第49話
「ああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ………」
「ねぇお兄煩い」
「すまん」
六月十六日午前五時半伊吹乃家。
叶恵と叶波は二人で並んでキッチンに立っていた。
叶恵は今日、明日と休みなのだが、叶波には関係ないためである。
「にしてもお兄、すっごい可愛かったね」
「ぐふぅ」
サラッとした一言が叶恵の心を抉る。
「可愛かった」とは当然叶恵の雪女モードのことである。
平時のときでさえアイドルばりの顔面偏差値を持つ叶恵。そんな人間が軽くとはいえメイクまでしたらどうなるか。
「この
「本当に止めてくれ……」
容赦のない言葉である。
さすがの叶恵も、ここまで自体が大きくなるとは思っていなかったようである。
尚、宣伝、女装ランキングで二冠を取った叶恵は壇上に上がるも、知り合い以外で男子であると見抜いたのはまさかの零。
間抜けなのはこれが女装ランキングであるということであり、つまり叶恵が男子であることをしっかりと証明しているはずなのだが……TRPG基準でAPP16レベルの顔面偏差値を持つ叶恵である。残念ながら、そういうこともある、ということである。
「あ、そういえばさ」
「ん?どしたの?」
「いや、ふと思ったんだが……叶波と顔合わせた記憶が無い」
「え?そりゃあまぁ、避けてたし」
「えっ………」
妹のまさかの避けてた発言に手が止まる叶恵。妹に嫌われるとやはり辛いものらしい。背後からすすり泣きする亡霊でも出てきそうである。
「ちょ、ちょっとお兄?誰も嫌いとか言ってないよ!?」
焦るブラコン。兄が大好きな妹は兄の勘違いに大焦りである。
「はぁ、妹に避けられた。もう無理。辛い。これ終わったら部屋に籠る」
妹に避けられたショックだけでここまで鬱になる叶恵はシスコンだったのだろうか……。
「やだっ!だったら私もお兄と一緒に閉じこもる!」
「なんで!?つーか俺ら両方共引きこもったら誰が家事をするんだよ!?うちは両親いねぇだろ!?……………ぁ」
「…………………」
叶恵の発言で静まり返るキッチン。野菜を洗うために流れている水道の水がバシャバシャと野菜に当たってシンクの上を流れる音だけが響く。
「…………ごめん」
「……………………ううん、いいよ。誰のせいでもないんだから」
「………そうだな」
止まっていた手を動かし出す二人。しばらくの間、そこに会話が起こることは無かった。
*
ピンポーン
午前六時半。インターホンが鳴る。
『叶波〜!行くよ〜』
「すぐ出るー!」
『りょ〜かい〜』
「でもちょっと上がってて!」
『はぇ?どしたの?』
「どうもしてないけど!」
『うーん、まいっか。あ、そうだ。今日叶恵先輩いるからだ!!』
インターホンを鳴らした者。その正体は、
「おっ邪魔っしまーす!」
「おおっ!レア、久しぶりだな」
叶波と同い年の中学三年生であり、名前からもわかる通りハーフである。父親がイタリア人……なのだが、日本かぶれが過ぎたせいか高校の時から日本に住んでいるらしく、それっぽさはほとんどない。なんなら皆嶋家は思いっきり日本家屋である。屋敷クラスに大きいが。
さて、そんな不思議な父を持つ皆嶋。予想できているであろうが当然顔立ちは整っており、叶波と並んで中学では知らない者はいない……らしい。
恐らく周りそっちのけで読書しているような人は知らないはずである。
金髪セミロングで緩くウェーブがかかっていて、パッチリ二重の碧眼で、スタイルも良く、活発。
気にしない人がいないわけがなかった。
正に二次元から飛び出たような少女。むしろラノベ読みまくっているからこそ気になって仕方がなくなるだろう。
「久しぶりです!先輩!」
「うおっ!飛びつくな!つーか何回も言わせんな!俺は先輩じゃねぇ!昔の呼び方でいい!」
昔、と言ったように、皆嶋と伊吹乃兄妹は幼なじみである。二人にとっては和之に次ぐ、第二の幼なじみである。
出会いはかれこれ十年前だが、今は置いておく。
「そうですか?本当にいいんですね?本当に、いいんですね?」
「もういいって言ってんだろ!」
ずずいっと顔を寄せる皆嶋に顔を逸らして言う叶恵。純粋に叶恵は皆嶋が苦手なのである。
「そうですかそうですか。じゃあ─────お兄ちゃんでいいんですね?」
「ぐっ……」
実の妹からは「お兄」呼びのためか、叶恵は「お兄ちゃん」呼びに非常に弱い。しかも中学でやられると名字が違うこともあって邪推されるから止めてくれと言い、結果部活が違うにもかかわらず「先輩」と呼ばれたのだが、これはこれできついと何度も何度も止めてくれと懇願。しかし年齢的に今度は「お兄ちゃん」呼びのダメージも大きく……とまあ、完全に叶恵の都合である。他の呼び方をされようとおそらく変わらないのであろう。
ちなみに恋愛感情は欠けらも無い。お互いに。ただただ恥ずかしいという話である。
「もうちょいなんか無いか?」
「うーん……あっ!」
「お?」
「叶恵さんで!」
「ガハッ!」
「えっ!?」
叶恵が膝から崩れ落ちる。思い出されるは星祭初日の夜。
春来が別れ際にそっと残した言葉である。
が、それとは別に、何故だかものすごく悲しくなった叶恵であった。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡
なんか……ドンマイ叶恵。
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