第48話

 六月十五日月曜日午後五時。


『はいっ!皆さん!お疲れ様でしたぁーーーー!!!!』


 キーーーン──────


『ちょ、黒笠くろがさ!音量!調節して!耳がっ』


 体育館で全生徒が耳を抑えて蹲る。それもそのはず、この声はなんと周辺区域一帯まで聞こえていたらしく、近場からはクレームが、遠くで聞こえていた人達は後に「青春だねぇ」と笑いながら話していたという。


 さて、そんな大声を出したのは誰か。


 名前、黒笠 みお。その正体は、


 初日で高野に援護された、生徒会会計である。


『おぉっと、私としたことが、すみません会長!』


『いや、良いよ、もう……』


 そして会長と呼ばれた疲れた声を出す男子生徒こそ今年度の生徒会長、黒峰くろみね しゅんである。苦労人である。


 ところで黒笠、初日の焦り具合はどこへ消えたのか。


『ではではっ!え〜、テステス〜、この位でいいですかぁー?』


 首を傾げつつ生徒たちに問いかける黒笠。


 ……今更だが黒笠について説明をさせて頂こう。


 黒笠 澪。十七歳。二年生である。そして生徒会会計。


 ここまでは良いだろう。では、本番に入る。


 まず目に付くのは細いフレームの眼鏡、そしてその奥の優しげな細目。だがその目にはいつも悪戯心が蠢いており、基本的には騒がしい。だがその分ムードメーカーであり、初日のような取り返しのつかない状態でなければ周囲を自分の土俵に引き込み、整える。

 髪は長く、基本的にはお団子にまとめているようだが、下ろせば膝下まで届く。身長も百七十センチと中々の高身長である。


 簡単にいえば清楚で落ち着いているように見えてはしゃぎまくるタイプな訳だが、そのギャップ故か、一部に熱狂的なファン(笑)がいたりする。完全に無干渉な上、ファンであることを標榜することもないために存在すら知られていないが。


『んー、大丈夫そうですね!はいっ!では、改めて!皆さん!お疲れ様でした!』


『『『『『お疲れ様でしたぁ!』』』』』


 大声で返すノリのいい一同に満足気な黒笠。


『うんうん、いい返事をありがとねー!さてさって、それじゃあまずは人気度ランキング発表から行っちゃいましょうかぁ!』


『『『『…………』』』』


『え!?あれっ!?ちょっとちょっとなんで無反応!?』


 焦る黒笠を微笑ましそうに見つめる生徒及び教師一同。先程も記した通り、ギャップが魅力な彼女は、しばしばマスコット的扱い、というかノリの良さをいいように使われる。今回であれば示し合わせたかのように静かになることで少し落ち着かせる、みたいな。


『あー、もう!分かりましたよっ!…………はいっ、落ち着きました。それじゃあ、まずは───三年生からで』


 一瞬拗ねたかと思いきや速攻で報復。微笑ましいといえば微笑ましいが、基本的には一年生が最初のこの手の発表。


 さらに、


「なぁ、ランキングって何?」


「知らない」


「俺も」


「私も」


「ワイも」


「……なんか変なのがいた気が」


「気のせいやろ(° ε ° ` ;)」


 …………ゴホンッ。えー、このランキング、なんと一年生には知らされていない。


 理由は単純明快、ただのサプライズ的なやつである。まぁ、いきなり閉会式でサプライズってなんだよ、となるのをニヤニヤと見るのが星祭における二、三年生の最後の楽しみとなるのである。悪趣味というなかれ。どうせ今の一年も来年はそちら側に立っているのだから。


『はっはっはっー!一年生諸君!』


 テンションが戻るのが早い。


 落ち着く位なら騒いで騒いで騒ぎまくると言わんばかりの勢いである。非常に迷惑である。が、このような場であれば問題ないとわかっているのか止める気はなさそうである。


『こんなの知らないって?そりゃあそうでしょう!だって教えてないからね!情報漏洩は禁じたからね!生徒会権限で!』


『そんな権限生徒会うちにはないけどね……』


『会長!?』


 勢いを削ぎに来る黒峰をキッと睨めつける黒笠。一部男子がはぁはぁし出して周りからドン引きされている。奴らはこう言っていたという。


 曰く、


 ──────女王様万歳。と。




 ………そりゃ引かれますよ……。


 さて、全く進まないこの状況を流石に鬱陶しいと思う者が一人。当然この人である。


「時間があるからって、いつまでダラダラしてんだぁ!!騒ぐのは後にしろぉ!」


 ビクゥッとする一同。教師陣まで肩が跳ね上がる。お疲れ様です。


「校長先生がうずうずしてんだよ!早くしろ!」


 その言葉に全員がバッと風波校長を見る。好々爺然とした笑みを浮かべる校長は、


「いやぁ、青春っていいねぇ」


 といい、それから「あ、もう解散して宜しい。先生方もお疲れでしょうからゆっくり休んでください。八時に門を閉めるから、それには間に合わせるように」とだけ言って踵を返すと、体育館から出ていく。


 静まり返る体育館。そして校長の言葉が脳に届いて、


『それじゃあ与太話はここまで!三年生から行くよー!』


『『『『やっぱりそうなるのな!?』』』』


 黒笠の言葉にツッコむ三年生だけいち早く元に戻るのであった。


 ……一方高野は、


「……………校長、そりゃないッスよ……」


 と、天井を仰いでいたという。


 *


『はいっ!というわけで三年生第一位は二組のメイド喫茶!やっぱり定番は強かった!』


『『『『いよっし!』』』』


 体育館のテンションは最高潮。なんなら始まる前よりもテンションが高い。


『よしっ!じゃんじゃん行こうか!続いては……』


 全員がこの時同じことを思ったという。


 曰く、


 ────あれ、次って一年だよね?この間怖いんですが……


 黒笠の口元がニタァッとした弧を描く。


 その口から放たれたのは、


『二年生行っちゃいましょうかぁ!』


『『『『『なんでだぁ!』』』』』


 二年生……ではなく、一年生の叫びである。


 トップバッターが外れて安心したのにまさかのトリを飾ることになり、余計にきつい。


 一部が胃のあたりを抑える間にも発表は続く。


『三位は一組と三組の合同迷宮!私も行きましたよー!同じところ五回はグルグルしちゃいました!素晴らしかったです!では続いて二位の発表!』


 どうでもいい話だが、叶恵も胃を抑えている組である。理由は明白。


「おい、伊吹乃。お前、このままだったら……」


「おう、死ねる」


 一年生にランキング発表すると発表した直後にプロジェクターで大きく映し出された閉会式の流れ。


 その中にある、宣伝ランキングと、女装男装ランキングの文字。なぜこのようなものがあるのか。そして、この内容なら散々話題を集めまくった叶恵が宣伝ランキングはとったも同然。更には雪女さんの評判的にも……うん、ドンマイ。頑張れ。


「……なんか今すっげえイラッときた」


 ……………そうこうしているうちに二年生の発表も終わる。一位は例の蕎麦屋であった。


『さぁさぁさぁ!一年生諸君!心の準備はいいか!?』


『『『『『『…………』』』』』』


『だんまりは酷いっ!』


 オーバーリアクションで嘆く黒笠だが、この瞬間だけは白けた視線を向けられたのは言うまでもない。


『もうっ!黙ってばかりなので行っちゃいますよ!まずは────』


 じわじわと胃が痛み出す叶恵、これはやばいのでは?と見守る青野をおいて、どんどん順位が開示されていく。


『さぁ!残るは四組と五組!一位はどちらか!?』


 ここまで来ればローテンションではいられない一同。


 手に汗を握り、ニタニタと笑う黒笠を見つめる。


『第二位!近所の名店の出張所!四組の熊軒クレープ星祭出張店です!めちゃくちゃ美味しかった!ありがとう!』


 パチパチパチパチと、拍手が巻き起こる。正直拍手のし過ぎで手が痛くなっていたりする一同。気にしたら負けである。


『では第一位!カオス!なのにまとまっていた狂気の山!五組、東西混合お化け屋敷が一位です!面食いの皆さん、良かったね!』


 最後の最後で煽る黒笠である。それでいいのか生徒会。


「なんで一位とってんだよ……」


「お前と春来と原田の功績がでかそうだな。特にお前」


「止めてくれ……死ぬ」


 功労者が倒れそうである。哀れ。


『いやー、本当に凄かったですよ?スタートが座敷わらしのお化け屋敷とか初めてでした!セイレーンの歌は良かったですね〜、また今度押しかけますかね。さて、それでは続いて宣伝ランキング行きましょー!このランキングは個人個人のものであり──』


 結局この後、宣伝と女装男装で見事に一位に輝いた叶恵は、壇上で愛想笑いを浮かべ続けていたという。


 これにて、三日に及ぶ星祭は終わりを迎えたのであった。






 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 一章ラストから二章の始めを跨いだ星祭もこれにて終了です。次回は振り替え休日のお話。

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