第52話
「おい倉持、どういうことだ。なんで春来が俺の家を知ってる」
「ふふふ〜、簡単な話ですよ〜」
「話します〜?」と相変わらずの緩い口調であるが、目が笑っていない倉持である。
「いや、いい。和之から聞いたか、樫屋さん経由で聞いたかの二択だろうからな」
吐き捨てるように言った叶恵である。元々今日は一日のんびりするつもりだったところにこの仕打ち。
現実とは実にブラックである。
『あれ、反応がないですね……お留守でしょうか?』
インターホンのカメラ越しの春来の寂しそうな表情に罪悪感が募る叶恵である。
(外で待ちぼうけさせる訳にもいかねぇし……入れるか)
再びのため息をついた叶恵がそう思った時、
『あ〜、お姉さん!どうも!』
「ん?」
叶恵にとってはよく聞きなれた声が。横の倉持はニコニコ笑顔が逆にポーカーフェイスである。まるで全てわかっていたかのような余裕っぷり。
叶恵には不気味なものに見えてきた。
(いやいや、それはダメだろ。相手は依頼者相談者。無碍にはできねぇししちゃいけねぇ)
流石は六年目のプロである。職務に忠実である。
『はぇ?叶波ちゃん?学校は?』
インターホン越しに妹が学校に行っていないことが発覚。叶恵は頭を抱える。
『いやぁ、実は学校に着く直前で体操服忘れてたことに気づいちゃって……』
『友達から借りられないの?』
『うちの学校、それ禁止なんです……』
そう、叶波の通う中学では教科書や体操服その他一切の物の貸し借りが禁止されているのである。原因は現在頭を抱えている一見女子にしか見えない男子だが、名誉のために叶恵は被害者であったと明記しておく。
『あ〜、そうなんだ……ところで叶波ちゃん』
『はい、なんでしょう?』
『叶恵さん、いる?』
「………っ?」
インターホンが繋がったままであることに気づいていないのか、それとも叶恵がいないと思ったのか、はたまた相手が伊吹乃 叶波だからか、定かではないが、明らかに言い慣れたように『叶恵さん』と言った。
「っ!また……っ」
そして叶恵はまたも星祭初日の夜が頭に去来する。
その度に高鳴り始める心臓を無視する。
痛みを無視する。
表情が歪まぬよう、丁寧に自分の感情に蓋をし、鍵をかける。
何度目かも分からない、同じ作業。
きっと周りには砕け散った蓋と鍵が何組も散乱していることだろう。
それすらも無視する叶恵は、隣の存在を一瞬忘れてしまった。
「へぇ〜、やっぱりそうですか〜」
不意打ちの声に肩が跳ねる叶恵。
錆び付いたブリキの人形のようにギギギと、顔を横に向ければしたり顔でニコニコしている倉持が……
「怖ぇよ!」
『ふぇっ!?』
『あっ!お兄、もしかして一人でホラー映画見てるの!?ずるいっ!』
突然インターホンから大声で『怖い』と聞こえてきた春来は驚いて目をパチパチさせるが、叶波は自分が好きなホラー映画でも見てると思ったかずるいと言った直後にズカズカと家に入る。
当然ながらその際きちんと揃えて置かれている自分のものでは無い女物の靴を見つけるわけで。
「………………………………………………………………………………………………お兄?」
目からハイライトが消え、背後から瘴気が湧きでている幻覚が見える。
傍から見れば夫の浮気が発覚したかのようにも見えるが、実兄が学校の知り合いの女子に押し入られただけである。だがブラコンにとっては関係ないのである。
「お兄!どういうことっ!?あの靴は誰のっ……………あ、どうも」
凄まじい剣幕でリビングに入った叶波は大声で喚き、倉持を見かけると律儀にお辞儀。切り替えが早い。逆に怖くなるものである。
「どうも〜、すいませんね〜。勝手にお邪魔しちゃってますが〜」
「ほんとだよ……しかも許可とってもいねぇし……不法侵入だろ?」
叶恵がジト目である。実に冷たい目である。
「お兄は黙ってようか?」
「……はい」
しかしキレた妹には敵わない兄である。情けない。
「宜しい。えっと……あなたは?」
「どーも〜、倉持と言います〜」
「倉持さんですか。兄がお世話になってます。妹の叶波です」
もう一度頭を下げる叶波である。なんとも言えない目でそれを見つめる叶恵に対して内心で喜んでいたりする。
(ふふふー、お兄がこっちみてる。お兄がこっち見てるよぉ!)
……この子はいつ変態になったのだろうか……。そして、
『うーん、叶波ちゃん?大丈夫?』
「あっ!」
馬鹿である。頭はいいのに馬鹿である。
*
「むぅー、なんで倉持さんがいるんですか……」
「お邪魔しまーす!」と元気に入ってきた春来が倉持を見た反応である。
「ふふふ〜、この間はどうもです〜。覗き見は楽しかったですか〜?」
「えっ!?なんでそれを!?」
「それはもちろん、ものすごく視線を感じてましたから〜。チラッと目線だけ向ければあら不思議〜、聖女様にお嬢様に雪女さんがいるじゃないですか〜」
「雪女じゃねぇ!」
「抵抗は無駄ですよ〜。もう皆知っちゃいましたし〜」
膝を折る叶恵。明日からの学校が憂鬱である。
「もういいよ……もう……はぁ……うん、もういい」
「お兄大丈夫?」
もういいを繰り返す叶恵に叶波が心配な声をかける。無論、大丈夫では無い。若干虚ろな目である。
「うん、もういい……気にしたら負けだ。今は仕事今は仕事今は仕事」
手遅れ感がある。流石の倉持ですら若干引いている模様。
「すいません、ちょっとこの壊れかけのお人形さん寝かせてきます」
「それはいいけど……」
叶恵の肩を支えて立ち上がる叶波に春来が疑問を呈す。
曰く、
─────学校大丈夫?と。
「………………………………あはっ」
「その誤魔化しは効きませんよ〜?学校には行った方が良いですし〜。私はもう帰りますから〜、春来さんに面倒見てもらえば良いじゃないですか〜」
「へっ?」
本日驚いてばかりの春来聖女様である。あとさっきから家の中を見回しているからかキョロキョロと挙動不審である。ついでに頬もピンク色になっていたりする。爆弾では無い。まだ大丈夫である。
「むむむ……仕方ないです。お兄をお願いします。お姉さん」
「は、はい」
「ではではっ!行ってきます!」
叶恵を春来に預けた叶波だが……なんのために帰ってきたんだっけ?
ダダダダッ!と一瞬遠ざかった足音がすぐさま近づいて来る。
「そうだっ!体操服!」
やっぱり馬鹿である。
「気をつけてくださいね〜」
「はいっ!ありがとうございます!倉持さんもお気をつけて!」
「やばい!後三分!」と叫びながら今度こそ遠ざかる足音。まず間違いなく平均よりも速いだろう。自転車位は出ているかもしれない。冗談にはなるが。
「ではでは私も今日はこれで〜」
それを見届けた倉持が帰ろうとすると、
「そういえば、なんで倉持さんはここに……?」
単純な疑問である。しかし春来の胸の内は凄まじくモヤモヤしていた。
(なんで叶恵さんの家にいたんでしょうか……気になりますし……なんだかモヤッとします……どうしてでしょうか……)
「ふふふ〜、ちょっとした頼み事ですから〜。私は別に敵とかでは無いですよ〜」
そんな春来の内心を読み取ったのか、相変わらずの緩い口調で倉持が告げる。
「そう、ですか……」
あまり納得できない春来である。しかしここで事情を無理に聞くのも良くないと、諦める。
「では、また会う日まで〜」
そう言ってのんびりと歩いて行く倉持を、叶恵を支えながら見守る春来であった。
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