールした方が良かった筈よ。どこかに行くのはわかってたのだから)


「あいつら何やってんだ……」


「知らね。食堂行こうぜ、早く行かねぇとカツ丼売り切れる」


「あ、さっき教室前通ったやつがラストで危なかったって……」


「ちっきしょー!神は死んだのか!」


「止めれ」


「ろじゃなくて?」


「舌に馴染む音」


「止めれ、やーめーれ。おおっ、マジだ」


「赤ちゃんかお前らは」


「奈倉じゃん、うっす」


「うっすうっす……じゃねぇよ。つかさっきからいたっつーの」


「「知ってた」」


「よっし、船島ふなじま市畦しあせ。帰りにカラオケだ。俺の美声を聞かせてや──」


「「すんませんっしたーっ!」」


 どんどん話がズレるという、雑談ならではのカオスが広がっていた。聞き耳をわざわざダイスで振っていた田代、真金、平花プラス唐草の四名は、そのまま人狼に移行。楽しく遊んでいたという。


 *


「おっ、ここでいいか」


「そうですね〜」


 ところ変わって校舎のどこかの空き教室。

 丁度いいとばかりに青野と倉持が入ろうと───


『好き──!───────さい!』


「「…………」」


 したところで中から声が。思わず二人は顔を見合わせ──


「え、えっと………まずなんでか理由を聞いても?」


「「〜〜っ!?」」


 中にいる人物を見て驚愕。身を翻し、音を立てないように全力避難である。


「く、倉持っ!今の見たか!?」


 止まった途端に堰を切ったような大声で倉持へと声をかける青野。手に持った水筒の蓋を開けながら倉持が答える。


「み、見ましたよ〜!はぁっ、はぁ……んくっ、んくっ……ぷはぁ……えぇ、見ました〜。あれは間違い無く」


「「伊吹乃(さん)!」」


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